😵‍💫 疲れがとれない?全身倦怠感に潜む16の疾患とその見分け方

こんにちは、最近はめっきり暑くなってきましたね。(この記事を書いている日は30℃を超えました…)

みなさん、最近「朝起きられない」「寝たはずなのに疲れが残っている」「日中もなんとなくぼーっとする」など感じていませんか?

実はそれ、“ただの疲れ”ではないかもしれません。

今回は、そんな慢性的な疲労(fatigue)の背景にある疾患や状態、そしてそれをどう診ていくかを、症例とともに一緒に整理していきましょう。

疲労の背景にある疾患を見逃さないために

「先生、なんかずっと疲れていて…」そんな言葉を聞いたことはありませんか?一見よくある主訴に思えても、そこには重大な疾患や心理的なサインが隠れていることがあります。本記事では、全身倦怠感という“曖昧で広い症状”に、構造的にアプローチする方法を紹介していきます。

✅ 本記事で得られる臨床知識とスキル

  • 全身倦怠感を訴える患者に対して、問診・身体診察・検査を構造的に進めるアプローチを学べる
  • Red flagと日常的要因を見分け、見逃してはいけない疾患を絞り込む視点を養える
  • 「fatigue」という英語表現のニュアンスや使い方を理解し、英語での診察にも応用できる

🩺 症例紹介:慢性的な疲労を訴える38歳女性のケース

🧍 Doorway Information

  • 年齢:38歳 女性
  • 主訴:全身倦怠感(Tired all the time)
  • Vital signs:BP 118/72 mmHg, HR 84/min, Temp 36.8°C, RR 14/min, SpO₂ 98%

💬 患者の言葉

「最近、何をしても疲れてしまって…。朝起きてもスッキリしないし、仕事中もぼーっとしてしまうんです。」

🧠 疲れは何を意味する?臨床での考え方とアプローチ

🔰「TATT」って聞いたことありますか?

TATTとは英国プライマリケアで使われる略語で、Tired All The Time(いつも疲れている)の意味です。

疲労の訴えは「漠然としすぎる」?

  • いつから?
  • 何がきっかけ?
  • 朝と夜で違いは?
  • 肉体的?精神的?

…と、意味の分解が必要です。 だからこそ 構造的問診(OPQRST + PAM HITS FOSS)とFPH法による整理が重要になります。

👀 疲労の正体は?臨床での2大視点

  1. Red flagを見落とさない:悪性腫瘍、内分泌疾患、感染症など
  2. 日常的・心理的要因を軽視しない:睡眠障害、うつ、家庭・仕事のストレスなど

💬 「疲れた」の背後にある背景とは?

  • やる気が出ない・眠れない等のサインかもしれない
  • 退職・離婚などのライフイベント
  • 英語では“exhausted”, “burnt out”なども

✨ “fatigue”の英語ニュアンスを理解する

単語ニュアンス例文
Tired一時的な疲れI feel tired after work.
Fatigued病的・慢性的な消耗感I’ve been feeling fatigued for weeks.
Exhausted / Drained極度の疲労、燃え尽きI’m mentally and physically drained.

🩺 医師としての意識づけ

「tired」と言われたとき、それが → “ただの疲れ”か?
“fatigueという名の病的兆候”か?

🌥 疲労を構造的に捉える第一歩

この疲れ、身体から?こころから?と常に考える姿勢が、診断の出発点になります。
では次に「Fact / Problem / Hypothesis」と進み、 実際の症例をベースに思考のまとめ方を学んでいきましょう!


🧩 Fact / Problem / Hypothesis:全身倦怠感をどう整理する?

ここからは、導入で紹介した38歳女性の症例をもとに、思考を構造的に整理していきます。

📝 Fact

  • 「最近、何をしても疲れてしまって…」
  • 「朝起きてもスッキリしない」
  • 「仕事中もぼーっとしてしまう」
  • 日常生活に支障が出る程度の倦怠感が“持続している”
  • 発症時期やきっかけは明確でない
  • 寝ても回復しない

🧠 Problem

  • 持続性のある、日中にも影響する倦怠感(chronic fatigue)
  • 日常生活・集中力・仕事の質に影響を与えるレベル
  • 身体的疲労+精神的な鈍さが混在している印象
  • 回復性に乏しい(rest does not resolve it)

👉 ここで重要なのは、“疲れやすい”ではなく、“常に疲れている(TATT)”という点。


🔍 Hypothesis

【VITAMIN CDE に沿って整理】

  • Vascular:慢性貧血(二次性)、心不全による労作時倦怠感
  • Infectious:HIV、結核、EBウイルス感染後、感染性心内膜炎(IE)
  • Trauma / Toxic / Tumor:悪性腫瘍、化学物質曝露
  • Autoimmune:SLE、自己免疫性甲状腺炎、橋本病
  • Metabolic / Mental
  • 精神疾患(うつ病、適応障害)
  • 甲状腺機能低下症
  • 糖尿病(血糖コントロール不良)
  • 副腎不全
  • Iatrogenic / Idiopathic:薬剤性倦怠感(抗ヒスタミン薬、抗うつ薬、β遮断薬など)
  • Neurologic:睡眠時無呼吸症候群(SAS)、多発性硬化症(MS)
  • Congenital / Cardiac:心筋症、不整脈
  • Drugs / Deficiency:鉄欠乏、ビタミンB群欠乏、アルコール関連
  • Endocrine / Electrolyte:甲状腺、副腎、Na/K/Ca/Mg異常

⚖️ 鑑別の優先順位

現時点での情報から、以下のように重み付けできます:

✅ Most likely

  • うつ病(抑うつ状態):精神的鈍麻感・持続性・生活への影響から、最も疑われる
  • 甲状腺機能低下症:スローな症状経過、疲労感、日中の眠気・意欲低下の組み合わせ
  • 鉄欠乏性貧血:女性・月経の可能性を考慮すると、潜在的に除外しづらい

⚠️ Likely

  • 睡眠時無呼吸症候群(SAS):朝の頭重感・回復感のなさ・日中のぼーっと感を考慮
  • 慢性感染症(結核・HIVなど):全身倦怠感が前景に出る感染症も可能性に含めておく

必要に応じて、SASや慢性感染症といった重要疾患の除外も忘れずにSASや慢性感染症といった重篤疾患の除外も視野に入れる必要に応じて、SASや慢性感染症など除外すべき疾患への視点も同時に持っておく


🎯 この時点で知っておきたい情報(Need To Know)

🧭 この時点での作戦:

  • 「うつ病・甲状腺機能低下症・鉄欠乏性貧血」を念頭に置きつつ、問診・身体診察を通して最も診断に直結する情報を集めにいく
  • 優先順位の高い鑑別疾患を“否定”もしくは“裏付ける”ような情報を意識的に取りに行く
  • 必要に応じて、SASや慢性感染症など除外すべき疾患への視点も同時に持っておく

🗣️ 問診で確認したい項目

  • 睡眠の質・いびき・起床時頭痛(日中の眠気も含む)
  • 気分の落ち込み、集中力の低下、最近のストレスイベント
  • 月経周期、出血量、PMSの有無(鉄欠乏リスク評価)
  • 食生活(特に肉・野菜の摂取量、食事制限)
  • 常用薬・OTC薬(特に抗ヒスタミン薬・抗うつ薬など)
  • 過去の感染症歴(HIV検査歴、BCG未接種、結核接触歴)

🩺 身体診察で注目すべきポイント

  • 貧血兆候(結膜蒼白、爪の変化)
  • 甲状腺腫や脈拍(徐脈・浮腫など)
  • 呼吸音・口腔乾燥(感染症やうつ病の一因)
  • BMI(栄養状態・内分泌評価)
  • リンパ節・腹部触診(慢性感染・悪性疾患)必要に応じて、SASや慢性感染症など除外すべき疾患への視点も同時に持っておく

さて、このようにFPHで情報を整理し、それに基づいてNTK(Need To Know)を設定することで、わずかなdoorway informationからでも、ここまで深く臨床的思考を展開することができました。

実際の診療では、この仮説とNTKをもとに、問診・身体診察・検査へと進んでいきます。

次章では、まず問診・身体診察・検査それぞれの基本を確認したうえで、最後に改めてこの症例に戻って振り返ってみましょう。


Step 1:問診(History Taking)

🔍 疲労の経過を聞く(OPQRST)

  • O(Onset):いつから疲れていますか?きっかけは?(4週間以上で慢性と判断
  • P(Provocation/Palliation):何で良くなりますか?悪くなりますか?
  • Q(Quality):どんな疲れ?だるさ?眠気?集中できない?
  • R(Radiation):どこかに偏っていますか?
  • S(Severity):日常生活への影響は?
  • T(Time course):一日で変動しますか?朝と夜で違いは?

✅ 「一過性」か「持続的かつ日常生活に影響があるか」で見極める。


🧬 疲労の背景を探る(PAM HITS FOSS)

  • P(既往歴):甲状腺、糖尿病、睡眠障害、うつ病の既往は?
  • A(アレルギー):薬による疲労も念のため確認。
  • M(服薬歴):抗うつ薬、抗ヒスタミン、β遮断薬、鎮痛薬など。
  • HITS(入院・けが・感染・手術歴):最近のウイルス感染(風邪など)、手術や歯科治療後の発熱は?
  • F(家族歴):うつ、自己免疫疾患、甲状腺疾患など。
  • O(婦人科歴):月経異常、更年期症状、妊娠の可能性。
  • S(生活歴):喫煙、飲酒、睡眠リズム、長時間労働、仕事環境、退職や昇進などの変化。
  • S(性的接触歴):性感染症のリスクや関係性のストレス。

🚩 Red Flags(すぐに見逃したくない兆候)

  • 原因不明の体重減少
  • 持続する発熱、盗汗、夜間咳
  • リンパ節腫脹、皮疹、黄疸、出血傾向
  • 精神的に不安定、希死念慮あり
  • 感染リスク:渡航歴、輸血、性行為歴、歯科治療や心雑音(IE)

🔎 Red flagあり → 悪性腫瘍・HIV・結核・感染性心内膜炎・SLEなどを強く意識する。


💬 TATTに特有な追加問診(睡眠・心理・生活)

  • 【睡眠】
  • 「何時に寝て、何時に起きていますか?」
  • 「寝つきは良いですか?途中で目が覚めますか?」
  • 「朝はスッキリ起きられますか?昼間眠くなりますか?」
  • 「寝る前に何をしていますか?」
  • (必要ならEpworth sleepiness scoreも考慮)
  • 【精神状態・生活】
  • 「最近落ち込みやすくなりましたか?何をしても楽しめないと感じますか?」
  • 「家族やパートナーにサポートしてもらえていますか?」
  • 「最近、大きな変化(退職・離婚・身近な人の死など)はありましたか?」
  • 【食事・栄養】
  • 「最近、食欲や体重に変化はありましたか?」
  • 「特別な食事制限をしていますか?」
  • 「1日の食事内容を簡単に教えてもらえますか?」

ここまでで、“疲労の背景に何があるのか”を絞り込むヒントが得られました。
次は身体診察(Step 2)で、それを確かめていきましょう。


Step 2:身体診察(Physical Examination)

🎯 全体方針

疲労の原因として考えられる主な疾患(うつ病、甲状腺機能低下症、貧血、感染症、悪性腫瘍など)を念頭に、仮説を絞り込むための全身のHead-to-Toe評価を行います。


👁️‍🗨️ First Impression(第一印象からの診断的ヒント)

  • 歩行:ゆっくり、猫背、ふらつき → うつ病、貧血、B12欠乏、筋疾患
  • 姿勢:前かがみ、両手で支える → 呼吸困難、心不全、睡眠時無呼吸症候群(SAS)
  • 表情・顔色:無表情、蒼白、黄疸 → 抑うつ、貧血、肝疾患
  • 話し方:小声、単調、反応が遅い → うつ病、甲状腺機能低下症
  • 視線・身だしなみ:視線が合わない、衣服に無頓着 → 精神的要因の可能性

✅ 疲労の原因は、歩き方や声のトーンなど、最初の印象に現れることがある。


🩺 バイタルサイン・全身評価

  • 血圧、脈拍、体温、SpO₂、呼吸数
  • 体重・身長・BMI(体重減少や肥満を評価)
  • 一般状態:外見(疲弊、清潔感)、反応性、話し方

👀 頭頸部の評価

  • 眼瞼結膜の色(貧血)
  • 眼球結膜の黄染(肝疾患)
  • 顔色(蒼白、浮腫、表情の乏しさ)
  • 口腔内:舌の萎縮、口角炎、乾燥
  • 頸部リンパ節:腫脹、圧痛の有無
  • 甲状腺:腫大、硬結、圧痛

🫁 胸部(心肺)

  • 呼吸音:crackles(肺炎・心不全)、wheezes(気道過敏症)
  • 心音:リズム、不整脈、雑音(感染性心内膜炎を含む)

🦴 腹部・四肢

  • 腹部:圧痛、腫瘤、肝脾腫、鼠径部リンパ節腫脹
  • 四肢:浮腫、皮膚の色調(色素沈着、乾燥、紫斑)、毛髪や爪の変化(脱毛、脆弱性)
  • 関節:腫脹、圧痛の有無
  • 筋力低下や萎縮

🧠 神経・精神状態

  • 活気、姿勢、姿勢保持(努力性の有無)
  • 話し方や反応性(抑うつ傾向、認知障害の兆候)
  • 筋力、腱反射、振戦などの簡易神経評価

💅 爪に現れる診断のヒント(Snap Diagnosis)

  • スプーン状爪(koilonychia):鉄欠乏性貧血
  • 爪の脆弱化・縦割れ:栄養障害、甲状腺機能低下症
  • 白色爪(leukonychia):低アルブミン血症(肝疾患、栄養不良)
  • 爪の色素沈着:Addison病、薬剤性
  • ばち状爪(clubbing):心肺疾患、悪性腫瘍
  • 爪床蒼白:貧血、循環不全

🧩 所見のまとめと仮説の再構築

  • 眼瞼結膜の蒼白 → 鉄欠乏性貧血の可能性
  • 甲状腺腫大+乾燥肌+浮腫 → 甲状腺機能低下症を疑う
  • 心雑音+発熱+リンパ節腫大 → 感染性心内膜炎の可能性
  • 無表情・単調な話し方 → 抑うつの可能性
  • 明らかな身体所見がない → 精神的・社会的背景を再評価

次はStep 3(検査)で、これらの仮説を裏付け、必要に応じて除外診断を進めていきます。


Step 3:検査・画像(Investigations)

🎯 検査の目的

身体診察で得られた所見と仮説をもとに、検査を通じて以下を行う:

  • 疑っている疾患の裏付け(confirmation)
  • 重篤な疾患の除外(rule out)
  • 原因不明の疲労に対する広範なスクリーニング

🧪 基本的な血液検査

  • BNP / NT-proBNP:心不全が疑われる場合
  • CBC(血算):貧血、白血球異常(感染・血液疾患)
  • TSH, FT4:甲状腺機能低下症のスクリーニング
  • 血糖、HbA1c:糖尿病、低血糖
  • 電解質(Na, K, Ca, Mg):副腎不全、栄養障害の評価
  • 肝機能(LFTs)・腎機能:慢性臓器疾患の評価
  • CRP, ESR:慢性炎症や感染症の可能性

🧪 疑いに応じて追加する特殊検査

  • CK(クレアチンキナーゼ):筋力低下や筋痛がある場合に筋疾患や薬剤性筋障害を評価
  • ビタミンD:慢性疲労や抑うつが長期化する症例における栄養評価
  • ACTH刺激試験:朝のコルチゾールが境界値のときに副腎機能を精査
  • PHQ-9 / Whooley質問:抑うつが疑われる場合のスクリーニングとして活用
  • フェリチン・Fe・TIBC:鉄欠乏性貧血の確認
  • Vit B12・葉酸:巨赤芽球性貧血、神経症状
  • コルチゾール(朝):副腎不全が疑われる場合
  • HIV, HBV, HCV抗体:慢性感染症の除外
  • ANA, 抗CCP, RF:膠原病のスクリーニング
  • セリアック病関連抗体(tTG IgA):測定前に総IgAを確認し、IgA欠損の除外が必要。IgA低値の場合はtTG IgGやDGP IgGへ切り替え

🛏 睡眠障害の評価

  • Epworth Sleepiness Scale:日中の眠気評価(SAS疑い時)
  • Polysomnography(PSG):必要時に専門科へ紹介

🧫 尿検査・その他の検体検査

  • 尿定性・沈渣:感染、蛋白尿、糖尿
  • 便潜血、便培養:感染性腸炎や慢性出血の疑いがある場合

📷 画像検査(Imaging Studies)

🔍 1. レントゲン・MRIなどの画像検査

  • 胸部X線(CXR):悪性腫瘍、心不全、感染症、リンパ節腫脹や慢性肺疾患のスクリーニング
  • 頭部MRI:神経学的症状がある場合に考慮

🩺 2. 超音波検査(POCUS)

  • 頸部または甲状腺エコー:甲状腺疾患が疑われる場合
  • 腹部エコー:肝脾腫、腫瘤の確認(POCUSでも確認可能)
  • 心エコー(POCUS):心機能低下、心嚢液、感染性心内膜炎の所見
  • 肺エコー(POCUS):胸水、間質性陰影、B-lineの有無
  • IVCエコー(POCUS):体液量評価、低容量性の確認

🧩 検査結果の解釈と次の一手

  • TSH↑, FT4↓ + 抗TPO抗体陽性 → 橋本病の可能性が高い
  • Hb低値 + MCV↓ + Ferritin↓ → 鉄欠乏性貧血
  • Vit B12↓ + 神経症状 → ビタミンB12欠乏症
  • CRP高値 + 心雑音 + 貧血 → 感染性心内膜炎も視野に
  • 検査で明らかな異常なし → 精神科的評価や生活背景の再評価も重要

🗒️ 総括コメント

Step 1〜3を通じて、私たちは「疲労」という曖昧な訴えに対して、

  • 問診(Step 1)で背景とリスクを抽出し、
  • 身体診察(Step 2)で所見をもとに仮説を調整し、
  • 検査(Step 3)でその仮説を裏付けたり除外したりする

という構造的な診断アプローチを積み重ねてきました。

それぞれの段階で「Fact → Problem → Hypothesis(FPH)」の視点をもち、
常に鑑別診断を更新しながら、次に必要な情報を予測して取りに行く。
この積み重ねこそが、「疲れやすい」という漠然とした症状の正体に近づく鍵です。

検査結果がすべて正常であっても、それは「異常がないことを確認できた」という重要な成果であり、
精神的な要因や生活背景の影響を見極めるきっかけにもなります。
身体・心・社会を統合して考える“家庭医的思考”こそが、このテーマで最も力を発揮する視点なのです。


では、症例に戻って振り返りましょう

症例で振り返る(Case Reflection)

さて、ここまでStep 1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。


🚪 Doorway Information

  • 年齢・性別:34歳・女性
  • 主訴:「最近ずっと疲れていて、朝からしんどいです」
  • バイタルサイン:BP 110/70 mmHg, HR 78/min, Temp 36.5℃, SpO₂ 98%, RR 14/min

🔍 NTK(Need To Know)

  • 疲労の持続期間、時間帯、増悪/軽快因子
  • 睡眠・気分・ストレス・食欲・体重
  • 内科既往・服薬・婦人科歴・社会背景

🗣️ Step 1:問診の振り返り(Fact → Problem → Hypothesis)

  • Fact(NTKに基づいて得られた情報):
  • 「3週間ほど前から、朝起きたときから体が重く、仕事中もずっとだるい感じが続いている」
  • 「最近よく眠れず、夜中に何度も目が覚める」
  • 「2ヶ月前に部署が変わって残業が増えた。上司との関係も少しストレス」
  • 「ここ1ヶ月で2kgほど体重が減った」
  • 「月経は規則的。出血量はやや多め。貧血を指摘されたことがある」
  • Problem(semantic qualifierで再定義):
  • 持続性・日内変動のない倦怠感、回復困難
  • 睡眠障害あり(中途覚醒)
  • 精神的ストレス因子を含む社会背景
  • 体重減少+月経過多歴 → 慢性貧血のリスク
  • Hypothesis(鑑別上位3つ):
  1. うつ病(睡眠障害+精神的背景+集中困難)
  2. 鉄欠乏性貧血(倦怠感+月経+体重減少)
  3. 甲状腺機能低下症(倦怠感+睡眠の質低下、慢性経過)

🧑‍⚕️ Step 2:身体診察の振り返り

  • 診察室に入った時の印象では、姿勢はやや前傾で、動作がゆっくり。表情は乏しく、声は小さめだった。反応には遅れはないが、全体的に疲弊した印象。
  • バイタルサインは安定しており、体重減少を考慮してBMIはやや低め。
  • 眼瞼結膜は軽度に蒼白。眼球結膜に黄疸はなし。
  • 顔貌にむくみや乾燥はみられず、脱毛や浮腫も目立たない。
  • 甲状腺はわずかにびまん性腫大を認めるが圧痛や結節はない。
  • 心音は整、雑音なし。呼吸音も清。リンパ節の腫脹なし。
  • 腹部所見も異常なし。皮膚に紫斑や色素沈着なし。
  • 四肢に浮腫や筋力低下なし。
  • 精神的には抑うつ気分を思わせる様子あり。言葉数少なく、表情が乏しい。
  • 爪はやや脆く、軽度の縦割れあり。

<身体診察まとめ>

#表情乏しく、動作緩慢(flat affect, bradykinesia)

#結膜蒼白(pale conjunctivae)

#軽度甲状腺腫大(mild hypertrophy of thyroid)

#爪脆弱(fragile nail)

<Hypotheses(assessment)>

総合的に見ると、鉄欠乏性貧血や軽度の甲状腺機能低下、あるいは抑うつ状態の可能性が支持される。明らかなRed flagはなく、悪性疾患や感染症を強く示唆する所見も認められなかった。

  • r/i):うつ病、鉄欠乏性貧血、甲状腺機能低下症
  • r/o):感染症、悪性腫瘍、自己免疫疾患

NTK(検査で確認したいこと)

  • 鉄欠乏性貧血の有無(CBC、MCV、Ferritin、TIBC)
  • 甲状腺機能の評価(TSH、FT4、POCUS)
  • 炎症・感染の有無(CRP、WBC)
  • 栄養状態の評価(Vit B12、アルブミン、電解質)
  • 抑うつや精神疾患のスクリーニング(PHQ-9、必要に応じて精神科連携)
  • 心不全や悪性疾患など重大疾患を除外するための基本検査(CXR、肝腎機能、尿検査)

🧪 Step 3:検査の振り返り(表形式まとめ)

検査結果(NTKに対応)

カテゴリ項目結果備考
🩸 貧血評価Hb10.5 g/dL低値(貧血)
MCV72 fL小球性
Ferritin8 ng/mL明らかな鉄欠乏
TIBC410 μg/dL上昇傾向
🧠 甲状腺TSH4.9 μIU/mL軽度上昇
FT40.9 ng/dL正常下限
POCUSびまん性腫大、血流軽度増加、結節なし
🔥 炎症・感染CRP0.2 mg/dL正常
WBC6300 /μL正常
🍽 栄養状態Vit B12520 pg/mL正常
Na / Ca / Mg139 / 9.1 / 1.9正常
🩻 スクリーニングCXR異常なし肺・腫瘍スクリーニング含む
尿検査蛋白(-)、糖(-)、潜血(-)正常
🧠 精神評価PHQ-98点軽度うつの可能性あり

<検査結果まとめ>

#鉄欠乏性貧血

#PHQ低値

#潜在性甲状腺機能低下(subclinical hypothyroidism)

<Assessment>

  • 上記より、主症状を最もよく説明するのは鉄欠乏性貧血であり、
    軽度の甲状腺機能低下と精神的要因(ストレス、睡眠障害)も症状に寄与している可能性が高い。
  • 感染症・悪性疾患・自己免疫疾患を示唆する所見・検査結果はなく、現時点では除外的に扱ってよいと判断。

<Plan>

  1. 鉄欠乏性貧血に対する治療:経口鉄剤の開始(例:フェロミア 50mg 1日2回)+食事指導。服薬継続中の消化器症状に注意。
  2. 甲状腺機能の経過観察:明確な治療適応なし。3〜6ヶ月後にTSH・FT4再評価。抗TPO抗体や甲状腺機能の経時変化をモニタリング。
  3. 精神的サポート:生活背景・ストレスの傾聴を継続。PHQ-9の再評価を2〜4週間後に予定。必要時メンタルヘルス連携を検討。
  4. 生活指導:睡眠衛生指導、過労回避、軽い運動やリズムある生活の推奨。
  5. 経過観察:症状の推移を2週間〜1ヶ月後に再評価し、必要に応じて再検査や専門科紹介を検討。

以上のように、Stepごとに丁寧に確認していくことで、「疲れやすさ」という曖昧な訴えに対しても、適切に診断へと繋げていくことが可能になります。

一見ぼんやりとした主訴でも、

問診で“生活の文脈”を引き出し、

身体診察で“変化のサイン”を拾い、

検査で“裏付けと除外”を重ねていけば、診断は自然と浮かび上がってきます。

疲労というテーマこそ、家庭医のアプローチがもっとも力を発揮する場面のひとつです。
ぜひ外来や病棟でFPHを軸に、このステップを活かしてみてください。


専門医に紹介するとき:疲労の原因を見極めたうえで判断するポイントとは?

疲労という訴えは多くの場合、プライマリケアで対応可能ですが、以下のようなケースでは専門医紹介を検討すべきです:

🔺 精神科への紹介を考えるポイント

  • PHQ-9 10点以上、または希死念慮の訴えあり
  • 抑うつ症状が生活や仕事に著しい支障をきたしている
  • 初期介入に反応せず、症状が悪化傾向

🧬 内分泌内科への紹介を考えるポイント

  • TSH高値が持続し、FT4低下が明確(臨床的甲状腺機能低下症)
  • POCUSや抗TPO抗体などで橋本病が明らか

🩺 血液内科への紹介を考えるポイント

  • 鉄欠乏が著明で消化管出血が示唆される(便潜血陽性など)
  • 貧血が重度(Hb < 8.0 g/dL)または多系統異常を伴う場合

🔍 紹介前にやっておきたい検査・評価

  • CBC、鉄・TIBC、TSH・FT4、CRP・ESR、CXR、尿検査、PHQ-9
  • 橋本病や貧血では抗体(抗TPO)、便潜血なども有用

➡️ 紹介時には「何が原因として考えられるのか」「どこまで評価が済んでいるのか」を簡潔に記載することが大切です。これにより、専門医との連携がよりスムーズかつ効果的になります。


次は、実際の診察場面で役立つ「問診・身体診察のコツ(Tips)」をご紹介します。

Tips:問診・身体診察のコツ

疲労という訴えはあまりにもありふれているがゆえに、その本質を見極めるには「ちょっとしたコツ」が重要です。


🗣️ 問診のコツ

  • あえて沈黙をつくる:「……」という間のあとに出てくる“本音”がヒントになることも。
  • 疲労の“質”を聞く:「眠い?だるい?集中できない?体が重い? どれが一番つらいですか?」
  • 生活のリズムを具体的に:「何時に寝て、何時に起きて、朝どんな感じですか?」
  • 患者の言葉を使って聞き返す:「“だるい”って表現されてましたが、どんな感じでしょう?」
  • スクリーニング質問を忍ばせる
  • 「最近楽しめること減っていませんか?」(うつ)
  • 「食欲や体重、変わっていませんか?」(栄養・慢性疾患)

🧑‍⚕️ 身体診察のコツ

  • 診察室に入ってきたときの動作を観察:背中が丸まっていないか、歩行の速度は?
  • 表情と声のトーン:目の動きや声の抑揚に“元気のなさ”が出ていないか
  • 眼瞼結膜の色、爪の形状:貧血や栄養評価に有用
  • 甲状腺はルーチンで触れる:気づかれない腫大が多い
  • 皮膚の乾燥・脱毛・色素沈着:慢性疾患のサインかも
  • Red flagだけを探すのではなく、“異常のなさ”も丁寧に確認する

疲労という訴えの本質は、数値に表れないことも多々あります。だからこそ、“患者の存在全体を診る”ことを忘れずにいたいところです。

次に海外でも使える英語表現や、患者に優しい伝え方について紹介します

Clinical Pearls for Fatigue

“Fatigue is the price we pay for adaptation.”
— Hans Selye(ストレス理論の創始者)

“Exhaustion doesn’t mean weakness—it may mean persistence.”

これらの言葉は、疲労という症候の複雑さと、患者が語る物語の大切さを教えてくれます。


Practical English Phrases for Discussing Fatigue

💤 Sleep(睡眠)

  • “What time do you go to bed and wake up?”
  • 「何時に寝て、何時に起きていますか?」
  • “Do you often wake up in the middle of the night?”
  • 「夜中に何度も目が覚めますか?」
  • “Do you fall asleep during the day?”
  • 「昼間に眠ってしまうことはありますか?」

💢 Fatigue Quality(疲労の質)

  • “Can you describe the kind of tiredness you feel?”
  • 「どんな“疲れ”なのか教えてもらえますか?」
  • “Do you feel more tired in the morning, or later in the day?”
  • 「朝のほうが疲れていますか?それとも夕方?」
  • “Do you feel rested after sleep?”
  • 「眠っても疲れがとれた感じはしますか?」

🧠 Mood / Depression(気分・うつ)

  • “Have you had any recent changes in your mood or stress levels?”
  • 「最近、気分やストレスに変化はありましたか?」
  • “Have you lost interest in things you usually enjoy?”
  • 「普段好きなことに興味が持てなくなったりしていませんか?」

Common Idioms Patients Use to Describe Fatigue

  • “I’ve been overwhelmed lately.”(最近いっぱいいっぱいで…)
  • “I have too much on my plate.”(抱えていることが多すぎる)
  • “Feeling drained”(エネルギーを吸い取られた感じ)
  • “Worn out”(すり減った/くたびれた)
  • “My body feels heavy all the time.”(いつも体が重い)
  • “No matter how much I sleep, I still feel tired.”(どれだけ寝ても疲れがとれない)
  • “It’s like my battery never gets full.”(バッテリーが全然充電されない感じ)

これらの表現を知っておくことで、患者との距離を縮めることができ、疲労の本質に迫る手助けにもなります。


Glossary of Fatigue-Related Medical Terms

用語英語表現補足説明
倦怠感fatigue / low energy疲労感、エネルギー不足の訴え全般
貧血anemiaHb低下、酸素運搬能の低下を伴う状態
小球性貧血microcytic anemiaMCV低下を伴う、主に鉄欠乏性貧血
潜在性甲状腺機能低下症subclinical hypothyroidismTSH上昇、FT4正常の状態
慢性疲労症候群chronic fatigue syndrome (CFS)6ヶ月以上続く原因不明の著しい疲労
うつ病depression気分の落ち込み、興味の喪失を伴う精神疾患
睡眠時無呼吸症候群sleep apnea syndrome (SAS)無呼吸・低呼吸を伴う睡眠障害
疲労の質type of fatigue眠気、集中困難、身体のだるさなどを区別して問診する

Summary & Further Reading

🔍 記事のまとめ

本日学んだことは、以下の3つです

  1. 疲労という訴えは多因子的である:身体的疾患(貧血・甲状腺機能異常など)と、心理社会的要因(うつ、ストレス、睡眠障害など)の両面から評価する必要がある。
  2. 問診と身体診察の工夫が診断精度を左右する:生活背景の聞き取り、表情・姿勢・話し方などの観察、甲状腺・眼瞼結膜・皮膚・爪などの診察が鍵。
  3. 仮説を立て、必要な検査で絞り込む思考法が重要:VITAMIN CDEに沿って鑑別を広げ、StepごとにHypothesisを更新していく。

疲労という訴えは、身体的・精神的・社会的要因が複雑に絡み合う、極めて“総合診療らしい”症候です。今回の記事では、Fact→Problem→Hypothesisの枠組みで情報を整理し、問診・身体診察・検査のステップごとに臨床推論を積み上げていくアプローチを紹介しました。

最終的には、

  • 「日々の生活背景にある声を拾う」こと、
  • 「身体の変化を見逃さない」こと、
  • 「必要な検査を、必要なタイミングで行う」こと
    が、診断への最短ルートにつながります。

📚 関連記事のご案内

疲労と関連が深い以下の症候別アプローチもぜひご覧ください:

英語で学びたい方はこちら:

📖 References

  1. Murtagh’s General Practice, 8th Edition. Chapter: Fatigue
  2. 日本プライマリ・ケア連合学会. 「疲労」症候の診療ガイドライン(2022年)
  3. BMJ Best Practice. Assessment of fatigue in adults.
  4. Uptodate: Approach to the adult patient with fatigue.
  5. NICE guidelines. Chronic fatigue syndrome/myalgic encephalomyelitis (or encephalopathy): diagnosis and management

「😵‍💫 疲れがとれない?全身倦怠感に潜む16の疾患とその見分け方」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 【記事タイトル】 ー Med Student's Study Room

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

上部へスクロール