「お腹が張る」「何か触れる気がする」——そんな訴えの背後に、見逃せない疾患が潜んでいることがあります。
腹部膨隆(膨満)や腫瘤は、単なる便秘やガスではなく、腫瘍・ヘルニア・腹水・腸閉塞など、命に関わるサインかもしれません。
この記事では、“5F”のフレームや身体診察・画像の着眼点を通して、腹部膨隆・腫瘤へのアプローチを臨床で使える形で整理します。
この記事で学べること
本記事では以下の3つの観点から、腹部膨隆・腫瘤にアプローチする方法をわかりやすく解説します。
- 腹部膨隆・腫瘤の原因を“5F”分類で整理し、見落としやすい疾患を見抜く視点が身につく
- 腫瘤と膨満の違いを身体診察と画像から見極める臨床力を養う
- 腸閉塞・腹水・腫瘍に潜む“Red Flag”を逃さないための問診・診察の工夫を学ぶ
では、実際にどのような患者が腹部膨隆・腫瘤を訴えるのか、一例を見ながら考えてみましょう。
症例から始める:腹部膨隆・腫瘤の鑑別、あなたならどう考える?
🚪 Doorway Information
- 年齢・性別:70代・女性
- 主訴:お腹の張りと「何か触れる感じ」
- バイタルサイン:安定
- 現病歴要約:
数日前からの腹部膨満感を訴えて外来受診。
「右下腹部に少し硬いものが触れるような気がする」と自覚しており、食欲低下・排便の減少もみられる。
腹部診察では軽度の膨満と、右下腹部に弾性軟の腫瘤を触知。腸雑音はやや亢進している。
この症例を手がかりに、腹部膨隆・腫瘤の見方を一つずつ整理していきましょう。
どう考える?腹部膨満と腫瘤、その違いと“5F”での見極め方
では実際に、冒頭の症例のような「お腹が張る」「何か触れる」といった訴えに対して、私たちはどのような視点でアプローチしていくべきなのでしょうか。
まず押さえておきたいのは、腹部が膨れて見える原因がすべて“ガス”とは限らないということです。腹部膨隆・腫瘤の評価では、原因を大きく以下の5つに分類する “5F”のフレームワーク が有用です。
🔎 “5F”分類とは?
- Fat:肥満(皮下脂肪の蓄積)
- Fluid:腹水、膀胱尿貯留、偽性閉塞など
- Fetus:妊娠(特に女性の下腹部膨隆)
- Flatus:ガス(イレウス、麻痺性腸閉塞、便秘、SIBOなど)
- Feces:嵌頓便、慢性便秘による腸管拡張
この分類を意識することで、「ただの便秘」や「ガスがたまっているだけ」といった安易な判断を避け、より構造的・包括的に腹部の異常を捉えることができます。
📘 用語の整理:膨満?膨隆?腫瘤? それぞれの違いとは
次に、見逃されがちなのが“言葉の定義”の違いです。OSCEや臨床の場では、これらを混同せずに評価する力が問われます。
用語 | 英語表現 | 意味・特徴 |
---|---|---|
膨満 | Abdominal Distention | 内圧による腹部の張り(ガスや液体など) |
膨隆 | Abdominal Bulging | 腹壁の外側への突出(ヘルニアなど) |
腫瘤 | Abdominal Mass | 触診・画像で確認できる構造的な塊(腫瘍・嚢胞など) |
この違いを整理しておくことで、問診や身体診察の際に「膨らんでいる=ガス」や「触れる=便秘」といった誤認を防ぎ、より正確な鑑別が可能になります。
🩺 OSCEにも出る!腹水の見抜き方はここをチェック
さらに、OSCEでも頻出なのが腹水(Fluid)の評価です。腹水は膨満と腫瘤の中間のような存在であり、視診・打診・触診・超音波のすべてを活用して判断する必要があります。
例えば、以下のような所見が腹水を疑うポイントとなります:
- 腹部全体の膨満+鼓音の消失(打診)
- 仰臥位で側腹部が膨らむ(腹水の分布)
- Shifting dullness:体位を変えると濁音領域が移動する
- 超音波で腸管周囲の無エコー帯を確認(最も感度が高い)
このように、膨隆・腫瘤・腹水という概念を明確に整理しておくことで、日常診療でもOSCEでも「見抜くべき病態」を確実に捉えることができます。
では、これらの分類や言葉の整理をもとに、次は実際に問診・診察をどう展開するかを見ていきましょう。
診断の一歩:Fact / Problem / Hypothesis で整理する
これまでの視点(5F分類・用語の違い)を踏まえたうえで、症例を構造的にとらえてみましょう。ここでは、臨床推論の基本である 「Fact / Problem / Hypothesis」 のフレームを用いて、次の一手を考えます。
🔎 Fact(事実)
- 数日前からの腹部膨満感
- 右下腹部に患者自身が“触れる”と訴える
- 排便は数日間なし、食欲も低下
- バイタルは安定
- 腸雑音やや亢進
- 右下腹部に弾性軟の腫瘤を触知
🧠 Problem(問題点の再定義)
これらの事実を、より臨床的な観点から再定義すると:
- 腹部膨満(distention)が数日持続しており、ガスまたは液体の貯留が疑われる
- 右下腹部に弾性軟の腫瘤あり → 可動性ある軟らかい構造物(腸管やヘルニア内容?)
- 排便なし・腸雑音亢進 → 機械的腸閉塞(obstruction)のearly signの可能性
特に「膨満+腫瘤+排便停止」の組み合わせは、見逃せないサインといえるでしょう。
🔬 Hypothesis(鑑別の展開)
ここで立てられる仮説を、VITAMIN CDE に沿って整理してみましょう。
- Vascular:なし(大動脈瘤破裂ならバイタル不安定)
- Infectious:膿瘍、感染性腹膜炎なども考慮はするが現時点では否定的
- Trauma:外傷歴なし
- Autoimmune:Crohn病などの腸管病変は慢性経過で疑うが、今回は急性経過
- Metabolic:麻痺性イレウス(二次性)も否定できない(薬剤・電解質異常)
- Idiopathic / Iatrogenic:手術歴による癒着性イレウスも要確認
- Neoplastic:腫瘍性腸閉塞(進行が急であれば鑑別に)
- Congenital:高齢者では非典型だが、内ヘルニアなどは可能性あり
- Degenerative:腸の運動機能低下による便秘・仮性閉塞
- Endocrine / Excretory:尿閉・膀胱腫瘤なども“腫瘤”感として訴える可能性あり
この時点で最も疑うべきは、腸管の一部が閉塞・絞扼されている可能性、特に外ヘルニアを中心としたTrue obstructionの存在です。
では、この仮説をもとに、次はどのような問診や身体診察を行えばよいのでしょうか? 次のセクションで、実際の診察プロセスを一緒に見ていきましょう。
Step 1:問診で見抜く腹部膨隆・腫瘤の“正体”
ここまでで仮説を立てた私たちは、次に問診で「何を聞きにいくか」を明確にする必要があります。
腹部膨隆・腫瘤に対する問診では、症状の性質・経過に加えて、基礎疾患や再発リスク、手術歴の確認が非常に重要です。
そこで活用できるのが、OPQRSTとPAM HITS FOSSのフレームです。
🔍 OPQRST:膨満感や腫瘤の“性質”をつかむ
- O (Onset):いつからお腹が張っているのか?突然か、徐々にか?
- P (Provocation/Palliation):食事・排便・体位で変化するか?立位で膨らむ(=ヘルニア)など
- Q (Quality):張り感か、違和感か、圧迫感か?
- R (Region/Radiation):限局性か全体性か?腫瘤の位置は固定か可動性か?
- S (Severity):日常生活に支障が出る程度か?
- T (Time course):日内変動・周期性はあるか?排便や排尿との関連は?
たとえば、「張りは食後に強くなるが、ガスが出ると楽になる」という訴えなら、機能性の可能性が示唆されます。
一方で、「一日中ずっと張っていて、下腹部に固いものがある」という場合は、腫瘍性病変や嵌頓の可能性を考えるべきです。
📋 PAM HITS FOSS:背景を把握する12の質問
続いて、膨満や腫瘤のリスク要因を絞り込むために、全身的な背景情報を系統的にチェックします。
- P:これまでにも同じような症状はあったか?(再発性ヘルニアなど)
- A:食物・薬剤アレルギー(薬剤性イレウスなど)
- M:使用中の薬(抗コリン薬・オピオイドは麻痺性イレウスの原因に)
- H:過去の入院歴(腸閉塞や腹膜炎など)
- I:外傷歴(腹部打撲などが原因の腫瘤)
- T:開腹手術歴(癒着性イレウスの要因)
- S:過去の腫瘍や癌治療歴(腫瘍性病変の可能性)
- F:家族歴(大腸癌や卵巣癌の既往)
- O:婦人科歴(妊娠、卵巣嚢腫、子宮筋腫)
- S:性的接触歴(骨盤内炎症疾患などの鑑別に)
- S:生活習慣(便秘傾向、ストレス、アルコール、ダイエットなど)
🧭 ここでのポイント
- 癒着性の腸閉塞:術後の腹部手術歴があるか?
- ヘルニア:立位で膨らむ・可逆性か?
- 腫瘍性病変:進行性・排便障害・体重減少が伴うか?
- 腹水:肝疾患の既往・アルコール・B型C型肝炎ウイルスの既往など
問診で得られた情報をもとに、次は実際に身体診察で「腫瘤なのか?」「腹水か?」「膨満の性質は?」を見極めに行きます。
Step 2:身体診察で“腫瘤なのか、腹水なのか”を見極める
問診で得た情報をもとに、次は身体診察で「触れるものの正体」を明らかにしていきます。
腹部膨隆・腫瘤の診察では、視診・打診・聴診・触診という基本に加え、ヘルニアや腹水の評価が重要です。
また、近年ではPOCUS(Point-of-Care Ultrasound)も大きな武器となっています。
では、診察手順を順に見ていきましょう。
👀 視診(Inspection)
- 腹部の左右差、局所的な隆起(ヘルニア?腫瘤?)
- 臍の突出や偏位(腹水 or 妊娠 or 膀胱?)
- 腸蠕動の視認(高度なイレウスでは蠕動が見えることも)
- 体位による変化(立位で膨らむ:脱出性ヘルニアを示唆)
🎧 聴診(Auscultation)
- 腸蠕動音:消失 or 高頻度(→ 麻痺性 or 機械的イレウス)
- 水様音(succussion splash):液体と気体が混在する腸内液貯留を示唆(腸閉塞やSIBO)
- 血管雑音:腹部腫瘤(大動脈瘤など)の圧迫による血流変化
🧭 Column:これが聴けたら要注意? Splash音の正体
Succussion splash(スカッション・スプラッシュ音)とは、腹腔内に液体とガスが共存しているときに、腹部を揺らすことで聞こえる“チャポン”というような水音です。
これは主に以下のような状況で聴取されます:
- 高度の胃拡張(胃の排出障害、幽門狭窄)
- 小腸〜大腸の液体貯留+ガス(腸閉塞など)
- SIBO(小腸内異常発酵)などで液体成分が多いとき
10秒以上の絶食後にこの音が聞かれれば、胃内容物が排出されていないサインとなり、閉塞や蠕動低下を示唆します。
ちょうど、水入りペットボトルを振ったときの音を想像してみてください。
🪘 打診(Percussion)
- 鼓音:腸管ガスや空虚な腹腔(正常 or 膨張)
- 濁音:腹水、腫瘤、膀胱、妊娠子宮などを示唆
- Shifting dullness:体位変換で濁音が移動すれば腹水の存在を示唆
- 肝濁音界の変化:巨大腫瘤や腹水で消失・移動していないか
✋ 触診(Palpation)
- 腫瘤の部位・大きさ・硬さ・可動性・圧痛を評価
- 弾性軟(腸管?) or 固定硬(腫瘍?)の違い
- 腹壁筋の緊張や防御反応(腹膜刺激症状)
- 深部触診:膀胱・卵巣腫瘍・子宮筋腫などは深部に触れる
- ヘルニア門の確認:鼠径部・大腿部・臍など、立位や咳嗽で膨らむか
🌊 特に重要:波動触知(Fluid Wave)
患者の両側腹部を叩打し、中央部に手を置くと波動が伝わることがあります。これは中等量以上の腹水で陽性となり、診察室でも確認可能な重要所見です。
Shifting dullnessと併用すれば、少量〜中等量の腹水も非侵襲的に評価できます。
🩻 POCUS(超音波)を使った確認
- 腹水:腸管周囲・側腹部・ダグラス窩に無エコー帯が確認できる
- 腫瘤:嚢胞性(無エコー)か、solid(内部エコーあり)か
- ヘルニア:皮下の腸管像+血流有無の評価(絞扼リスク)
- 膀胱腫瘤:尿閉様の所見+膀胱内腫瘤の確認
POCUSをうまく活用すれば、CTを撮る前に原因の80%以上が特定できるという報告もあります。
🧩 身体診察から得られる示唆
- 弾性軟な腫瘤+可動性 → 腸管やヘルニアの可能性
- 固定・非可動+圧痛なし → 腫瘍性病変を考慮
- 鼓音が消失+Shifting dullness or 波動触知 → 腹水が第一疑い
- 腹壁から突出し、咳嗽で増強 → 脱出性ヘルニア
ここまでの身体診察で得られた情報を踏まえ、次は検査や画像を選択し、診断の確証を得に行きましょう。
Step 3:検査・画像で“原因とリスク”を可視化する
問診と身体診察で立てた仮説をもとに、ここでは検査と画像を選択して「何が原因か」「どこまで進行しているか」を評価します。
腹部膨隆・腫瘤では、画像診断が決定打になることも少なくありません。
🧪 血液検査・尿検査
- 炎症マーカー:WBC, CRP(腹膜炎・感染性腫瘤の評価)
- 腎機能・電解質:BUN/Cr(脱水・third space loss の指標)
- 腫瘍マーカー:CEA, CA19-9(腫瘍性腫瘤のスクリーニング)
- 妊娠反応:女性では必須(Fetusかどうかの鑑別)
- 尿検査:膀胱腫瘤や尿閉、UTIの評価
血液データで特に注目すべきは、「腫瘤がある=体液は保持されている」と思いきや、実は脱水・循環血漿量の減少が起きているケースがあることです。
🧭 Column:Third Space Shiftとは?──“張っているのに脱水”の不思議を解く
Third space shift(第三腔液シフト)とは、本来血管内や細胞内にあるべき水分が、腹腔・腸間膜・腫瘍内部・浮腫性腸管壁などに漏出してしまう状態を指します。
腸閉塞、膵炎、絞扼性イレウス、腹膜炎などで見られ、「お腹が張っている=体液はある」と見えても、血管内はカラカラに乾いているという現象が起こります。
特にイレウスでは、腸管内に1L以上の液体が貯留することもあり、バイタルでは頻脈・血圧低下・皮膚乾燥などで初期ショックのサインが出ることも。
この“見かけ倒し”の脱水を見抜くことは、循環血漿量減少の診かたとも深く関連しています。
🖼️ 腹部X線
- 小腸ガス像:拡張(>3cm)、Kerckringひだの明瞭化
- 大腸ガス像:便塊との識別、拡張パターン(toxic megacolonなど)
- niveau像:液面形成 → 腸閉塞のサイン
- free air:穿孔や重度腹膜炎を示唆(腹膜外ガス)
🧠 腹部CT(造影あり推奨)
- 腸管の拡張と虚脱:transition pointの同定
- 腸間膜サイン:whirl sign(捻転)、beak sign(狭窄)
- 腫瘤の性状:嚢胞性 vs solid、辺縁の境界不明瞭なら悪性の疑い
- 絞扼性変化:腸管壁の浮腫、脂肪織混濁、高濃度腹水、筋膜肥厚
🧠 Tips:Stepwise Approach to CT ― イレウスの評価手順
- 回盲部の虚脱、小腸の拡張(>3cm)を確認
- SMAとSMVの比較(SMA > SMV → 捻転のサイン)
- 外ヘルニアの有無を確認
- 特徴的サイン:Small bowel feces sign / Beak sign / Whirl sign
- 腸管全体を“口側から肛門側へ”評価
この流れを押さえれば、CTでのイレウス評価は一気に明瞭になります。
🧩 補足:外ヘルニアと内ヘルニアの違い
イレウスの原因となる「ヘルニア」には、以下の2タイプがあります。
- 外ヘルニア:体表から観察・触知可能。鼠径・大腿・臍など。
- 内ヘルニア:腹腔内で腸管が裂隙に迷入。術後・先天的要因など。
外ヘルニアは視診で確認できますが、内ヘルニアはCTでの注意深い観察が必要です。
💡 腹水があるとき、次に考えるのは?
- 量・分布:広範囲か?隔壁ありか?
- 腹水穿刺(paracentesis):性状・SAAG・培養を評価
検査項目 | 目的 |
---|---|
外観(透明・血性・膿性) | 悪性 or 感染の初期評価 |
蛋白・LDH・細胞数 | 滲出性 or 漏出性の鑑別 |
SAAG | 肝硬変 vs 悪性腹水の鑑別 |
培養・グラム染色 | SBPの除外 |
🔚 検査・画像から得られる結論
- 腸閉塞(特に絞扼性)を示唆する画像所見あり
- 脱水・電解質異常が進行している(third space shift)
- 膀胱・婦人科腫瘤や腹水の鑑別も必要(US・CTで明確に)
これらを踏まえ、次は導入症例に戻って、実際にどう対応したかを振り返ります。
Step 3:検査・画像で“原因とリスク”を可視化する
問診と身体診察で立てた仮説をもとに、ここでは検査と画像を選択して「何が原因か」「どこまで進行しているか」を評価します。
腹部膨隆・腫瘤では、画像診断が決定打になることも少なくありません。
🧪 血液検査・尿検査
- 炎症マーカー:WBC, CRP(腹膜炎・感染性腫瘤の評価)
- 腎機能・電解質:BUN/Cr(脱水・third space loss の指標)
- 腫瘍マーカー:CEA, CA19-9(腫瘍性腫瘤のスクリーニング)
- 妊娠反応:女性では必須(Fetusかどうかの鑑別)
- 尿検査:膀胱腫瘤や尿閉、UTIの評価
血液データで特に注目すべきは、「腫瘤がある=体液は保持されている」と思いきや、実は脱水・循環血漿量の減少が起きているケースがあることです。
🧭 Column:Third Space Shiftとは?──“張っているのに脱水”の不思議を解く
Third space shift(第三腔液シフト)とは、本来血管内や細胞内にあるべき水分が、腹腔・腸間膜・腫瘍内部・浮腫性腸管壁などに漏出してしまう状態を指します。
腸閉塞、膵炎、絞扼性イレウス、腹膜炎などで見られ、「お腹が張っている=体液はある」と見えても、血管内はカラカラに乾いているという現象が起こります。
特にイレウスでは、腸管内に1L以上の液体が貯留することもあり、バイタルでは頻脈・血圧低下・皮膚乾燥などで初期ショックのサインが出ることも。
この“見かけ倒し”の脱水を見抜くことは、循環血漿量減少の診かたとも深く関連しています。
🖼️ 腹部X線
- 小腸ガス像:拡張(>3cm)、Kerckringひだの明瞭化
- 大腸ガス像:便塊との識別、拡張パターン(toxic megacolonなど)
- niveau像:液面形成 → 腸閉塞のサイン
- free air:穿孔や重度腹膜炎を示唆(腹膜外ガス)
🧠 腹部CT(造影あり推奨)
- 腸管の拡張と虚脱:transition pointの同定
- 腸間膜サイン:whirl sign(捻転)、beak sign(狭窄)
- 腫瘤の性状:嚢胞性 vs solid、辺縁の境界不明瞭なら悪性の疑い
- 絞扼性変化:腸管壁の浮腫、脂肪織混濁、高濃度腹水、筋膜肥厚
🧠 Tips:Stepwise Approach to CT ― イレウスの評価手順
- 回盲部の虚脱、小腸の拡張(>3cm)を確認
- SMAとSMVの比較: SMA > SMV → 腸間膜捻転(whirl sign)を示唆
- 外ヘルニアの有無を確認: 鼠径部・臍・手術瘢痕部など
- 特徴的サインを探す:
– Small bowel feces sign(腸内容物の滞留)
– Beak sign(先細り)
– Whirl sign(腸間膜のねじれ) - 腸管を口側→肛門側に全体評価: 拡張と虚脱の差で閉塞部位を特定
絞扼性を強く疑う所見:
- 腸管壁の浮腫性肥厚
- 造影不良腸管(poor enhancement)
- 脂肪織混濁(inflammatory fat stranding)
- 腹水のCT値が 20HU以上(血性 or 滲出性 → 絞扼 or 悪性)
- 腸間膜・腹腔内の気体(free air / air density)
これらの情報を組み合わせることで、緊急性を要する絞扼性イレウスを見逃さず診断できます。
🧩 補足:外ヘルニアと内ヘルニアの違い
イレウスの原因となる「ヘルニア」には、以下の2タイプがあります。
- 外ヘルニア(external hernia):
– 腸管が体表方向に脱出するタイプ。
– 鼠径部・大腿部・臍などが好発部位で、視診・触診での確認が可能。 - 内ヘルニア(internal hernia):
– 腸管が腹腔内の裂隙(mesenteric opening など)に迷入するタイプ。
– 見た目ではわからず、CTによる精査が診断の鍵となります。
🔎 鼠径ヘルニアの分類(内鼠径 vs 外鼠径)は、CTでも重要な鑑別ポイントです。
画像では下腹壁動静脈(inferior epigastric vessels)をランドマークとし、
- 外側(lateral)に脱出していれば外鼠径ヘルニア
- 内側(medial)に脱出していれば内鼠径ヘルニア
ヘルニアの種類によって手術の適応・方法・緊急度が変わるため、診察・画像の段階で正確に把握することが重要です。
💡 腹水があるとき、次に考えるのは?
- 量・分布:広範囲か?隔壁ありか?
- 腹水穿刺(paracentesis):性状・SAAG・培養を評価
検査項目 | 目的 |
---|---|
外観(透明・血性・膿性) | 悪性 or 感染の初期評価 |
蛋白・LDH・細胞数 | 滲出性 or 漏出性の鑑別 |
SAAG | 肝硬変 vs 悪性腹水の鑑別 |
培養・グラム染色 | SBPの除外 |
🔚 検査・画像から得られる結論
- 腸閉塞(特に絞扼性)を示唆する画像所見あり
- 脱水・電解質異常が進行している(third space shift)
- 膀胱・婦人科腫瘤や腹水の鑑別も必要(US・CTで明確に)
これらを踏まえ、次は導入症例に戻って、実際にどう対応したかを振り返ります。
【症例で振り返る】導入症例にStep 1〜3を適用してみよう
🟩 導入
さて、ここまでStep 1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。
🟦 Step 1:問診の振り返り (Fact → Problem → Hypothesis)
医師:「今日はどうされましたか?」
患者:「3日くらい前からずっとお腹が張ってて…。ご飯もあんまり食べられなくて。あと、右の下の方にちょっと硬いのがあるような…。」
医師:「吐いたり、お通じはどうですか?」
患者:「吐き気はないんですけど、便が出てなくて…ガスも出にくいです。」
=== 医師の思考 ===
この膨満、数日間持続していて食欲も低下。排便もなくガスも少ない…。しかも腫瘤を自覚している。
これ、便秘ではなさそう。明らかに機械的腸閉塞の可能性が高いな。
【Fact】
○ 3日間の膨満
○ 右下腹部に自覚される「しこり」
○ 排便・排ガスなし
○ 食欲低下
【Problem】
○ 数日持続の膨満 + 便秘 + 腫瘤触知 → 局所性閉塞 or 嵌頓性ヘルニア
【Hypothesis】 (VITAMIN CDE)
- Vascular:腸間膜捻転も想定
- Infectious:腹膜炎?現時点では否定的
- Neoplastic:進行癌?経過、年齢的には除外できない
- Congenital:内ヘルニアも想定
- Others:外鼠径ヘルニアが第一疑い
🟦 Step 2:身体診察の振り返り
- 視診: 軽度膨満あり、臍偏位なし/立位で右下腹部がやや膨らむ
- 聴診: 腸雑音やや亢進、水様音なし
- 打診: 右下腹部に軽度濁音、Shifting dullnessはなし
- 触診: 右下腹部に弾性軟の腫瘤を触知、咳嗽で増強/圧痛軽度、反跳痛なし
- POCUS: 腹水なし、ヘルニア門に腸管様構造+可動性あり
→ ヘルニアの可能性が高く、絞扼所見は現時点でははっきりしないが、画像で精査が必要
🟦 Step 3:検査・画像の振り返り
- 血液検査: WBC 13,000 /μL、CRP 4.2 mg/dL(炎症反応あり)
- 造影CT:
- 回盲部の虚脱、小腸拡張(最大3.8cm)
- transition pointにbeak sign、whirl signあり
- 腸間膜脂肪にfat stranding、高濃度腹水(CT値 25HU)
- 外鼠径ヘルニア門に腸管内容物あり
- SMAとSMVの捻転なし → 腸間膜捻転は否定的
→ 絞扼性イレウスと判断し、外科コンサルトへ
🔚 結論と転機
- 診断: 絞扼を伴う外鼠径ヘルニアによる腸閉塞(closed loop型)
- 対応: 緊急手術で虚血腸管の切除+ヘルニア修復術
- 術後: 経過良好、5日目に退院
初期の問診と診察で“たかが膨満”に見えた背景に、命に関わる病態が隠れていました。
ここまでで、問診・身体診察・画像検査を通じて、病態の全体像が見えてきました。
特に絞扼性イレウスの可能性がある場合、時間を争う判断が求められます。
ここでは、専門医に紹介すべきタイミングと、その際に伝えておくべきポイントを整理しておきましょう。
絞扼性イレウスを疑ったら? 専門医に紹介すべきサインと伝えるべき情報
腹部膨満や腫瘤を主訴とする患者において、機械的な腸閉塞、特に絞扼性イレウス(strangulated ileus)が疑われる場合には、速やかに外科系専門医への紹介を検討すべきです。
🔶 外科紹介を考慮すべき所見とは?
- 小腸の拡張が 3cm 以上
- 回盲部の虚脱
- beak sign、whirl sign など transition point の存在
- 腸管壁の浮腫性肥厚や脂肪織混濁
- CT値 20HU 以上の高濃度腹水
- 腸音の異常(消失または金属音)
- 嵌頓ヘルニアを疑う腫瘤触知や炎症所見
これらの所見が揃った場合、自然軽快を期待するのではなく、時間との勝負と捉えて迅速な対応が求められます。
🛠️ 専門医紹介時に伝えるべき情報一覧
- 発症時期と経過(急性 or 徐性、増悪・寛解の有無)
- 排便・排ガスの状況と最後の時点
- 吐物の性状(胆汁性、糞便様など)
- 腫瘤の部位、性状、可逆性、咳嗽での変化
- WBC、CRP、乳酸値などの炎症・虚血マーカー
- 腹部CT所見:拡張・虚脱部位、transition pointの有無、脂肪濃度変化、whirl/beak signなど
- SMA/SMVの走行異常や腸間膜血流の変化
このような情報をあらかじめ整理しておくことで、紹介先での対応がより迅速かつ的確に行われやすくなります。
このように、専門医へ適切に情報を伝えることで、救命につながる治療の迅速化が期待できます。
では次に、問診や身体診察で実際に使えるコツや工夫について、具体的に見ていきましょう。
問診・身体診察のコツ:腹部膨隆・腫瘤の見極めに役立つ実践テクニック
ここまで、診察と検査のステップを通じて、診断の全体像を組み立ててきました。
このセクションでは、日常診療で「ちょっとした工夫」が診断精度を高める、問診と身体診察のTipsを紹介します。
🔍 問診のポイント
- 「いつから張っているか」だけでなく、「1日の中で変動するか」も聞く
→ 機能性の膨満(IBSなど)は日内変動があることが多い。 - 「便やガスが出ているか」に加え、「排便後にスッキリしたか」も確認
→ 単なる便秘なのか、排出困難型かを区別するヒントに。 - 「どの部位が張っているか」を自覚で確認させる
→ 局所性 vs 全体性の判断に役立つ。
✋ 身体診察のコツ
- 視診は立位・仰臥位の両方で評価
→ ヘルニアの可逆性や重力で変化する所見が見える。 - 聴診では“金属音(high-pitched bowel sounds)”や“splash音”に注意
→ splash音(チャポンという液体音)は液体+ガスが混在する閉塞部位を示唆。 - 打診と波動触知は腹水の評価に不可欠
→ Shifting dullnessとFluid wave testは両方確認。 - 軽く咳をさせて、腹壁ヘルニアの触知を誘発
→ 咳嗽時に触れる腫瘤=外鼠径ヘルニアの有力所見。
💬 よく効く質問の一例
- 「朝は平気だけど夕方はパンパンになりますか?」
- 「張った時にゴロゴロ鳴ったり、音が消えたりしますか?」
こうした些細な情報が、機械的閉塞・腹水・機能性障害などの鑑別につながります。
ではここからは、臨床英語表現や英語診察時に役立つTipsも見ていきましょう。
腹部膨隆・腫瘤にまつわるClinical Pearls(臨床の知恵)
診察や検査のステップを踏んできた今だからこそ、経験豊富な医師たちが口にする “ちょっとした知恵” が響きます。
ここでは、腹部膨満の診療で思い出しておきたい臨床的な格言やアドバイスを紹介します。
- “Abdominal X-rays show the whole picture, but CT gives you the critical signs.”
腹部X線は全体像を、CTは決定的サインを見せてくれる。
― Dr. James Chen(ER radiologist) - “Not all bloating is gas — think fat, fluid, fetus, feces, and more.”
「お腹が張る=ガス」と決めつけない。原因は他にもある。
― Unknown(USMLE mnemonic) - “Constipation in the elderly might just be the tip of an obstructive iceberg.”
高齢者の便秘の裏に、閉塞が隠れているかもしれない。
― Dr. Susan Garrison(Geriatrician) - “A splashy belly may sound harmless, but sometimes it’s screaming for help.”
チャポンという音も、時に緊急サインになりうる。
― Unknown(Surgical rounds teaching phrase) - “When in doubt, follow the vessels — they lead you to the hernia.”
迷ったら血管を追え。そこにヘルニアの答えがあるかもしれない。
― Dr. Michael Felson(Radiologist)
こうした言葉は、診断の迷いをふと解いてくれるヒントになるかもしれません。
ではここからは、英語での問診や診察時に役立つ表現を確認していきましょう。
ここからは、英語で診察や患者説明を行う際に役立つ表現をまとめてご紹介します。
OSCEや海外実習、英語診療に備えたトレーニングの一環として、ぜひ活用してください。
Useful Medical Expressions(英語での診療表現)
- “Does your abdomen feel bloated or tight?” ― 「お腹が張ったような感覚はありますか?」
- “Can you point to the area that feels the most swollen?” ― 「一番張っていると感じる場所を教えてください。」
- “Has the bloating been getting worse, staying the same, or improving?” ― 「膨満感は悪化していますか?変わらず?よくなっていますか?」
- “Have you been able to pass gas or have a bowel movement?” ― 「ガスや便は出ていますか?」
- “Let me listen to your bowel sounds.” ― 「お腹の音を聴診しますね。」
Layman’s Terms & Idioms(患者向けのわかりやすい表現)
- Bloating ― 「張っている感じ」「お腹が膨らんでいる感じ」
- Blocked bowel ― 「腸が詰まっている状態」
- Trapped gas ― 「ガスがたまっている」
- Fluid in the belly ― 「お腹に水(腹水)がたまっている」
- Something’s stuck ― 「何かが引っかかっている感じ」
Medical English Glossary(用語解説)
- Abdominal distention:腹部膨満、外見上お腹が膨れて見える状態
- Ileus:麻痺性腸閉塞(腸の動きが止まって通過障害を起こす)
- Obstruction:機械的閉塞、何らかの物理的原因で腸が詰まる状態
- Ascites:腹水、腹腔内に液体が貯留した状態
- Hernia:ヘルニア、腹壁などの弱い部分から臓器が飛び出す状態
- Peristalsis:蠕動、腸の収縮運動
- Transition point:拡張と虚脱が交差する部位。閉塞の位置の指標
- Beak sign / Whirl sign:CTで腸閉塞や絞扼を示す特異的所見
- Splash sound:チャポンという音。液体とガスが混在した状態で聴取される
ここまでで、腹部膨隆・腫瘤の診察・診断・説明を英語でも行うための基盤が整いました。
次のまとめセクションでは、この記事全体で学んだ要点を整理し、明日から活かせる知識として定着させましょう。
この記事のまとめ:お腹が張る、その奥にあるものを見逃さない
腹部膨隆・腫瘤という症候は、一見すると「便秘」「ガス」など軽い印象を持たれがちですが、実際には絞扼性イレウスや腹水、腫瘍性病変など、重大な病態が潜んでいることも少なくありません。
この記事では、「5F」や「急性×慢性」「局所×全体」といったフレームを用いて、腹部膨満を系統的に捉える方法を紹介しました。さらに、CT所見や身体診察のポイント、患者への伝え方まで含めた総合的な診療アプローチを解説しました。
問診のちょっとした工夫や、腹壁の波動、聴診のチャポン音、画像でのbeakやwhirl signなど、「気づけるかどうか」が診断を左右します。
英語診療に備えた表現や用語もあわせて学ぶことで、OSCEや海外臨床、実際の救急外来でも活かせる力になるはずです。
「問診力を鍛えたい方は 👉 Mock Caseシリーズ」、「臨床推論を深めたい方は 👉 Case Studyシリーズ を活用ください。
“ただの張り”を見逃さず、臨床のセンスを磨く一歩として、ぜひ今日からの診療で活かしてみてください。
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参考文献
- 河野茂 監修. 『ビジュアル版 救急診療指針 改訂第3版』へるす出版, 2018.
- 日本救急医学会 編. 『救急診療指針2024』へるす出版, 2024.
- 本間研一 監修. 『腹部X線・CTの読みかた』中外医学社, 2020.
- UpToDate: Evaluation of the adult with abdominal bloating or distention. Accessed June 2025.
- Radiopaedia.org. “Small bowel obstruction.” Accessed June 2025.
- Felson, B. “Principles of Chest Roentgenology.” Saunders, 1991.(ヘルニア評価の基礎)
- Chen J., Emergency Radiology Case Review. McGraw Hill, 2019.
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