黄疸を「確率」で診る|McGeeに学ぶ問診・身体診察・POCUSのEBM(前編)
黄疸は徴候であり、重要なのは常に「原因」です。
本記事では、感度・特異度・尤度比(LR)を意識しながら、問診と身体診察で鑑別の確率をどう更新するかを整理します。
この記事のコンセプト|なぜ黄疸を“確率”で考えるのか
黄疸は、それ自体が診断名ではありません。黄疸とは「徴候」であり、問題は常にその“原因”です。
肝細胞障害、胆道閉塞、溶血、悪性腫瘍、炎症性疾患──原因鑑別は広く、採血や画像がなければ何も分からないと思われがちです。
しかし実際には、問診・身体診察・POCUSによって原因の確率は大きく動きます。
本記事では、McGeeの思想(Evidence-Based Physical Diagnosis)を軸に、
- どの所見が
- どの方向に
- どれくらい確率を動かすのか
を、確率論(ベイズ更新)の視点で整理します。
(数字が乏しい所見は、あえて「補助情報」として位置づけを明確にします。)
1. 黄疸は「診断」ではなく「検出」である
肉眼的に黄疸が確認できるのは、一般に血清総ビリルビンが概ね 2–3 mg/dL 以上になった時点です。
ここで重要なのは、この段階ですでに「異常が存在する確率(pre-test probability)」は高いという点です。
また、黄疸の検出感度は眼球結膜 > 皮膚であり、軽度黄疸は皮膚のみの観察だと見逃されやすいことがあります。
したがって、
黄疸を疑ったら、まず眼を見る
という行為自体が、感度を意識した診察と言えます。
2. 問診|鑑別の「事前確率」を動かす情報
問診は診断を確定しません。
しかし、事前確率を動かす力を持ちます。
2-1. 発症様式と時間経過
- 急性発症(数日〜1週):炎症性疾患、胆管炎、急性肝炎の確率が上がる
- 亜急性〜徐々に進行:悪性胆道閉塞の確率が上がる
- 慢性経過:慢性肝疾患・胆汁うっ滞性疾患を考える
これは感度・特異度で定量化できる所見ではありませんが、以降の身体所見・POCUSをどう解釈するかの前提条件になります。
2-2. 尿の色(bilirubinuria)
濃褐色尿は、尿中への抱合型ビリルビン排泄を示唆します。
- 抱合型優位 → 肝細胞性 or 閉塞性を支持
- 溶血性黄疸では通常みられない
単独で診断を決める所見ではありませんが、溶血性黄疸の事前確率を下げる方向に働く重要な問診所見です。
2-3. 便色(acholic stool)
灰白色便は、胆汁の腸管流入障害を示します。
- 閉塞性黄疸に対する特異性が高い
- 肝細胞性黄疸では必ずしも出現しない
感度は高くありませんが、認めた場合に確率を大きく動かす所見として扱います。
2-4. そう痒(pruritus)
そう痒は胆汁うっ滞で高頻度にみられますが、明確な感度・特異度が示されにくく、単独での診断能は限定的です。
本記事では、
慢性胆汁うっ滞という病態仮説を補強する情報
として位置づけます。
3. 身体診察|感度・特異度で評価できる所見
3-1. 眼球結膜黄疸
眼球結膜の黄染は、皮膚よりも早期に出現します。
これは原因鑑別ではなく、
黄疸を“検出する”ための感度の高い所見
として重要です。
3-2. Courvoisier徴候
定義:黄疸を伴い、無痛性に触知可能な胆嚢。
診断精度(文献より):
- 感度:約15–30%
- 特異度:90–95%
- LR+:約4–6
解釈:
感度が低いため、見つからなくても否定はできません。
一方で特異度が非常に高いため、見つかった瞬間に悪性胆道閉塞の事後確率が大きく上昇します。
Courvoisier徴候は典型的な「rule-in に特化した身体所見」です。
3-3. Murphy徴候(身体診察)
定義:右季肋部を圧迫しながら吸気させた際の吸気停止。
急性胆嚢炎に対する診断精度:
- 感度:約60–70%
- 特異度:約70–90%(報告により差あり)
黄疸を伴う場合の注意点:
- Murphy陽性+黄疸:単純胆嚢炎だけでなく、胆道閉塞+炎症(胆管炎、Mirizzi症候群など)を考慮
- Murphy陰性でも、胆道閉塞は否定できない
したがってMurphy徴候は、
黄疸の原因を決める所見ではなく、炎症が関与している確率を上げる所見
として使います。
3-4. 掻痒痕(excoriation)
慢性胆汁うっ滞では、掻痒による皮膚掻破痕を認めることがあります。
明確な感度・特異度は示されにくく、単独診断能は低いことが多いため、本記事では
経過が慢性であることを示す補助的身体所見
として扱います。
3-5. 肝腫大・脾腫
- 脾腫:溶血性疾患・門脈圧亢進を示唆
- 閉塞性黄疸単独では通常みられない
感度・特異度は疾患依存で一定しないため、本記事では
閉塞性黄疸の事前確率を下げる方向に働く所見
として位置づけます。
ここまでの要点(前編のまとめ)
- 黄疸は「診断」ではなく「検出」。T-bil 2–3 mg/dLが目安。
- 問診は確定診断ではなく、事前確率を動かす。
- Courvoisier徴候は感度は低いが特異度が高い=rule-in。
- Murphy徴候は炎症の確率を上げる(黄疸原因の確定ではない)。
次の後編では、POCUS(CBD径・Sonographic Murphy)を主役に、
「rule-in / rule-out」を数学的に整理し、確率更新アルゴリズムとして完成させます。
黄疸を「確率」で診る|McGeeに学ぶ問診・身体診察・POCUSのEBM(後編)
前編では、問診・身体診察(Courvoisier徴候、Murphy徴候)を使って「鑑別の確率を更新する」考え方を整理しました。
後編では、POCUS(特にCBD径とSonographic Murphy徴候)を主役に、閉塞性黄疸/胆嚢炎関連の確率をどう動かすかを具体化します。
4. POCUS|身体診察の延長としての定量評価
POCUSは「検査」ですが、臨床現場ではしばしば身体診察の延長として機能します。
黄疸の鑑別では特に、胆道の拡張(=閉塞の可能性)と、胆嚢炎関連所見(=炎症の可能性)を短時間で押さえられるのが強みです。
4-1. 総胆管径(CBD diameter)|閉塞性黄疸を「rule-in / rule-out」する
ポイント:胆道閉塞があると、近位胆管(総胆管を含む)が拡張しやすい。
黄疸患者のPOCUSでまず確認したいのは、「CBDが拡張しているか」です。
(A)カットオフの考え方
- 一般に CBD ≳ 6–7 mm を「拡張」と判断することが多い
- 高齢者や胆嚢摘出後では拡張しやすく、解釈に幅が出る
※本稿では、ベッドサイドでの意思決定に使いやすいよう、まず「拡張あり/なし」で二分する運用を推奨します。
(B)診断精度(臨床での現実的な読み方)
「CBD拡張」を含む所見(胆管拡張や胆道系の超音波所見)は、閉塞性黄疸の評価で有用とされます。
たとえば、閉塞性黄疸の原因検索における超音波の診断性能として、感度・特異度が報告されている研究があります。
また、胆嚢炎領域とは別に、CBDの異常が総胆管結石の予測因子として重要であることを示す報告もあります。
実践での要点:
CBD拡張が明らかなら、閉塞性黄疸(結石・腫瘍・狭窄など)の事後確率が上がります。
一方、CBD拡張が目立たない場合は、閉塞性よりも肝細胞性/溶血性の比重が相対的に上がります(ただし、早期閉塞や微小結石などで例外はあります)。
4-2. Sonographic Murphy徴候(SMS)|「炎症の確率」を上げる
Sonographic Murphy徴候(SMS)は、超音波プローブで胆嚢を圧迫したときに、患者が局所的な圧痛を訴える所見です。
身体診察のMurphy徴候に近い概念ですが、胆嚢を直接“同定して圧迫できる”点が強みです。
(A)身体診察Murphyとの違い
- 身体診察:「右季肋部圧迫+吸気」で疼痛による吸気停止
- SMS:「プローブ圧迫で胆嚢部の局所圧痛を誘発」
SMSは単独で診断を確定するというより、胆嚢炎を疑う文脈で“炎症の確率”を上げる所見として使うのが実践的です。
(B)胆嚢炎に対する超音波全体の診断性能(参考)
急性胆嚢炎に対する超音波(US)の診断精度について、系統的レビュー/メタ解析では感度・特異度が報告されています。
注意:この「超音波の診断性能」は、SMS単独ではなく、胆嚢壁肥厚、胆嚢周囲液体、胆石、圧痛などの複合所見を含むことが多い点に留意してください。
4-3. 胆嚢の緊満・壁肥厚・周囲液体|Courvoisier徴候/Murphy所見との統合
胆嚢の形態所見は、単独の感度・特異度を一律に示しづらい一方で、「どの仮説が強いか」を視覚的に補強します。
(A)悪性閉塞を疑う文脈
- 黄疸+胆嚢緊満(distended GB)
- 身体診察でCourvoisier徴候があれば、悪性閉塞の事後確率が上がる(rule-in)
(B)炎症を疑う文脈(胆嚢炎)
- 胆嚢壁肥厚
- 胆嚢周囲液体
- 胆石(特に頸部嵌頓の示唆)
- SMS / Murphy徴候が陽性なら、炎症の仮説がさらに強化される
胆嚢炎の診断においてMurphy徴候の感度が一貫して高いとは限らない、という議論もあり(ガイドライン引用の根拠に関する検討など)、
「Murphyが陰性でも胆嚢炎は否定できない」ことは明示しておくのが安全です。
4-4. 肝実質・脾腫(POCUS)|“閉塞以外”の確率を補強する
CBD拡張が乏しい場合、肝実質所見(粗造・結節性など)や脾腫は、慢性肝疾患/門脈圧亢進の事前確率を押し上げます。
ただし、これらは「黄疸の原因を一撃で決める」所見ではなく、鑑別の方向性を整える補助と考えるのが実践的です。
5. ベッドサイドでの確率更新アルゴリズム
ここまでの所見は、診断名を確定するためというより、原因仮説の確率を順番に更新するために使います。
以下は、外来・救急で再現しやすい運用例です。
5-1. ステップ1:閉塞性黄疸の確率を最初に動かす(CBD拡張)
- POCUSでCBD拡張あり → 閉塞性の事後確率↑(結石・腫瘍・狭窄など)
- POCUSでCBD拡張が目立たない → 肝細胞性/溶血性の比重↑(ただし例外あり)
5-2. ステップ2:悪性閉塞の確率を押し上げる(Courvoisier徴候+胆嚢緊満)
- Courvoisier徴候(黄疸+無痛性胆嚢触知) → 悪性閉塞の事後確率↑(rule-in)
- POCUSで胆嚢緊満が一致 → 仮説をさらに補強
5-3. ステップ3:炎症(胆嚢炎/胆管炎)の確率を上げる(Murphy / SMS)
- Murphy陽性、またはSMS陽性 → 炎症の関与を支持
- ただしMurphy陰性でも胆嚢炎を否定しない(感度には幅がある)
6. このアプローチの限界と注意点
- 感度・特異度があっても万能ではない:所見の定義、重症度、観察者、患者背景で性能は変わる
- 所見の独立性は保証されない:同じ病態が複数所見を同時に生むため、単純に掛け算できない
- POCUSはオペレーター依存:技量差が診断性能に影響する(メタ解析でも操作者別の差が示されることがある)
- 身体診察・POCUSの目的:検査を減らすためではなく、検査の優先順位を決めるため
7. まとめ
- 黄疸は「診断」ではなく「検出」。検出後は原因の確率を更新していく。
- POCUSの主役はCBD拡張:閉塞性黄疸の確率を大きく動かす。
- Courvoisier徴候は悪性閉塞のrule-inに有用。
- Murphy / Sonographic Murphyは炎症の関与を支持するが、陰性で否定はできない。
- 診察は「勘」ではなく、確率を更新する操作として扱うと再現性が上がる。
参考文献
- McGee S.
Evidence-Based Physical Diagnosis.
3rd ed. Philadelphia: Elsevier; 2012.
― 本記事の主要な理論的基盤。身体診察所見を感度・特異度・尤度比の観点から整理する枠組みは、本書の思想に基づく。 - Shea JA, Berlin JA, Escarce JJ, et al.
Revised estimates of diagnostic test sensitivity and specificity in suspected biliary tract disease.
Ann Intern Med. 1994;121:547–553.
― 胆道疾患における身体所見・超音波所見の診断性能を検討した代表的研究。 - Kiewiet JJS, Leeuwenburgh MMN, Bipat S, et al.
A systematic review and meta-analysis of diagnostic performance of imaging in acute cholecystitis.
Radiology. 2012;264:708–720.
― 急性胆嚢炎に対する超音波検査の感度・特異度に関するメタ解析。 - Yokoe M, Hata J, Takada T, et al.
Tokyo Guidelines 2018: diagnostic criteria and severity grading of acute cholecystitis.
J Hepatobiliary Pancreat Sci. 2018.
― Murphy徴候の感度が必ずしも高くない点を含め、胆嚢炎診断の実臨床的限界を整理。 - Baron RL, Stanley RJ, Lee JKT, et al.
A prospective comparison of the evaluation of biliary obstruction using computed tomography and ultrasonography.
Radiology. 1982;145:91–98.
― 胆管拡張(CBD径)を用いた閉塞性黄疸評価の古典的エビデンス。

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