📍この記事で学べること
- 腹痛を6つの部位で分けて整理する方法
- 問診・身体診察でRed Flagを見抜くコツ
- CTで虫垂を探すときの“再現性のあるルール”
- 医療現場でそのまま使える英語表現集
🚪 導入症例
「おへその右下あたりが、時々ズキズキする感じがあって…」
救急外来を受診した20代女性。熱はないけれど、食欲がなく、なんとなく気になるお腹の痛み。
🧠 どう考える?
腹痛って、なんとなく「感染症かな」「胃腸炎かな」って考えてませんか?
僕もそうでした。でも腹痛こそ、“診断のセンス”を磨く絶好のチャンスなんです。
痛みの場所・性質・経過…ちょっと整理するだけで、
盲腸? 胆嚢? 膵臓? ストレス?といった選択肢が浮かび上がってきます。
「なんとなく」で片づけるのは、もう卒業しませんか?
⛳アプローチの5ステップ
✅ Step 1:どこが痛い?“6つの部位”から考える
- Epigastric(心窩部)→ 胃炎、消化性潰瘍、膵炎、心筋梗塞
- RUQ(右上腹部)→ 胆石症、胆嚢炎、肝炎、肝膿瘍、横隔膜炎
- LUQ(左上腹部)→ 脾梗塞、胃潰瘍、膵炎、腎結石、膵癌
- RLQ(右下腹部)→ 虫垂炎、クローン病、婦人科疾患(卵巣出血、卵巣捻転、子宮外妊娠)
- LLQ(左下腹部)→ S状結腸炎、憩室炎、婦人科疾患
- Periumbilical(臍周囲)→ 腸閉塞、早期の虫垂炎、大動脈瘤
✅ Step 2:Red Flagを見逃すな
- 発熱
- 嘔吐、血便
- 黄疸
- バイタル異常(ショック・頻脈)
- 妊娠可能年齢の女性
- 高齢、糖尿病、ステロイド内服中
→ 腸閉塞、腹膜炎、消化管穿孔、AAA、子宮外妊娠などが隠れているかも!
✅ Step 3:問診で絞り込む(+Semantic Qualifier)
腹痛の問診は“診断の7割を決める”とも言われるほど、最重要ポイントです。
聞き方ひとつで診断が大きく変わる。これはもう“アート”に近い部分かもしれません。
- OPQRST:基本中の基本。特に以下は見逃さずに!
- Onset:突然 vs 徐々に → 穿孔や虚血などの緊急疾患を除外
- Quality:鈍痛、疝痛、灼熱感、締めつけ → 病態の手がかり
- Radiation:肩(胆嚢)、背部(膵臓)、鼠径部(尿路結石)など
- Timing:周期性(婦人科、胆石)や夜間の痛み(潰瘍)も見逃さない
- Semantic Qualifier:症状を2軸で整理し、思考をクリアに。
- 急性 vs 慢性:穿孔・炎症 vs 慢性炎症・機能性
- 局在 vs 広範:器質的 vs 機能的(例:過敏性腸症候群)
- 疝痛性 vs 持続性:閉塞 vs 炎症・虚血
- PAM HITS FOSS:背景疾患やリスク要因を深堀り
- 薬歴(NSAIDs → 潰瘍、抗凝固薬 → 出血)
- 手術歴(癒着 → イレウス)
- 婦人科歴(月経周期、妊娠、性行為歴)
- 患者の言葉をそのまま聞き逃さない
- 「ズキズキ」「チクチク」などの擬音語には患者の感覚が詰まっている
- 「胃がムカムカして」「ガスが溜まってる感じ」→ 消化管ガス?膵炎?
ここまでの情報だけで、すでに頭の中に3〜4つの鑑別が立っているはず。
ここまでが「問診の仕方」でしたが、もう一歩踏み込んでみましょう。
“この部位の痛み、どんな病気を疑うべき?”—— 疾患ごとに問診で拾いたい“特徴のパターン”を整理しておくと、次の一手が見えやすくなります。
📝 疾患別:問診で拾いたい“キーワードと特徴”
疑う疾患 | 問診での特徴 | 補足ポイント |
---|---|---|
急性虫垂炎 | 心窩部→右下腹部へ移動する痛み、吐き気、歩行時に響く | 女性では婦人科疾患との鑑別が重要(生理周期や出血) |
胆嚢炎・胆石 | 脂っこい食事の後にRUQ痛、背中や右肩への放散 | 夜間発作、再発性なら要注意 |
膵炎 | 持続的な心窩部〜左上腹部痛、背部放散、仰向けで悪化・前屈で軽快 | 飲酒歴、胆石歴は必ず確認 |
腸閉塞 | 波のように繰り返す疝痛、嘔吐、ガスや便が出ない | 術後歴があれば癒着性の可能性大 |
消化性潰瘍・穿孔 | 夜間の心窩部痛、NSAIDs使用歴、突然の激痛(穿孔) | 高齢者やステロイド内服中では症状が軽いことも |
子宮外妊娠 | 下腹部痛+生理の遅れ、不正出血 | 全例で妊娠反応チェックが必要 |
腎結石 | 突然の側腹部痛、背部〜鼠径部に放散、吐き気 | 血尿があることも多い |
大動脈解離 | 背部まで突き抜けるような激痛、突然発症 | 胸痛や脳神経症状を伴えば要注意 |
これらの特徴を「いつも意識して聞けているか?」が、臨床力の差になってくると思っています。
問診で「どれを除外したいか」「なにを確かめたいか」を意識して、次の診察へ。
✅ Step 4:身体診察のキモ
- 腹部視診:膨隆・瘢痕・皮膚変化(Cullen徴候、Grey-Turner徴候)
- 聴診:腸雑音の減弱→麻痺性イレウス、金属音→機械的閉塞
- 打診:鼓音 vs 濁音→free airや腹水の評価
- Murphy徴候:右季肋部を押しながら吸気を促す→痛みで息止まるなら陽性
- McBurney・Rovsing・Psoas徴候:虫垂炎に特異的な徴候
✅ Step 5:検査と読影のコツ(CTで虫垂を探す方法)
- 血液:WBC, CRP, 肝胆膵酵素, β-hCGなど
- CT:回盲部から3cm下方→水平断6スライスで虫垂を探す
・虫垂径>6mm
・fat stranding、air density、appendicolith
・穿孔時は膿瘍や液体貯留にも注意 - Echo:小児・妊婦に推奨されるが描出困難例も
- X線:腸閉塞や穿孔(air under diaphragm)で活用
🔍 症例にアプローチを当てはめてみよう
👩⚕️ 問診(患者との会話)
医師:「こんにちは。今日はどうされましたか?」
患者:「おへその右下が2〜3日前から痛いんです。食欲もなくて…」
医師:「痛みの性質や、他に気になる症状はありますか?」
患者:「ズキズキしてて、歩いたり咳すると響きます。吐いたりはしてません」
医師:「生理周期は?婦人科トラブルは?」
患者:「生理は1週間前に終わったばかりで普段は不順じゃないです」
🩺 診察・検査(上級医とのやりとり)
医師:「McBurney点に限局した圧痛あり、軽度の反跳痛と筋性防御もあります」
指導医:「CTいこうか。虫垂の所見は?」
医師:「径7mmで糞石あり、fat strandingもありました」
指導医:「典型的だね、穿孔は?」
医師:「なし。air densityの逸脱もfree fluidもごく少量です」
🧠 診断:急性虫垂炎(非穿孔性)
- 痛みの局在と性質、進行性+圧痛+反跳痛あり
- Red Flagなし
- CTで虫垂径>6mm、appendicolith、fat stranding
さて、ここまで腹痛の評価ポイントを整理してきました。
最後に、実際の診察でそのまま使える英語表現を紹介します。英語で問診や診察ができるようになると、留学や国際診療でも武器になります。
今後、OETやUSMLEの受験を考えている方にもおすすめの内容です。
💬 Clinical English(英語表現集)
🗣️ Useful Medical Expressions
- “Where exactly does it hurt?”
- “Is it a sharp or dull pain?”
- “Does the pain move anywhere?”
💬 Layman’s Terms & Idioms
- “Tummy” = お腹(カジュアル表現)
- “Cramps” = キューっとした痛み
- “My stomach is acting up” = お腹の調子が悪い
📖 Medical terms
- Peritonitis: 腹膜炎
- Appendicolith: 虫垂結石
- Colicky pain: 疝痛(周期的な腹痛)
- Rebound tenderness: 反跳痛
- Fat stranding: 炎症による脂肪濃度上昇のCT所見
🧳 さて、いかがでしたか?
「腹痛って、なんか胃腸炎っぽいし…」そんなイメージ、ありませんでしたか?
でも、心窩部痛で心筋梗塞を見逃したら…? 右下腹部の痛みで婦人科疾患が隠れていたら…?
腹痛はまさに、臨床推論のスタート地点になる症状なんです。
OPQRSTやPAM HITS FOSSを使えば、症状の背景が浮かび上がってくるし、CT読影も「虫垂ってどこだっけ?」から「再現性のある見方があるじゃん!」って気づけたはず。
ちょっとしたコツを押さえるだけで、救急でも外来でも自信を持って対応できるようになります。
今日からあなたも、“なんとなく胃腸炎”を卒業して、診断力に差をつけましょう!
✅ Take Home Messages
- 腹痛は6つの部位で分けて考えるとスッキリ
- Red Flagを拾えば重症例も見逃さない
- OPQRST+Semantic Qualifierで問診力UP
- CT読影のコツは「回盲部から3cm下方+6スライス」
- “なんとなく胃腸炎”から卒業しよう
📚 References/関連記事リンク
- 腹部膨満の診かた
- 浮腫の診かた
- 英語版 Abdominal Pain 記事
- 33症候まとめ
- 参考文献:UpToDate, GEM, 救急外来マニュアル など