精神科プライマリケアガイド③|精神疾患への関わり方


この記事で学べること

  • 非専門医・研修医として、精神疾患にどこまで対応すべきかを明確にします
  • 精神症状に対する初期対応・紹介基準・継続フォローの考え方を整理します
  • 精神科への苦手意識を乗り越え、“家庭医としてできること”を具体的に提案します
  • 医師国家試験でも頻出の「紹介判断」や「初期対応」の視点を実臨床と結びつけて解説します

精神科専門医でなくとも、精神疾患と出会う機会は日常診療にあふれています。
本記事では、「どこまで診る?いつ紹介する?どうつながり続ける?」という問いに、具体的かつ現実的な答えを提示します。


1. はじめに|精神科に任せるべき?

「この症状、精神科に紹介すべきですか?」

初期研修や家庭医・総合診療の現場で、最もよく聞かれる質問の一つです。

幻覚・妄想・抑うつ・不安・拒絶・希死念慮…。患者が精神的な訴えを示したとき、

  • 「専門外だから手を出すのは怖い」
  • 「とりあえず精神科にお願いしよう」
  • 「精神的な話は何をどう聴いたらいいか分からない」

そう感じる医学生・研修医・非専門医は少なくありません。

しかし、現実の医療現場ではどうでしょうか?

  • 救急で意識がもうろうとした高齢者。せん妄か認知症か?
  • 外来で「最近眠れない」と訴える中年男性。うつ?生活習慣病?
  • 婦人科で「生理前の気分の波」が激しいと話す若年女性
  • 内科入院中に、希死念慮をほのめかすが、精神科は常勤でいない

このように、精神症状は“あらゆる科”で遭遇する日常的な症状です。むしろ、最初に相談されるのは、かかりつけ医や総合診療医、当直の初期研修医であることがほとんどです。

🧭 精神科は「最後の砦」ではない

精神科に紹介すること自体は悪いことではありません。しかし、すべてを丸投げするような紹介では、患者にとっても医療チームにとっても有効な対応にはなりません

重要なのは、「自分にできる範囲は何か?」を明確にし、紹介の適切なタイミング・根拠を持つことです。

本記事では、「精神科に任せる/任せない」の二択ではなく、“関与のレベルを調整する”という発想の転換を提案していきます。

精神科医でなくても、できることはたくさんあります。

🔄 今後の構成では、家庭医・総合診療医・初期研修医が
どこまで関われるか?を5つのレベルに分けて解説していきます。

2. 精神疾患は“家庭医の病気”でもある

精神疾患というと、「精神科以外では診られない」「特殊な疾患」というイメージを持たれがちです。

しかし実際には、うつ病・不安障害・不眠・適応障害・物質使用・認知症・せん妄など、多くの精神疾患が地域医療・プライマリケアの現場で最初に出会う疾患です。

📊 データで見る:精神疾患は“身近な疾患”

  • うつ病の生涯有病率:約7~10%
  • 不眠症状を訴える外来患者:約20~30%
  • 高齢者のせん妄発症率(入院中):15〜25%
  • 在宅医療における認知症合併率:約40〜50%

これらの患者の多くが、まずは内科・外来・かかりつけ医・救急で医療にアクセスします。
その意味で、精神疾患は「精神科の病気」であると同時に、「家庭医の病気」でもあるのです。

🏥 「病名」よりも「困りごと」から始まる

家庭医療では、「この人にとって今、何が一番困っているのか」「どのように生活に影響しているのか」という視点から対応が始まります。

このアプローチは精神症状にもぴったり合致します。たとえば:

  • 「よく眠れない」→ 不眠?うつ病?認知症?
  • 「最近イライラしてしまう」→ 気分障害?ストレス反応?
  • 「ごはんが食べられない」→ 消化器疾患?食思不振?うつ病?

このように、症状から出発して背景を探っていく力こそが、非専門医に求められるスキルです。

🩺 身体疾患とのつながりを見逃さない

精神症状はしばしば身体疾患の初発症状として出現することもあります:

  • 甲状腺機能異常 → 抑うつ・焦燥・無気力
  • 高Ca血症 → 精神症状・不穏・意識障害
  • 低Na・肝性脳症 → 意識変容・妄想

「なんとなく変だ」「最近様子がおかしい」といった言葉の裏には、身体疾患のサインが隠れていることもあります。

精神科の知識と身体診療のスキルは、相互に補完し合うものです。
“精神症状=専門外”と決めつけず、家庭医的視点を活かして対応できる範囲を広げていくことが、患者の生活を支える第一歩になります。

3. 関与のレベルを分けて考える:5つのスタンス

「精神科に紹介すべきか、自分で診るべきか」という二択の思考は、実臨床ではしばしば硬直的すぎます。

精神疾患への関わりは、0か100ではなく、グラデーションとして捉えることが大切です。
ここでは、家庭医・非専門医がとりうる「5つの関与のスタンス」を示します。

🧩 関与レベル①:スクリーニングだけする

  • PHQ-9、GAD-7、CAM-ICUなどのツールを用いて疑いをもつ
  • 初期対応は行わず、精神科へつなぐ
  • 例:認知症疑いでMMSEのみ実施 → 認知症外来へ紹介

🧩 関与レベル②:状態安定まで見届ける

  • 不眠や軽度の抑うつなど、初期対応可能な範囲で診る
  • 必要であれば睡眠薬・抗うつ薬の導入まで対応
  • 状態悪化やリスクを認めれば、早めに専門医紹介

🧩 関与レベル③:精神科との並走・継続フォロー

  • 紹介後も主治医として定期フォローを継続
  • 身体疾患・生活背景など、精神科以外の支援を併走
  • 例:統合失調症の通院患者に対する高血圧・糖尿病の管理

🧩 関与レベル④:地域支援・家族支援を担う

  • 本人だけでなく家族のストレス・介護負担に目を向ける
  • 福祉サービス・ケアマネ・訪問看護との連携を主導
  • 例:認知症高齢者の在宅支援プラン構築、CSWと連携

🧩 関与レベル⑤:精神的ケアの最前線に立つ

  • 患者の語りを丁寧に聴き、信頼関係を築く
  • 自殺予防・グリーフケア・長期支援の窓口となる
  • 例:がん終末期における患者の精神的支え
ポイント: 専門性の高い支援は精神科に託しながらも、
「できる範囲で支え続ける」姿勢が、患者にとって大きな安心になります。

4. 対応できる精神症状:非専門医に求められること

「精神症状=精神科に任せるべきもの」と感じる背景には、「自分では対応できない」という不安があります。

しかし、実際には非専門医が十分に対応できる精神症状が数多く存在します。
ここでは、研修医・家庭医・総合診療医が対応しやすい代表的な症状を紹介します。

① 不眠・倦怠感・集中力低下などの“軽度のうつ症状”

  • 患者は“身体の不調”として訴えることが多い(仮面うつ)
  • まずは生活リズム・ストレス評価からスタート
  • 抗うつ薬を使うかどうかは、希死念慮・機能障害の有無で判断

② 不安・焦燥・過呼吸発作など

  • パニック障害、社交不安障害、全般性不安障害(GAD)が鑑別
  • 呼吸法・環境調整・簡易な説明だけでも症状改善することが多い
  • 薬物療法は少量の抗不安薬(頓用)から導入されることが多い

③ 行動・食欲・睡眠の変化を伴う高齢者の“元気のなさ”

  • 認知症、うつ病、せん妄のいずれもありうる
  • 介護者の話から間接的に把握することがカギ
  • 疾患名よりも、「どんな支援が必要か」を考える視点が大切

④ 薬剤性の精神症状・アルコールや睡眠薬の影響

  • 抗コリン薬・ステロイド・抗てんかん薬などが原因となることがある
  • 睡眠薬依存や断酒後の禁断症状なども総合診療では日常的

⑤ 軽度のストレス反応・適応障害

  • 職場・家庭などのストレス因子が明確な場合は適応障害の可能性
  • 患者が「病気と思っていない」ことも多く、まずは共感と傾聴から
  • 診断名にこだわるよりも、生活改善や支援の提案が有効
🔍 Point: 「診断しよう」と構えすぎず、
「この患者の困りごとに、自分ができる支援は何か?」という視点で対応することが大切です。

5. 専門医への紹介が必要な場面とは?

精神症状の初期対応を行ううえで、「どこまで自分で診て、どのタイミングで専門医に紹介するか」は極めて重要な判断ポイントです。

紹介の遅れによるリスクと、過剰な紹介による負担の両方を避けるために、紹介の目安=“赤信号”を知っておくことが大切です。

🔴 紹介が強く推奨される状況(赤信号)

  • 自殺念慮・自殺企図がある(特に希死念慮が具体的な場合)
  • 妄想・幻覚を伴う精神病症状(統合失調症・躁病エピソードなど)
  • 治療抵抗性のうつ状態・重度の抑うつ
  • 初発の双極性障害の疑い(抗うつ薬単独投与で悪化する危険)
  • 著しい不穏・攻撃性・興奮がある場合(暴力・自傷リスク)
  • 判断力低下によるセルフネグレクトや著しい生活困難

これらは医師国家試験でも頻出の「精神科コンサルトの必要条件」として問われています。

🟡 状況に応じて紹介を検討すべき例(黄信号)

  • 反復する不眠・抑うつ・不安があり、一次対応で改善しない
  • 服薬コンプライアンスに問題がある(受容困難・副作用強いなど)
  • 心理社会的な要因が複雑で、支援の糸口が見えにくい場合
  • 認知症の中核症状やBPSD(行動・心理症状)が強く、家族も疲弊している

このようなケースでは、専門医の知見を借りながら、家庭医・総合診療医が継続的に支えていくスタイルが効果的です。

📋 紹介の際に意識するポイント

  • 紹介状には観察された症状・経過・リスク評価・生活状況を明記
  • 希望する対応(評価のみ or 治療継続 or 一時介入など)を記載
  • 患者・家族が精神科紹介にどう感じているかも伝える
紹介はゴールではなく、患者を中心にしたケアの中継点。
その後の連携こそが、支援の質を左右します。

6. 精神疾患のある患者さんと“つながり続ける”ことの意味

精神疾患は「診断して終わり」「治療して終わり」の疾患ではありません。

むしろ、診断されたあと、治療や生活支援のフェーズで継続的な関係性が必要になる疾患群です。

🤝 「誰かとつながっている」という感覚が最大の治療になる

患者さんのなかには、「自分のことを理解してくれる医療者がいる」「見捨てられない存在である」と感じることで回復が進む方が少なくありません。

特に、以下のような場面では、“つながり”の継続が重要になります:

  • 抑うつ状態から回復しきっていないが、精神科通院をやめたいと思っている
  • 認知症と診断された後も、身体疾患のフォローで外来に通っている
  • 過去に精神疾患歴があるが、現在は寛解している

こうした状況で、家庭医や総合診療医が継続して関わることにより、再発の予防・早期発見・家族のサポートなど多面的な効果が期待できます。

👪 家族もまた「支援の対象」である

精神疾患を抱える患者さんの多くは、家族との関係にも困難を抱えています。
時に、患者だけでなく家族が支援を必要としていることもあります。

  • 認知症による介護疲れ、BPSDへの対応困難
  • 思春期のうつ・摂食障害に対する親の葛藤
  • ひきこもりや就労困難に関する支援希望

このようなケースでは、医療者が家族の話を「聴き」、制度・地域資源との橋渡し役になることが求められます。

🧭 関わり方に正解はないが、「続ける」ことが力になる

精神疾患のある患者さんと接することは、時に困難さも伴います。

しかし、完全に解決できなくとも、“継続して関わる意思”そのものが患者さんにとって大きな力となります。

家庭医・非専門医の役割は、「治す」ことではなく、「支え続けること」。
医療の“つながり”が絶えないことこそが、社会的な孤立を防ぐ最大の予防策です。

7. 家庭医としての強みと注意点(統合的ケア/身体疾患との関係)

精神疾患を持つ患者さんに対して、家庭医・総合診療医が発揮できる最大の強みは、「全人的な視点」です。

専門医が特定の診断・疾患にフォーカスするのに対して、家庭医は以下のような立ち位置をとることができます:

  • 複数の疾患を“統合的に”管理する
  • 生活環境・家族背景・価値観をふまえて判断する
  • 医療と福祉、社会資源をつなぐ

🧩 強み①:身体疾患との関係を見逃さない

精神症状はしばしば身体疾患と混在して現れます。

  • うつ病+糖尿病・甲状腺機能異常
  • 認知症+高血圧・脳血管障害
  • 薬剤性によるせん妄(抗コリン薬・ステロイド)

家庭医としての“臓器を横断した”視点は、こうした複雑なケースにおいて極めて有用です。

🧩 強み②:継続性・信頼関係の構築

精神科では外来が月1回以下になることも多く、急性期以降の継続支援においては家庭医が“日常の窓口”になります。

「かかりつけ医が自分をわかってくれている」——この感覚は、治療継続や受診中断の予防にもつながります。

⚠ 注意点:共感しすぎることのリスク

患者さんの苦しみに共感することは大切ですが、共感しすぎると「巻き込まれ」「燃え尽き」につながることもあります。

特に希死念慮・家庭内トラブル・依存症などのケースでは、「自分ひとりで抱えない」ことを意識しましょう。

場合によっては早期にチームアプローチや精神科との協働体制を整えることが重要です。

家庭医の「広く・長く・つなげる力」は、精神疾患を抱える患者さんの“安心の土台”になります。
一方で、その力を発揮するには「相談できる支援ネットワーク」が不可欠です。

8. 国試で問われたポイント(紹介判断や初期対応)

精神疾患に関する問題は、医師国家試験でも毎年のように出題される定番テーマの一つです。

とくに、「紹介の判断」「初期対応」「自殺リスクの評価」は頻出であり、全ての医学生・初期研修医が押さえておくべき知識といえます。

📌 ① 自殺念慮がある患者への対応(第117回B33)

  • 問診中に「死にたい」と漏らした患者に対してどう対応するか?
  • 受容・傾聴を基本としつつ、具体性(計画性・手段)を評価
  • 精神科コンサルトを早期に行う必要がある

📌 ② 妄想・幻覚が初めて出現した患者(第116回D10)

  • 「誰かに見張られている」「声が聞こえる」などの訴え
  • 説得や否定は避ける(妄想を強化するリスク)
  • 冷静な観察と、早期の精神科評価が推奨される

📌 ③ 家族からの相談(認知症・介護疲れ)への対応(第115回C41)

  • 「夜中に徘徊して困る」「暴言が増えている」などの訴え
  • 患者だけでなく、介護者支援が必要である点に着目
  • ケアマネや地域包括と連携する視点が重要

🧠 国試を“臨床の入り口”として活用しよう

これらの問題は、すべて「日常診療で実際に遭遇するシーン」をベースに作問されています。

つまり、国試の内容を押さえることは、そのまま非専門医として必要な精神科対応力を身につけることに直結します。

本シリーズでは、国試で出題された「間違いやすい視点」「診療の落とし穴」も随所に盛り込んでいます。
精神科が苦手な人にこそ、“実臨床で活きる国家試験知識”を提供していきます。

9. まとめ|精神疾患の対応力は“医師としての地力”を支える

精神科の知識や技術は、専門医だけが必要とするものではありません。

あらゆる診療科で精神症状に出会う現場のリアルを前にして、非専門医ができること・担うべきことは明確に存在しています。

本記事では、以下のような視点から、非専門医としての関わり方を整理してきました:

  • 精神疾患は“家庭医の病気”でもある
  • 関与のレベルを5段階に分けて考える視点
  • 非専門医でも対応できる症状・支援の範囲
  • 専門医への紹介のタイミング・方法
  • 「つながり続ける」ことの意味と実践

そして何より、家庭医・総合診療医の「生活を支える力」「人をまるごと診る力」が、精神疾患の患者にとって大きな支えになります。

🗝 精神科対応力は“医師としてのベーススキル”

初期研修で精神疾患に苦手意識を持つことは決して珍しくありません。
しかし、その対応力こそが、長期的にみてあらゆる診療の基盤になります。

「人と関わる力」「話を聴く力」「多職種とつながる力」…それらはすべて精神科診療のなかで鍛えられるスキルでもあります。

本シリーズでは、精神科が苦手な人にこそ届けたい視点や考え方を軸に、
今後も、疾患別・制度・面接技法などを体系的に紹介していきます。

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📖 参考文献

  • 精神科ハンドブック(全5章 PDF)
  • 厚生労働省|精神障害にも対応した地域包括ケアシステム資料
  • 医師国家試験出題基準(ガイドライン)
  • 『家庭医療学テキスト 第2版』(日本プライマリ・ケア連合学会)
  • 精神科ハンドブック公式ページ

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