😷咳が止まらない原因は?急性・慢性咳嗽の診断と診療アプローチ

「咳がなかなか止まらずに困っている」「咳の原因がわからず不安だ」そんな患者さんは日常診療でとても多く見られます。咳は単なる風邪の症状と思われがちですが、その背後に重大な疾患が隠れていることも少なくありません。この記事では、急性から慢性までの咳嗽をどのように見極め、効率的に鑑別していくかを、問診・身体診察・検査の観点からわかりやすく整理します。


✅ この記事で学べること(Learning Objectives)

  1. 「咳が止まらない」患者を前にしたとき、まず押さえるべき分類軸(急性vs慢性/乾性vs湿性など)がわかる
  2. 咳嗽を訴える患者に対して、問診・聴診・背景聴取で何を聞き取ればよいかがわかる
  3. 咳嗽の鑑別として重要な疾患(COPD、喘息、GERD、DPBなど)を見逃さないための視点が身につく

🩺 導入症例(Clinical Vignette)

👤 患者プロフィール(Patient Profile)

  • 年齢:30代
  • 性別:女性

🧾 バイタルサイン(Vital Signs)

  • 体温:36.8℃
  • SpO₂:98%(室内気)
  • 呼吸数:22回/分(やや多め)

「夜になると咳が止まらなくて……朝方には少しマシになるんですけど。痰はほとんど出ません。市販の風邪薬を飲んでも効かなくて……」

30代の女性が、2週間前から続く咳嗽を主訴に外来を受診。痰は出ないが、就寝中にも咳が出て眠れないという。市販の総合感冒薬は効果がなく、咳止めもあまり効いていない。胸痛や発熱はなし。

🤔 咳が止まらないとき、どう考える?|第一印象と診断アプローチ

みなさん、この患者さん(30代女性、2週間前からの乾性咳、夜間悪化)をどう考えますか?

夜に咳が悪化し、痰はほとんどなし。聴診や画像で明らかな異常がなくとも、問診だけである程度の見立ては可能です。

咳嗽は「よくある症状」として見過ごされがちですが、実は呼吸器・循環器・消化器など複数の臓器にまたがるサインであることも少なくありません。診察の第一歩では、以下のような視点で患者の訴えを構造化して捉えていくことが大切です。

🔍 最初の印象で考えるべき3つの分類軸

  1. 急性 vs 慢性(咳の持続期間)
  2. 乾性 vs 湿性(痰の有無)
  3. 日内変動・誘因(夜間/体位/運動/寒冷など)

これらの分類によって、「感染症なのか?アレルギーなのか?気道病変か?それとも逆流や心不全か?」といったおおまかな見立てが可能になります。

💡 初期アプローチの具体例

  • 夜間に悪化する乾性咳 → 咳喘息やGERDの可能性
  • 持続する湿性咳+副鼻腔炎の既往 → DPBやUACSを疑う
  • 季節変動あり、アレルギー歴あり → 喘息やアレルギー性鼻炎が示唆される
  • 風邪のあとに続く乾いた咳 → ウイルス後咳嗽や咳喘息を想起

ここで大切なのは、「この咳が何を知らせようとしているのか?」という視点で全体像を把握することです。以降の問診・診察・検査では、この仮説を検証・絞り込みしていくプロセスを踏んでいきます。


🧠 夜間に悪化する咳、その正体は?|Fact・Problem・Hypothesisで考える

ここでは、導入症例の情報を整理しながら、「何をFactとし、どうProblemに言い換え、どんなHypothesisが考えられるか?」を臨床的に構造化してみましょう。

✅ Fact

  • 30代女性
  • 2週間前から持続する咳嗽
  • 痰はほとんどなし(乾性咳)
  • 夜間に咳が悪化
  • 発熱なし、胸痛なし、市販薬で改善なし

🔍 Problem

  • 持続期間:2週間 → 遷延性咳嗽(急性でも慢性でもない“中間”の時期)
  • 性状:乾性咳 → 気道過敏性や非感染性病変を示唆する
  • 時間帯:夜間に悪化 → 咳喘息、GERD、心不全などが想起される
  • 随伴症状なし:肺炎や肺癌などのred flagは今のところなさそう

💡 Hypothesis

  • 咳喘息(Cough variant asthma):夜間悪化、乾性咳、既往歴不明でも可能性あり
  • GERD(胃食道逆流症):仰臥位で悪化しやすく、夜間咳の原因に
  • UACS(上気道咳症候群):副鼻腔炎や後鼻漏の可能性も背景にあるか
  • マイコプラズマ肺炎の遷延期:若年者で非定型的な遷延性乾性咳

この段階では「感染症かどうか」を分けるよりも、「咳の性質と時間帯」に着目して、絞り込むべき疾患群を明確にするのがポイントです。

📝 Need To Know(この時点で知りたいこと)

  • 喫煙歴はあるか? 周囲に喫煙者はいないか?
  • アレルギー歴/喘息の既往歴(本人・家族)はあるか?
  • 胃食道逆流の症状(胸やけ・酸味・呑酸)はあるか?
  • 後鼻漏の感覚・鼻閉・鼻汁などの鼻症状はあるか?
  • 風邪様症状の既往はあったか?(マイコプラズマの可能性)
  • 咳の誘因(冷気・運動・体位など)や改善因子はあるか?
  • 市販薬の内訳(咳止め/鎮咳成分/抗ヒスタミン)はどうか?
  • 服薬歴(ACE阻害薬など)があるか?
  • 生活環境の変化(引っ越し・転職・カビ・ペットなど)はあったか?

この様に、doorway informationを丁寧に深掘りしていくことで、ここまで鑑別を絞り込み、次の問診で確認すべき内容が明確になってきました。

本来は、ここから実際の問診・身体診察・検査へと進んでいきますが、まずは基本的な構造と視点をStepごとに確認していきましょう。


🗣️ Step 1:問診の進め方|OPQRSTとPAM HITS FOSSを活用する

咳嗽を主訴とする患者に対しては、症状そのものの詳細だけでなく、生活環境・薬剤歴・アレルギー歴など背景要因まで含めた多角的な情報収集が不可欠です。
特に慢性咳嗽では、問診のみで8〜9割の原因が絞り込めるとされており、「どのように、何を聞くか」が診断の鍵を握ります。


🔎 OPQRST:症状の構造化(Onset, Provocation, Quality, etc.)

  • Onset(いつから)
     → 3週間未満:急性咳嗽、3〜8週間:遷延性咳嗽、8週間以上:慢性咳嗽
  • Provocation / Palliation(誘因・改善因子)
     以下の誘因・改善パターンは特に有用です:
誘因・改善因子疑われる疾患
夜間に悪化喘息、GERD、心不全
朝に強いCOPD、慢性気管支炎
運動後・寒冷曝露で悪化喘息、アレルギー性鼻炎、UACS
体位変化で悪化(仰臥位・うつ伏せ)GERD、気管支拡張症
感冒後に持続する咳ウイルス後咳嗽、咳喘息
特定の季節で悪化アレルギー性疾患、喘息
入院で改善過敏性肺炎(抗原除去の影響)
睡眠中に消失心因性咳嗽
  • Quality(性状)
     → 湿性(痰あり)か乾性(痰なし)かを確認。
     特に湿性咳の場合は:   
      - 痰の色(白・黄・緑・血性など)
      - 痰の量(1日何杯分か、カップ換算も可)
      - 性質(膿性、悪臭など)  
     → 音質:犬吠様(百日咳)、metallic(喉頭病変)なども参考に。
  • Radiation(放散)
     → 咳自体は放散しないが、胸痛や咽頭違和感があるかを確認
  • Severity(程度)
     → 睡眠障害・日常生活への影響の程度
  • Timing(時間帯・持続)
     → 夜間悪化/朝に強い/季節変動があるか

🧾 PAM HITS FOSS:背景・生活・リスク因子の評価

普段の項目を少し変えて、咳に特化した項目にしてみました

  • P(Past history):喘息、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎、GERDなどの既往
  • A(Allergy):環境アレルゲン(ダニ・カビ・花粉)への反応
  • M(Medication):ACE阻害薬、β遮断薬など咳を引き起こす薬剤の使用歴
  • H(Hospitalization):入院中に咳が改善 → 抗原除去 → 過敏性肺炎の可能性
  • I(Immunization):百日咳やインフルエンザワクチン(特に小児・高齢者)
  • T(Travel):結核・非結核性抗酸菌の流行地への渡航歴
  • S(Sick contact):咳をしている家族・職場の人の有無(感染症の可能性)
  • F(Family history):喘息、アレルギー疾患、自己免疫疾患
  • O(Occupation):化学物質、粉塵、動物との接触(DPB、過敏性肺炎)
  • S(Social history):喫煙歴・受動喫煙・住環境(カビ、湿気)
  • S(Substance use):市販薬(鎮咳薬、抗ヒスタミン薬など)の使用状況

このように、問診は「いつから・どんな咳か?」に加え、「なぜ今、咳が続いているのか?」という背景要因を探る作業でもあります。
とくに慢性咳嗽では、咳のパターン・誘因・生活背景の情報だけで、かなり絞り込むことが可能です。


また、以下に紹介する問診票を用いることも、見落としがなくなり、紹介時にも役立つ問診ができるでしょう

🌐 海外で活用される問診・評価ツールの紹介

1. Leicester Cough Questionnaire(LCQ)

慢性咳嗽による生活の質(QOL)を評価する英国発の質問票。身体・心理・社会の3側面を包括的に問診可能で、日本語訳も存在します。

2. American Thoracic Society(ATS)の咳診療ガイド

急性・亜急性・慢性に分類し、問診を構造的に進めるフローが推奨されています。

3. Chronic Cough Patient Perspective (CCPP)

欧州呼吸器学会(ERS)が近年発表した新しい問診尺度。患者の主観的な咳のつらさや生活障害に焦点を当てています。

次のStepでは、問診で得られた仮説に対して、身体診察で何を確認すべきかを見ていきましょう。


🩺 Step 2:身体診察|聴診を中心に系統的に評価する

💡 Snap Diagnosis(初見からの印象)

診察室に入ってきた瞬間の患者の様子や声、姿勢、咳の音には、思いのほか多くの情報が詰まっています。
たとえば:

  • 咳が連続して出ている → 百日咳、咳喘息を疑う
  • 金属的で乾いた咳 → 咽頭・喉頭の病変?
  • 痰を絡めたような湿性咳 → 気道分泌物の存在、感染性?
  • ハスキーボイス+吸気性の音 → 声帯・上気道の病変やstridorの兆候

第一印象で「これはやばそうだ」と思ったら、その直感は案外正確。
Snap Diagnosis はあくまで“きっかけ”ですが、身体診察に入る前に持つ仮説として大切にしておきたい感覚です。

咳嗽の診察では、全身状態の把握+呼吸器に特化した評価が重要です。
以下の3つの視点で整理してみましょう。


🔹1. 全身状態・バイタルサイン

  • 発熱、SpO₂低下、頻呼吸、意識状態の変化などがある場合、肺炎・喘息重積・アナフィラキシーなど緊急疾患の可能性も。
  • 顔色、努力呼吸の有無、チアノーゼ、胸郭の動き、barrel chestなど、全体像から深刻度を評価
  • 患者の体格や姿勢もヒントになることがある。
    たとえば:
  • Blue Bloater(慢性気管支炎型COPD):肥満体型、チアノーゼ、浮腫、湿性咳が特徴
  • Pink Puffer(肺気腫型COPD):痩せ型、口すぼめ呼吸、努力呼吸でピンク色の顔貌、乾性咳

これらのパターンは、あくまで典型像であり診断名ではないが、身体所見から疾患タイプを予測するうえで参考になる。


🔹2. 呼吸音の聴診:異常音を聴き分ける

聴取音特徴疾患例病変部位の目安
Wheeze呼気性高調音喘息、COPD中枢気道の狭窄(特に小気道)
Rhonchi低調で粗い、吸気〜呼気両方喀痰貯留、慢性気管支炎太い気管支
Crackles(fine)細かく短い音、吸気終末間質性肺炎、心不全肺胞〜末梢気道
Crackles(coarse)やや粗く湿った音肺炎、気管支拡張症気管支と肺胞の間
Stridor吸気時の高調音上気道閉塞(喉頭炎、アナフィラキシー)上気道

湿性咳ではrhonchiやcoarse cracklesが、乾性咳ではwheezeやfine cracklesが出現しやすいです。


🔹3. その他の補助所見

  • 鼻汁、後鼻漏の所見(UACS)
  • 胃酸逆流音、心窩部の圧痛(GERDの補助所見)
  • 胸部打診:濁音(胸水)、鼓音(気胸)
  • 皮疹・眼結膜炎・関節腫脹など、**全身性疾患(膠原病など)**を示唆する所見も注意

🚨 番外編:アナフィラキシーにおける「咳」

咳はアナフィラキシーの初期症状であることがあり、見逃されがちです。

  • wheezeやstridor、rhonchiが聴取されれば、エピネフリン筋注(IM)の適応を迷わず判断すべき。
  • 経過は「数時間」単位ではなく「数分~十数分」で急変することもあるため、バイタルモニタリングを怠らないようにします。

ここまでで、咳嗽患者に対しての全身観察や呼吸音の聴診を中心とした身体診察のポイントを整理しました。

より詳しい身体診察の実践的なコツや英語表現ついては、押見先生のブログ「Dr.押味の医学英語カフェ」も参考になります。私も勉強によく使っているので、興味がある方はぜひ!

次のStepでは、こうした診察所見や仮説に基づいて、必要な検査や画像をどう選ぶかを考えていきましょう。


🧪 Step 3:検査・画像|仮説に基づき“狙って”取りに行く

問診・身体診察を通じて得られた仮説をもとに、必要な検査を的確に選択しましょう。
“なんとなく取る”のではなく、“何を疑っているか”を意識した選択が重要です。


🔹1. 血液検査|炎症・アレルギー・全身状態を把握

検査項目意義疾患例
CBC(白血球・好酸球)炎症性疾患・好酸球増多肺炎、喘息、好酸球性肺炎
CRP / PCT細菌性感染の補助指標急性気道感染、肺炎
IgE, RASTアレルギー・アトピー素因の評価喘息、アレルギー性鼻炎、UACS
BNP心因性の咳・心不全の鑑別左心不全、肺うっ血
ANA・抗CCP抗体など膠原病のスクリーニング間質性肺炎、関節炎合併時

🔹2. 画像検査|胸部X線+必要ならCT

  • 胸部X線(CXR):まず最初に撮像
  • 肺炎、胸水、腫瘍、無気肺などの初期スクリーニングに有用
  • 注意:咳喘息やGERDでは正常所見も多い
  • 胸部CT(HRCT含む):以下のような状況で選択
  • X線で異常があり精査したい場合
  • 間質性肺炎や気管支拡張症、過敏性肺炎の精査
  • 肺がんなど悪性疾患の除外を考える場合

🔹3. 呼吸機能検査・喀痰検査|慢性咳嗽や再発例で検討

  • スパイロメトリー:COPD、喘息の評価
  • 気道可逆性試験:喘息の診断に有用
  • 呼気一酸化窒素(FeNO):気道炎症の評価、咳喘息で高値
  • 喀痰グラム染色・培養:膿性痰、難治性咳で重要

🔹4. POCUS(Point-of-Care Ultrasound)の活用

  • 胸水の有無・性状確認
  • 心機能評価(左室機能・Bラインなど)
  • 右心負荷(肺高血圧の示唆)
    → 咳の背景にうっ血性心不全や肺塞栓を疑う場面では特に有用。

🚫 検査の落とし穴と“やりすぎ”の回避

  • CRP高値=抗菌薬必要ではない
  • 画像正常=安心ではない(咳喘息・GERDなど)
  • 慢性咳嗽ではまず薬剤性・アレルギー性の除外を優先

🧭 検査選択の“道しるべ”

  • 乾性咳+夜間悪化 → 喘息/咳喘息を意識、FeNOや呼吸機能へ
  • 湿性咳+膿性痰 → 喀痰検査とCXR
  • 症状が軽快と増悪を繰り返す → HRCTで間質性肺炎・DPBも視野に

🧬 特殊な疾患に対する検査戦略(Mycoplasma肺炎/DPB/過敏性肺炎など)

以下のような疾患では、検査結果の解釈にコツが必要です。

  • Mycoplasma肺炎
  • 寒冷凝集素陽性(特異的だが感度は低い)
  • X線でびまん性浸潤影あり、聴診所見が乏しいのが特徴
  • CRPが軽度〜正常でも否定できない
  • DPB(びまん性汎細気管支炎)
  • 慢性副鼻腔炎の合併をチェック
  • HRCTでmosaic patternや気管支拡張像
  • 喀痰培養でH. influenzaeなど検出あり
  • 低用量マクロライド療法が有効(例:エリスロマイシン)
  • 過敏性肺炎(Hypersensitivity pneumonitis)
  • 抗原曝露歴と“入院による改善”が重要なヒント
  • HRCTで小葉中心性結節・すりガラス影・モザイクパターン
  • 急性型では血液中でCRP軽度上昇、慢性型では肺線維化も

これらの疾患は、典型的でない所見も多く、複数の検査・病歴を組み合わせて慎重にアプローチする必要があります。


ここまで、仮説に基づく検査の選び方と疾患ごとの注意点を整理してきました。次は、実際の症例にこのアプローチをどう適用するか、冒頭の症例を用いて考えていきましょう

🩺 症例で振り返る|実際の患者にどう適用するか

さて、ここまでStep1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。


🔹Doorway Information

  • 年齢・性別:30歳女性
  • 主訴:2週間続く乾いた咳
  • バイタルサイン:T 36.8℃, HR 78/min, BP 118/70 mmHg, SpO₂ 98%, RR 14

🔹NTK(Need To Know)|この症例で確認すべきポイント

  • 咳の性状(乾性か湿性か、音の特徴)
  • 経過(急性 vs 慢性、反復性の有無)
  • 夜間悪化や運動誘発の有無(咳喘息の示唆)
  • 過去の既往・類似エピソード
  • アレルギー歴・薬剤使用歴
  • 他の呼吸器症状(鼻水・痰・喘鳴など)

🔹Step 1:問診の振り返り

👨‍⚕️「今日はどうされましたか?」
👤「2週間くらい前から咳が止まらなくて…夜も眠れないんです。」

👨‍⚕️「痰は出ますか?どんな音の咳ですか?」
👤「痰はほとんど出ません。カラカラした乾いた咳です。」

👨‍⚕️「他に喉の痛みや鼻水、発熱などは?」
👤「喉が少し痛かったのは最初の2日間だけで、今は咳だけです。」

👨‍⚕️「以前もこういう咳が続いたことはありますか?」
👤「去年の冬にも同じような咳が続いたことがあります。」

👨‍⚕️「普段の薬やアレルギーは?」
👤「特にアレルギーはなくて、薬も飲んでません。」

📝 Fact:乾性咳、夜間悪化、過去にも同様の症状あり、アレルギー既往なし
📝 Problem:慢性・反復性の乾性咳、夜間増悪(典型的な咳喘息パターン)
📝 Hypothesis:咳喘息、GERD、UACS(後鼻漏)、喘息初期、薬剤性


🔹Step 2:身体診察の振り返り

聴診:軽度のwheezeを両側で聴取、rhonchiやcracklesなし
チアノーゼなし、胸郭の変形なし、発話も6語以上可能
鼻汁や咽頭発赤もなく、後鼻漏の徴候は乏しい

この時点で、明らかな感染兆候や重篤な所見はなく、喘息系の病態が濃厚に感じられる。


🔹Step 3:検査・画像の振り返り

  • CBC:WBC正常、好酸球軽度上昇
  • CRP:正常範囲、PCTも陰性
  • 胸部X線:異常なし(浸潤影・腫瘤・無気肺なし)
  • 呼気NO(FeNO):高値(45 ppb)

👨‍⚕️「CRPも正常、X線もきれい、そしてFeNOが高い…」

→ このパターンはやはり**咳喘息(CVA)**が最も示唆される。
→ 抗アレルギー薬や吸入ステロイドを試す価値があると判断。

🟢 結論:現時点では咳喘息が最も可能性高く、ICS+LTRAで治療開始

このように段階を踏んで読み解いていくことで、見落としなく診断までたどり着くことができます。

咳は非常によく遭遇する症状でありながら、鑑別が多く、問診や診察の進め方に迷いやすい代表的な主訴のひとつです。

だからこそ、自分の中で“咳のアプローチ”を体系立てて持っておくことが、日々の診療で大きな武器になります。

今回の症例を通じて、Stepごとにどう考え、どう進めるかの流れをつかんでもらえたなら幸いです。


ここまで咳の診療アプローチを整理してきましたが、次は、専門医への紹介タイミングや外来でやっておくべき検査の視点について整理していきましょう。

🧑‍⚕️ 専門医に紹介するとき|どこまで評価してから紹介すべき?

咳が続く患者を専門医に紹介する際には、いくつかの「やっておいてほしい評価項目」が存在します。以下に、紹介前に整理しておきたいポイントをまとめます。


🔹紹介のタイミングは?

以下のいずれかに該当する場合は、呼吸器内科などの専門医への紹介を検討しましょう:

  • 原因不明の慢性咳嗽(8週間以上)
  • X線やHRCTで明らかな異常があるが、鑑別が困難な場合
  • 咳喘息やアトピー咳などの治療が無効または再発を繰り返す場合
  • びまん性肺疾患(間質性肺炎、過敏性肺炎など)を疑う場合
  • 難治性の咳で日常生活に著しい支障がある場合

🔹紹介前にやっておくと喜ばれる評価

評価項目内容・ポイント
胸部X線・CT明らかな腫瘍・浸潤影・気腫の有無を確認
喀痰検査難治性の湿性咳では培養まで
呼吸機能検査(スパイロ)COPD/喘息の評価、FeNOあればベター
アレルギー評価(IgE, RAST)咳喘息・UACSの背景に有用
問診票や経過表の記録発症日、増悪/軽快因子、既往、治療経過など

📝紹介状に記載すべきポイント

  • 「どこまで評価したか」を明記する(問診+身体所見+検査)
  • 「何を疑っているか」「次に何をお願いしたいか」を伝える
  • 日常生活や仕事への影響なども添えると、介入の緊急度が伝わりやすい

紹介は、“放り投げる”のではなく、バトンを渡す作業です。家庭医としての一次評価をしっかり行い、「困っている点」や「見落としてほしくない点」を伝えることが、より良い診療連携につながります。

ここまでの情報を簡単にまとめていきます

💡 Tips|問診・身体診察のコツ

咳嗽診療における問診・身体診察のポイントを“使える視点”としてまとめます。


🔹問診のコツ

  • 咳の性状(乾性 or 湿性)を最初に聞く:鑑別の第一歩
  • 夜間や早朝に悪化? → 咳喘息やアレルギー性疾患を示唆
  • 運動・冷気で誘発? → 気道過敏性の可能性
  • 改善因子・悪化因子:入院中に軽快=過敏性肺炎やアレルゲン要因のヒント
  • 職業・住環境:加湿器、羽毛布団、動物、農業などは問う価値あり
  • 過去のエピソードや反復性:慢性咳嗽、アトピー素因の可能性

🔹身体診察のコツ

  • 呼吸音の評価は全肺野で左右差も確認:音の左右差は病変部位の推定に重要
  • 咳誘発後の呼吸音の変化にも注意:痰や気道狭窄の位置がわかることも
  • wheeze:中枢~末梢気道の狭窄で、呼気時に強く聴こえることが多い
  • rhonchi:粘稠な分泌物の存在を示唆(COPDや気管支炎)
  • fine crackles:末梢・肺胞レベルの線維化(間質性肺炎)を想起
  • coarse crackles:気道内分泌物、DPBや心不全で聴取
  • 発話の持続(1息で何語話せるか)も全身状態の参考に
  • 体型や呼吸様式の観察:Blue Bloater、Pink Pufferなどもヒントに

問診と身体診察は“咳”という症状の背後にある病態を紐解くカギになります。問うべきこと、観るべきことをあらかじめ整理しておくことで、時間が限られた外来でも確実な仮説形成が可能になります。


💬 Clinical Pearls|咳嗽に関する臨床的な知恵

“Cough is the common cold’s last goodbye.”
→ 風邪の最終章ともいえる咳。だからこそ「ただの風邪」の裏に潜む疾患を見落とさない。

“Not all wheezes are asthma, and not all asthma wheezes.”
→ 音が聞こえなくても喘息の可能性はあるし、音がするからといって必ずしも喘息とは限らない。

“Chronic cough is often more about what you don’t hear than what you do.”
→ 聴こえる音以上に、「聴こえない異常」に目を向ける。


次に、咳(cough)に関する英語表現を紹介します

🗣️ Useful Medical Expressions|

  • “Do you bring up any phlegm when you cough?”
    → 咳の際に痰が出ますか?
  • “Is your cough worse at night or in the morning?”
    → 咳は夜間や朝方に悪化しますか?
  • “Have you noticed any wheezing or shortness of breath?”
    → ゼーゼーしたり、息切れを感じますか?
  • “Does anything make your cough better or worse?”
    → 何か咳を悪化させたり、楽にしたりするものはありますか?

👂 Layman’s Terms & Idioms|

Medical TermLayman’s Expression
“A dry cough”“cough with no sputum”
“A productive cough”“wet cough” / “cough with phlegm”
“Wheezing”“a whistling sound when breathing”
“Postnasal drip”“mucus dripping down the throat”
“You might have a cough variant of asthma”“Your cough may be caused by a form of asthma without wheezing”

📘 Medical Glossary

  • Cough variant asthma (CVA): A type of asthma that presents mainly with chronic cough, without wheezing or dyspnea.
  • Postnasal drip (UACS): Mucus from the nose or sinuses dripping down the back of the throat, often causing chronic cough.
  • Crackles: Discontinuous, popping sounds heard on auscultation, typically due to fluid in the alveoli or interstitial fibrosis.
  • Wheeze: High-pitched musical sound usually heard during expiration, caused by narrowed airways.
  • Rhonchi: Low-pitched, snoring-like sounds due to mucus in the larger airways.
  • FeNO: Fractional exhaled nitric oxide, a biomarker indicating airway inflammation, especially in asthma.
  • HRCT: High-resolution computed tomography, useful for detailed evaluation of interstitial lung diseases.

お疲れ様でした。
最後に、今日の内容をまとめて終わりましょう

📝 記事のまとめ|診察室の“咳”をどう読み解くか

咳は、誰もが経験する症状である一方、そこに潜む病態は非常に多様です。

本記事では、急性・慢性、湿性・乾性という分類から始まり、問診・身体診察・検査と段階的にアプローチする方法を整理してきました。中でも「咳が長引く患者にどう仮説を立て、どう評価を進めるか」という視点が重要でした。

咳の音に耳を傾け、患者の語る“違和感”に丁寧に耳を澄ませることで、肺の奥に隠れた病気を拾い上げることができます。

ときにそれは喘息かもしれないし、咳喘息やGERD、あるいは薬剤性かもしれません。

問診票や過去のエピソード、FeNOやスパイロ、HRCTといった検査も手がかりになりますが、最も重要なのは、「この人の咳は、何が言いたいのだろう?」という問いかけです。

臨床推論において、症候は“語りかけてくる存在”です。

どうかこれからも、咳の向こうにある“サイン”を見落とさず、確かな仮説と柔軟な観察で、診療を紡いでいってください。


👉 次は英語版の記事で、英語力も上げていきましょう!OET対策もついています。 
【English Version|The Clinical Approach to Cough】はこちらから


🔗 関連記事リンク|症候別アプローチシリーズ


📚 Reference(参照文献)

  1. 日本呼吸器学会. 咳嗽診療ガイドライン2022.
  2. Morice AH et al. ERS guidelines on the diagnosis and treatment of chronic cough in adults and children. Eur Respir J. 2020.
  3. Pratter MR. Overview of common causes of chronic cough: ACCP evidence-based clinical practice guidelines. Chest. 2006.
  4. Yousaf N, et al. Chronic cough: an Asian perspective. Cough. 2011. — 

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