AI時代にこそ読むべき一冊―Murtagh’s General Practice Part 1:診断の“型”を学ぶ

いつも記事を読んでいただきありがとうございます。
お待たせしました。今日は、私が日々の臨床で最も影響を受けている書籍のひとつ、Murtagh’s General Practice の Part 1 を紹介していきます。

「情報が溢れ、AI が簡単に“病名候補”を出してくれる時代に、なぜ今さら Murtagh なのか?」
そう思う方もいるかもしれません。

ですが実は、いまの時代だからこそ Murtagh の臨床思考 がより価値を持つと感じています。
AI や SNS のおかげで、患者さんは専門家レベルの知識にアクセスできるようになり、
症状を入力すれば、ありとあらゆる診断候補が一瞬でリストアップされます。

しかし、「情報が手に入ること」と「正しく判断できること」はまったく別物 です。

  • どの病気が「よくある」のか(Probability)
  • どれを最優先で除外すべき「危険な病気」なのか(Serious disorders)
  • どこに見逃しやすい「罠(Pitfalls)」があるのか
  • どんな疾患が、あらゆる症状に「紛れ込んでくる」のか(Masquerades)

これらを踏まえて、
どこまで検査を行い、どこで止めるのか
いつ「経過を見る」と判断し、どんな条件で再診を促すのか
そこには、確率論・危険度・患者背景・時間経過を統合する、臨床医ならではの視点が欠かせません。

だからこそ、AI 時代に本当に求められるのは、
「情報の海から正しい道筋を選び、患者を安全に導く専門家」 だと思います。
そして、その思考の“型”を最もわかりやすく教えてくれる本のひとつが、Murtagh’s GP Part 1(The Basis of General Practice) です。

この記事では、Murtagh’s GP Part 1 の核となる考え方を、
総合診療医としての視点とあわせて紹介していきます。
AI 時代の一次診療・開業医のあり方を考えるヒントとしても、少しでも届けば嬉しいです。

それではまず、「今の時代に、なぜ Murtagh’s General Practice を学ぶのか?」 というところから始めていきましょう。


Part 1 の全体像:何が書いてあるのか?

Murtagh’s General Practice の Part 1(The Basis of General Practice)は、
「外来という、もっとも不確実で多様な場で、どうやって安全に診断するか」
という問いに真正面から答えるパートです。

一般外来(General Practice)は、救急や病棟と比べても圧倒的に“情報が少ない”場所です。
患者は多様で、症状は未分化、病気はごく初期、検査は限られ、背景は複雑……。
そんな環境だからこそ、「診断の基礎体力」 を鍛えるための体系が必要になります。

Part 1 では、そのための思考枠組みとして、次の内容が順に整理されています。

  • ① Safe Diagnostic Strategy(安全な診断戦略)
    ┗ 外来で「何から考えるべきか」という優先順位のモデル。
  • ② Probability / Serious / Pitfalls / Masquerades(4つの視点)
    ┗ Murtagh が提唱する診断思考の中核で、そのまま臨床で使える“型”。
  • ③ Symptom Iceberg(症候の氷山モデル)
    ┗ 受診に至った症状が「氷山の一角」であるという、GPの本質を捉えた概念。
  • ④ The Clinical Model(診療モデル)
    ┗ Reason for encounter から Safety-netting までを包括する、外来診療の流れ。
  • ⑤ The Nature of General Practice(GPという医療の性質)
    ┗ 未分化症候・不確実性・継続診療など、General Practice の独自性。
  • ⑥ Time as a Diagnostic Tool(時間は診断ツール)
    ┗ “経過を見る”という行為が、外来では最強の診断方法になる理由。

このパートが扱うのは、特定の疾患の知識ではありません。
「どんな症状でもまず何を考えるか」「どう安全に診断へ向かうか」 という、
すべての症候・すべての外来に共通する “診断の土台” です。

Part 1 を理解すると、
・OSCEの症候別アプローチ
・研修医としての初期対応
・開業医としての判断プロセス
・AI時代の情報との向き合い方

これらすべてが一本の線でつながってくる感覚があります。

それでは、Part 1 の中心にある Safe Diagnostic Strategy(安全な診断戦略) から、内容を詳しく見ていきましょう。


Part 1:Safe Diagnostic Strategy(安全な診断戦略)

外来(General Practice)は、救急や病棟と違い、
“典型ではない症状” と “まれに潜む重症” が同じ入り口から入ってくる場 です。
そのため、診断の最初の一歩で誤ると、見逃しや過剰検査につながりやすくなります。

Murtagh が Part 1 の冒頭でまず提示するのが、この Safe Diagnostic Strategy
これは外来という不確実な環境の中で、
「どこから考え始めれば安全なのか」 を明確にする“診断の地図”のようなものです。


Safe Diagnostic Strategy を構成する4つの視点

この戦略の中心となるのが、Murtagh が外来診療全体に適用した 4 つの視点です。

  • 1. Probability diagnoses(まず最も起こりやすいもの)
  • 2. Serious disorders(見逃すと危険なもの)
  • 3. Pitfalls(見逃しやすい疾患・状況)
  • 4. Masquerades(あらゆる症状に紛れ込む疾患)

この 4 つを「毎回の受診で瞬時に思い出す」ことが、外来の安全性を大きく高めます。
そしてこの戦略は、診断プロセスの順番を明確にしてくれます。


① Probability:まず “よくある疾患” を押さえる

外来では本当に多くの症状が、頻度の高い良性疾患で説明できます。
そのため診断の出発点は、まず Probability(確率の高いもの) を挙げることです。

例:

  • 咳 → 上気道炎
  • 頭痛 → 緊張型頭痛
  • 腹痛 → 便秘・胃腸炎

ただし、“よくある疾患” でも、典型からズレている場合は要注意。
Probability の次に、Serious(重篤疾患)へすぐ目を向ける必要があります。


② Serious disorders:最優先で除外すべき疾患

次に優先すべきは、Serious disorders(見逃すと危険な疾患) です。
頻度は低くても、これらを見逃すと致命的になるため、外来では常に最初に考える必要があります。

例:

  • 胸痛 → 急性冠症候群、大動脈解離、肺塞栓
  • 頭痛 → 髄膜炎、くも膜下出血
  • 腹痛 → 腸閉塞、腸間膜虚血、穿孔

確率の高い病気よりも、危険性の高い病気を先に除外する
これが Safe Diagnostic Strategy の “safe” の核心です。


③ Pitfalls:医師が見逃しやすい罠

Pitfalls は、医師が誤診しやすい・鑑別から漏れやすい罠 を指します。
外来には“典型ではない病気”がしばしば患者の姿を借りて訪れます。

代表的な Pitfalls(資料ベース):

  • 初期検査で異常が出にくい疾患
  • 症状が非典型な内分泌疾患
  • 慢性的に経過し、本人が軽視している疾患

これらを知っているだけで、誤診のリスクは大きく減ります。


④ Masquerades:症状を“偽装”して紛れ込む疾患群

Masquerades(仮面疾患)は、どの症候にも紛れ込む、外来で必ず考えるべき疾患群 です。
Murtagh は「Primary Masquerades」として 7 つを特に強調しています。

  1. Depression(うつ)
  2. Diabetes mellitus(糖尿病)
  3. Drugs(薬剤:処方薬・自己使用・アルコール・ニコチン)
  4. Anaemia(貧血)
  5. Thyroid & other endocrine disorders
  6. Spinal dysfunction(脊椎機能障害)
  7. UTI(尿路感染症)

これらは、どんな訴えでも静かに隠れている可能性がある“仮面”。
「何か違和感がある」「症状が説明しきれない」ケースでは、まずこの 7 つを思い出すだけで診断精度は大きく変わります。


Safe Diagnostic Strategy の本質

この戦略は、外来で“最短距離で診断する”ためのものではありません。
「危険を逃さず、過剰検査にも走らず、最も安全な順序で考えるためのもの」 です。

研修医・若手医師にとってはもちろん、
経験を積んだ医師にとっても、診断が複雑化する AI 時代において、
Safe Diagnostic Strategy はあらためて価値を増している枠組みだと感じます。

それでは、次にこの戦略の周辺にある重要な考え方、Symptom Iceberg(症候の氷山モデル) を見ていきましょう。



Symptom Iceberg(症候の氷山モデル)

外来に立っていると、患者さんが受診するタイミングは「なんとなく」ではありません。
しかしそれは、医師側からは見えにくいものです。
Murtagh はこの “見えにくさ” を説明するために、Symptom Iceberg(症候の氷山モデル) を提示しています。

私たちが外来で目にしている症状は、実は氷山の「ほんの先端」に過ぎません。
社会全体には膨大な症状が存在しますが、そのほとんどは自然軽快、自己管理、家族の助言などで医療の場には届かないのです。


外来に来る症状は “選ばれた症状” である

氷山モデルのポイントは、外来に現れる症状が「偶然」ではない ということです。
受診までに、患者さんの中で何らかの「しきい値」が越えられています。

  • ① 患者本人が「深刻だ」と判断した
  • ② 自己管理では不安が残った
  • ③ 症状が長引き、悪化の兆候を感じた
  • ④ 家族・職場から受診を勧められた
  • ⑤ ネット検索で“怖い病気”を見た(現代特有)

つまり患者さんは、単に「症状があるから来た」のではなく、
“受診行動の理由” を必ず持っています。

Murtagh がこの概念を Part 1 で早い段階に置いているのは、
診断そのものが症状だけでなく「背景・受診理由」を統合する作業だからです。


氷山モデルが診断を変える理由

氷山の “水面下” には、医師が知り得ない膨大な症状が存在します。
それらと比較したときに、外来で目にする症状には次の特徴が生まれます。

  • 外来に到達した症状は、患者にとって意味づけが強い
  • 医学的には軽症でも、人生背景では重い問題を示すことがある
  • 逆に、重症でも受診が遅れる人がいる(高齢者・独居・社会的要因など)
  • “なぜ今日来たのか” は診断の核心情報になりうる

この視点を持つだけで、問診の深さが大きく変わります。
特に総合診療では、症状そのものより「背景」が診断を決めることが多いため、氷山モデルは重要な前提になります。


AI時代でどう変わる?(あなたの視点を自然に統合)

最近では、患者さんが AI や検索サービスに症状を入力し、
“自分で診断候補を持って来院する” ケースが増えています。

これは一見よいことのように思えますが、実際には:

  • 情報過多で不安が増幅される
  • 軽症でも「怖い病名」を見て受診することが増える
  • 逆に「AIが大丈夫と言ったから」と受診を遅らせる人もいる

つまり AI は “情報を増やす” ことには極めて優秀ですが、
その情報を取捨選択し、適切に解釈する力 は依然として医師に委ねられています。

氷山モデルは、
「見えている症状だけでなく、情報アクセスの変化が受診行動をどう動かしているか」
を理解するうえで、ますます重要になっています。


総合診療における氷山モデルの価値

初期研修医や若手医師にとって、外来はしばしば “予測不能でカオスな場” に見えます。
しかし氷山モデルを理解しているだけで次の視点が得られます:

  • 患者の語りの背景にある「受診理由」を深掘りできる
  • 症状そのものより「何に困っているか」を把握できる
  • 来院の文脈を踏まえて診断の優先順位をつけられる
  • 不必要な検査を減らし、安全に経過観察を選択できる

この氷山モデルは、次に説明する Clinical Model の土台にもなる考え方です。
患者の物語(narrative)を理解し、診断の文脈を整えるための必須の概念といえます。

それでは、この氷山モデルを踏まえて、Murtagh が提示する外来診療の枠組み
Clinical Model(診療モデル) に進んでいきましょう。



The Clinical Model(診療モデル)

Murtagh’s GP Part 1 における Clinical Model は、単なる「診断の順番」ではありません。
救急のように激症例が多いわけでもなく、病棟のように情報がそろっているわけでもない外来では、
「不確実な状況で、どう安全に判断するか」 が常に問われます。

その複雑さの中で、医師が迷子にならないための “地図” こそが、この Clinical Model です。
外来・初期診療・総合診療の核心を捉えたフレームワークであり、AI 時代にも価値が落ちない、普遍的な診療の形です。


Clinical Model の全体像

Murtagh は診療を、次の 6 つのステップに整理しています。

  1. Reason for encounter を把握する(来院理由の理解)
  2. 患者の語りを聴き、共感し、文脈を理解する
  3. Safe Diagnostic Strategy を適用する(Probability / Serious / Pitfalls / Masquerades)
  4. 身体診察と検査を最適化する
  5. Time as a diagnostic tool(時間を診断に使う)
  6. Safety-netting(安全策の提示)

これらのステップは「直線的」に並ぶものではなく、
患者の語り・症状の変化・検査の結果に応じて柔軟に行き来する “動的なモデル” です。


① Reason for encounter(なぜ今日来たのか?)

症状そのものと同じくらい、いや時にはそれ以上に重要なのが、
「なぜ今日のタイミングで受診したのか」 という視点です。

  • 症状が悪化したから
  • 不安がピークに達したから
  • 家族に背中を押されたから
  • 検索して“怖い病名”を見てしまったから
  • 大事な予定(受験、仕事)が近いから

これは症状の強さだけでは判断できない「文脈」であり、
リスク評価・診断の優先順位づけに大きな影響を与えます。

この視点は前章の Symptom Iceberg と深くつながっています。


② Patient-centered approach(患者中心のアプローチ)

Murtagh が繰り返し強調するのは、
「患者の語り(narrative)は、診断そのものの一部である」 という考えです。

患者が何を心配し、どんな背景を抱え、どう生活に影響が出ているのか。
これらを丁寧に聴くことで、次のような“診断的ヒント”が自然と見えてきます。

  • 重大疾患を隠す Red flags
  • 不安によって増幅された軽症の症状
  • 心理社会的要因(BPSモデル)
  • 再診や経過観察を選ぶべきかどうかの判断材料

AI の進化で医学情報は簡単に手に入りますが、
患者の物語を理解する力だけは、医師にしか担えない部分です。


③ Safe Diagnostic Strategy(安全な診断戦略)を適用する

Clinical Model の中心に据えられているのが、この Safe Diagnostic Strategy です。
先に説明した通り、以下の 4 つの視点で症状を整理します。

  • Probability(よくある疾患)
  • Serious disorders(見逃すと危険な疾患)
  • Pitfalls(見逃しやすい疾患)
  • Masquerades(症状に紛れて現れる疾患)

これは救急ではもちろん、
「なんとなく体調が悪い」 という曖昧な訴えにもそのまま適用できます。
あらゆる外来診療の“軸”となる思考法です。


④ 身体診察・検査の適切な選択

Murtagh は 「検査をする前に、診断の方向性を明確にせよ」 と繰り返し述べています。

外来では:

  • 不必要な検査 → 偶発所見 → 追加検査の連鎖
  • 必要な検査の遅れ → 重篤疾患の見逃し

つまり、検査は「多ければ安全」ではなく、
“適切な順序・最小限の数” が最も安全 ということです。

Safe Strategy を基盤にすれば、検査の優先順位が自然と整理されていきます。


⑤ Time as a diagnostic tool(時間を診断に活かす)

外来の強みは、「時間を使える」ことです。
症状は多くの場合、時間とともにその正体が明瞭になっていきます。

Murtagh はこれを診断ツールとして積極的に活用するよう勧めています。

  • 急性 → まずは危険疾患を除外する
  • 亜急性 → パターンが見えてくる
  • 慢性 → 悪性・Masquerades の影が浮かぶ
  • 波がある症状 → 心因性・機能性も検討

検査で決着がつかないときほど、「時間を味方にする」ことで安全に診断へ近づくことができます。


⑥ Safety-netting(安全策の提示)

診断が確定しない状況こそ、外来では日常です。
そこで重要なのが Safety-netting(安全策の提示)。

Murtagh は次の 3 点を明確に伝えるべきだと述べています:

  • どの症状が悪化のサインか(Red flags)
  • どんな経過なら問題ないと判断できるか
  • いつ再受診すべきか

これは患者さんの安全を守る最後の砦であり、
外来という“不確実な医療”において必須のスキルです。


Clinical Model の本質:外来は「情報の多さ」ではなく「選択の場」

AI 時代では、情報は患者さんの手元にいくらでも届きます。
しかし外来診療は情報を集める場ではなく、
「何を選び、何を捨て、どんな順で考えるか」 を決める場です。

Clinical Model は、その“選択”を正しい方向へ導くための枠組みです。
総合診療医の思考法として、そして研修医が外来の混沌を整理するツールとして、非常に価値の高い概念です。

次の章では、この Clinical Model を支える Murtagh’s GP の診療哲学、
患者中心の医療・BPSモデルとの関連 について触れていきます。


総合診療における BPS モデルと、Murtagh’s GP Part 1 の重なり

診察室で向き合っている“症状”は、本当に身体だけの問題でしょうか。
例えば、腹痛の患者さんの背景に、
不安、家族トラブル、仕事のストレス、経済的な心配 が潜んでいることは珍しくありません。

こうした「症状の文脈」まで捉えるために、総合診療で大切にされる考え方が
BPS(Bio-Psycho-Social)モデルです。

実はこのBPSの視点、Murtagh’s GP Part 1の診療モデルと驚くほど自然に重なります。
Part 1 に登場する次の概念を見てみてください。

  • Reason for encounter(なぜ“今日”受診したのか)
  • Patient-centred care(語りを聴き、不安を理解する)
  • Symptom Iceberg(受療行動と背景まで含めて症状を理解する)
  • Masquerades(心理・社会的問題と結びつく“紛れ込み疾患”)

どれも、BPSモデルの核心そのものです。
Murtagh の Part 1 は BPS を直接説明してはいませんが、
「患者を全体として理解する思考」が根幹に流れています。

つまり、一次医療(General Practice)=BPS的診療そのもの
Murtagh の Clinical Model は、このBPSの視点が自然に染み込んだ“実践の型”と言えます。

なお、BPSモデルそのものは別記事で詳しくまとめる予定です。
ここでは、Murtagh Part 1 の世界観と BPS がどのように響き合うかに注目します。


The Clinical Model(診療モデル)

ではここから、Part 1 の中心となる Clinical Model に進みます。
といっても、これは単なる診断アルゴリズムではありません。

むしろ、
「不確実な外来で、どうすれば安全に診断へ近づけるか?」
という、総合診療の本質そのものを言語化したフレームです。

症状は揺れ、背景は複雑で、患者は不安を抱えながらやってくる——。
だからこそ診断には、病名の知識以上に“考え方の型”が役立ちます。

この Clinical Model は、先ほどの BPS モデルと驚くほど自然に連動しながら、
外来の混沌を整理し、安全に判断するための道筋を示してくれます。


Clinical Model の 6 つのステップ

Clinical Model は次の6つで構成されています。
ここで大事なのは、これは「手順」ではなく“思考のレイヤー”だということです。

  1. Reason for encounter を把握する
  2. 患者の語りを聴く(Patient-centred)
  3. Safe Diagnostic Strategy を適用する
  4. 身体診察・検査を適切に選ぶ
  5. 時間を診断に使う(Time as a tool)
  6. Safety-netting(安全策)を伝える

では、ひとつずつ見ていきましょう。
ただ読むだけでなく、外来での自分の思考に照らし合わせると、グッと理解しやすくなります。


① Reason for encounter(なぜ今日なのか?)

これは単なる“主訴の確認”ではありません。
患者が今日受診した理由には、次のような背景が潜んでいます。

  • 症状が悪化した
  • 不安が強くなった
  • 家族・職場に勧められた
  • ネット検索で恐い病名を見た

「今日受診した」という事実そのものが、貴重な診断情報なのです。
ここから、氷山モデル(Symptom Iceberg)と自然につながっていきます。


② Patient-centred approach(患者中心のアプローチ)

ここで診療の焦点が、症状 → 人 へと移ります。
医学的情報だけでなく、その人の語りを聴くことで診断の方向が変わることは少なくありません。

Murtagh は「語りを聴くことは治療の一部」と強調しています。
これはまさに BPSモデルの “P・S” の部分です。


③ Safe Diagnostic Strategy(安全な診断戦略)

Clinical Model の“骨格”となるパートです。
Probability → Serious → Pitfalls → Masquerades の4分類で、
外来のカオスを一気に整理できます。

ここで重要なのは、Masquerades の背後には心理・社会的文脈があるという点です。
これが BPSモデルと自然に重なる理由のひとつです。


④ 身体診察・検査の適切な選択

すぐ検査…という流れが強くなりがちな時代ですが、
Murtagh は一貫して「考える前に検査をしない」姿勢を示します。

過剰検査は害になり、検査不足も害になる。
その中間を見極めるのが、Safe Diagnostic Strategy の役割です。


⑤ Time as a diagnostic tool(時間は診断の味方)

外来では、一度で全てを診断しようとしない。
むしろ、時間の経過こそ最大の診断ツールになることがあります。

AIは“今この瞬間”の情報で判断しますが、
GPは“変化”を評価できる。
この差が、一次医療の価値を大きく生みます。


⑥ Safety-netting(安全策を共有する)

確定診断に至らなくても、患者の安全を守るための大事なステップです。
悪化のサイン、フォローのタイミング、経過の見方を共有し、
患者と医師が同じ方向を向けるようにします。

診断が揺れる外来だからこそ、Safety-netting は“治療そのもの”と言えます。



AI 時代の診療と、Murtagh’s GP Part 1 の価値

AI が医療情報を“いつでも・誰でも”手に入るものにし、患者さんは症状を入力するだけで
専門家並みの知識に触れられる時代になりました。
その結果、受療行動は大きく変化しています。

  • 受診を先延ばしする(AI が「大丈夫」と言うから)
  • 逆に早めに受診する(AI が“危険疾患”を大量に出すから)
  • 不安が増幅する(情報が多すぎて整理できない)

ここで重要なのは、AI が 「情報を増やす」 ことは得意でも、
「情報の優先順位をつける」 ことはまだ苦手だという点です。

臨床医が行っているのは、まさにこの “情報の削ぎ落とし” です。
Murtagh’s GP Part 1 が提示する Safe Diagnostic Strategy や Clinical Model は、まさに
「不確実な世界で、必要な情報だけを残す」
ための思考の型と言えます。

AI 時代の医療において、医師の役割は
“病名を当てる人” から “判断を導く専門家” へと進化しています。
その変化は、総合診療の価値をより高める方向へ進んでいます。

だからこそ、Murtagh Part 1 は今の時代にこそ読む価値があるのです。
AI が増やした膨大な情報を、臨床の現場で“安全に整理する力”が求められる今、
この本が示す診療哲学は未来の医療のスタンダードになり得ます。


総括:Murtagh Part 1 は「診断の地図」であり、総合診療の未来そのもの

ここまで紹介してきたように、Murtagh’s General Practice Part 1 は単なる教科書ではありません。
むしろ、
「外来という不確実の海を安全に航海するための地図」
のような存在です。

Safe Diagnostic Strategy、Symptom Iceberg、Clinical Model——
どれも、“病名の知識”ではなく “診療の考え方” を教えてくれるものであり、
これは AI 時代にこそ価値が高まるスキルです。

総合診療医は、身体・心理・社会の背景を統合し、患者の物語を理解し、
最小限の情報から最大の判断を行う専門家です。
Murtagh’s GP Part 1 は、その思考を体系化した数少ない医学書のひとつです。

私自身、初期研修から総合診療を実践していく中で、
「もっと早くこの本に出会っていれば…」
と何度も思ったほど、臨床の視野が広がりました。

AI の活用が進み、患者が専門知識にアクセスできるようになった今——
むしろ総合診療医の役割は大きくなっています。
そしてその未来を支えるのが、Murtagh’s GP Part 1 に詰まった診療哲学です。

これから Part 2・Part 3・症候別アプローチについての記事も作成していく予定です。
一本一本じっくりと整理しながら、総合診療の魅力や診断の思考を一緒に深めていきましょう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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