嘔気・嘔吐を“当てにいかない”診療へ
― McGeeで学ぶ、問診・身体診察による確率更新 ―
嘔気・嘔吐は「胃腸炎っぽい」で片づけられがちですが、実際には腸閉塞・膵炎・頭蓋内疾患・代謝異常・心血管イベントなど、幅広い病態の“入口”になりえます。
このページでは、Steven McGee『Evidence-Based Physical Diagnosis』の考え方を軸に、嘔気・嘔吐を病名当てではなく「確率更新(rule-in / rule-out)」として扱うための実践的フレームをまとめます。
ポイントはシンプルで、嘔気・嘔吐そのものの診断価値は高くない一方、随伴所見(神経所見・腹膜刺激徴候・バイタル異常など)が、臨床意思決定を大きく変えるということです。
① なぜ嘔気・嘔吐は「当てにいく」と危険なのか
嘔気・嘔吐は非特異的で、単独では診断を強く絞り込みにくい症候です。
そのため、早い段階で「胃腸炎」「二日酔い」などに固定してしまうと、本来拾うべき重篤疾患(外科的腹症・中枢性疾患・代謝性疾患・心血管イベントなど)を見落とすリスクが上がります。
McGeeの文脈では、ここでのゴールは病名を言い切ることではなく、危険なものを“除外できたか/できていないか”を明確にすることです。
② EBMの基本|診断は「確率更新」である
EBM的な診断は、事前確率(pre-test probability)に対して、問診・身体所見・検査の情報で事後確率(post-test probability)を更新する作業です。
- Rule-in:存在すると重篤疾患の確率が上がり、次の検査・介入を後押しする所見
- Rule-out:陰性であることで重篤疾患の確率が下がり、経過観察や外来フォローを安全にする所見
嘔気・嘔吐では特に、「安全に除外する(rule-out)」の設計が重要になります。
③ McGeeの要点まとめ|嘔気・嘔吐は“症候”ではなく“随伴所見”で診る
McGee的まとめ(本記事の中核)
- 嘔気・嘔吐そのものの診断価値は高くない(非特異的で、rule-in / rule-outに使いにくい)
- 意思決定を変えるのは、随伴所見(神経所見・腹膜刺激徴候・バイタル異常など)
- 陰性所見は“何もない”ではなく、“確率を下げる情報”
- 「原因の%一覧」より、頻度×重症度の優先順位と、除外できたかが重要
また、McGeeの本は「症候別に原因頻度(%)を並べる」タイプではなく、診断に効く所見(感度・特異度・尤度比など)があるテーマに数字が集まる構造です。
嘔気・嘔吐では、数字が載りやすいのは嘔吐そのものではなく、腹膜刺激徴候・乳頭浮腫・神経学的異常などの“決定的になりやすい所見”です。
④ Rule-in|「危険を拾う」ための随伴所見
以下は、存在すれば重篤疾患の事前確率を上げるため、検査・画像・介入を前に進める根拠になります。
4-1. 中枢性疾患(↑ICPなど)を疑うサイン
- 神経学的異常(意識障害、局在徴候、構音障害、痙攣など)
- 進行性の頭痛+嘔吐(特に早朝優位、増悪傾向)
- 乳頭浮腫(あれば強い示唆)
4-2. 外科的腹症を疑うサイン
- 腹膜刺激徴候(反跳痛、筋性防御)
- 局在する持続的な強い腹痛+嘔吐
- 腹部膨満、排ガス/排便停止(腸閉塞文脈)
4-3. 全身性に危険なサイン
- バイタル異常(ショック、発熱+戦慄、低酸素、頻呼吸など)
- 胸痛・呼吸困難・冷汗(非消化管:ACSなどを常に意識)
- 強い脱水・意識変容(代謝性:DKAなど)
⑤ Rule-out|「安全に除外する」ための陰性所見
McGeeの流れで最重要なのは、陰性所見を意識的に集めて“危険を下げる”ことです。
以下が揃うほど、重篤疾患の確率は下がり、外来フォローや対症療法が安全になります。
- 腹部がsoftで、圧痛が軽微(またはなし)
- 反跳痛・筋性防御なし
- 神経学的異常なし
- バイタル安定(循環・呼吸に破綻がない)
- 誘因が説明的(食事、薬剤、感染エピソード等)+時間経過が整合
※ ただし、高齢者・免疫抑制・糖尿病・妊娠などは「陰性所見でも閾値を下げる」必要があります(同じ所見でも事前確率が高くなりやすい)。
⑥ McGee的に「価値が低い」情報(単独で過信しない)
以下は臨床で過大評価されやすい一方、単独では診断を強く動かしにくいことが多い要素です。
- 嘔吐の回数(回数だけでは重症度を決めにくい)
- 悪心の主観的な強さ
- 嘔吐物の性状(吐血・胆汁性など一部例外を除く)
これらは「単独で決める」より、随伴所見(腹部診察・神経所見・バイタル)とセットで意味が出ます。
⑦ 外来・当直・OSCEへの落とし込み
7-1. 外来:やるべきことは「危険の除外の言語化」
- Rule-in所見がなければ、rule-out根拠(陰性所見)を明確にしてフォロー
- 「いつ悪化したら受診するか(return precautions)」を具体化
7-2. 当直・救急:Rule-inが一つでもあれば前に進める
- 腹膜刺激徴候/神経異常/バイタル破綻があれば、採血・画像・専門科相談へ
- 「様子を見る」は除外ができた後にのみ成立
7-3. OSCE:病名ではなく確率で話す
- 「現時点では重篤疾患を示唆する所見は乏しい」
- 「ただし〇〇があれば否定できないため、△△を確認する」
⑧ まとめ|嘔気・嘔吐診療を“当てにいかない”ために
- 嘔気・嘔吐は非特異的。症候そのもので診断を詰めすぎない
- 意思決定を変えるのは随伴所見(神経所見・腹膜刺激徴候・バイタル)
- 陰性所見は確率を下げる情報。rule-outを設計して安全な外来フォローへ
参考文献
- McGee S. Evidence-Based Physical Diagnosis. 3rd ed. Saunders/Elsevier. :contentReference[oaicite:1]{index=1}
- Harrison’s Principles of Internal Medicine(消化器:Approach to the Patient with Gastrointestinal Disease ほか) :contentReference[oaicite:2]{index=2}
- Murtagh’s General Practice(症候アプローチの実践)
Clinical take-home
嘔気・嘔吐を見たら、まずは「原因当て」ではなく、危険な病態を示唆する随伴所見があるかを確認し、次に陰性所見でどこまで安全に除外できたかを言語化する。これがMcGee的な最短ルートです。
