症状から始める貧血アプローチ:身体所見・検査・疾患別の対応法

「先生、この人Hbが6.2です…」——OSCEでも、病棟でも、貧血の“その先”をどう読むかが診療のカギになります。ただのHb低下では終わらせない、症候からはじまる“考える力”をこの1本で磨きましょう。


✅ この記事で学べること(3つ)

  1. OSCE・病棟対応で迷わない! 症状・生活歴・身体所見から始める貧血の初期評価の流れ
  2. MCV・RDW・RPI・網赤血球・末梢血塗抹を用いた分類と鑑別の実践的フレームワーク
  3. 鉄欠乏・VitB12欠乏・溶血・骨髄不全・中毒まで含めた疾患別アプローチと、鉄補充・輸血・紹介判断のコツ

導入症例(患者の生の言葉)

🟢 Doorway Information(初期情報)

  • 年齢・性別:68歳 女性
  • 主訴:ふらつきと息切れ
  • Vital:BP 108/64 mmHg, HR 102 bpm, Temp 36.7℃, SpO₂ 98% (RA)

患者の言葉:
「最近、歩くとすぐ息が切れて…買い物も途中で座り込んじゃうんです。あと、立ち上がるとふわっとして、何回か転びそうになって…」


第一印象で考える:OSCE・病棟での貧血の捉え方

68歳女性が訴える「ふらつき」や「息切れ」、立ち上がり時の「立ちくらみ」は、心疾患や脱水なども鑑別に挙がりますが、脈拍が速くSpO₂が正常である点から、酸素の運搬に問題がある病態、つまり貧血を考える必要があります。

貧血では、単にHbの低下を見るのではなく、原因や発症の速さ、臨床所見とのギャップを重視することが大切です。問診では、倦怠感・息切れ・動悸・めまい・耳鳴り・冷感・舌痛・嚥下困難などの症状、身体診察では、眼瞼結膜の蒼白・心雑音・舌炎・脾腫・リンパ節腫脹などに注目しましょう。

初期アプローチとしては、MCV(平均赤血球容積)による分類(小球性・正球性・大球性)を行い、さらに喪失(出血)・破壊(溶血)・造血低下(鉄欠乏や骨髄障害)という病態の視点から原因を探っていくことが、臨床でもOSCEでも非常に有効です。

🔷 Column:貧血の定義とWHO基準

  • 男性:Hb < 13.0 g/dL
  • 女性:Hb < 12.0 g/dL
  • 妊婦:Hb < 11.0 g/dL

ただし、Hb値だけで判断するのではなく、その変化の速さやバイタル・症状との整合性を総合的に評価することが重要です。

🟨 Tips:貧血と酸素運搬能の関係

SpO₂が正常でも、Hbが低ければ組織への酸素供給量は不足します。酸素運搬量は「Hb × 1.34 × SpO₂」で表され、Hbの減少があれば酸素欠乏に至ることがあります。

🔶 Topic:MCV分類だけでは不十分なことも

MCVが正常でも、鉄欠乏とビタミンB12欠乏の混合型貧血などが隠れていることがあります。また、サラセミアのようにMCVは小さいけれどRDWは正常という例もあります。したがって、MCVだけではなくRDWや末梢血塗抹所見と合わせて評価する必要があります。

🧭 初期評価の戦略(簡略)

  1. 症状とバイタルから貧血を疑う
  2. 喪失・破壊・造血低下の視点で病態を整理する
  3. MCV・網赤血球・末梢血塗抹を活用して原因を絞り込む

鑑別の出発点:Fact / Problem / Hypothesis

✅ Fact(患者の訴え・所見の事実)

  • 68歳女性、最近ふらつきや立ちくらみが増えている
  • 買い物途中で息切れがあり、座り込むことがある
  • BP 108/64 mmHg、HR 102 bpm、Temp 36.7℃、SpO₂ 98%(RA)

🔄 Problem(再定義・臨床的な意味づけ)

  • 慢性的かつ持続する労作時の息切れと起立時のふらつき
  • SpO₂正常・HR上昇 → 酸素の運搬能低下の可能性
  • 呼吸・循環・神経に異常所見がないため、貧血を最も疑う

💡 Hypothesis(鑑別診断:VITAMIN CDE)

分類 疾患候補
Vascular 大量出血後の貧血(消化管・子宮出血)
Infectious/Inflammatory ACD(慢性炎症性貧血)
Toxic/Trauma 鉛中毒、アルコール性骨髄抑制
Autoimmune AIHA、再生不良性貧血
Metabolic ビタミンB12欠乏、葉酸欠乏、甲状腺機能低下
Idiopathic/Iatrogenic 薬剤性(クロラムフェニコール、PPIなど)
Neoplastic MDS、多発性骨髄腫、白血病
Congenital サラセミア、G6PD欠損、遺伝性球状赤血球症
Degenerative 高齢に伴う造血機能低下
Endocrine 腎性貧血、副腎不全

📌 NTK(Need To Know:押さえておきたい臨床知識)

  • 高齢者の貧血では原因精査が必須(加齢のせいでは済まされない)
  • SpO₂が正常でも油断しない(酸素運搬量は低下している)
  • 鉄欠乏の背景に出血が隠れている(特に消化管)
  • 葉酸単独補充はNG(ビタミンB12欠乏の神経障害を悪化させる)

ここまでで、症状から貧血を疑い、病態ごとの仮説を立てるところまで整理しました。次は、実際にどう問診を展開していくか、OPQRST + PAM HITS FOSSの視点で掘り下げていきましょう。


Step 1:問診の基本と臨床での使い方(OPQRST + PAM HITS FOSS)


🔶 OPQRSTで症状の経過を明らかにする

  • Onset(いつから):急性発症なら出血・溶血、徐々に進行する場合は鉄欠乏や骨髄不全を想定
  • Provocation / Palliation(誘因・緩和因子):動作や食事で悪化する場合は消化管疾患を示唆
  • Quality(どんな感じ?):息切れ、動悸、倦怠感、頭痛、しびれなど症状の具体性を問う
  • Region / Radiation(部位・放散):消化管症状や神経症状が併存するかどうかを確認
  • Severity(程度):階段昇降や買い物、入浴などADLへの影響を聞く
  • Timing(持続時間・間欠性):持続的か発作的か、急性増悪の有無も含めて聴取

🔷 Column:患者が訴える「貧血の症状」

  • ずっと疲れている(chronic fatigue)
  • ふらふらする、立ちくらみがある
  • 動悸がする、顔色が悪いと言われた
  • 冷えやすい、舌がヒリヒリする、食べ物がしみる
  • しびれがある(→ VitB12欠乏)

PAM HITS FOSSで背景要因を掘り下げる

🩺 Past Medical History(既往歴)

  • 消化管潰瘍、胃切除:鉄・B12吸収不良のリスク
  • 婦人科疾患(子宮筋腫、過多月経):鉄欠乏性貧血の代表的原因

💊 Allergy(アレルギー歴)

鉄剤アレルギーなど、治療方針に影響する場合あり

💊 Medications(内服薬)

薬剤 貧血との関連
NSAIDs・アスピリン 消化管出血による鉄欠乏
PPI・H2ブロッカー 鉄・VitB12の吸収障害
メトトレキサート・フェニトイン 葉酸欠乏
クロラムフェニコール 再生不良性貧血
高用量ペニシリン・メチルドパ AIHA(自己免疫性溶血)

🏥 Hospitalization(入院歴)

胃切除、婦人科手術など吸収や出血に関わる手術歴の確認が重要

🩹 Injury / Trauma(外傷歴)

急性出血の可能性を探る。打撲や交通事故後の貧血にも注意

🔬 Transfusion(輸血歴)

サラセミアやMDSなどの慢性疾患や、輸血反応による溶血の可能性も考慮

🧬 Surgery(手術歴)

胃切除、脾摘、婦人科手術の既往がある場合、鉄やB12吸収障害・溶血素因があるかを評価


FOSS:家族歴・婦人科歴・生活背景の確認

👪 Family History(家族歴)

  • サラセミア、G6PD欠損、球状赤血球症などの遺伝性疾患
  • 白血病・MDS・溶血性貧血などの血液疾患の家族歴

👩‍⚕️ Obstetric / Gynecologic(婦人科歴)

  • 月経過多(7日以上・夜用ナプキン多数)
  • 出産歴・閉経時期も確認する

🔞 Sexual History(性交歴)

性感染症による慢性出血や骨盤内感染の可能性も視野に入れる

🧠 Social History(生活歴)

  • 喫煙・飲酒歴(肝障害や骨髄抑制の可能性)
  • 職業歴(鉛暴露:電池、塗料工場など)
  • 食事内容、ストレス、ダイエット歴(栄養欠乏)
  • サプリメントや薬草、漢方の使用歴も確認する

📌 NTK(Need To Know:問診で見逃したくない項目)

  • 消化器症状(便潜血、黒色便)→ 大腸癌の早期発見に直結
  • 薬剤使用歴の詳細と中止時期も確認(PPIや抗けいれん薬など)
  • 食事制限・摂食障害の有無 → 栄養性貧血の原因となる
  • 民族・出生地 → サラセミア・G6PD欠損の可能性を忘れずに

🔶 Topic:Sickle Cell Anemia(SCA:鎌状赤血球症)

鎌状赤血球症(Sickle Cell Anemia, SCA)は、常染色体劣性の遺伝性溶血性貧血で、主にアフリカ系・中東・インド系の集団に多くみられます。遺伝子変異により、HbS(異常ヘモグロビン)が産生され、低酸素状態で赤血球が鎌状に変形し、血管閉塞を引き起こします。

🧬 分子レベルでの原因
  • 変異部位:βグロビン遺伝子の6番目のアミノ酸
  • 正常:グルタミン酸(Glutamic acid)
  • 異常:バリン(Valine)への置換 → HbS産生
  • 結果:脱酸素状態でHbSが重合 → 赤血球が鎌状に変形
🩺 症状と特徴
  • 反復する強い疼痛(vaso-occlusive crisis)
    • 骨痛、胸痛、腹痛など多彩
    • 移動性の関節痛(migratory arthralgia)
    • 陰茎痛(priapism:持続的で激しい痛み)
  • 慢性貧血、黄疸、易感染性(機能的脾摘)
  • 成長障害、脳梗塞、心不全、肺高血圧などの臓器障害
🔍 問診でのチェックポイント
  • 民族・出身地:アフリカ・中東・インド系
  • 既往歴:脾摘、重症感染症(肺炎・髄膜炎)、脳梗塞など
  • 症状の経過:強い疼痛のエピソード、痛みの部位が毎回違う
  • 夜間の持続的陰茎痛(priapism)があれば強く疑う
  • 治療歴:ヒドロキシウレア内服歴 → HbF増加による予防療法
📌 NTK(Need To Know)
  • Priapismは小児男性における初発症状となることがある
  • Hb電気泳動で診断(HbSの検出) → 保因者(trait)も要注意
  • 脱水・感染・寒冷・ストレスなどが血管閉塞性クリーゼの誘因
  • 疼痛管理・酸素投与・輸血・感染予防が治療の基本

🔶 Topic:G6PD欠損症(Favism)と問診のポイント

G6PD(グルコース-6-リン酸脱水素酵素)欠損症は、X連鎖性遺伝疾患で、酸化ストレスに弱くなった赤血球が急性溶血を起こすことがあります。

  • 性別・家族歴:男性に多い、兄弟・叔父などに同様の既往歴がある
  • 誘因の聴取:
    • 感染症直後の貧血・黄疸
    • 薬剤使用(スルファ剤、抗マラリア薬、ダプソン、ナフタレンなど)
    • 食事:ソラマメ(fava beans)摂取 → “Favism”
  • 症状の特徴:突然の黄疸、血色素尿、倦怠感、息切れ、発熱など
  • 検査歴:網赤血球↑、LDH↑、間接ビリルビン↑、ハプトグロビン↓、ハインツ小体(末梢血塗抹)

注意点:
発作中はG6PD活性が低下しないため、診断には「溶血が落ち着いた後の酵素活性測定」が必要となります。


問診では、貧血の“タイプ”と“原因”を見抜くための重要な情報が数多く隠れています。
次は身体所見に進み、実際に何を診て、どう判断するかを整理していきましょう。


Step 2:身体診察で“全身の酸素不足”を見抜く


🔍 身体診察の目的とは?

貧血の身体診察では、酸素運搬の低下による全身所見と、原因となる疾患に特有のサインの両方を丁寧に評価することが求められます。


👀 観察すべき主な身体所見

1. 顔・眼・口腔

  • 眼瞼結膜の蒼白:貧血を最も見抜きやすいサインの一つ(感度 77%、特異度 72%)
  • 舌炎:鉄欠乏性・VitB12欠乏性貧血で出現。舌の表面がツルツル(Hunter舌炎)
  • 口角炎・口内炎:栄養欠乏の徴候(B2、鉄)
  • 嚥下困難:Plummer-Vinson症候群(鉄欠乏+嚥下困難+舌炎)
  • 黄疸:溶血性貧血を示唆(間接ビリルビン↑)

2. 皮膚・爪

  • 皮膚の蒼白・乾燥:全身性貧血の反映
  • 冷感:末梢循環低下による感覚異常
  • スプーン状爪(Koilonychia):慢性鉄欠乏で典型的
  • 出血斑・紫斑:MDSや血小板減少を伴う病態に注意

3. 心・肺

  • 頻脈:代償性高出力循環
  • 収縮期雑音:低粘性血流による機能性雑音
  • 起立性低血圧:出血や脱水を反映
  • 心不全兆候:重症貧血で心拡大・うっ血所見

4. 腹部・リンパ節

  • 脾腫:溶血性貧血、サラセミア、MDS、リンパ腫など
  • 肝腫大:慢性肝疾患やポルフィリン症の可能性
  • リンパ節腫脹:悪性リンパ腫・MDS・感染症の兆候

5. 神経系

  • 深部感覚障害:VitB12欠乏による後索障害
  • 歩行障害:Romberg陽性、バランス障害
  • しびれ:亜急性脊髄変性(亜B12欠乏症)の初期症状
  • 認知機能の低下:高齢者ではVitB12欠乏性の認知症様症状も

🟨 Tips:身体診察で見逃さないためのヒント

  • 眼瞼蒼白+心雑音+脾腫 → 溶血性貧血を強く示唆
  • 舌炎+しびれ+歩行障害 → ビタミンB12欠乏の典型像
  • 月経過多+スプーン状爪+口角炎 → 鉄欠乏性貧血を疑う
  • 紫斑+リンパ節腫脹+脾腫 → MDS・白血病などを含む血液腫瘍を想定
  • 深部感覚障害は、歩行時・閉眼時のふらつきテスト(Romberg)で評価可能

🔷 Column:Hb値と臨床症状の関係

Hb値 主な症状・身体所見
10〜12 g/dL 自覚症状なし〜軽度の倦怠感、軽い息切れ
8〜10 g/dL 労作時の動悸、ふらつき、冷感
6〜8 g/dL 安静時にも動悸、めまい、舌痛、頭痛
<6 g/dL 虚血症状(胸痛、意識障害)、うっ血性心不全

🔶 Topic:溶血性貧血に特徴的な身体所見

  • 眼球結膜の黄疸(間接ビリルビン↑)
  • 脾腫:血球破壊が盛んな所見
  • 皮膚の色素沈着(慢性溶血時)
  • 尿の褐色化(血色素尿)

身体所見は、診察室で“今この瞬間に”患者が酸素を必要としているかを可視化できる貴重な情報源です。
次はStep 3として、検査と画像をどのように組み立て、どう読み解くかを整理していきましょう。


Step 3:検査・画像で病態を“見える化”する


🧪 1. MCVでの基本分類

MCV分類 主な疾患
小球性(<80) 鉄欠乏性、サラセミア、慢性炎症性貧血(ACD)
正球性(80〜100) 急性出血、溶血性、骨髄不全、CKD
大球性(>100) VitB12・葉酸欠乏、MDS、アルコール、甲状腺機能低下

🟠 Topic:RDWの読み方と鑑別診断

RDW(赤血球分布幅)は赤血球サイズのばらつきを表します。正常:11.5〜14.5%

RDW 鑑別
鉄欠乏、回復期、混合型(鉄+B12)
正常 サラセミア、MDS

MCV+RDWの組み合わせ例:

  • MCV↓+RDW↑:鉄欠乏性貧血
  • MCV↓+RDW正常:サラセミア
  • MCV正常+RDW↑:混合型やMDS

🧬 2. 網赤血球で「骨髄の反応性」を評価

出血・溶血で増加、造血障害で減少します。

RPI(網赤血球指数) = 網赤血球比 × (患者Hct / 正常Hct) ÷ 成熟補正係数

RPI 解釈
>2 反応性あり(出血・溶血)
<2 反応性不良(鉄欠乏、MDSなど)

🔬 3. 末梢血塗抹(Peripheral Smear)で赤血球の形を確認

所見 疾患
標的赤血球 サラセミア、肝疾患
球状赤血球 AIHA、遺伝性球状赤血球症
破砕赤血球 TTP、HUS、DIC(TMA)
Howell-Jolly小体 脾摘後・無脾症
ハインツ小体 G6PD欠損
分葉過多好中球 VitB12・葉酸欠乏

🔴 Topic:TMA(微小血管障害性溶血性貧血)の全体像

代表的疾患と原因

  • TTP: ADAMTS13活性低下/自己抗体(FAT RN)
  • HUS: 腸管出血性大腸菌(EHEC)による毒素性
  • DIC: 感染、悪性腫瘍、敗血症などに伴う全身性凝固活性化
  • 非定型HUS(aHUS): 補体異常
  • 薬剤性: シクロスポリン、タクロリムス、キニーネなど
  • 妊娠関連: HELLP症候群
  • 悪性腫瘍関連: 末期がんでのTMA発症

末梢血塗抹のキーファインディング:破砕赤血球

FAT RN(TTPの五徴候)

  • Fever(発熱)
  • Anemia(溶血性貧血)
  • Thrombocytopenia(血小板減少)
  • Renal dysfunction(腎障害)
  • Neurologic symptoms(神経症状)

※ 実臨床ではMAHA+血小板減少の2つで早期治療を開始すべきです。


🧪 4. 鉄代謝マーカーでの鑑別

項目 鉄欠乏性 慢性炎症性
フェリチン ↓↓
TIBC
sTfR 正常
トランスフェリン飽和度

フェリチン<30: 鉄欠乏確定的
フェリチン>100: 慢性炎症によるACDを優先


🧪 5. 溶血マーカー

  • LDH↑、間接ビリルビン↑、ハプトグロビン↓
  • 尿中ウロビリノーゲン↑
  • Coombs試験(AIHAでは陽性)

🧪 6. ビタミン・中毒・特殊検査

  • VitB12・葉酸:神経症状を伴う大球性なら必須
  • 甲状腺機能:機能低下で大球性貧血を呈することあり
  • 鉛(Pb)中毒:小球性+腹痛+神経症状+バソフィリック斑点
  • Hb電気泳動:サラセミア・SCAの確定診断
  • 骨髄検査:MDS、再生不良性貧血の精査

🟨 Tips:検査を選ぶためのヒント

  • CRP↑+フェリチン↑ → ACDが本命、TIBCとsTfRで補強
  • VitB12欠乏が除外されないなら、葉酸単独補充は禁忌
  • 若年女性の鉄欠乏 → 月経と便潜血の確認が最優先

ここまでで、検査データを用いた病態把握のフレームワークが整理できました。


🔎 貧血を深く理解するための基礎知識まとめ

ここでは、赤血球・ヘム代謝の生理学、貧血の分類や異常の種類など、資料に基づいた重要知識を総復習します。臨床での“なぜそうなるか”を理解する土台として活用してください。


🧬 赤血球の産生と成熟の流れ

  • 造血幹細胞(HSC) → BFU-E → CFU-E → 前赤芽球 → 後期赤芽球 → 網赤血球 → 成熟赤血球
  • 成熟所要時間: 約7日間(骨髄内)、網赤血球は末梢血中に1〜2日残る
  • 溶血や出血時には網赤血球が増加(反応性)する

🟨 Tips:

  • 網赤血球は「骨髄が反応しているかどうか」のバロメーター
  • RPI(網赤血球指数)によって過不足を評価する

🧪 ヘム合成経路と障害のパターン

ヘムは赤血球内のHbを構成する鉄含有色素で、肝臓と骨髄のミトコンドリアで合成されます。

合成ステップの要点:

  1. ALA合成酵素(ALA-S):VitB6依存
  2. ALA脱水酵素(ALA-D):鉛中毒で阻害
  3. PBG → UPG → CPG(ポルフィリン中間体)
  4. プロトポルフィリンIX+Fe²⁺ → ヘム完成(フェロキレターゼ)

関連中毒と疾患:

  • 鉛中毒:ALA-Dとフェロキレターゼを阻害 → 小球性低色素性+バソフィリック斑点
  • イソニアジド:VitB6欠乏 → 初期のALA合成障害
  • 鉄欠乏:ヘムの最終合成ができず、プロトポルフィリン蓄積
  • アルコール:肝障害で酵素活性が低下

🔬 ポルフィリン症の分類と特徴

タイプ 疾患名 主な症状
急性型 AIP(急性間欠性ポルフィリン症) 激しい腹痛、自律神経・精神症状、四肢麻痺
皮膚型 PCT(晩発性皮膚ポルフィリン症) 光線過敏、水疱、色素沈着(肝疾患やアルコール関連)
  • 尿の暗赤色変化、ALA・PBGの上昇が診断のヒント
  • 誘因:薬剤(フェニトイン、バルプロ酸)、ストレス、飢餓

🧪 G6PD欠損症(Favism)

  • X連鎖性遺伝による最も多い酵素欠損症
  • NADPH産生障害 → 酸化ストレスに弱い赤血球 → 急性溶血

誘因となるもの:

  • 感染症
  • 薬剤:スルファ剤、抗マラリア薬、ダプソンなど
  • 食物:ソラマメ(fava beans)→ Favism

検査:

  • ハインツ小体、網赤血球↑、LDH↑、ハプトグロビン↓
  • 溶血が落ち着いてから酵素活性を測定(偽陰性回避)

🧬 HbF(胎児ヘモグロビン)の意義と臨床応用

  • HbF(α2γ2)は胎児期に主に存在し、酸素親和性が高い
  • 通常は生後6か月でHbA(α2β2)に置き換わる
  • サラセミアや鎌状赤血球症では、HbF↑が予後良好と関連
  • ヒドロキシウレアはHbFの産生を促進し、SCAのクリーゼを予防

📚 遺伝性貧血まとめ(VITAMIN CDEの「C」)

疾患 分類 主な所見
サラセミア AR MCV↓、Hb電気泳動異常、標的赤血球
鎌状赤血球症(SCA) AR 正球性、溶血・血管閉塞、priapsim・骨痛など
遺伝性球状赤血球症 AD 球状赤血球、脾腫、溶血発作
G6PD欠損症 XR Favism、ハインツ小体、酸化ストレス誘発性

これで貧血の基礎的な背景知識が整理できました。
次は、これまでのアプローチ(Step1〜3)を導入症例にあてはめ、臨床推論のプロセスを具体的に展開していきましょう。


🔁 症例で振り返る


🟢 導入のおさらい

  • 年齢・性別:68歳 女性
  • 主訴:ふらつきと息切れ
  • バイタル:BP 108/64 mmHg, HR 102 bpm, Temp 36.7℃, SpO₂ 98% (RA)

患者の言葉:
「最近、歩くとすぐ息が切れて…買い物も途中で座り込んじゃうんです。あと、立ち上がるとふわっとして、何回か転びそうになって…」


さて、ここまでStep1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。

🟦 Step 1:問診の振り返り

医師:今日はどうされましたか?

患者:最近、歩いたりするとすぐ息切れして…あと、立ち上がるとふわっとして、何回か転びそうになったんです。

医師:それはいつごろからですか?

患者:ここ2〜3週間前くらいからですかね。だんだんひどくなってきて…

医師:便の色が黒っぽくなったりしていませんか?

患者:はい、ちょっと黒い気がします。

医師:お薬は何か飲まれていますか?

患者:膝が悪くて、ずっとロキソニン飲んでます。もう何年も…

医師:体重が減ったとか、食欲が落ちている感じは?

患者:少し痩せたかもしれません。食欲はまあまあです。

医師:月経はいつ頃終わりましたか?

患者:閉経してもう20年くらいになります。


✅ Fact(事実)

  • 68歳女性、労作時息切れ・ふらつきが2〜3週間持続
  • 便の黒色化あり
  • NSAIDs(ロキソニン)を数年以上内服
  • 体重減少の自覚あり
  • 閉経後の女性である

🔄 Problem(再定義)

  • 慢性的かつ進行性の息切れ・ふらつき → 貧血の可能性
  • 黒色便+NSAIDs内服 → 消化管上部出血を強く示唆
  • 閉経後で月経性出血は否定的 → 出血源は消化管と考えるべき
  • 体重減少あり → 背景に腫瘍性病変が隠れている可能性

💡 Hypothesis(腫瘍性出血を念頭に置いた鑑別)

  • 胃癌:黒色便・NSAIDs長期内服との併存でリスク高い
  • 右側結腸癌:症状に乏しいが持続的な鉄欠乏性貧血の原因として典型
  • 小腸腫瘍(悪性リンパ腫、GISTなど):出血性で見逃されやすい
  • 食道癌:NSAIDsによる粘膜障害や嚥下症状があれば疑う

🟨 Tips:この症例で“がん”を疑うポイント

  • NSAIDsの長期使用 → 潰瘍性病変だけでなく腫瘍性病変の背景にも
  • 閉経後の鉄欠乏性貧血 → 出血性消化管病変を必ず検索
  • 体重減少+貧血 → 悪性疾患の“レッドフラッグ”

このように、問診から「消化管出血による鉄欠乏性貧血」、さらには「背景に腫瘍性病変がある可能性」を強く示唆しています。
次は身体診察で、貧血による全身の影響と疾患の手がかりを評価していきましょう。

🟦 Step 2:身体診察の振り返り

医師の観察:
診察室に入ってきた患者さんは、全体的に顔色が悪く、動作もややゆっくりしている印象がありました。

主な身体所見:

  • 眼瞼結膜:明らかな蒼白あり → 貧血を強く示唆
  • 爪:軽度のスプーン状変形(Koilonychia)を認める
  • 舌:軽度の舌炎(赤みとヒリヒリ感の訴え)
  • 皮膚:乾燥傾向、明らかな黄疸や紫斑は認めず
  • 心音:収縮期の雑音を聴取(II/VI)→ 高出力状態の可能性
  • 脾臓:触知せず
  • 神経所見:深部腱反射、位置覚ともに正常。しびれや歩行障害なし

🟨 Tips:身体診察で読み取れたこと

  • 結膜の蒼白+心雑音:明らかな貧血による循環器への影響
  • スプーン状爪+舌炎:慢性鉄欠乏性貧血の定型パターン
  • 黄疸や脾腫の所見がない:溶血性や血液腫瘍の可能性は低い印象
  • 神経所見は正常:VitB12欠乏性の可能性はこの時点で低い

🔍 所見の総合的な解釈

問診と一致して、全身の貧血状態が明らかです。特に、慢性的かつ栄養性・出血性貧血を強く示唆する身体所見(眼瞼結膜蒼白、舌炎、スプーン状爪)を認めました。逆に、溶血・血液腫瘍・ビタミン欠乏に特徴的な所見は乏しく、消化管出血を第一に考えるべき臨床像といえます。


身体所見からも、鉄欠乏性の慢性貧血像が裏付けられました。
次はStep 3として、検査と画像をどのように選び、どう読み解いたかを振り返っていきましょう。

🟦 Step 3:検査・画像の振り返り

🔬 検査の選択理由

問診と身体所見から「鉄欠乏性貧血」が強く疑われるため、以下の検査を優先して行いました。

  • 血算(CBC):貧血の重症度とMCV分類、RDW評価
  • 鉄代謝関連: フェリチン、TIBC、トランスフェリン飽和度、sTfR
  • 末梢血塗抹: 形態異常の有無、破砕赤血球など
  • 網赤血球数+RPI: 骨髄反応の有無
  • 便潜血検査: 消化管からの出血の有無

📋 実際の検査結果(想定)

  • Hb:6.8 g/dL(重度の貧血)
  • MCV:68 fL(小球性)
  • RDW:17.0%(↑:ばらつきあり)
  • フェリチン:8 ng/mL(↓↓)
  • TIBC:420 μg/dL(↑)
  • sTfR:増加(鉄欠乏の支持)
  • 網赤血球:やや増加、RPI ≒ 1.0(反応性不十分)
  • 末梢血塗抹:小型・低色素赤血球、楕円形赤血球、標的赤血球はなし
  • 便潜血:陽性

🟨 Tips:各検査の読み方と意味

  • MCV↓+RDW↑: 鉄欠乏性貧血の典型パターン
  • フェリチン: 鉄欠乏を強く示唆(<30で確定的)
  • TIBC↑+sTfR↑: 慢性炎症性ではなく、真の鉄欠乏
  • RPI≒1: 骨髄の反応性不良 → 造血原料の不足(鉄)

🔍 解釈と診断の確定

これらの所見を総合すると、慢性消化管出血による鉄欠乏性貧血と診断できます。特に:

  • 高齢女性
  • 閉経後の鉄欠乏性貧血
  • 黒色便+NSAIDs内服歴
  • 便潜血陽性

これらから、出血源の検索(特に胃癌・右側結腸癌)を目的に上下部消化管内視鏡が必要と判断されます。


🟢 結論

消化管腫瘍性病変による慢性出血性鉄欠乏性貧血の可能性が高く、精査目的で消化器内科へ速やかに紹介すべきケースといえます。


ここまでで、症状 → 仮説 → 検査 → 診断の流れが明確になりました。
次は「専門医に紹介するとき」に備え、やっておくべき検査と伝えるべき情報を整理しましょう。


専門医に紹介するとき(所見・疾患ベースの判断リスト)


🔎 この所見があれば紹介を検討する

  • Hb 7g/dL以下: 重度貧血。輸血や原因精査のため速やかに紹介
  • 便潜血陽性: 消化管出血精査(特に高齢者・閉経後女性)
  • 黒色便・血便: 上下部内視鏡による出血源検索が必要
  • リンパ節腫脹・脾腫・発熱・体重減少: 血液腫瘍・膠原病・感染症などの精査
  • VitB12欠乏+神経症状: 専門治療(経口不可時の注射)および精査
  • 網赤血球↑+破砕赤血球+Coombs陰性: TMA(TTP, HUS)を疑い、緊急対応が必要
  • 慢性腎疾患+Hb低下: ESA導入や透析準備を含め、腎臓内科に相談
  • MCV正常・白血球・血小板も低下: 汎血球減少 → 骨髄疾患(MDS, AAなど)を疑う
  • 骨痛・蛋白尿・高Ca血症: 多発性骨髄腫の可能性あり

🩺 この疾患が疑われたら専門医紹介を前提に

  • 胃・大腸癌: 消化器内科での上下部内視鏡・病理診断が必須
  • 子宮筋腫・過多月経: 婦人科評価と治療(ホルモン療法・手術)を検討
  • MDS、再生不良性貧血、白血病: 血液内科での骨髄検査と診断が必要
  • TTP・HUS・DIC: 多科連携(血液・腎臓・集中治療)が必要な緊急疾患
  • VitB12欠乏の原因不明例: 胃内視鏡(萎縮性胃炎・悪性腫瘍)を含む評価
  • 鉄欠乏性貧血の背景に消化器症状がある: 消化器内科での内視鏡が必要
  • 腎性貧血: ESA治療開始や保存期腎不全の進行評価において腎臓内科紹介

📌 紹介判断のポイントまとめ

  • 「何が原因か」よりも、「何が必要か」で考える
  • 輸血・内視鏡・骨髄検査・補充療法・化学療法など、初期対応で完結できない処置・判断が必要なときに紹介する
  • Red flag(赤信号)所見(出血+体重減少など)は迷わず紹介


紹介前にできる貧血への初期対応(輸血・鉄補充・ESA)


🩸 輸血の判断基準

  • Hb < 7.0 g/dL: 一般的に輸血適応あり(症状があればすぐに)
  • Hb 7.0〜8.0 g/dL: 心疾患・高齢者・呼吸不全があれば輸血を考慮
  • Hb > 8.0 g/dL: 原則として原因治療を優先し、輸血は慎重に

目安: 濃厚赤血球1単位でHb約+1.0 g/dL上昇
目的: 安定化と症状軽減。根治的治療ではない点に注意

⚠ 輸血の主な副作用と対処

輸血は貧血や出血に対する即効性のある治療ですが、副作用や合併症が起こりうるため、投与中・投与後の観察が必須です。

📌 非溶血性の重篤な副作用(2大合併症)

副作用名 略語 特徴・機序 対策・対応
輸血関連循環過負荷 TACO
(Transfusion-Associated Circulatory Overload)
  • 輸血量・速度が多すぎた場合に発生
  • 肺水腫、血圧上昇、SpO₂低下、頸静脈怒張
  • 高齢者・心不全患者で特に注意
  • 利尿薬投与、酸素投与、輸血速度の調整
輸血関連急性肺障害 TRALI
(Transfusion-Related Acute Lung Injury)
  • ドナーの白血球抗体が原因(免疫反応)
  • 急性呼吸窮迫、発熱、低酸素、両側肺浸潤影
  • 輸血後6時間以内に発症
  • 利尿薬は効果なし、酸素投与、ICU管理も

📌 その他の主な副作用

  • 発熱性非溶血性反応:白血球由来サイトカインによる。解熱剤投与
  • アレルギー反応:じんましん、呼吸困難、アナフィラキシー(洗浄赤血球使用で予防)
  • 溶血性輸血反応:ABO不適合による溶血(きわめて稀だが致命的)
  • 感染症リスク:現在は極めて稀(B型肝炎、C型肝炎、HIVなど)

📝 実際の対応ポイント

  • 輸血開始後15分はバイタルを頻回に確認
  • 症状出現時は直ちに輸血中止+医師判断
  • 体液過剰・呼吸状態に注意(特にTACO)
  • 輸血記録は副反応報告義務あり(医療安全上重要)

💊 鉄補充療法:開始すべきかどうかの判断基準

項目 鉄欠乏を示唆 備考
フェリチン <30 ng/mL 鉄欠乏確定的
トランスフェリン飽和度(TSAT) <20% 活動的な鉄不足を反映
TIBC 鉄に対する需要↑(補助的)
sTfR 慢性炎症下でも有用
RDW 赤血球サイズのばらつき↑(鉄欠乏では高値)

特に: フェリチンが30未満であれば、追加検査なしに鉄補充を開始してよい

注意:

  • フェリチンは急性炎症でも上昇するため、CRPや臨床文脈を考慮
  • TSAT・sTfRの併用でより正確な判断が可能

💊 鉄補充療法の方法と実際

📌 経口鉄剤(first-line)

  • 代表薬: フマル酸第一鉄、クエン酸第一鉄Naなど
  • 投与量: 鉄60〜120mg/日(1〜2回)
  • 効果判定: 2〜3週で網赤血球↑、4〜8週でHb上昇
  • 継続期間: Hb正常化後もフェリチン50〜100 ng/mLまで2〜3か月追加
  • 副作用: 悪心、便秘、下痢、黒色便(患者に説明)

📌 静注鉄剤(以下の場合に適応)

  • 経口鉄が無効または副作用が強い
  • 吸収障害(胃切除後、炎症性腸疾患など)
  • 重度貧血で早期改善が求められる場合

代表製剤: フェジン、カーボメルト鉄、鉄フマル酸静注など


💉 ESA製剤(エリスロポエチン)の活用

  • 対象: 慢性腎疾患(CKD)ステージ3以上+Hb <10 g/dL
  • 開始基準: 鉄補充でも改善が乏しい場合に導入
  • 目標Hb: 10〜12 g/dL(Hb>13で血栓リスク上昇)

ESA開始前に必ず確認:

  • フェリチン >100 ng/mLTSAT >20% → 鉄貯蔵が十分かを確認

代表薬: エポエチンアルファ(2〜3回/週)、ダルベポエチン(週1回)など


🧠 Column:なぜ葉酸単独補充が危険なのか?代謝から理解する

大球性貧血に対して、安易に葉酸(VitB9)だけを補充することは危険です。これは、Vitamin B12と葉酸が共通の代謝経路を共有しているためであり、葉酸単独投与が神経障害の進行を“隠してしまう”リスクがあるためです。


🧬 代謝経路の概要(簡略)

体内でDNA合成に必要な**チミジル酸(dTMP)**の生成には、以下の代謝が関与します:

  1. 葉酸(VitB9)は 5,10-Methylene-THF の形で、dUMP→dTMPへの変換に必要
  2. この変換後、5-Methyl-THFに変換され、**Vitamin B12の助けで再びTHFに戻る**
  3. B12が欠乏すると、THFの再生ができず、機能的葉酸不足状態になる

つまり、**Vitamin B12がないと葉酸も“詰まる”=使えない**という状態になります。


⚠ 危険性の本質
  • VitB12が欠乏していても、葉酸単独でdTMPは作れるようになる
  • そのため、**貧血だけは一見改善する**
  • しかし、**神経障害(後索障害・しびれ・認知低下など)は進行**し、不可逆になることがある
🩺 臨床上の教訓
  • MCV↑ or 神経症状あり → 必ず Vitamin B12+葉酸の同時測定
  • Vitamin B12欠乏がある場合は、必ずB12も同時補充(経口 or 注射)

結論: 大球性貧血に対する葉酸単独補充は、神経症状を“隠し”、不可逆な障害につながることがある。補充の前に必ずB12を評価することが不可欠。

📝 一般内科で行える初期対応まとめ

  • 貧血の型(MCV)と鉄代謝マーカーで鉄欠乏性の有無を判断
  • フェリチン、TSAT、sTfRなどで補充可否を明確化
  • 重度でなければ経口鉄から開始、状況により静注も選択
  • 腎性貧血が背景にあればESA導入も選択肢(紹介を前提に)
  • 紹介は“精査や処置のため”であり、初期対応で安全確保ができると望ましい

次は、問診・診察・検査で日常的に使えるちょっとした工夫や観察のコツ(Tips)を紹介していきます。

次は、日常診療で役立つ問診・身体診察・検査のちょっとしたコツ(Tips)をまとめます。


💡 Tips:貧血診療で押さえておきたい診察と検査のコツ


🗣 問診のコツ(症状を聞き出す)

  • 「ふらつき」=めまい?立ちくらみ?失神? → 明確に分けて聞く
  • 「息切れ」→労作時か安静時か、いつからかを明確に
  • 「出血歴」:月経・便・尿・鼻血・歯茎・外傷など全身からチェック
  • 「NSAIDsや抗血小板薬の内服歴」→ 消化管出血を疑う最大の手がかり

🩺 身体診察のコツ

  • 眼瞼結膜は両側で比較して「白い」と感じるかを自問
  • 心雑音(収縮期雑音)は代償性高出力状態のヒント
  • 爪(スプーン状爪)・舌(赤く平滑)などの細かな変化に注目
  • 神経所見は“VitB12欠乏の裏”を探る大切なヒント

🔬 検査の読み方のコツ

  • MCVとRDWの組み合わせで分類精度がぐんと上がる
  • 「Hbが低い=貧血」ではない。MCV、網赤血球、鉄指標で“原因に迫る”
  • 便潜血が陽性なら、紹介前に2回以上の確認+鉄指標のセットで診療の質が変わる

💬 Clinical Pearls


“Not all anemia is iron deficiency, and not all iron deficiency is anemia.”

(すべての貧血が鉄欠乏ではない。そして鉄欠乏があっても、必ずしも貧血とは限らない)

― UpToDate, Evaluation of anemia in adults

“The most dangerous anemia is the one you miss because you didn’t think of it.”

(もっとも危険な貧血は、あなたが疑わなかった貧血である)

― American College of Physicians

“B12 deficiency is the great masquerader: It mimics psychiatric, neurologic, and hematologic diseases.”

(ビタミンB12欠乏は、精神・神経・血液のすべての疾患を模倣する“擬態の名人”である)

― NEJM review article

さて、ここまでで臨床的な思考や診察のコツを学んできました。
貧血という“ありふれた疾患”の中にも、見逃してはいけないサインや落とし穴がたくさんあることがわかってきましたね。

次は、英語での診療対応力を高めるセクションに移ります。
医療現場では、日本語だけでなく英語で患者さんや他職種とやり取りする場面も少なくありません。

「英語でどう伝える?」
そんな悩みに応える表現や解説を、臨床現場に即した形で紹介していきます。


🗣 Useful Medical Expressions(医療英語フレーズ)


  • Do you feel tired or short of breath when walking?
    歩いているときに疲れやすかったり、息切れを感じますか?
  • Have you noticed any changes in your stool color?
    便の色に変化はありましたか?(例:黒っぽいなど)
  • Are you currently taking any medications such as aspirin or NSAIDs?
    アスピリンやNSAIDsなどのお薬を飲んでいますか?
  • We will check your iron levels and see if you need supplementation.
    鉄の値を確認して、補充が必要かどうか見ていきますね。
  • This type of anemia is often due to slow bleeding in the stomach or intestines.
    このタイプの貧血は、胃や腸での少しずつの出血が原因であることが多いです。

🗨️ Layman’s Terms & Idioms(やさしい言い換え・イディオム)


  • Low blood count → 貧血(医学用語を避けて)
  • Thin blood / tired blood → 血が足りていない、血が薄い
  • Out of breath → 息切れ、呼吸がつらい
  • Black stools → 真っ黒な便(消化管出血のサイン)
  • Feeling faint / light-headed → めまい、ふらつき

✔️ 例文:
“You may feel tired or dizzy because your body doesn’t have enough red blood cells to carry oxygen.”
(疲れやすかったり、ふらついたりするのは、赤血球が足りずに酸素が運べないからかもしれません)


📘 Medical English Glossary(用語解説・英語)


  • Anemia: A condition where the number of red blood cells or the amount of hemoglobin is lower than normal, resulting in reduced oxygen-carrying capacity of the blood.
  • Hemoglobin (Hb): An iron-containing protein in red blood cells that binds and carries oxygen from the lungs to tissues throughout the body.
  • MCV (Mean Corpuscular Volume): A measurement of the average size of red blood cells. Used to classify anemia as microcytic, normocytic, or macrocytic.
  • Ferritin: A blood protein that stores iron. Ferritin levels reflect the total amount of iron stored in the body.
  • Reticulocyte: An immature red blood cell released from the bone marrow. Reticulocyte count indicates bone marrow activity in response to anemia.
  • RDW (Red Cell Distribution Width): A measure of variation in red blood cell size. Elevated RDW may suggest mixed or evolving causes of anemia.
  • Stool occult blood: A laboratory test used to detect hidden (microscopic) blood in the stool, often a sign of gastrointestinal bleeding.
  • TACO (Transfusion-Associated Circulatory Overload): A transfusion reaction caused by excessive volume, leading to pulmonary edema and heart failure symptoms.
  • TRALI (Transfusion-Related Acute Lung Injury): A serious transfusion reaction involving acute respiratory distress due to immune-mediated lung inflammation.
  • Koilonychia: Spoon-shaped nails that are often associated with iron deficiency anemia.
  • MDS (Myelodysplastic Syndrome): A group of bone marrow disorders characterized by ineffective hematopoiesis, leading to anemia and other cytopenias.

📝 記事のまとめ:よくある症状の裏に、深い思考を


貧血――それは日常診療で最もよく出会う「異常値」の一つです。
しかしその背景には、慢性的な出血、栄養障害、造血機能の異常、腫瘍、そして時に命に関わる中毒や遺伝疾患など、実に多彩な病態が潜んでいます。

今回の記事では、そんな貧血という症候に対して、「どのように考え、どう迫っていくか」を、問診・診察・検査というステップごとに整理してきました。
そして、消化管出血や骨髄異常、中毒、VitB12欠乏など、見逃せない疾患をどう見極めるか、日々の臨床でどう活かすかについても深堀りしました。

さらに、OSCEや英語診療にもつながるように、医療英語ややさしい言い換え、用語解説も一緒にまとめています。
学生や初期研修医の方々が、症候からのアプローチに自信を持ち、「ただの異常値」ではなく「診断の入り口」として貧血を活用できるようになればうれしいです。

日常診療で「Hbが低い」患者さんを見たとき――
「ただの鉄欠乏だろう」で終わらせず、「なぜそうなったのか?」と一歩踏み込む思考を、ぜひ実践してみてください。


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📚 Reference(参考文献)

  • UpToDate: Evaluation of anemia in adults. [Accessed 2025]
  • 日本内科学会. 貧血の診療ガイドライン. 日本内科学会雑誌 第110巻 第5号, 2021.
  • NEJM. Vitamin B12 Deficiency. N Engl J Med 2017;376:149-160.
  • 厚生労働省. 「輸血療法の実施に関する指針」第4版, 2022.
  • 日本赤十字社. 輸血副作用の概要と対応. 2023年度報告資料.
  • Merck Manual: Overview of Anemia. Merck & Co., 2024.
  • American Society of Hematology. Choosing Wisely Recommendations for Anemia. 2023.
  • 日本血液学会. MDS診療の手引き. 第3版, 2020.
  • Hoffbrand AV, Moss PAH. Essential Haematology. 7th ed. Wiley-Blackwell; 2016.

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