吐血・下血の原因と見分け方:色・タイミング・量から読み解く消化管出血の診かた


「便に血が混じっていたけど…痔だと思って放っておいた。」
「黒い便が出たけど…昨夜のイカスミかも?」
そんな“思い込み”が、命取りになることもあります。
吐血・下血は、時に重大な消化管出血のサイン。
OSCEや臨床現場では、“出血の色・タイミング・便の状態”から正しくアプローチできる力が求められます。
この記事では、現場ですぐ使える“見分け方”と“対応”のコツを徹底解説します。


この記事で学べること

  • 吐血・下血の見分け方: 出血の「色・混ざり方・タイミング」から、出血部位を推測する力を身につけます。
  • よくある疾患と見逃せない危険疾患の鑑別: 痔や感染症といったcommonな原因から、がん・潰瘍・虚血性腸炎など重大な疾患まで、幅広く対応できる視点を整理します。
  • OSCEや初期対応に役立つ問診・身体診察・検査の進め方: 直腸診・内視鏡・FOBTなどの適応を理解し、専門医紹介の判断にも自信が持てるようになります。

導入症例:患者の生の言葉からはじまる診察

Doorway Information

  • 年齢・性別: 65歳 男性
  • 主訴: 便に赤い血が混じっていた
  • バイタルサイン: BP 110/68 mmHg, HR 96/min, SpO₂ 98% (RA), T 37.2℃

患者の第一声

今朝トイレに行ったら、便器の中に真っ赤な血が浮いてて…めちゃくちゃ驚きました。
お腹は痛くないんですが、これってヤバいんでしょうか…?


この訴えを前にして、あなたならどう対応するでしょうか?
次のセクションでは、第一印象からどう思考をスタートさせるかを一緒に整理していきましょう。

どう考える?(第一印象・アプローチ)

❓ まず、どこから出血しているのかを考える

「血が出た」という情報だけでは、上部消化管(食道・胃・十二指腸)か、下部消化管(結腸・直腸)か、それとも肛門部の痔核かはわかりません。
まずは“色・混ざり方・タイミング”という3つのヒントから、「出血部位」を推定する必要があります。

色・混ざり方・タイミングがカギ

  • 鮮紅色(bright red blood): 肛門〜直腸付近の出血を示唆
  • 暗赤色〜ワイン色(maroon): 結腸〜右側結腸あたりが疑わしい
  • 黒色便(melena): 上部消化管出血で時間経過による血液分解
  • コーヒー残渣様嘔吐: 上部出血の古い出血の可能性あり

また、血液が「便の表面に付着している」のか「全体に混ざっている」のかも、部位推定に重要な手がかりです。

見逃しやすい“危険サイン”を見抜く

  • NSAIDsや抗血小板薬を使用している場合は出血リスクが高い
  • Melenaは200mL以上の出血でも起こるため、量では判断しきれない
  • 便潜血が陰性でも、上部消化管出血は否定できない
  • “痔”とされている患者でも、貧血の進行があれば再評価が必要

アプローチの基本は “どこで出たか” を見抜くこと

嘔吐か、排便か。鮮血か、消化された血か。腹痛や発熱の有無。
それぞれの情報が、「出血源はどこか」を探るカギになります。
次はこれらの情報を整理し、仮説を立てていきましょう。

吐血・下血の原因を見抜く:Fact / Problem / Hypothesisで進める鑑別診断

ここでは、導入症例をもとに実際の臨床推論を展開していきます。
情報を整理し、問題点を定義し、鑑別診断を立てる「FPH(Fact → Problem → Hypothesis)」の流れを使って考えてみましょう。


Fact(事実:患者の言葉ベース)

  • 65歳の男性
  • 今朝、トイレで真っ赤な血が便器に浮いていた
  • 腹痛や発熱はなし
  • 血液は便に混ざっていたというより、上に浮いていた
  • 過去に「痔がある」と言われたことがあるが、治療歴は不明

Problem(再定義:医療者の視点で整理)

  • 急性発症の血便
  • 血液は鮮紅色かつ便の表面に浮いていた → 肛門~直腸が疑われる
  • 随伴症状なし → 感染や炎症性腸疾患の可能性はやや低い
  • 既往に痔核あり → だが他疾患を除外せずに“決めつけ”は禁物

Hypothesis(鑑別診断を立てる:VITAMIN CDE)

  • Neoplastic: 大腸がん、直腸がん(無症候性でも出血が初発のことあり)
  • Degeneration: 内痔核、肛門静脈瘤
  • Infection: 感染性腸炎(Campylobacter, EHECなど)
  • Vascular: 虚血性腸炎(高齢・動脈硬化リスクがあれば)
  • Iatrogenic: NSAIDsや抗血小板薬の使用があれば消化管出血を疑う

Top 3 鑑別診断

  1. 内痔核(Degeneration):位置・色・既往歴から最も可能性が高い
  2. 直腸癌(Neoplastic):無症候性でも初発が出血のことあり、除外が必要
  3. 感染性腸炎(Infection):随伴症状はないが、旅行歴・食事歴次第ではあり得る

NTK(Need To Know:次に知りたい情報)

  • HPI: 出血の回数、便の性状、色調の持続性
  • PMH: 過去の大腸内視鏡歴、痔核の診断時期と治療内容
  • Medications: NSAIDs、抗凝固薬、抗血小板薬の内服
  • Social history: アルコール摂取、食事内容、最近の旅行歴
  • Family history: 大腸がんの家族歴の有無

このように、一見「痔」に見える症状でも、他の重大な出血性疾患を見逃さないよう、Top 3の鑑別とNTKの洗い出しが重要です。
次は、これらを確認するための問診(Step 1)へ進みましょう。

吐血・下血の診かた:上部・下部消化管出血の鑑別と初期対応

Step 1:問診でどこから出血しているかを見極める

問診の最初の目的は、出血源が上部消化管か下部消化管かを推定することです。
以下のような質問で、まず“出血の方向性”をつかみましょう。

  • 嘔吐に血が混じった → 吐血 → 上部消化管出血
  • 黒色の便(タール便) → melena → 上部出血の可能性が高い
  • 鮮血が便の表面や紙に付着 → 下部出血、特に肛門・直腸付近
  • 下痢と血便 → 感染性腸炎や炎症性腸疾患(下部)
  • NSAIDsや抗血小板薬の内服歴 → 上部消化管潰瘍に注意
  • 旅行歴・生もの摂取 → 感染性腸炎の可能性

この初期の問いかけから、次にどのような問診を深掘りすべきかが見えてきます。
上部消化管出血が疑われる場合は、潰瘍や薬剤性出血を中心に、嘔吐や腹部症状との関連を追います。
下部消化管出血が疑われる場合は、血便の混ざり方や頻度、下痢・腹痛の有無などが手がかりになります。


上部消化管出血が疑われる場合の問診

上部出血が疑われるケースでは、潰瘍・薬剤・嘔吐に関連する要素がカギとなります。
特に、コーヒー残渣状嘔吐やPPIの使用歴は重要なヒントです。

OPQRST

  • Onset:吐血は突然?徐々に?
  • Provocation:空腹時?食後?NSAIDs内服後?
  • Quality:鮮血?コーヒー残渣状?悪臭あり?
  • Region:心窩部の痛み、みぞおちの違和感
  • Severity:出血量、嘔吐回数、貧血症状の有無
  • Time course:吐血前の胸焼け・食欲低下など

PAM HITS FOSS

  • Previous:胃潰瘍、十二指腸潰瘍、PPI使用歴
  • Medications:NSAIDs、抗血小板薬、ビスホス、KCl、ステロイド
  • Surgery:胃切除後(吻合部潰瘍やMarginal ulcer)
  • Family:ピロリ・胃がんの家族歴

Tips:胃潰瘍と十二指腸潰瘍の違いを問診から見抜く

  • 空腹時痛 → 十二指腸潰瘍、食後痛 → 胃潰瘍
  • PPIが効きにくい・再発多い → 特殊潰瘍の可能性も

Column:特殊潰瘍の見逃しに注意
頭部外傷後のCushing潰瘍、熱傷後のCurling潰瘍、吻合部のMarginal潰瘍など、背景に明確なトリガーがある潰瘍も存在します。
ステロイド、ビスホス、鉄剤、KClなど薬剤性の潰瘍にも要注意です。


下部消化管出血が疑われる場合の問診

下部からの出血では、血便の性状や混ざり方、旅行歴や下痢との関連が重要です。
特に、最近の食事内容や衛生状態、家族内での同様の症状の有無などを丁寧に聴取しましょう。

OPQRST

  • Onset:出血はいつから?突然?数日前から?
  • Provocation:排便時?腹痛後?運動後?
  • Quality:鮮血?粘血便?暗赤色?どこに混ざっていた?
  • Region:下腹部痛、直腸圧迫感、便意切迫など
  • Severity:出血量、貧血症状(ふらつきなど)
  • Time course:繰り返す?一回きり?

PAM HITS FOSS

  • Previous:痔核、大腸ポリープ、大腸内視鏡歴
  • Hospitalization:感染症治療や腸疾患での入院
  • Medications:抗生物質使用歴(C. difficileなど)
  • Family:大腸がん、IBDの家族歴
  • Social:衛生環境、飲食物(生卵・貝類)、海外旅行

Tips:問診で見逃しやすい感染性腸炎のサイン

  • 旅行後の血便+下痢はCampylobacterやShigellaを想起
  • 抗菌薬使用歴 → C. difficileによる偽膜性腸炎の可能性

Column:Traveler’s Diarrheaとは?
渡航者下痢症(Traveler’s Diarrhea)は、発展途上国への旅行後に起こる急性の下痢・血便。
原因はE. coli(ETEC, EIEC)、Campylobacter、Salmonellaなど。
発熱・粘血便・脱水の有無で抗菌薬使用の適否を判断します。

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▶腹部膨満・腫瘤へのアプローチ
▶腹痛の診かた
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問診によって、ある程度の出血源と鑑別診断が絞られてきました。
では次に、これらの仮説を裏付けるための身体所見を集めていきましょう。

Step 2:身体診察で重症度と出血源を見極める

問診で「出血源の推定」はある程度できましたが、“どれくらい危険なのか”は身体診察で見極める必要があります。
ここでは、ショックバイタルの有無・貧血徴候・腹部の圧痛・直腸診などを中心に評価していきます。

この段階では、仮説として立てた鑑別診断に対して「どの程度の重症度か」「身体所見で絞れるか」という視点でアプローチしていきましょう。
特に緊急度やred flagの見極めができるかどうかが、次の検査選択にも直結します。

身体所見を通して、出血の重症度や部位の推定を行いました。
では次に、どのような検査を選択し、どう読み解いていくのかを考えていきましょう。


全身状態の評価(重症度スクリーニング)

  • バイタルサイン: 血圧低下、頻脈、SpO₂低下 → 出血性ショックの可能性
  • 末梢冷感・皮膚蒼白: 末梢循環不全
  • 結膜蒼白: 中等度以上の貧血の指標(Hb ≤ 9 g/dLで感度高、Hb ≤ 7 g/dLで特異度高)
    出典:Saudek CD, et al. JAMA. 1995.
  • ショックインデックス(SI)>1: 約1L以上の出血を示唆

心音・肺音

  • 貧血による収縮期雑音: 流速増加によるfunctional murmur
  • 重度出血時の頻呼吸: 肺炎・誤嚥・意識障害にも注意

腹部診察

腹部診察では、上部・下部それぞれの鑑別に関連する圧痛部位を評価することで、出血源の絞り込みが可能になる場合もあります。

  • 圧痛・反跳痛: 潰瘍穿孔・虚血性腸炎・腸炎性疾患
  • 腸蠕動音: 感染性腸炎で亢進、麻痺性イレウスで減弱
  • 回盲部(右下腹部)圧痛: 以下のような疾患を考慮

Column:回盲部に病変を生じる疾患一覧

  • 感染性腸炎(Yersinia, Salmonella, 腸結核など)
  • Crohn病
  • 腸結核
  • 悪性リンパ腫(小腸型)
  • 虫垂炎(鑑別対象として)
  • 成人の腸重積(まれだが重要)

直腸診(最重要)

直腸診は「今、どこから血が出ているか?」を直接見にいける唯一の身体所見です。
血の色・便の性状・触知される病変など、診断に直結する情報が多く得られるため、必ず実施しましょう。

  • 血液の性状: 鮮血(bright red)、暗赤色、タール状など
  • 便の形状: 粘血便、水様便、成形便など
  • 腫瘤・潰瘍触知: 直腸癌、ポリープなど
  • 痔核の好発部位: 仰臥位で3時・7時・11時方向(内痔核の三主座)
  • 所見の表現法: “直腸前壁3時方向に2cm大の腫瘤を触知”など、時計盤を用いた記述が有用

Tips:便器や紙に残った血も情報源になる

患者が撮影した便の写真紙に付着した血の様子も診断の手がかりになります。
恥ずかしさから申告しにくい場合があるため、「写真などありますか?」とこちらから聞いてみるのも大切です。


Column:Red Flagとしての身体所見

  • 出血量の多さ(便器が真っ赤になる、複数回の血便)
  • バイタル異常(頻脈・低血圧・SpO₂低下)
  • 結膜蒼白 + 姿勢性めまい(→ 急性貧血)
  • 直腸診での腫瘤触知や潰瘍性病変
  • 粘液を伴う血便(IBDや悪性腫瘍の可能性)

これらの所見は、緊急内視鏡・輸血の必要性を判断するうえで重要な”red flag”となります。

Step 3:検査・画像で出血源と重症度を見極める

身体診察である程度の仮説が立ちました。ここでは、その仮説を検証するためにどのような検査を選択すべきか、また検査結果をどう読み解くかを考えていきます。
「何のための検査か?」を意識して選ぶことが重要です。


⚖️ 血液検査で見るべきポイント

  • Hb・Ht: 出血量と貧血の進行度を評価
  • WBC・CRP: 感染性腸炎、炎症性疾患のスクリーニング
  • BUN / Cr: 上部消化管出血ではBUNのみ上昇することがある(タンパク吸収)
  • PT-INR・aPTT: 出血傾向の確認(抗凝固薬、DICなど)
  • 血液型・交差試験: 重症例では早期の準備を

画像・内視鏡の選択と順序

  • 上部消化管出血を疑う場合: 上部消化管内視鏡(EGD)を優先
  • 下部出血やFOBT陽性: 大腸内視鏡(CS)を検討。ただし大量出血では事前にCTも考慮
  • 造影CT: 出血点描出が可能。腸管虚血、腫瘍、動静脈奇形も評価できる
  • 便培養: 血便+発熱・下痢がある場合は感染性腸炎の鑑別に

Column:FOBT(便潜血検査)の意義と落とし穴

  • 免疫法(FIT): ヒトHbに特異的。感度高く食事制限不要
  • 化学法(Guaiac): 古典的だが偽陽性多く、食事制限必要
  • 限界: 出血部位は特定できず、上部出血では陰性のこともある
  • 対応: 陽性なら症状がなくても原則として内視鏡評価を

Tips:検査の前に考えるべきこと

  • 「何を疑って、何を確認したいのか?」を明確にしてから検査を選ぶ
  • 無症候性のFOBT陽性 → がんスクリーニングとして捉える
  • 黒色便 + BUN高値 → 上部消化管出血の可能性高
  • 鮮血便 + CTで異常なし → 直腸診・内視鏡で肛門病変確認を

ではここまでの情報をふまえて、再度導入症例に戻り、実際の診療フローを振り返ってみましょう。

症例で振り返る:導入症例に戻って考える

さて、ここまでStep1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。


Step 1:問診の振り返り

「今日はどうされましたか?」
「今朝、トイレで便器の中に真っ赤な血が浮いてたんです。便に混ざってたというより、上に血が乗ってる感じで…」

まず「鮮紅色」「浮いている」「一過性」から下部消化管の末端(直腸〜肛門)出血を疑いました。
既往歴には「痔がある」と言われたことがあるとのこと。ただし、治療歴不明で再発の有無も不明です。

NSAIDsや抗血小板薬は内服しておらず、発熱や腹痛、下痢もありません。旅行歴や食事内容も特に特徴なし。

  • Fact: 鮮血の血便、痛みなし、表面に浮いていた、既往に痔核
  • Problem: 急性発症の無痛性の鮮血下血 → 肛門〜直腸出血が第一印象
  • Hypothesis: 内痔核、直腸癌(初発症状としての出血)、感染性腸炎(旅行歴などないため可能性低)

Step 2:身体診察の振り返り

バイタルは安定、貧血兆候なし。結膜もピンクでSI<1.0、明らかなショック所見は見られませんでした。
腹部に圧痛なく、回盲部・左下腹部ともに所見なし。

直腸診では6時方向に柔らかい痔核様腫瘤を触知、指に少量の鮮血が付着していました。粘血便や腫瘤は触れず、便は成形でした。

この時点で、Red Flag所見なし、全身状態安定、所見も痔核に整合的。
ただし、内痔核だけでなく悪性疾患も除外したいという観点から、必要に応じて精査を行う方向で検討しました。


Step 3:検査・画像の振り返り

貧血評価として血液検査を実施。Hbは13.8、白血球・CRPは正常、BUN/Crも異常なし。
症状が一過性であるものの、高齢であることも踏まえて外来での大腸内視鏡を予定。

内視鏡ではS状結腸〜直腸にかけてのGrade IIの内痔核が確認され、他に出血源となる病変は見つかりませんでした。

今回のケースからは、「痔による出血かもしれない」という印象だけで判断せず、全体像から出血部位を絞っていく問診・診察の重要性を再認識しました。
そして、症状が軽度であっても、高齢者では内視鏡的評価が必要となるケースも多いという学びも得られました。

下血・吐血で専門医に紹介すべきタイミングと外来フォローのポイント

症例を通して出血の重症度や部位の見当がついてきた段階で、次に考えるべきは「この患者をどのタイミングで専門医に紹介するか」、あるいは「外来でフォローできるか」の判断です。
ここではその判断基準と、紹介前にやっておくべき最低限の検査、外来での説明の工夫についてまとめます。


専門医に紹介が必要となるケース

  • 出血量が多い: 繰り返す嘔血・下血、バイタル不安定、SI>1
  • Red flag 所見あり: 結膜蒼白、姿勢性めまい、腫瘤触知、体重減少、粘血便
  • 高リスク群: 高齢者、抗凝固薬内服、潰瘍・癌の既往、免疫低下
  • 原因不明・FOBT陽性: 無症状でも原則内視鏡適応

専門医に紹介する前に、最低限やっておくべき検査

  • 血液検査: Hb、WBC、CRP、BUN/Cr、PT-INR、aPTT
  • 直腸診: 出血の色・量・性状、痔核・腫瘤の有無を時計盤で記録
  • FOBT(便潜血検査): 無症候でも実施、陽性時は内視鏡精査の準備
  • 薬剤の確認: NSAIDs、抗血小板薬、PPIの使用歴

これらの項目は、紹介先での方針決定を円滑にするために最低限行っておくべき検査です。


外来での説明と経過観察のポイント

  • 「痔かもしれない」では終わらせず、精査の必要性を具体的に説明
  • 再出血時の対応: 色・量・症状を記録し、すぐに再診を促す
  • 貧血のフォロー: 検査スケジュールと目安症状(ふらつき・動悸)を共有
  • 内視鏡が必要な理由: 出血の原因を見逃さないためであることを強調

患者が安心できるように「命に関わるものではなさそうですが、念のためしっかり調べておきましょう」といった言葉を添えると良いでしょう。

Tips:PPIとP-CABを正しく使えていますか?

酸分泌抑制薬には、従来のPPI(プロトンポンプ阻害薬)に加え、近年ではP-CAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)であるボノプラザン(タケキャブ)が使用されるようになっています。
いずれも非常に有用な薬剤ですが、使用適応・副作用・相互作用・投与期間の制限には十分な理解が必要です。

主な酸分泌抑制薬とその特徴
  • ボノプラザン(Vonoprazan, VPZ):P-CABに分類。酸分泌抑制作用はPPIより強力かつ即効性があり、夜間酸分泌も抑制。CYP2C19の影響を受けにくく、相互作用が比較的少ない。
  • オメプラゾール(Omeprazole):CYP2C19による代謝。Clopidogrelとの相互作用に注意。
  • ランソプラゾール(Lansoprazole):効果強め。薬価や安定性の観点で使いやすい。
  • エソメプラゾール(Esomeprazole):オメプラゾールのS-異性体。作用持続が長く強力。
  • ラベプラゾール(Rabeprazole):代謝の個人差が少なく、相互作用が比較的少ない。
保険適応と使用期間(2025年時点)
  • ボノプラザン(タケキャブ): 原則8週間までが保険適応内(胃潰瘍・GERDなど)。それ以上の使用は原則不可または要慎重投与。低用量製剤(10mg)は逆流性食道炎の維持療法として使用されることもある。
  • PPI製剤: 使用期間の明確な制限はないが、一般的には8週間程度で効果判定・中止を検討。
  • NSAIDs起因性潰瘍の予防: NSAIDs継続中に限り、PPIまたはVPZの長期投与が保険適応となる。
⚠️ 副作用と注意点
  • 感染症リスク: Clostridioides difficile感染症、肺炎(胃酸抑制により)
  • 吸収障害: Fe, Ca, Mg, ビタミンB12 など(長期投与で要注意)
  • 腎障害: 急性間質性腎炎、慢性腎障害(CKD)との関連が報告
  • 過形成性ポリープ: Fundic gland polyp(PPI中止で自然消退)
薬物相互作用に注意
  • Clopidogrel: CYP2C19競合により抗血小板効果減弱(オメプラゾールは避ける)
  • メトトレキサート: 排泄遅延 → 高用量投与時に中毒のリスク
  • ゲフィチニブ: pH上昇により吸収低下(特に癌治療中の患者で注意)
✅ 使用のポイント
  • 目的を明確にした期間限定の使用が原則
  • Clopidogrel併用中はラベプラゾールボノプラザンなど相互作用の少ない薬剤を選択
  • 再評価せずに継続されている例も多いため、定期的な投与目的の確認が重要

酸分泌抑制薬は強力で有効な薬剤ですが、使用を誤ると“守り神”が“災いの種”になります。
正しく使えば味方、誤れば敵——それがPPI・P-CABの本質です。

Tips:問診・身体診察のコツ

ここまでで、診察の流れと検査、紹介の判断までを整理しました。
次に紹介するのは、問診や身体診察で「もう一歩踏み込んだ情報を得るためのコツ」です。
短時間でも要点を押さえるには、ちょっとした“観察のクセ”や“声かけの工夫”が大きな差を生みます。

問診の工夫

  • 「紙についた血ですか?便に混じっていましたか?」と具体的に聞くことで、出血部位の見極めに近づけます。
  • 「普段の便と比べて何か違いましたか?」という比較の質問は、患者の主観的な変化に気づくヒントになります。
  • 旅行歴・生もの・便のにおいなども、感染性腸炎や回盲部病変を示唆する情報になります。
  • NSAIDsや市販薬については「飲み薬で毎日飲んでいるものはありますか?」という聞き方で拾いやすくなります。

身体診察の工夫

  • 結膜の色は自然光で確認: 白色照明下では蒼白の判定が難しくなるため、なるべく明るい窓際で。
  • 直腸診での血液の色調: 「鮮紅色か」「暗赤色か」「タール状か」は重要な分岐点。可能なら看護師とも所見を共有。
  • 触れた腫瘤の記録: 時計盤で「〇時方向」「表面平滑」「硬さ」などを明示すると後続の診療に役立つ。
  • 出血性ショックの評価: SI(ショックインデックス)をすぐに計算できるよう、習慣化しておく。

つぶやきのすすめ

問診・身体診察では、頭の中の「仮説」や「観察のねらい」を意識しながら動くことが大切です。
「この血、下部からの鮮血っぽいな」「NSAIDsなしで潰瘍出血?いや他の薬かも」など、自分の“つぶやき”を言語化するクセが、診察の質を高めます。


13. Clinical Pearls(名言・ことわざ)

“Not all blood is the same—know where it came from, or you may miss the silent killer.”

— Dr. Atul Gawande

ここまでで診察と判断のエッセンスを学んできました。
次は、英語での表現力を高めるために、問診や説明に役立つフレーズを見ていきましょう。


英語での診察表現・患者向けの言い回し・用語解説


Useful Medical Expressions(診察で使える医療英語)

  • 吐血があります:I vomited blood. / I had hematemesis.
  • 黒い便が出ました:I passed black, tarry stools. / I noticed melena.
  • 明るい赤い血が便器に浮いていました:I noticed bright red blood in the toilet.
  • 下痢に血が混じっています:There’s blood in my diarrhea.
  • 嘔吐がコーヒーのカスのようでした:It looked like coffee-ground vomit.
  • 内視鏡を行います:We’ll perform an endoscopy / colonoscopy to check for bleeding.
  • 貧血の有無を確認します:We’ll check your hemoglobin levels.

Layman’s Terms & Idioms(患者に伝える優しい表現)

  • 黒い便:black, sticky stool / tarry stool
  • 明るい赤い血:bright red blood
  • 痔による出血:bleeding from piles / hemorrhoids
  • お腹の調子が悪い:upset stomach
  • 便に血が混じる:blood in the stool

Medical Glossary(医学用語の英語解説)

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  • Pseudo-melena: Black-colored stool that mimics melena, but results from substances like iron, bismuth, or food pigments (e.g., blueberries, squid ink).
  • Neonatal melena: GI bleeding in newborns; needs to be differentiated from swallowed maternal blood using the Apt test.
  • FOBT:Focal occult blood test
  • DRE:Digital rectum examination
  • EGD:Esophagogastroduodenoscopy
  • CS:Colonoscopy

❌ Common Pitfalls and Misused Expressions(間違いやすい英語表現)

  • × “stomach bleeding” → ✔ “GI bleeding”
  • × “bloody poop” → ✔ “blood in the stool”
  • × “throwing up dark stuff” → ✔ “coffee-ground vomit”

英語での問診や説明では、臨床的に正確な表現を用いながらも、患者にわかりやすく伝える工夫が重要です。

まとめ:消化管出血へのアプローチと“黒い便”の本当の意味

吐血や下血を訴える患者に対して、私たちはまず「どこからの出血か?」を問診で見極め、身体診察で絞り込み、必要に応じて適切な検査を選ぶ必要があります。
melena(タール便)はその代表的なサインの一つですが、実はこの「黒色便」にも落とし穴があります。

  • Melena: 通常は上部消化管出血によるタール状便。鉄剤・ビスマス製剤でも類似便となる
  • Pseudo-melena: 鉄剤・活性炭・ブルーベリー・海苔などによる便色変化で、出血ではない
  • Neonatal melena: 新生児のメレナは母乳・分娩時に飲み込んだ母体血による「Swallowed maternal blood」が鑑別に入る

このように、「黒い便=上部出血」と早合点せず、他の薬剤歴や食事内容、新生児であれば分娩歴や授乳状況まで含めて問診することが大切です。
特にpseudo-melenaは便潜血検査で陰性となることが多く、臨床所見+背景情報で見極める必要があります。

また、検査前に「今この患者に何が起きているのか?」を思考し、出血量・貧血の程度・感染症の可能性・薬剤歴などを冷静に整理しましょう。
PPIやP-CABの適正使用、FOBTの意義と限界、そして肛門診察の大切さなど、見逃しやすいポイントも多く含まれるテーマです。

最後に、「黒い便」を見たとき、単なる便の色だけで判断せず、患者の全体像と臨床経過から考えることこそが、私たちにできる最も確実な診療です。

他記事へのリンク

19. Reference

  • Saudek CD, et al. The presence of conjunctival pallor as a sign of anemia. JAMA. 1993;270(8):969-971.
  • Laine L, et al. Guidelines for the Management of Patients With Ulcer Bleeding. Am J Gastroenterol. 2021.
  • van Zanten SV, et al. Management of dyspepsia and PPI use: World Gastroenterology Organisation Global Guidelines. J Clin Gastroenterol. 2022.
  • 厚生労働省保険局「薬剤使用の適正化に関する通知」2021年改訂

「吐血・下血の原因と見分け方:色・タイミング・量から読み解く消化管出血の診かた」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: 【OSCE:便秘・下痢の診断と治療アプローチ】 ー Med Student's Study Room

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