「最近トイレが近くて眠れない」「咳やくしゃみで漏れてしまう」「出そうなのに出ない…」
そんな排尿にまつわる悩みは、加齢だけでは説明できないかもしれません。
感染症、神経疾患、前立腺肥大、婦人科的要因まで――
“どこで何が起きているのか”を分類しながら考えることで、診断と対応が見えてきます。
本記事では、初期研修医・医学生向けに、排尿異常の症候別アプローチを一緒に整理していきます。
✍この記事で学べること
この記事を通して、
まず押さえておきたいのは、次の3つ。
- 排尿異常を4つのパターンに分けて整理する視点
- 問診・身体診察で必要な項目の論理的な組み立て方
- 頻尿・尿失禁・尿閉の鑑別と、それぞれに応じた検査の選び方
ではまず、外来でこんな患者さんに出会ったとしましょう。
皆さんは、何を考えますか?
👩導入症例|夜間頻尿を訴える高齢女性のケースから考える
【症例】
65歳 女性
主訴:夜間頻尿
Vital signs:T 36.5℃ / BP 138/82 / HR 76 / SpO₂ 98% / RR 14
「最近、夜中に何度もトイレに起きてしまって…寝不足なんです」
さて、こうやって訴える患者さんには、外来でよく出会いますよね。
高齢の女性で、バイタルは安定。命に関わるような緊急性はなさそうだけれど、日常生活への影響は大きそう。
この“夜間頻尿”という訴え、あなたならどう捉えますか?
❓どう考える?(第一印象・アプローチ)
そういえば、「排尿障害」って英語でどう表現するか、ご存じですか?
一般的には “urinary dysfunction” や “voiding difficulty” という表現が使われますが、実はニュアンスが少しずつ異なります。それぞれが示す病態の背景やメカニズムが違うため、文脈によって適切な表現を選ぶことが重要です。
つまり、「排尿障害」と一言でくくっても、その中身は多彩で、英語ではより細やかに表現されることが多いのです。
さて、「夜間に何度もトイレに起きてしまう」──こんな患者さんの訴えに、あなたならどう応じるでしょうか?
排尿の“困りごと”を聞くとき、大切なのは「いつ・どこで・どう困っているのか」という視点です。
尿が近いのか? 出にくいのか? 漏れるのか? それとも出なくなっているのか?
つまり、「排尿のどのフェーズで問題が起きているのか」を分類して捉えることが、アプローチの第一歩になります。
以下の4つのカテゴリーに分類すると、情報整理と鑑別の道筋がスッキリ見えてきます。
- 蓄尿の問題(Storage)
- 排尿の問題(Voiding)
- 尿失禁(Incontinence)
- 尿閉(Retention)
この分類を意識するだけで、問診や身体診察で「何を聞くべきか」「どんな所見を探すべきか」が自然と導かれるようになります。
例えば、
- 頻尿と排尿痛があれば、感染症(Storage)の可能性
- 尿線が細く、残尿感があるなら、前立腺肥大などのVoiding障害を疑う
- 咳やくしゃみで漏れるようなら、ストレス性尿失禁(Incontinence)
- まったく排尿できない場合は、急性尿閉(Retention)で緊急対応が必要なケースも
「今、排尿のどの段階で困っているのか?」
「どの分類に当てはまりそうか?」
──このように分類することが、次のステップ(問診・身体診察・検査)を決めるための出発点になります。
🛣Fact / Problem / Hypothesis|排尿異常をどう定義し直すか?
ここで、先ほどの症例に立ち戻って整理してみましょう。
症状を「事実 → 問題の再定義 → 仮説」の順に構造化することで、次の診療ステップが明確になります。
🟦 Fact(事実)
- 65歳の女性
- 主訴は夜間頻尿(眠れないほどの回数)
- バイタルサインは安定
- 排尿時の痛みなし、排尿困難なし
🟨 Problem(問題の再定義)
- 無痛性、排尿機能は保たれている夜間頻尿(切迫感は感じない)
- Painless, urinary function preserved, chronic nocturia
→ よって、「蓄尿(Storage)機能に関連する問題」と考えられる。
🟥 Hypothesis(鑑別仮説)
VITAMIN C に沿って考えると:
- Vascular:うっ血性心不全に伴う夜間利尿
- Infectious:無症候性の尿路感染症
- Trauma:骨盤内術後や放射線治療歴
- Autoimmune:該当所見なし
- Metabolic:糖尿病による浸透圧利尿
- Idiopathic / Functional:過活動膀胱、加齢性変化
- Neoplastic:膀胱腫瘍による刺激症状
- Congenital:関連性低い
この時点では、「感染」「代謝性」「機能的変化(Idiopathic)」を中心に、問診でさらに深掘りしたいところです。
次は、実際の問診でどのような情報を引き出していくかを見ていきましょう。
Step 1:問診|排尿の“どこ”が困っているのかを丁寧に聞き出す
排尿異常の問診では、まず「何に困っているのか?」を明確にすることが第一歩です。
出る? 出にくい? 漏れる? 近い? —— 同じ“排尿トラブル”でも、原因となる病態はまったく異なります。
そのため、問診では「どのタイミングで、どのような異常があるのか」を丁寧に聞き分けていきます。
🔍 ① 経過の確認(OPQRST)
- Onset(いつから)
- Progression(徐々に? 急に?)
- Quality(どんな排尿感? 切迫感? 痛み?)
- Radiation(関連症状:腰痛、陰部痛など)
- Severity(生活への支障度:睡眠障害など)
- Timing(夜間のみ? 昼間も?)
🧭 ② 部位・随伴症状
- 排尿痛(burning)
- 尿線の勢い・残尿感
- 尿の色・混濁・血尿
- 尿意切迫・失禁との関係
- 腰背部痛・発熱・寒気
📚 ③ 背景因子(PAM HITS FOSS)
- Past medical history:糖尿病、心不全、脳血管疾患、前立腺肥大、婦人科手術歴
- Allergy:薬剤による排尿障害(抗コリン薬など)
- Medication:利尿薬、降圧薬、精神薬など
- Hospitalization:直近の入院、導尿歴
- Immunization:関係なし
- Travel:海外での性感染症リスクなど
- Social:飲酒・カフェイン摂取、喫煙
- Family:糖尿病・泌尿器疾患の家族歴
- OB/GYN:出産歴、骨盤手術歴、月経状況
- Sexual:性交痛、パートナーの感染症歴
💧 尿失禁がある場合の追加問診と分類の視点
ここで、問診で失禁(urinary incontinence)の症状を見つけた場合は、さらに分類して考えていくことが大切です。
以下のようなポイントを確認することで、失禁のタイプを見極めるヒントになります。
- どんなときに漏れるか?(咳・くしゃみ・運動時など)
- 尿意のあとすぐに漏れてしまうか? 我慢できるか?
- 意識せず常に漏れているか? パッドの使用頻度・量は?
- 排尿時のスッキリ感や尿線の勢いはどうか?(溢流性の評価)
- 出産歴、閉経後の変化、骨盤手術歴の有無は?
→ 問診では、どのタイプの尿失禁に当てはまるかを意識して、focusedに聞いていくことが必要です。
簡単に失禁のタイプをまとめておきます
💠 尿失禁のタイプと特徴
- ストレス性尿失禁(Stress Incontinence)
咳やくしゃみ、階段の昇降など腹圧がかかったときに漏れるタイプ。
骨盤底筋の緩みが背景にあり、多産歴や閉経後に多い。 - 切迫性尿失禁(Urge Incontinence)
急な強い尿意のあと、トイレまで我慢できずに漏れてしまうタイプ。
過活動膀胱や神経疾患が関与することもある。 - 溢流性尿失禁(Overflow Incontinence)
膀胱に尿がたまりすぎてあふれ出るタイプ。
前立腺肥大や神経因性膀胱など、排出障害が背景にある。 - 真性尿失禁(True Incontinence)
本人の意思に関係なく常に漏れるタイプ。
膀胱腟瘻などの構造的異常による。
これらの分類を頭に入れて問診を進めることで、次の身体診察や検査の選択にもつながっていきます。
次は、この問診で得た情報をもとに、身体所見でどのように仮説を検証していくかを見ていきましょう。
Step 2:身体診察|仮説に基づいて“診るべき場所”を絞り込む
問診で得られた情報をもとに、次は身体診察で仮説を検証していきます。
排尿異常の原因は多岐にわたるため、全身の状態把握から局所所見、さらには神経学的評価まで、系統的に行うことが重要です。
🩺 全身状態の把握
- 発熱、悪寒(感染症を示唆)
- 浮腫、頸静脈怒張(うっ血性心不全による夜間利尿)
- 皮膚の乾燥・口渇(脱水や高血糖のサイン)
👀 視診・腹部診察
- 下腹部膨満(膀胱尿貯留、尿閉を疑う)
- 膀胱叩打痛(膀胱炎の可能性)
- 腰部叩打痛(腎盂腎炎や尿管結石)
- 会陰部の皮膚ただれや尿染み(失禁の証拠)
🔍 直腸診・婦人科的評価(必要時)
- 前立腺の腫大、硬結、圧痛(前立腺肥大・炎症・腫瘍)
- 骨盤臓器脱の有無(女性のストレス性尿失禁と関連)
🧠 神経学的評価
- 会陰部の感覚、肛門括約筋反射(神経因性膀胱の評価)
- 下肢腱反射、筋力の左右差(末梢神経障害や脊髄病変)
- 歩行障害の有無(神経系の全体的な機能評価)
🔦 POCUSで確認したいポイント
- 膀胱の尿貯留量(pre & post-void residual:PVR)の評価
- 水腎症の有無(尿管閉塞や腎盂腎炎の進行評価)
- 膀胱内腫瘤や結石の有無(スクリーニング)
- 心嚢液や下大静脈径(うっ血や脱水の評価)
- 前立腺腫大の確認(特に高齢男性では有用)
→ POCUSは、尿閉や感染の範囲評価、閉塞部位の確認などにおいて迅速かつ有用なツールです。緊急対応の判断材料にもなります。
特に尿閉(urinary retention)の評価では、以下のような所見が参考になります:
- 明らかな尿意があるにもかかわらず排尿できない
- 超音波で膀胱内に大量の尿貯留(通常150〜200mL以上)を認める
- 尿閉に伴う腹部膨満、不快感、下腹部の叩打痛
- 神経因性膀胱や薬剤性(抗コリン薬、オピオイドなど)にも注意が必要
→ 原因としては前立腺肥大、尿道狭窄、膀胱頸部閉塞、神経疾患、薬剤性などがあり、POCUSを初期スクリーニングとして活用できる。
⛳ Red Flags(見逃したくない身体所見)
- 高熱+CVA叩打痛 → 腎盂腎炎
- 下腹部膨満+排尿不能 → 急性尿閉(導尿が必要)
- 神経所見+尿閉または失禁 → 馬尾症候群や脊髄圧迫(緊急対応)
身体診察は、問診で立てた仮説を「ルールイン/アウト」していくための重要なステップです。
次は、どのような検査や画像が必要かを考えていきましょう。
Step 3:検査と画像診断|排尿異常に対する“狙った検査”の選び方
ここでは、Step 1・2で得られた情報をもとに、必要な検査を戦略的に選びます。
漠然と検査を並べるのではなく、「何を確かめるための検査か?」という意識を持つことが大切です。
🧪 尿検査で分かること|膀胱炎・腎盂腎炎・尿路結石のスクリーニング
- 尿定性(尿糖、蛋白、潜血、亜硝酸塩)
- 尿沈渣(白血球・細菌・赤血球・結晶など)
- 尿培養(発熱・感染疑いがあるとき)
→ 膀胱炎、腎盂腎炎、尿路結石、腫瘍のスクリーニングに有効。
💉 血液検査|感染症、腎機能、糖尿病、前立腺マーカーの評価
- WBC・CRP・PCT:感染の評価
- BUN・Cr・Na・K:腎機能と脱水評価
- 血糖・HbA1c:糖尿病のスクリーニング
- PSA(前立腺特異抗原):前立腺疾患を疑う場合(高齢男性)
→ 感染・代謝異常・腎機能障害・腫瘍マーカーとして補助的に活用。
🔍 画像検査とPOCUSの活用|尿閉・水腎症・前立腺肥大の確認
- 膀胱エコー(POCUS含む):残尿測定、尿閉、膀胱結石・腫瘤
- 腎エコー:水腎症の評価(腎盂腎炎や結石による尿流障害)
- 腹部CT/MRI:腫瘍・出血・構造異常の精査
- 骨盤MRI or 尿道造影(専門紹介時):複雑な尿道・膀胱構造評価に
→ 侵襲性・緊急性・精度のバランスを考慮して選択。
🧠 検査選択の思考プロセス|“とりあえず全部”を卒業しよう
「この患者、痛みも発熱もないけど、尿が近い……感染じゃなさそうだから、尿糖や血糖を見てみよう」
「前立腺を触診で疑ったけど、POCUSでも膀胱に残尿がある。PSAと残尿量、両方チェックしておきたい」
「腎盂腎炎か結石か……エコーで水腎症があれば、CTにつなげよう」
検査の目的は、仮説を裏付け、診断を前に進めること。そのために“狙って取る”という姿勢が重要です。
次は、導入症例に戻って、Step 1〜3のプロセスを一緒に振り返ってみましょう。
10. 症例で振り返る|導入症例にStep 1〜3を当てはめてみよう
さて、ここまでStep 1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。
🚪 Doorway Information(Fact → Problem → Hypothesis)
「今日はどうされましたか?」
「最近、夜中に何度もトイレに起きてしまって…寝不足なんです」
この段階での印象は、「夜間頻尿」+「高齢女性」+「無痛性」+「慢性的」。
→ Fact:
- 65歳女性、夜間頻尿が主訴
- 日中の排尿異常なし、排尿痛なし
→ Problem:
- 夜間に限局した、無痛性・自発的な頻尿
- semantic qualifier による再定義:慢性/無痛性/夜間優位/排尿可能
→ Hypothesis:
- 蓄尿障害(Storage)の可能性が高い
- 過活動膀胱、心不全、糖尿病、加齢性変化など
🩺 Step 1:問診
Hypothesesをもとに、さらに問診で深掘りします。
→ 確認したいポイント:
- 夜間頻尿が単独の問題か?それとも日中も含めた頻尿か?
- 蓄尿障害(Storage)の可能性を強めるか、他の病態を示唆する所見はあるか?
「昼間の尿の回数はどうですか? 1日何回くらいトイレに行きますか?」
「尿が我慢できずに漏れてしまうことはありますか?」
「尿の勢いはどうですか? 途中で途切れたり、残っている感じはありますか?」
「飲んでいるお薬で利尿剤はありますか?」
「糖尿病や心臓の病気を言われたことはありますか?」
→ この時点で、日中は問題なく、尿意切迫や失禁なし。過活動膀胱か夜間多尿、もしくは加齢による蓄尿機能低下の可能性を想定。
👁🗨 Step 2:身体診察
腹部:膀胱の膨満なし、圧痛なし
腰部:CVA叩打痛なし、熱感もない
下腿:浮腫なし、頸静脈怒張なし
神経学的所見:異常なし
→ 緊急性は低く、感染や心不全の兆候も乏しい印象。
🔦 POCUS所見
- 膀胱内に軽度尿貯留あり(排尿直後で50mL程度)
- 腎盂の拡張なし、水腎症の所見なし
- 心機能低下なし、うっ血所見なし
「この時点で、Red flagらしいRed flagは見当たらない。POCUSで残尿量が少ないのも確認できたから、尿閉の可能性は低そうだな」
→ Hypotheses再評価:
- r/o:感染症、尿閉、心不全
- r/i:過活動性膀胱
🔬 Step 3:検査
- 尿検査:異常なし(白血球・亜硝酸陰性、潜血なし)
- 血液検査:血糖正常、CRP・WBCも上昇なし
→ 器質的異常や感染は否定的、腎機能や血糖も正常。
→ 総合的にみて、機能性(Idiopathic)あるいは加齢性変化による過活動膀胱が最も疑わしい。
🧾 最終評価(Assessment)
Problem list:
- 夜間頻尿(慢性・無痛性・夜間に限局)
- 高齢女性、日中の排尿は正常
- 身体診察およびPOCUS所見でRed flagなし
- 検査で感染、糖尿病、腎機能障害を除外済み
診断名: OAB(過活動性膀胱)
📋 プラン(Plan)
- 行動療法:
- 排尿記録(日誌)の記入を指導
- 水分摂取タイミングの調整(特に夕方以降)
- 薬物療法(経過をみて検討):
- 抗コリン薬やβ3作動薬などの適応を、必要に応じて考慮
- 生活指導:
- カフェイン・アルコール制限、就寝前の排尿習慣の見直し
- 経過観察:
- 2週間後を目安に、排尿日誌と自覚症状の変化を評価
まずは生活指導と行動療法を行い、その効果をみていくことに。
改善が見られない場合は、薬物治療の開始も検討していく予定。
次は、専門医に紹介すべきタイミングや、その前にやっておきたいことを考えてみましょう。
11. 専門医に紹介するとき|紹介タイミングと事前にやっておくべきこと
夜間頻尿だけであれば、多くは外来で対応可能です。
ただし、以下のような状況では、泌尿器科などの専門医への紹介を検討しましょう。
📌 紹介を考慮するタイミング
- 行動療法や薬物療法で十分な改善がみられない場合
- 頻尿に加え、尿線異常、血尿、明らかな尿失禁を伴う場合
- 神経因性膀胱が疑われる神経所見(感覚鈍麻、反射異常など)がある場合
- 前立腺肥大など器質的疾患が背景に疑われる(特に男性)
- 溢流性失禁や真性尿失禁など、複雑な失禁パターンが疑われる場合
- 患者自身が専門的な検査や治療を希望している場合
🔍 紹介前にやっておきたいこと
- 排尿日誌の記録(少なくとも1〜2週間分)
- 尿検査・尿培養による感染症の除外
- 腎機能評価(BUN・Cr)
- 残尿量の把握(POCUSまたは膀胱スキャン)
- PSA測定(男性で前立腺疾患を疑う場合)
- 腹部・骨盤部のエコーやCTなど、必要に応じた画像評価
- Red flagや尿閉がなければ、薬物治療への反応確認
→ これらの情報が揃っていれば、紹介先での診断・治療がスムーズになります。
💊 よく使われる初期薬剤のまとめ(疾患・年齢・性別ごと)
- 抗コリン薬:オキシブチニン、プロピベリン、ソリフェナシンなど
- β3アドレナリン作動薬:ミラベグロン(ベタニス®)
- α1遮断薬(男性で前立腺肥大が関与する場合):タムスロシン、ナフトピジル、シロドシンなど
→ 高齢者では副作用(口渇、便秘、ふらつき、尿閉)に注意。
🔹 若年〜中年女性(過活動膀胱が疑われる場合)
- 第一選択:β3作動薬(ミラベグロン)
- 排尿後残尿が少なく、乾燥症状がなければ抗コリン薬も選択肢
🔹 高齢女性(加齢性変化・機能性の蓄尿障害)
- β3作動薬を少量から(副作用が少なく安全)
- 抗コリン薬は便秘・せん妄に注意
🔹 中年〜高齢男性(前立腺肥大+蓄尿障害が疑われる場合)
- α1遮断薬(タムスロシンなど)+必要に応じてβ3作動薬を併用
🚩 使用上の注意(禁忌・副作用・注意点)
- 抗コリン薬は高齢者や認知機能低下例では慎重に使用。せん妄、排尿困難、便秘を悪化させる可能性あり。
- β3作動薬は比較的安全だが、重度の肝障害やコントロール不良の高血圧がある患者では注意。
- α1遮断薬は起立性低血圧やふらつきに注意。特に高齢者では転倒リスク評価も重要。
- 尿閉や残尿が疑われる場合は、薬剤使用前に必ずPOCUSや導尿評価を行う。
- 溢流性失禁や尿閉リスクがある場合は、原因検索と導尿評価を優先し、薬剤は原則使用しない。
→ 薬剤を選ぶ際は、「何に効かせたいか」だけでなく、「何を悪化させないか」にも配慮することが大切です。
次は、問診・診察で役立つ工夫や、現場で使えるヒントを紹介します。
🌻Tips|問診・診察で使える実践的なコツ
排尿異常は、患者が言葉にしにくい症状でもあるため、
“ただ聞くだけ”では本質にたどりつかないことも多いです。
以下のような工夫を意識することで、情報の質が一段上がります。
💬 問診のTips
- 「夜中に何回くらい起きていますか?」と具体的に回数で尋ねる(“多い”では曖昧)
- 「昼間はどうですか?」と比較対象を聞くと変化が明確に
- 「漏れたことはありますか?」ではなく、「どんなときに漏れますか?」と“状況”に踏み込む
- 「スッキリ出た感じがありますか?」という問いで残尿感を引き出す
- 排尿記録を依頼する前に、「水分の摂り方」や「就寝前のトイレ習慣」を確認する
🩺 身体診察のTips
- 「排尿のどこで困っているか(蓄尿か排出か)」を意識して診察する
- 下腹部の膨満と残尿量はPOCUSで確認(触診だけで判断しない)
- 膀胱・腎・前立腺・神経系をセットで評価する意識を持つ
- 高齢者のRed flagは“目立ちにくい”ため、反射や感覚の左右差も忘れずに
💎Clinical Pearls|印象に残るひとことを臨床の支えに
“Never assume incontinence is normal with aging.”
「高齢だからといって、尿失禁を“当たり前”と決めつけてはいけない。」
排尿の悩みは、加齢のせいにされがち。
けれど、そこに病態が隠れていることも多くあります。
一歩立ち止まって、「これは診るべき症状かも」と意識できる視点を持ち続けましょう。
次は、診察で使える実践的な英語フレーズを紹介します。
🌎Useful Medical Expressions|診察で使える医療英語フレーズ集
排尿異常の診察では、患者が恥ずかしさや遠慮から症状をうまく伝えられないことも。
適切な表現を知っていれば、問診もスムーズに進みます。
以下は、よく使う英語フレーズの一覧です。
💬 よく使うフレーズ
- “Have you noticed any change in the color of your urine?”
尿の色が変わったことに気づきましたか?(血尿など) - “Do you feel a strong urge to urinate that is hard to hold?”
急に我慢できないような尿意がありますか?(切迫性尿失禁) - “Do you feel that you haven’t completely emptied your bladder?”
排尿後、まだ出し切れていない感じがありますか?(残尿感) - “Do you ever leak urine when you laugh, cough, or lift something heavy?”
笑ったり咳をしたり、重いものを持ち上げたりすると尿が漏れることはありますか?(ストレス性失禁) - “How many times do you urinate during the night?”
夜間に何回くらいトイレに行きますか?(夜間頻尿)
15. Layman’s Terms & Idioms|やさしい言い換えとカジュアル表現
英語診察では、医療用語よりも“わかりやすくて伝わる言葉”が大切です。
患者さんとの距離を縮める言い回しを紹介します。
🧏♂️ やさしい言い換え
- “pee” → 排尿(urinate)の口語的表現
- “leak” → 尿が漏れること(incontinenceの代わりに)
- “pressure down there” → 下腹部の違和感を柔らかく表現
- “can’t hold it” → 尿意切迫(urge)
- “go to the bathroom” → 排尿・排便行為全般を指す表現
💡 使えるイディオム・カジュアルな表現
- “I keep running to the bathroom.”
何度もトイレに行く(頻尿) - “I pee a little when I sneeze.”
くしゃみで少し漏れる(ストレス性尿失禁) - “I can’t make it to the bathroom in time.”
トイレまで我慢できず漏れてしまう(切迫性尿失禁)
Medical English Glossary|排尿異常でよく使う医療英単語まとめ
診察や会話の中で頻出する英単語をまとめました。
症状の記録や英語圏での研修にも役立ちます。
用語 | 意味・日本語訳 |
---|---|
urinary frequency | 頻尿 |
nocturia | 夜間頻尿 |
urgency | 尿意切迫 |
incontinence | 尿失禁 |
stress incontinence | 腹圧性尿失禁(ストレス性) |
urge incontinence | 切迫性尿失禁 |
overflow incontinence | 溢流性尿失禁 |
true incontinence | 真性尿失禁 |
retention | 尿閉 |
dysuria | 排尿困難(排尿時痛) |
hematuria | 血尿 |
hesitancy | 排尿開始困難 |
dribbling | 排尿後滴下 |
PVR (post-void residual) | 排尿後残尿 |
BPH (benign prostatic hyperplasia) | 前立腺肥大症 |
detrusor muscle | 排尿筋 |
pelvic floor | 骨盤底 |
最後に、今回の学びをまとめてみましょう。
🌳排尿異常の診かたまとめ|頻尿・尿失禁・尿閉を見逃さないために
この記事では、頻尿・尿失禁・尿閉といった排尿異常の原因・分類・診察の進め方について学びました。
排尿異常は、「恥ずかしい」「年のせい」として見過ごされやすい症状です。
しかしその背景には、感染症、腫瘍、神経疾患、代謝異常、前立腺肥大など、多くの鑑別疾患が隠れています。
だからこそ大切なのは、「いつ、どこで、どう困っているか」を正しく聞き出し、
Storage(蓄尿障害)/Voiding(排尿障害)/Incontinence(尿失禁)/Retention(尿閉)という4分類で整理して考えること。
そこから先は、仮説をもとに、必要な所見を取りに行く。
狙って診察し、狙って検査する。
排尿異常という症状の裏にある「生活の困りごと」に目を向けられるようになると、
問診の質も、医師としての介入の深さも、確実に変わってきます。
「まず、何に困っているのか?」
次の外来・病棟で、ぜひ一つの問いかけから始めてみてください。
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🩺 症候別アプローチ(日本語)
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🌐 英語版記事(English Articles)
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- 🩺 Hypovolemia: Clinical Clues to Catch Before the Collapse
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📖References
- Abrams P, et al. The standardisation of terminology in lower urinary tract function: Report from the Standardisation Sub-committee of the International Continence Society. Neurourol Urodyn. 2002.
- 日本排尿機能学会. 排尿障害診療ガイドライン 2023.
- 高橋悟 編. 排尿障害を診る. 医学書院, 2020.
- 日本プライマリ・ケア連合学会. プライマリ・ケアで診る高齢者の排尿障害. 南山堂, 2022.
ピンバック: 【Trouble Peeing? Mock Cases of Urinary Retention and Incontinence】 ー Med Student's Study Room