「先生、この人Hbが6.2です…」——OSCEでも、病棟でも、貧血の“その先”をどう読むかが診療のカギになります。
ただのHb低下では終わらせない、症候からはじまる“考える力”をこの1本で磨きましょう。
本記事は、従来の貧血アプローチ記事をもとに、Harrison’s Internal Medicine、Guyton & Hall 生理学、Murtagh’s General Practice を参照し、
総合内科で実際に使える形へ再構成した最新版ガイドです。
病態生理と臨床推論をつなぐ視点を軸に、OSCE・外来・病棟管理にそのまま応用できるよう内容をアップデートしています。
(最終更新日:2025年12月9日)
貧血:総合内科アプローチ
(病態生理 × 鑑別 × 検査解釈 × 管理)
貧血は、日常診療でもっともよく出会う「異常値」の一つです。
しかしその背景には、慢性的な出血・造血不良・溶血・内分泌異常・腫瘍・中毒・遺伝性疾患など、多彩な病態が隠れています。
このページは、とくに総合内科・一般内科で貧血患者を継続的にフォローする医師・研修医を対象に、
症状の評価から検査オーダー、鑑別、専門医紹介のタイミングまでを「病態生理に裏づけられたフレームワーク」として整理します。
✅ この記事で学べること(3つ)
- 酸素運搬と赤血球生理から貧血を捉え直す「総合内科的な見方」
- 喪失・破壊・造血低下の3軸+MCV分類による系統的な鑑別の整理
- CBC・RDW・網赤血球・鉄代謝・末梢血塗抹など主要検査の「理由のある読み方」と、鉄補充・輸血・ESA・専門医紹介の判断
1. Doorway Information
68歳 女性
主訴:ふらつき・労作時息切れ
Vital:
- BT: 36.7℃
- HR: 102 bpm
- BP: 108/64 mmHg
- RR: 18/min
- SpO₂: 98% (RA)
患者の言葉:
「最近、歩くとすぐ息が切れて…買い物も途中で座り込んじゃうんです。
あと、立ち上がるとふわっとして、何回か転びそうになって…」
診察室に入ってきたときの第一印象は、「顔色が悪く、少し息が上がっていそう」という印象。
SpO₂は98%と保たれている一方で、HR 102 bpm と頻脈を認めます。
OSCE・外来アプローチではここから「鑑別・問診・診察」に入りますが、
総合内科版ではこの一歩先――「なぜこのバイタルになるのか」「どの病態から攻めるか」を軸に、病態生理と検査解釈を深掘りしていきます。
🔷 Column:貧血の定義とWHO基準
- 男性:Hb < 13.0 g/dL
- 女性:Hb < 12.0 g/dL
- 妊婦:Hb < 11.0 g/dL
ただし、Hb値だけで判断するのではなく、その変化の速さやバイタル・症状との整合性を総合的に評価することが重要です。
2. 貧血をどう捉えるか:Hb低下ではなく「酸素運搬の障害」(Guyton)
■ 酸素運搬の本質:Hb × SaO₂ × 心拍出量
SpO₂が正常でも、Hbが低ければ全身の酸素供給(DO₂)は低下します。
Guyton は、酸素運搬を次の式で整理しています:
DO₂ = CO × (Hb × 1.34 × SaO₂)
この式から、貧血は次のように定義し直すことができます:
貧血とは:
「Hb低下により血液の酸素含有量が減少し、全身の酸素需給バランスが崩れた状態」
(単なる数値の異常ではなく、組織レベルの低酸素として理解する)
■ 赤血球寿命とターンオーバー
- 赤血球寿命:およそ120日
- 日々、循環赤血球の約1%が入れ替わる
- 寿命を迎えた赤血球は主に脾臓・肝臓で破壊され、鉄は再利用
正常では、「産生」と「破壊」が一定のバランスを保っており、
出血・溶血・造血低下のいずれかでこのバランスが崩れたときに貧血が顕在化します。
■ 貧血時の代償機構
- 頻脈: 心拍出量(CO)を増やし、DO₂を保とうとする
- 末梢血管拡張: 組織血流を増加させる
- 2,3-DPG増加: Hbの酸素親和性を低下させ、組織への酸素放出を促進
- 腎でのEPO産生↑: 骨髄に働きかけ、赤血球産生を増加させる
導入症例の「SpO₂正常 + 頻脈」は、まさにこの代償機構の一端と考えられます。
■ Column:高地順応(acclimatization)と貧血の類似点
高地環境では、動脈血酸素分圧が低下し、身体は次のような順応を起こします:
- 急性期:換気亢進・心拍出量増加
- 数日〜週単位:腎EPO産生↑ → 赤血球増加・Hb/Ht↑
- 2,3-DPG増加 → 組織への酸素放出促進
貧血でも「組織低酸素」に対処する意味では類似していますが、
高地順応ではHbを増やして対応しようとしているのに対し、貧血ではそもそも“原料・造血能”側に障害があるのが大きな違いです。
この比較を意識すると、EPOや鉄補充療法の位置づけがよりクリアになります。
3. 貧血の全体像をつかむ:3軸+MCV分類(Harrison)
■ 総合内科で使いやすい「3軸」
Harrison では、貧血の原因を大きく以下の3つに整理することが推奨されています。
- 喪失(Loss)=出血
- 破壊(Destruction)=溶血
- 造血低下(Production failure)
① 喪失(Loss:出血)
- 消化管出血(潰瘍、胃癌・大腸癌、Angiodysplasia など)
- 婦人科出血(過多月経、子宮筋腫など)
- 慢性微小出血(NSAIDs、抗血小板薬、透析回路出血)
② 破壊(Destruction:溶血)
- 自己免疫性溶血性貧血(AIHA:温式・寒冷凝集素病)
- G6PD欠損症、遺伝性球状赤血球症
- TMA(TTP, HUS, DICなど)
- 機械的溶血(人工弁、補助循環など)
③ 造血低下(Production failure)
- 鉄欠乏(IDA:吸収障害・慢性出血)
- 骨髄不全(MDS、再生不良性貧血など)
- 慢性腎疾患(腎性貧血:EPO産生低下)
- 内分泌異常(甲状腺機能低下症、副腎不全など)
- 栄養欠乏(VitB12・葉酸欠乏、アルコール、肝障害)
- 薬剤性(メトトレキサート、抗けいれん薬、クロラムフェニコールなど)
■ MCV分類は「二段構え」の第二段階
| MCV | 主な鑑別 |
|---|---|
| <80 fL | 鉄欠乏性貧血、サラセミア、慢性炎症性貧血(ACD) |
| 80–100 fL | 急性出血、溶血性貧血、CKD、骨髄不全 |
| >100 fL | VitB12・葉酸欠乏、MDS、アルコール、甲状腺機能低下症 |
MCVだけでは見えない病態(混合型や早期IDAなど)も多いため、
「喪失・破壊・造血低下」のどこが怪しいかをまず考え、そのうえでMCVで絞り込む二段構えが実践的です。
■ VITAMIN CDE で「抜けのない」鑑別をざっくり眺める
| 分類 | 疾患候補 |
|---|---|
| Vascular | 大量出血後の貧血(消化管・子宮・外傷など) |
| Infectious / Inflammatory | ACD(慢性炎症性貧血)、肺炎・膠原病・慢性感染 |
| Toxic / Trauma | 鉛中毒、アルコール性骨髄抑制、薬剤性骨髄抑制 |
| Autoimmune | AIHA、再生不良性貧血(自己免疫機序)、SLE関連 |
| Metabolic | VitB12・葉酸欠乏、甲状腺機能低下症、副腎不全 |
| Idiopathic / Iatrogenic | 薬剤性貧血(クロラムフェニコール、PPIなど)、原因不明の骨髄不全 |
| Neoplastic | MDS、多発性骨髄腫、白血病、悪性リンパ腫 |
| Congenital | サラセミア、G6PD欠損、遺伝性球状赤血球症、鎌状赤血球症 |
| Degenerative | 高齢に伴う造血機能低下、frailty関連 |
| Endocrine | 腎性貧血、副腎不全、下垂体機能低下症 |
📌 Clinical matters:押さえておきたいポイント
- 高齢者の貧血を「加齢のせい」にしない —— 必ず原因精査を。
- SpO₂が正常でも油断しない —— 酸素運搬量は低下している。
- 鉄欠乏の背景には、必ず「出血源」か「吸収障害」がある。
- 葉酸単独補充はNG —— 潜在的なVitB12欠乏の神経障害を悪化させうる。
4. 甲状腺機能低下症と貧血
甲状腺機能低下症では、しばしば軽度〜中等度の正球性〜大球性貧血が見られます。
- 原因:腎でのEPO産生低下+骨髄反応性低下
- 自己免疫性甲状腺疾患では、自己免疫性胃炎・B12欠乏の合併も
Guyton の観点では、甲状腺ホルモン低下により
- 組織の酸素消費 ↓ → 酸素需要は低いが
- 造血刺激も ↓ → 赤血球産生も低下
そのため、症状が目立たず見逃されやすい貧血になり得ます。
甲状腺機能異常を背景にしたHb低値を「軽度だから」と放置せず、鉄・B12・葉酸・腎機能もまとめて評価することが重要です。
5. 初期評価のフロー:症状から検査オーダーまで
■ 症状・バイタルからの出発点
- 倦怠感・息切れ・動悸・ふらつき・頭痛・冷感
- SpO₂正常でも、頻脈・起立性低血圧・心雑音などがあれば「酸素運搬能低下」を疑う
- 出血歴(便・月経・尿・鼻血・歯肉・外傷)を必ず確認
導入症例のように、SpO₂正常だがHR上昇というケースでは、
呼吸器ではなく「DO₂の低下(=貧血や心拍出量の問題)」に主眼を置いて評価を進めます。
■ Fact / Problem / Hypothesis で整理する
Fact:
- 68歳女性、労作時息切れ・ふらつきが2〜3週間持続
- 黒色便あり、NSAIDsを長期内服
- GA:やや蒼白、SpO₂ 98%、HR 102 bpm
Problem:
- 慢性的かつ進行性の「DO₂低下」を疑う症状
- 黒色便+NSAIDs → 上部消化管出血を強く示唆
- 閉経後女性 → 月経による鉄欠乏では説明できない
Hypothesis:
- 慢性消化管出血による鉄欠乏性貧血(IDA)
- 背景に胃癌・右側結腸癌・NSAIDs関連潰瘍などの腫瘍性・潰瘍性病変
■ Step 1:問診フレーム(OPQRST + PAM HITS FOSS)
OPQRST:症状の経過と性状
- Onset: いつから?急性(出血・溶血)か、徐々に(鉄欠乏・骨髄不全)か。
- Provocation / Palliation: 労作で悪化?休憩で改善?食事との関連は?
- Quality: 「息切れ」「だるさ」「動悸」「頭痛」「しびれ」など具体的に。
- Region / Radiation: 腹痛・胸痛・関節痛など他の部位症状の有無。
- Severity: 階段、買い物、入浴などADLにどの程度影響しているか。
- Timing: 一日中か、夕方に悪化するか、発作的か。
PAM HITS FOSS:背景因子を網羅する
- Past medical history: 消化管潰瘍、胃切除、CKD、膠原病、肝疾患など。
- Allergy: 鉄剤・輸血・薬剤アレルギー(治療選択に影響)。
- Medications:
- NSAIDs・アスピリン → 消化管出血
- PPI・H₂ブロッカー → 鉄・B12吸収障害
- メトトレキサート・フェニトイン → 葉酸欠乏
- クロラムフェニコール → 再生不良性貧血
- 高用量ペニシリン・メチルドパ → AIHA など
- Hospitalizations: 胃切除・婦人科手術・脾摘など。
- Injury / Trauma: 外傷歴・最近の出血エピソード。
- Transfusion: 慢性疾患・溶血・輸血反応の既往。
- Surgery: 胃切除・バイパス・脾摘・腸切除など吸収障害に関与。
- Family history: サラセミア、G6PD欠損、球状赤血球症、MDS、白血病など。
- Obstetric / Gynecologic: 月経過多、閉経時期、婦人科疾患。
- Sexual history: STI・HIV の既往やリスク。
- Social history: 飲酒・喫煙、鉛暴露(塗料・電池)、偏食・ダイエット、
サプリ・漢方・薬草の使用歴など。
問診では、貧血の「タイプ」と「原因」を見抜く情報がかなりの部分を占めます。
OPQRSTで症状を、PAM HITS FOSSで背景を「抜けなく」拾うイメージです。
6. 身体診察で“全身の酸素不足”を見抜く
■ 身体診察の目的
貧血の身体診察では、酸素運搬低下による全身所見と、原因疾患に特有のサインの両方を丁寧に評価します。
1) 顔・眼・口腔
- 眼瞼結膜の蒼白: 貧血の代表的所見(感度・特異度ともにそこそこ)
- 舌炎: 鉄欠乏・VitB12欠乏で舌が赤くツルツル(Hunter舌炎)
- 口角炎・口内炎: 栄養欠乏(B2、鉄など)
- 嚥下困難: Plummer–Vinson症候群(鉄欠乏+嚥下困難+舌炎)
- 黄疸: 溶血性貧血(間接ビリルビン↑)を示唆
2) 皮膚・爪
- 皮膚の蒼白・乾燥: 全身性貧血の反映
- 冷感: 末梢循環低下による
- スプーン状爪(Koilonychia): 慢性鉄欠乏の典型
- 出血斑・紫斑: MDSや血小板減少を伴う疾患を考える
3) 心・肺・循環
- 頻脈: 代償性高心拍出状態
- 収縮期雑音: 低粘性血流による機能性雑音
- 起立性低血圧: 出血や脱水の反映
- 心不全兆候: 重症貧血で心拡大・うっ血をきたすことも
4) 腹部・リンパ節
- 脾腫: 溶血性貧血、サラセミア、MDS、リンパ腫など
- 肝腫大: 慢性肝疾患・ポルフィリン症・脂肪肝など
- リンパ節腫脹: 悪性リンパ腫・白血病・感染症を示唆
5) 神経系
- 深部感覚障害・歩行障害: VitB12欠乏による後索障害・亜急性脊髄変性症
- しびれ: B12欠乏・糖尿病性ニューロパチーなど
- 認知機能低下: 高齢者ではB12欠乏に伴う“仮性認知症”も
🟨 Tips:身体所見の組み合わせで一気に絞る
- 眼瞼蒼白+心雑音+脾腫 → 溶血性貧血を強く示唆
- 舌炎+しびれ+歩行障害 → VitB12欠乏の典型像
- 月経過多+スプーン状爪+口角炎 → 鉄欠乏性貧血を第一に
- 紫斑+リンパ節腫脹+脾腫 → MDS・白血病など血液腫瘍も想起
🔷 Column:Hb値と症状の目安
| Hb値 | 主な症状 |
|---|---|
| 10〜12 g/dL | 自覚症状なし〜軽い倦怠感 |
| 8〜10 g/dL | 労作時の動悸・息切れ |
| 6〜8 g/dL | 安静時にも動悸・めまい・舌痛・頭痛 |
| <6 g/dL | 虚血症状(胸痛・意識障害)、うっ血性心不全 |
7. 検査の読み方:CBC・網赤血球・鉄代謝・Smear
■ CBC(Hb・MCV・RDW)
● RDW:赤血球のばらつきを評価
- MCV↓ + RDW↑: 鉄欠乏性貧血の典型像
- MCV↓ + RDW正常: サラセミアを考える
- MCV正常〜↑ + RDW↑: 混合性貧血やMDSなどを疑う
■ 網赤血球・RPI:骨髄が「がんばっているか」
| RPI | 意味 |
|---|---|
| >2 | 出血・溶血などに対する反応性あり |
| <2 | 造血低下(鉄欠乏、骨髄不全、内分泌異常など) |
鉄・B12・葉酸など「原料不足」があると、RPIは上がりきらず、反応性不良貧血として見えてきます。
■ 鉄代謝(Ferritin, TSAT, TIBC, sTfR)
| 項目 | 鉄欠乏性貧血 | 慢性炎症性貧血(ACD) |
|---|---|---|
| Ferritin | ↓↓ | ↑〜正常 |
| TIBC | ↑ | ↓〜正常 |
| TSAT | ↓ | ↓ |
| sTfR | ↑ | ほぼ正常 |
Ferritin <30 ng/mL: 鉄欠乏ほぼ確定
Ferritin >100 ng/mL: ACD優位を考える
中間値ではCRPやsTfRを組み合わせて判断します。
■ sTfR(可溶性トランスフェリン受容体)と IDA vs ACD 鑑別の核心
Ferritin が炎症で上昇してしまうため、「IDA(鉄欠乏性貧血)」と「ACD(慢性炎症性貧血)」の鑑別はしばしば難しい。
このとき、最も役立つ指標のひとつが sTfR(soluble Transferrin Receptor) です。
● sTfRとは?(病態生理ベース)
- 骨髄で造血が活発になると、赤芽球由来のトランスフェリン受容体が血中に放出される
- 体内の鉄不足(=IDA)では、鉄を取り込もうとして受容体が増える → sTfR↑
- ACDでは炎症により鉄利用は阻害されるが、受容体は増えない → sTfRは正常〜軽度上昇
- Ferritin と違い、CRP・炎症の影響をほとんど受けない
つまり sTfR は、「身体が本当に鉄を必要として造血を促しているか」 を評価する指標。
炎症や腫瘍によるフェリチン上昇の“ノイズ”を避けられる点が最大の利点です。
| 項目 | IDA | ACD |
|---|---|---|
| sTfR | ↑(顕著) | 正常〜軽度↑ |
| Ferritin | ↓(ただし炎症で偽高値になりうる) | 正常〜↑(炎症で上昇しやすい) |
| TSAT | ↓ | ↓(両者で低下するため鑑別に使いにくい) |
| TIBC | ↑(鉄欠乏を反映) | ↓(炎症で減少) |
● なぜ IDA と ACD の鑑別が重要なのか?
両者は「貧血」という結果は同じでも、病態・治療・優先すべき検査がまったく異なるため、鑑別は必須です。
- IDA:鉄不足そのものが原因 → 治療は鉄補充
- ACD:炎症により鉄が利用できず hepcidin が上昇 → 治療は原疾患のコントロール(鉄剤は効かないことが多い)
特に Ferritin 30〜100 ng/mL の “グレーゾーン” では判断が難しく、
sTfR はこの領域で最も診断の力を発揮する指標です。
● 鑑別が臨床的に重要な理由
- 治療が完全に異なる(鉄剤を入れるべきか・入れてはいけないか)
- 背景疾患が異なる
- IDA → 消化管腫瘍・潰瘍・過多月経など「出血源」検索が必須
- ACD → 感染・悪性腫瘍・自己免疫疾患など「炎症源」検索が中心
- 専門医紹介の基準が変わる(血液か、消化器か、リウマチか)
- ASA/ESA治療の適応判断に直結する(特に CKD に合併する場合)
つまり、Ferritin と sTfR を組み合わせることで、
「鉄が足りないのか」
「鉄はあるのに使えないのか」
を臨床的に見分けることができ、治療方針の精度が飛躍的に上がります。
● 実践的まとめ:sTfRをいつ測る?
- Ferritin 30〜100 ng/mL(グレーゾーン)のとき
- CRPや炎症が高い患者で鉄欠乏が疑われるとき
- 腎性貧血+鉄欠乏の併存評価
- MDS など造血不全との鑑別で迷うとき
sTfR↑ → 真の鉄欠乏(IDA)を強く示唆。
sTfR 正常 → ACD もしくは別の造血障害 という解釈が中心になる。
■ 末梢血塗抹(Peripheral Smear)で「赤血球の形」を見る
| 所見 | 示唆疾患 |
|---|---|
| 標的赤血球 | サラセミア、肝疾患 |
| 球状赤血球 | AIHA、遺伝性球状赤血球症 |
| 破砕赤血球 | TMA(TTP, HUS, DIC) |
| Howell–Jolly小体 | 脾摘後・無脾症 |
| ハインツ小体 | G6PD欠損症 |
| バソフィリック斑点 | 鉛中毒など |
| 分葉過多好中球 | VitB12・葉酸欠乏 |
Guytonで学ぶ赤血球膜の構造や代謝を前提にすると、
「なぜその形態変化がその疾患で起こるのか?」が理解しやすくなり、単なるチェックリストから一歩進んだ解釈が可能になります。
■ 溶血マーカー
- LDH↑、間接ビリルビン↑、ハプトグロビン↓
- 尿ウロビリノーゲン↑、ときに血色素尿
- Coombs試験: AIHAで陽性
■ ビタミン・内分泌・中毒の検査
- VitB12・葉酸:大球性+神経症状なら必須
- 甲状腺機能:機能低下で大球性貧血
- 鉛(Pb):小球性+腹痛+神経症状+バソフィリック斑点
- Hb電気泳動:サラセミア・SCA の確定に
- 骨髄検査:MDS・再生不良性貧血・白血病の評価
🟨 Tips
- CRP↑+Ferritin↑ → ACDを第一に、TSAT・sTfRで上乗せ判断。
- VitB12欠乏が除外できない限り、葉酸単独補充は禁忌。
- 若年女性の鉄欠乏 → 月経と便潜血をセットで評価。
8. 重症疾患の見抜き方:TMA・溶血・骨髄不全・遺伝性貧血
■ 溶血パターン
- LDH↑、間接ビリルビン↑、ハプトグロビン↓
- 網赤血球↑(RPI>2)
- 尿ウロビリノーゲン↑、血色素尿
■ TMA(微小血管障害性溶血性貧血)
FAT RN: Fever(発熱) / Anemia / Thrombocytopenia / Renal dysfunction / Neurologic symptoms
Harrison では、MAHA(破砕赤血球)+血小板減少を見たら、TTPを含むTMAとして
確定前でも緊急対応を開始すべきと強調されています。
- TTP:ADAMTS13活性低下/自己抗体
- HUS:腸管出血性大腸菌(EHEC)など
- DIC:敗血症・悪性腫瘍など
- 薬剤性TMA:カルシニューリン阻害薬、キニーネなど
■ 骨髄不全(MDS・再生不良性貧血など)
- pancytopenia(汎血球減少)
- MCV↑(異形成によることが多い)
- 鉄代謝は正常〜高値
- RPI << 2.0
高齢者で説明のつかない貧血+血球減少を見たら、常にMDSを念頭に置き、血液内科紹介と骨髄検査を考慮します。
■ Topic:鎌状赤血球症(Sickle Cell Anemia, SCA)
- βグロビン遺伝子変異 → HbS 産生
- 脱酸素でHbSが重合 → 赤血球が鎌状に変形し血管閉塞
- 反復する骨痛・胸痛・腹痛、priapsim、脳梗塞、機能的無脾など
- 民族・出身地(アフリカ・中東・インド系)と疼痛エピソードの問診が重要
- 診断:Hb電気泳動、治療:ヒドロキシウレア(HbF↑)など
■ Topic:G6PD欠損症(Favism)
- X連鎖性遺伝。酸化ストレスに弱く急性溶血を起こす。
- 誘因:感染症、スルファ剤・抗マラリア薬・ダプソン、ソラマメ摂取など。
- 所見:黄疸、血色素尿、網赤血球↑、ハインツ小体。
- 発作中はG6PD活性が偽陰性になり得るため、寛解期に測定。
9. 消化管出血とIDA:Murtaghの視点
Murtagh は、IDA の背景診断として次のポイントを強調しています。
- 黒色便・便潜血陽性
- 体重減少・食欲低下
- NSAIDs・抗血小板薬の長期内服
- 高齢・閉経後女性
これらが揃った症例では、「IDAだから鉄剤」ではなく、まず出血源(とくに消化管腫瘍)の検索を優先すべきと明記されています。
導入症例はまさにこの典型像であり、上下部内視鏡を含めた消化器内科紹介が妥当です。
10. 治療・管理:輸血・鉄補充・ESAの判断
■ 輸血の目安
- Hb <7 g/dL: 多くの症例で輸血適応
- 心疾患・高齢者:Hb 7–8 g/dLでも症状があれば検討
- 胸痛・意識障害・高度息切れがあれば、数値に関わらず対応を急ぐ
目安:濃厚赤血球1単位でHb約+1 g/dL上昇。
■ 輸血の主な副作用と注意点
| 副作用 | 略語 | 特徴 | 対応 |
|---|---|---|---|
| 輸血関連循環過負荷 | TACO | 輸血量・速度過多 → 肺水腫・高血圧・SpO₂低下・頸静脈怒張 | 輸血中止、利尿薬、酸素投与、心不全管理 |
| 輸血関連急性肺障害 | TRALI | ドナー抗体などによる急性呼吸不全・発熱・両側浸潤影(6時間以内) | 輸血中止、酸素・呼吸管理(利尿薬は無効) |
| 発熱性非溶血性反応 | – | 軽度発熱・悪寒 | 輸血一時中止、解熱薬 |
| アレルギー反応 | – | 蕁麻疹〜アナフィラキシー | 抗ヒスタミン薬、重症ならアドレナリン |
輸血開始後15分はバイタルを頻回にチェックし、異常があれば直ちに中止して評価します。
■ 鉄補充療法
- 経口鉄: 元素鉄 60〜120 mg/日(1〜2回投与)
- 2〜3週で網赤血球↑、4〜8週でHb上昇を確認
- Hb正常化後も2〜3か月継続し、Ferritin 50〜100 ng/mLを目標に
- 吸収障害・重度貧血・早期改善が必要な場合は静注鉄を検討
■ ESA(エリスロポエチン製剤)
- 主な対象:CKDによる腎性貧血
- 目標Hb:10〜12 g/dL(過度の上昇は血栓リスク)
- 開始前にFerritin >100, TSAT >20%を確認
■ Column:なぜ葉酸単独補充が危険なのか?(folate trap)
VitB12が欠乏した状態で葉酸のみを補充すると、造血は一見改善しても、神経障害は進行しうるという“罠”があります。
- 葉酸はDNA合成(dTMP合成)に必須で、最終的に5-methyl-THFとなる。
- 5-methyl-THF → THFへの再生にはVitB12が必要。
- B12欠乏ではTHFが再生されず、「機能的葉酸欠乏」と同様の状態に。
- 葉酸だけ投与すると、造血は一部改善するが、B12欠乏による神経障害がマスクされる。
結論: 大球性貧血では必ずVitB12+葉酸を同時に評価し、B12欠乏があればB12も補充する。
11. 症例で振り返る:総合内科の臨床推論
■ この症例を分解すると
- SpO₂正常だがHR↑ → DO₂低下を頻脈で代償
- 黒色便+NSAIDs長期内服 → 上部消化管出血の強いサイン
- 閉経後女性 → 月経による鉄欠乏では説明できない
- MCV↓ + RDW↑ + Ferritin低値 → 典型的な鉄欠乏性貧血
ここから、単に「IDA」とラベリングして終わるのではなく、
「なぜ鉄欠乏になったのか?」という問いを立て、
腫瘍性病変や潰瘍性病変の検索へ進めるかどうかが総合内科医の腕の見せどころです。
■ 最も疑うべき病態
- 慢性消化管出血に伴う鉄欠乏性貧血
- 背景として、胃癌・右側結腸癌・NSAIDs関連潰瘍など
上下部消化管内視鏡を含めた消化器内科への紹介が妥当なケースと言えます。
12. 専門医紹介の基準
- Hb 7 g/dL未満 + 症状あり(胸痛・呼吸困難・意識障害など)
- 便潜血陽性+IDA(とくに高齢・閉経後女性)
- pancytopenia(汎血球減少)を認めるとき
- 破砕赤血球+血小板減少 → TMA疑い(血液・腎・ICU連携)
- VitB12欠乏+神経症状(歩行障害・しびれ・認知機能低下など)
- 慢性腎疾患+貧血 → ESA導入や透析準備を含め腎臓内科へ
「何が原因か」だけでなく、「何をする必要があるか」で紹介を判断する視点が重要です。
輸血・内視鏡・骨髄検査・化学療法など、初期診療の範囲を超える介入が必要なときは、早めの専門医連携を検討します。
13. 付録:赤血球・ヘム代謝と遺伝性貧血のミニまとめ
■ 赤血球産生と成熟
- 造血幹細胞 → BFU-E → CFU-E → 前赤芽球 → 後期赤芽球 → 網赤血球 → 赤血球
- 骨髄で約7日かけて成熟し、網赤血球として末梢へ放出され1〜2日で成熟。
- 溶血・出血で網赤血球が増加する(RPIで評価)。
■ ヘム合成とポルフィリン症
- ALA合成酵素(VitB6依存) → ALA脱水酵素 → ポルフィリン中間体 → プロトポルフィリンIX+Fe²⁺ → ヘム。
- 鉛中毒:ALA脱水酵素・フェロキレターゼを阻害 → 小球性低色素性+バソフィリック斑点。
- 急性間欠性ポルフィリン症(AIP):激しい腹痛・精神症状・四肢麻痺。
- 晩発性皮膚ポルフィリン症(PCT):光線過敏、水疱、色素沈着(肝疾患・アルコールと関連)。
■ HbF(胎児Hb)の臨床的意義
- HbF(α₂γ₂)は酸素親和性が高く、胎児期に主役。
- サラセミアや鎌状赤血球症では、HbF高値が予後良好と関連。
- ヒドロキシウレアはHbF産生を増やし、SCAの血管閉塞クリーゼを減らす。
■ 遺伝性貧血の整理(VITAMIN CDEの“C”)
| 疾患 | 遺伝形式 | 主な所見 |
|---|---|---|
| サラセミア | AR | MCV↓、標的赤血球、Hb電気泳動異常 |
| 鎌状赤血球症 | AR | 溶血性貧血、血管閉塞、priapsim・骨痛 |
| 遺伝性球状赤血球症 | AD | 球状赤血球、脾腫、胆石、溶血発作 |
| G6PD欠損症 | XR | Favism、ハインツ小体、急性溶血発作 |
14. Clinical Pearls & よくある落とし穴
- “Not all anemia is iron deficiency, and not all iron deficiency is anemia.”
—— 鉄欠乏を見たら、貧血の有無だけでなく「原因」と「臓器影響」まで見る。 - “The most dangerous anemia is the one you miss because you didn’t think of it.”
—— 貧血を疑わなければ検索も始まらない。倦怠感・息切れ・ふらつきの背後にいつも置いておく。 - “B12 deficiency is the great masquerader.”
—— 大球性貧血+神経症状では必ずB12を測り、葉酸単独補充はしない。
日常診療で「Hbが低い」患者さんを見たとき——
「ただの鉄欠乏だろう」で終わらせず、「なぜそうなったのか?」と一歩踏み込む思考を、ぜひ実践してみてください。
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Reference(参考文献)
- Harrison’s Principles of Internal Medicine, 21st ed. McGraw-Hill.
- Guyton and Hall Textbook of Medical Physiology, 14th ed. Elsevier.
- Murtagh J. Murtagh’s General Practice, 8th ed. McGraw-Hill.
- UpToDate: Evaluation of anemia in adults. [Accessed 2025]
- 日本内科学会. 貧血の診療ガイドライン. 日本内科学会雑誌 第110巻 第5号, 2021.
- NEJM. Vitamin B12 Deficiency. N Engl J Med 2017;376:149-160.
- 厚生労働省. 「輸血療法の実施に関する指針」第4版, 2022.
- 日本赤十字社. 輸血副作用の概要と対応. 2023年度報告資料.
- Merck Manual: Overview of Anemia. Merck & Co., 2024.
- American Society of Hematology. Choosing Wisely Recommendations for Anemia. 2023.
- 日本血液学会. MDS診療の手引き. 第3版, 2020.
- Hoffbrand AV, Moss PAH. Essential Haematology. 7th ed. Wiley-Blackwell; 2016.
📝 あとがき:
この記事は、Harrison(内科学)、Guyton(生理学)、Murtagh(総合診療)という
3つの主要参考書を統合し、症候学・病態生理・臨床推論を一つの流れで捉えることを目指して再構成しました。
貧血は「Hbが低い」という単純な異常値ではなく、全身の酸素需給バランスの乱れの結果として現れる症候です。
鉄欠乏、炎症、溶血、骨髄不全、内分泌異常、腫瘍、栄養障害——。
同じ“貧血”でも、背景に潜む物語は患者ごとにまったく違います。
日々の外来・病棟で、あるいは OSCE 練習で、
「この貧血を、どう読み解くか?」
そんな問いに向き合うとき、本記事が少しでも役立てば嬉しく思います。
最終更新日:2025年12月9日(内容を最新の医学資料に基づきリライトしました)
