便秘・下痢の診断と治療アプローチ|原因別の鑑別・問診・非薬物療法を徹底解説

「最近、便秘が続いていて…」「急に下痢が止まらなくて…」そんな訴えは、内科外来で毎日のように耳にします。しかもその背後には、ストレスや生活習慣だけでなく、内分泌疾患や神経疾患、さらには腫瘍や炎症性腸疾患など、全身に関わるさまざまな疾患が隠れているかもしれません。

便通異常は一見シンプルな訴えに見えて、実は「問診力」「生活背景の評価」「非薬物療法の説明力」が試される、OSCEでも頻出のテーマの一つです。この記事では、診療でも試験でも活かせる“腸から全身を診る視点”を一緒に身につけていきましょう。


✅この記事で学べること

  • 便秘・下痢の原因疾患の分類と鑑別の基本構造
  • OSCEにも使える問診・身体診察のフレームワーク
  • 実臨床でも役立つ非薬物療法と患者教育のポイント

🧑‍⚕️導入症例(Patient’s Voice)

【Doorway Information】

40歳女性/主訴:便秘と下痢を繰り返す
Vital:BP 112/72 mmHg, HR 80/min, Temp 36.9°C, SpO₂ 99% (RA)

【患者の言葉】

「先生、ここ数ヶ月ずっとお腹の調子が悪くて…。便秘が続いたと思ったら、急に下痢が出たりするんです。しかも、どっちにしてもすっきりしなくて…」


さて、こうした症例を前にしたとき、私たちはどのように臨床推論を進めていけばよいでしょうか?
ここからは基本に立ち返って、「便通異常」に対する診察の出発点を整理していきます。

🤔便秘・下痢をどう考える?|第一印象と基本アプローチ

① 時間軸で切り分ける

  • 急性(数日以内)→ 感染症や薬剤性を考慮
  • 慢性(数週間〜数ヶ月)→ 機能性や器質性疾患を疑う

② 症状のパターンを確認する

  • 便秘と下痢が交互にくる?
  • 排便してもすっきりしない?

→ IBS(過敏性腸症候群)や排便機能障害の可能性が高まります。

③ Red Flag症状がないか確認する

  • 夜間症状、体重減少
  • 血便、発熱、貧血

→ IBDや大腸がんを見逃さないための重要な視点です。

このように、まずは「どんなパターンの排便異常か」と「危険な徴候があるか」を分けて考えることが、初期アプローチの鍵になります。


では、上記のような視点を踏まえて、患者の情報をFact・Problem・Hypothesisに分けて整理してみましょう。

🩺排便異常を整理する:Fact / Problem / Hypothesis

🟢 Fact(観察された事実・訴え)

  • 40歳女性、便秘と下痢を交互に繰り返す
  • 排便後もすっきりしない
  • 症状は数ヶ月前から継続
  • 発熱・出血などのRed flag症状は今のところなし
  • Vital signsは安定

🟠 Problem(意味づけ・再定義)

  • 交代性便通異常(alternating constipation and diarrhea)
  • 排便困難感・未排泄感あり
  • 慢性経過+Red flagなし → 機能性疾患の可能性が高い
  • ただし、40歳という年齢を考慮し、器質的疾患も除外必要

🔵 Hypothesis(鑑別診断と重みづけ)

🥇第一群(最有力候補)

  • 過敏性腸症候群(IBS)
  • 排便機能障害(Disordered defecation)

🥈第二群(見逃してはいけない疾患)

  • 大腸がん・直腸がん
  • 炎症性腸疾患(IBD)
  • 甲状腺機能異常、糖尿病性腸障害

🥉第三群(状況依存で考慮)

  • 感染性腸炎の遷延
  • 薬剤性(抗生剤・下剤)
  • ストレス性・心因性

📌 Need To Know(次に必要な情報)

カテゴリ 確認すべき内容
HPI 発症時期、便の性状と頻度、腹痛や夜間症状の有無
PMH / Med 甲状腺疾患、糖尿病、IBD歴、使用薬(下剤・抗コリン薬など)
Family History 大腸がん、IBDの家族歴
Social History 生活リズム、職場ストレス、旅行歴、食習慣、喫煙
身体診察 腹部診察、直腸診、皮疹・関節所見など
検査・画像 貧血、CRP、TSH、便潜血、便培養、カルプロテクチン、腹部X線・内視鏡

ここまでで挙がった鑑別を念頭に置きながら、次は具体的にどのような質問をしていくかを考えていきます。
次章では、便秘・下痢の診療で活用できる「OPQRST+PAM HITS FOSS」の問診フレームを解説していきます。


🔄便秘・下痢への一般的アプローチ:症例から一旦離れて

ここまでは1つの臨床症例を軸に思考を深めてきましたが、ここからは一度その症例から離れ、便秘と下痢に対する診療の一般的なアプローチを整理していきましょう。

特に初期対応では、「急性 vs 慢性」「Red Flagの有無」「生活背景や内服薬の確認」など、いくつかの重要な分岐点があります。
Step 1では、まずその第一歩として問診をどう構造化するかを考えていきます。


📝Step 1:問診(OPQRST+PAM HITS FOSSで全体像をつかむ)

便秘や下痢といった排便異常の診察では、まず「どのような症状なのか」「いつからか」「何と関連しているか」といった構造化された問診が重要です。

ここでは、臨床でもOSCEでも活用できるOPQRSTと、背景因子を網羅的に拾い上げるPAM HITS FOSSの2ステップで進めていきます。


🔷便秘・下痢の症状を詳しく聞く:OPQRST

  • O: Onset(発症) — いつから症状がありますか? 急に始まりましたか?
  • P: Provocation/Palliation(誘因・緩和因子) — どんなときに悪化・改善しますか?食事やストレスとの関係は?
  • Q: Quality(便の性状) — 水様便?粘液?脂っぽい?硬便?うさぎの糞のような便?
  • R: Region/Radiation(関連部位) — 腹痛や張りはありますか?場所は?
  • S: Severity(重症度) — 生活にどの程度影響していますか?
  • T: Timing(時間経過) — 毎日ありますか?夜中にも起きますか?

特に下痢症状では、より詳細な問診として以下の「FACCSSITA」が非常に有用です。

📋 FACCSSITA:下痢の詳細な評価に

  • F:Frequency(回数)…1日何回くらいか
  • A:Amount(量)…大量なら小腸性、少量なら大腸性を示唆
  • C:Contents(内容物)…粘液、脂肪、血液、泡、浮くかどうか
  • C:Consistency(性状)…水様、泥状、半固形など
  • S:Stimulus/Start(誘因)…乳製品、グルテン、食後すぐなど
  • S:Stop(改善因子)…絶食で止まる(=浸透圧性)か?
  • I:Intermittency(繰り返し)…以前にも同様のことがあったか
  • T:Timing(時間)…朝のみ?夜間も?
  • A:Associated factors(随伴症状)…発熱、嘔気、腹痛など

💡 Tips:FACCSSITAを使った病態推定のポイント

  • 絶食で下痢が止まる:浸透圧性(薬剤性や吸収不良)を示唆
  • 夜間の下痢:機能性(IBS)ではなく、炎症性疾患を疑う
  • 脂っぽくて流しにくい便:脂肪便 → 膵疾患や胆道閉塞を想起
  • 家族や同居人も下痢:感染性腸炎の可能性あり

🔶背景を深掘りする:PAM HITS FOSS

カテゴリ 確認する内容
P:既往歴 甲状腺疾患、糖尿病、IBD、大腸ポリープ、神経疾患
A:アレルギー 薬剤アレルギー、特に下剤や抗生剤
M:内服薬 オピオイド、抗コリン薬、鉄剤、抗生物質など
H:入院歴 術後便秘、感染性腸炎後の遷延など
I:外傷歴 脊髄損傷や骨盤骨折など
T:トラウマ歴 ストレス・過去の虐待・心因性要素
S:手術歴 消化管・骨盤内手術、帝王切開など
F:家族歴 大腸がん、IBD、遺伝性腸疾患など
O:産婦人科歴 出産歴、骨盤臓器脱(直腸瘤など)
S:性歴 性感染症やHIVリスク、肛門痛の原因にも
S:社会歴 食生活、運動、睡眠、アルコール・喫煙、職場環境、旅行歴

💡Tips:問診で見逃したくない器質的疾患のサイン

「ただの便秘/下痢」と思っていても、以下のような背景疾患が隠れていることがあります。問診時にそれらを見抜くヒントになる訴えや生活背景に注意しましょう。

  • 薬剤性:
    • 便秘:オピオイド、抗コリン薬、抗ヒスタミン薬、カルシウム拮抗薬、鉄剤など
    • 下痢:抗生物質(C. difficile含む)、メトホルミン、マグネシウム製剤、NSAIDsなど
  • 神経疾患:
    • パーキンソン病:便秘が初発症状になりうる
    • 多発性硬化症:排便・排尿障害として発症することも
    • 脊髄疾患:便意低下、肛門括約筋の制御障害
  • 精神疾患・心因性:
    • うつ病:食欲低下や便秘(自律神経系の抑制)
    • 摂食障害(拒食症・過食症):便秘が高頻度で出現
    • 強迫性障害:排便に関する儀式的行動、下剤乱用
    • 身体表現性障害(Somatic Symptom Disorder):不定愁訴としての慢性下痢・便秘

▶ これらの要素を聞き出すには、PAM HITS FOSSの「P(既往歴)」「M(薬剤)」「T(トラウマ)」「S(社会歴)」が特に重要です。

🚨血便を認めた場合の注意点

便に血が混じっていた、あるいは排便時に出血があるという訴えがある場合には、以下の点を必ず確認しましょう:

  • 血の色(鮮血 vs 暗赤色)
  • 出血のタイミング(排便の前?中?後?)
  • 肛門の痛み(裂肛・痔)
  • しこりの有無(内痔核・脱肛)

これらは出血部位の同定(上部?下部?肛門?)に直結します。

👉 詳しくは別記事「血便・下血の診かた:部位と原因から攻める診断戦略」で、部位別の鑑別アプローチを解説していますので、あわせてご参照ください。


このように、問診では症状の質・時間経過・誘因・生活背景を幅広く把握することが、診断の出発点となります。

続いては、こうして得られた情報をもとに、身体診察で何を「見て・触れて・聴く」べきかを具体的に確認していきましょう。


🩻Step 2:身体診察(Red Flagの見落としを防ぐ全身評価)

問診で得られた仮説に対して、身体診察では「可能性を絞る・否定する・重症度を見極める」ための情報を集めていきます。

便秘・下痢は消化管の症状ですが、実は内分泌疾患、神経疾患、炎症性疾患などの全身のサインを反映していることも多いため、頭から足先までの観察を意識しましょう。


🔍全身スクリーニングの観察ポイント

  • 全身状態:やつれ、脱水徴候、眼瞼結膜の貧血
  • 皮膚・爪:色素沈着(Addison病)、発疹(IBD関連)、乾燥・浮腫
  • 関節:腫脹や圧痛(クローン病の滑膜炎、乾癬性関節炎など)
  • 神経系:パーキンソン病のような表情・姿勢(便秘との関連)

🩺腹部診察:最も重要なターゲット

  • 視診:腹部の膨隆、手術瘢痕、腸蠕動の観察
  • 聴診:蠕動音の増加(感染性腸炎)、減弱(麻痺性イレウス)
  • 触診:圧痛(右下腹部:虫垂炎、左下腹部:憩室炎)、筋性防御、腫瘤
  • 打診:鼓音優位ならガス貯留、濁音なら腫瘤・腹水の可能性

※便秘患者では、腹部全体がパンパンに張っていても腸雑音が聴こえることがあり、聴診と打診の組み合わせが鍵になります。


🧻直腸診(Digital Rectal Examination)の重要性

排便障害の鑑別や出血源の確認には、直腸診が欠かせません。

  • 便貯留:直腸に便塊が触れる
  • 血液:鮮血 vs 暗赤色、指に付着するか
  • 腫瘤:直腸がんやポリープを疑う結節性病変
  • 筋緊張:排便困難型便秘では筋緊張異常やanismusも

→ 便秘の鑑別(IBS-C vs 機能性排便障害)を左右する「アウトレット評価」の第一歩です。


🩺補助器具を使った診察も有用

  • 肛門鏡:痔核や裂肛の視認、直腸出血の局在確認
  • 眼底鏡:高血圧性変化や貧血の徴候(出血性疾患が背景の場合)
  • 舌圧子:口腔乾燥、口角炎、潰瘍(ビタミン欠乏、IBD合併)

このように、身体診察では腹部の情報だけに偏らず、腸と全身の「つながり」を意識した観察が欠かせません。

次章では、こうした所見や問診から得た情報をもとに、必要な検査・画像をどう選択するかを考えていきましょう。


🧪Step 3:検査・画像(必要な情報を狙って取りに行く)

問診・身体診察で得られた仮説に対して、検査は「ルールイン/アウト」「除外診断」「重症度の把握」を目的に行います。

すべての患者にルーチンで検査を行うのではなく、どの仮説を検証するために検査を選ぶのかを明確にしておきましょう。


🧪1. 血液検査:全身状態と炎症・内分泌の評価

  • 貧血:慢性出血(大腸がん、IBD)、吸収不良(B12, 鉄)
  • 炎症マーカー:CRP, WBC(感染・炎症性腸疾患)
  • 電解質:Na, K(脱水評価、便中喪失の確認)
  • TSH, FT4:甲状腺機能低下症・亢進症の鑑別に
  • 血糖・HbA1c:糖尿病性自律神経障害による便秘を想定

💩2. 便検査:感染・炎症・出血のスクリーニング

  • 便培養:感染性腸炎(Campylobacter, Shigella, EHEC など)
  • 便潜血検査(FOBT):出血性病変のスクリーニング
  • 便カルプロテクチン:炎症性腸疾患(IBD) vs IBSの鑑別に有用
  • 脂肪便検査:吸収不良が疑われる場合(膵疾患、胆道閉塞)

🩻3. 画像検査:病変の存在・分布を「見える化」する

  • 腹部X線:便貯留の評価、拡張・イレウスの除外
  • 腹部超音波(POCUS):腹水、腫瘍性病変、胆道・膵臓の評価に
  • CT腹部:腫瘍、虚血性腸炎、炎症性疾患の評価(Red flagがあれば)

💡Tips:便秘例では腹部X線での評価がカギ

腹部X線(AXR)を活用することで、便が直腸まで降りてきているかどうかを可視化できます。

  • 直腸まで便がある場合:腸管刺激性下剤(センノシド、ピコスルファート)を選択
  • 直腸には届いていない場合:浸透圧性下剤(マグネシウム、PEG)で全体の移動を促す

便の位置によって治療戦略が変わるため、X線評価は治療にも直結する大事な判断材料となります。


🔎4. 下部内視鏡(大腸カメラ):最終的な確定診断に向けて

出血や炎症性腸疾患、大腸がんなどを疑う場合は、下部消化管内視鏡が必要となります。

  • 適応:血便、慢性下痢、体重減少、貧血、50歳以上の新規便通異常など
  • 前処置:
    • 2日前:海藻、キノコ、繊維の多い野菜は避ける
    • 前日:うどんや粥などの軟食、21時までに軽めの夕食
    • 当日:絶食、水・お茶・スポーツドリンクは可
  • 使用下剤:PEG(モビプレップなど)または硫酸マグネシウム製剤を用い、基本的には2L以上服用
  • 薬の調整:鉄剤・下剤は3〜5日前から中止。抗血小板薬・抗凝固薬は内視鏡中の処置内容(生検・ポリペク)によって調整が必要。

💡Tips:内視鏡前処置の実践ポイント

  • 糖尿病薬:低血糖リスクがあるため、当日の内服は中止
  • 降圧薬:少量の水で内服可
  • 鎮静剤使用後:車の運転や機械操作は不可、付き添いの検討を
  • PEG服用後の便:透明〜黄褐色で固形物がなければ検査可能

このように、検査は「仮説をもとに狙って選ぶ」ことが重要です。
便秘・下痢という一見シンプルな症状の中にも、感染症からがんまで幅広い疾患が隠れています。

次章では、ここまでのStep 1〜3を、最初の症例に照らして振り返ってみましょう。


🔁症例で振り返る(導入症例に戻る)

さて、ここまでStep 1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。

🟩Step 1:問診の振り返り(Fact → Problem → Hypothesis)

医師:「今日はどうされましたか?」

患者:「ここ数ヶ月ずっとお腹の調子が悪くて…。便秘が続いたかと思うと、今度は急に下痢が出たりして、でもどっちにしてもすっきりしないんです」

——この訴えだけで、機能性なのか器質性なのかはまだ判断できない。経過の長さからは慢性疾患が視野に入るけれど、Red flagが隠れてないかも確認しておきたいところ。

医師:「便の性状はどうですか?水っぽい?ドロドロした感じ?血が混じったことは?」

患者:「水っぽい時もありますけど、出る量はそんなに多くなくて…。血は混じってないと思います」

医師:「いつも朝だけですか?夜中にも起きたりしますか?」

患者:「夜は特に起きませんが、日中も気になってトイレに行きたくなることがあります」

→ 下痢は少量で粘液様、夜間はなし。red flagではないけれど、すっきりしない感じと交代性便通からはIBSの可能性が高そう。

医師:「これまでに大きな病気や手術は?」

患者:「特に大きな病気はなくて…。ただ、ここ数年はずっとデスクワークで運動不足気味かも」

医師:「ご家族に大腸がんや腸の病気の方はいませんか?」

患者:「父が50代でポリープが見つかって切除してます」

→ 家族歴あり。念のためスクリーニングとして大腸内視鏡も考慮しておきたい。

医師:「お仕事や日常生活でストレスを感じることはありますか?」

患者:「最近職場の異動があって、それが結構ストレスで…」

→ ストレス関連も背景にありそう。やはりIBSが濃厚かもしれないけれど、炎症性腸疾患や腫瘍性変化も除外しておきたい。

Fact: 数ヶ月続く交代性の便秘と下痢、すっきりしない排便感、夜間症状なし、父に大腸ポリープの既往あり

Problem: 慢性かつ交互に繰り返す便通異常、Red flagは明らかでないが家族歴あり

Hypothesis: IBS、Disordered defecation、大腸ポリープ・がん、IBD


🟦Step 2:身体診察の振り返り

→ まず視診では腹部の膨隆なし、手術瘢痕もない。触診で軽度の左下腹部圧痛あり、筋性防御なし。

→ 聴診で腸雑音はやや亢進気味。打診では全体にやや鼓音優位。

→ 直腸診では便貯留なし、出血も認めず、腫瘤も触れない。

——この時点で、明らかなRed flagはなさそう。腹部・直腸所見が比較的穏やかという点も、機能性疾患を支持する材料になりそう。


🧪Step 3:検査・画像の振り返り

  • 血液検査:Hb正常、CRP陰性、TSH正常、電解質異常なし
  • 便検査:潜血陰性、便培養も陰性
  • カルプロテクチン:正常(IBDの可能性低下)
  • 腹部X線:便塊はS状結腸レベル、直腸には降りていない
  • 大腸内視鏡(念のため施行):ポリープや炎症所見なし

→ 器質的疾患はほぼ否定的。腹部X線の所見から、排便機能障害の可能性も考慮される。

結論: 現時点では明らかな器質疾患は否定的であり、IBSまたは排便障害型便秘(Disordered defecation)を第一に考える。生活指導とともに、必要なら消化器内科や心療内科とも連携を検討する。


ここまでの診察・検査で大きな器質的疾患は否定的でしたが、それでも症状が持続する場合や、対応に迷うケースも少なくありません。

次に、どのようなタイミングで専門医への紹介を検討するべきか、また紹介前に行っておきたい検査や生活指導について整理していきましょう。


🏥専門医に紹介するとき(紹介のタイミングと初期対応)

便秘や下痢の多くは外来や病棟で対応可能ですが、中には専門的な評価や処置が必要となるケースもあります。
ここでは、どのような時に専門医に紹介すべきか、また紹介前にどこまで評価と対応を行っておくべきかを整理しておきましょう。


📍こんなときは専門医紹介を検討(Red Flagに注意)

  • 50歳以上で新規発症の便通異常
  • 血便・便潜血陽性・暗赤色便・黒色便
  • 体重減少、発熱、貧血、夜間症状などの全身症状あり
  • 直腸診または腹部で腫瘤を触知した場合
  • 便カルプロテクチン高値やCRP上昇などの炎症所見
  • 神経疾患・精神疾患が強く疑われるとき

🔍紹介前にやっておきたい評価と初期対応

  • 血液検査(貧血、炎症、甲状腺、電解質、血糖)
  • 便検査(便培養、便潜血、カルプロテクチン)
  • 腹部X線(便貯留とその分布:特に直腸への到達の有無)
  • PAM HITS FOSSによる生活背景・全身評価
  • 既に行っている非薬物療法や薬物治療の内容

🌿非薬物療法(外来・病棟でもすぐに始められるケア)

■ 便秘に対して

  • 食物繊維:20〜25g/日(野菜・果物・海藻・オートミールなど)
  • 水分摂取:1.5〜2L/日を目安に
  • 適度な油分(オリーブオイルなど)
  • 軽い有酸素運動(例:ウォーキング)
  • 足台+前屈み姿勢で排便姿勢を改善
  • 毎朝トイレに座る習慣、便意を我慢しない
  • 心理的ケア(CBTやマインドフルネスの導入)

■ 下痢に対して

  • 急性期:脂肪・乳製品・生もの・冷たいものを控える
  • IBS・慢性型:低FODMAP食を試してみる
  • 経口補水液(ORS)で水分補給を適切に
  • ストレス対処法(呼吸法、リラクゼーション、CBT)
  • トイレ不安の軽減(IBSカードの活用、安心できる説明)
  • 産業医や学校との連携(環境調整)

■ 共通の指導ポイント

  • 生活リズムの整備(睡眠・食事・活動)
  • プロバイオティクスの活用(整腸)
  • “腸は気分屋”という説明でストレスとの関連を理解してもらう
  • 排便日誌・食事記録などによる自己モニタリング

💊薬はどう使い分ける?まずは作用別に整理しよう

便秘や下痢に使える薬はたくさんありますが、まずは“どう効く薬なのか”をざっくり整理しておくと、診療中にも迷いにくくなります。

【便秘に使う薬】

▶︎ 浸透圧性下剤(腸に水を引き込む)
  • 酸化マグネシウム:即効性あり。腎機能に注意。
  • PEG製剤(モビコールなど):長期使用に向く。作用は穏やか。
  • ラクツロース:膨満感やガスが出やすいが穏やかな作用。
▶︎ 刺激性下剤(腸を直接動かす)
  • センノシド・ピコスルファート:就寝前に使用。腹痛や習慣性に注意。
▶︎ 分泌促進薬(腸から水を出す)
  • ルビプロストン:悪心に注意。妊婦禁忌。
  • リナクロチド:IBS-C向け。空腹時内服。
  • エロビキシバット:朝食前に内服し便意リズムを整える。
▶︎ その他(特殊なケースに)
  • メチルナルトレキソン:オピオイド誘発性便秘に対応。

【下痢に使う薬】

▶︎ 蠕動抑制薬
  • ロペラミド:急性・慢性下痢に使用。ただし感染性下痢では禁忌。
▶︎ 調整薬・神経系調節
  • トリメブチン:IBSに対して下痢・便秘どちらにも調整的に作用。
  • ラモセトロン:IBS-Dに。日本では男性のみに保険適応。
▶︎ 胆汁酸関連・抗菌薬
  • コレスチラミン:胆汁性下痢に有効。ただし副作用で便秘に注意。
  • リファキシミン:SIBO・IBS-Dに。日本では保険適応外。
▶︎ 補助療法
  • プロバイオティクス:腸内環境の改善に。便秘・下痢どちらにも。
  • FMT(便移植):再発性CDI。IBSや難治性便秘への応用も研究中。

次のセクションでは、これらの治療を実際の臨床でどう使い分けるか、より具体的なコツをご紹介します。


🩺Tips(問診・身体診察のコツ+薬物の使い分け)

便秘・下痢はよくある症状ですが、薬の選び方や身体所見のとり方で診断や治療の精度が大きく変わってきます。


👂問診のポイント

  • 便秘:「出ない」ではなく「どう出ないか」を確認(回数、形状、残便感など)
  • 下痢:水様 vs 粘血便、時間帯(夜間もあるか)、旅行歴や家族内発症なども要チェック
  • 薬剤性:抗コリン薬、鉄剤、オピオイド、抗生剤などの内服歴は必ず確認
  • 精神疾患や神経疾患の関与も意識して生活背景まで掘り下げる

👀身体診察のコツ

  • 腹部の聴診で腸雑音の減弱/亢進を確認(麻痺性・けいれん性など)
  • 腹部の触診ではしこり・便塊・圧痛の有無を丁寧に評価
  • 直腸診も重要:軟便の貯留、腫瘤の有無、肛門括約筋のトーヌスなど
  • 必要に応じて神経学的所見(腱反射・肛門反射)も確認

💊下剤の使い分け:よく使う薬を正しく選ぶために

便秘治療薬は選択肢が多く、「とりあえずセンノシド」では対応しきれない時代です。ここでは、実臨床で頻用される薬剤の特徴を簡単にまとめておきます。

▶︎ モビコール(PEG)

緩やかで自然な排便を促す“浸透圧性下剤”。毎日飲みやすく、小児や高齢者にも安心して使える。ガスや腹満感が出にくいのがメリット。

▶︎ アミティーザ(ルビプロストン)

小腸のClチャネルを開いて腸液分泌を促進女性に悪心が出やすいので注意。妊婦には禁忌。慢性便秘症に適応。

▶︎ グーフィス(エロビキシバット)

胆汁酸の再吸収を抑えて自然な排便リズムを整える薬。朝食前に服用することで“朝トイレに行きたい”ニーズに応えやすい。食後服用だと効果が弱まるので注意。

▶︎ スインプロイク(メチルナルトレキソン)

オピオイド誘発性便秘に特化した薬。中枢には作用せず、鎮痛効果は保ったまま腸のμ受容体だけをブロックする。


🔍IBS-D治療薬が“男性のみ適応”の理由

ラモセトロンは5-HT3受容体拮抗薬で、IBS-Dに対する有効性が高く評価されていますが、日本では男性にしか保険適応がありません

これは、海外臨床試験において女性で虚血性大腸炎のリスクがわずかに高まったという報告があり、安全性を重視した規制によるものです。

ただし、臨床的には女性に使われていることもあり、リスクとベネフィットのバランスを説明して使用するケースもあります。


📦Column:特定機能性食品と便移植の話

🧃ヤクルトやビフィズス菌製品って効くの?

“整腸剤”として市販されているこれらの製品は、「特定保健用食品(トクホ)」や「機能性表示食品」として登録されており、軽度の便秘・下痢・膨満感に効果が期待される例もあります。

ただし、腸内細菌叢への効果は個人差が大きく、全ての人に効くわけではないことを説明するのがポイントです。

🧬便移植(FMT)ってどんな治療?

近年注目されている便移植(fecal microbiota transplantation:FMT)は、健康な人の腸内細菌を患者に移植することで、腸内環境を整える治療法です。

再発性Clostridioides difficile感染症(CDI)には保険診療の枠内で使われており、IBSや難治性便秘への応用は研究段階です。


🧠補足:便秘・下痢に関わる受容体(USMLE対策にも)

消化管の運動や分泌には、さまざまな受容体が関与しています。
以下は、それぞれの受容体の役割に加え、臨床で遭遇する関連病態や病原体を交えて解説します。

  • セロトニン受容体(5-HT3, 5-HT4
    ・5-HT3:腸管の求心性神経を刺激し、IBS-D(下痢型過敏性腸症候群)の腹痛や下痢に関与。
    ・5-HT4:腸管蠕動を促進し、IBS-Cや機能性便秘での排便促進に関与。
  • ムスカリン受容体(M3
    ・副交感神経を介して腸管平滑筋を収縮させ、蠕動を促進。
    抗コリン薬(例:三環系抗うつ薬)による便秘の原因。緑内障・前立腺肥大などにも関与。
  • ドーパミン受容体(D2
    ・消化管運動を抑制し、パーキンソン病やドパミン作動薬使用中の便秘に関与。
    ・D2遮断薬(メトクロプラミド)は胃排出促進に利用。
  • μオピオイド受容体(μ-receptor)
    ・腸管神経叢で蠕動と分泌を抑制。
    オピオイド誘発性便秘(OIC)の直接原因。術後・がん疼痛患者で頻出。
  • カンナビノイド受容体(CB1, CB2
    ・消化管の運動・分泌を抑制。
    難治性便秘や炎症性腸疾患の研究対象。鎮痛や吐き気抑制にも関与。
  • グアニル酸シクラーゼC(GC-C)
    ・腸上皮細胞でcGMP産生を促進し、水分分泌↑ → 便秘改善
    ETECのST(heat-stable toxin)が活性化 → 旅行者下痢の原因。
  • Clチャネル(特にCFTR)
    ・腸管内へのCl⁻分泌を促し、水分排出を誘導。
    コレラ毒素やETECのLT(heat-labile toxin)により過剰活性 → 水様性下痢(rice-water stool)。
  • 胆汁酸受容体(FXR, TGR5)
    ・胆汁酸による蠕動・分泌調節に関与。
    胆汁酸性下痢(術後・回腸切除など)胆汁うっ滞による便秘に関連。

これらの受容体は、薬理・病態・感染症をつなぐ重要なピースです。試験でも「毒素 or 薬剤 → 受容体 → 症状」の流れを意識しましょう。


🍀Clinical Pearls

“Listen to your patient, he is telling you the diagnosis.”
─ Sir William Osler

便秘や下痢といった日常的な症状こそ、患者の訴えのなかに答えが隠れています。
下剤や整腸剤を出すだけで済ませず、「なぜこの人は今こうなったのか?」を丁寧に読み解く視点が重要です。

“Common things occur commonly.”
─ Medical proverb

まず疑うべきは機能性便秘やウイルス性腸炎などのcommon disease。ただし、血便や全身症状には常にred flagの視点を。

“Treat the patient, not the test.”
─ Medical adage

便培養や腹部X線の前に、問診・視診・触診で得られるヒントを大切にしましょう。



ここまで、便秘・下痢に関する薬物治療や受容体の知識を整理してきました。
では実際の診療現場で、これらの情報を英語でどう伝えるか?どう記録に残すか?
このセクションでは、問診や説明に使える英語表現、患者向けのやさしい言い換え、英語圏と日本で異なる表記文化など、臨床英語のポイントを総まとめしていきます。

🗣️Medical Englishまとめ(診療で使える表現・患者への伝え方・用語解説)

便秘・下痢は英語診療でも非常に頻度の高い症状です。
このセクションでは、問診・記録・患者説明・英語学習の観点から、重要な表現・用語・注意点をまとめました。


✅ Useful Medical Expressions(医療者が使う英語表現)

  • How often do you have a bowel movement?
  • Have you noticed any change in the consistency of your stool?
  • Is your stool hard, soft, loose, or watery?
  • Do you strain a lot when passing stool?
  • Do you feel like you’ve completely emptied your bowels?
  • Do you have any blood or mucus in your stool?
  • Have you recently started any new medications?

💬 Layman’s Terms & Idioms(患者にやさしく伝える言い方)

  • Constipation → “Having trouble going to the bathroom” / “Haven’t been able to poop”
  • Diarrhea → “Loose stool” / “Runny poop” / “Going to the toilet too often”
  • Straining → “Pushing hard when trying to go”
  • Incomplete evacuation → “Feels like something is still left inside after going”
  • Bloating → “My stomach feels swollen or tight” / “Feels full of air”

📘 Medical English Glossary(試験・記録で使う用語)

Term Definition
Constipation Fewer than 3 bowel movements per week or difficulty passing stool
Diarrhea Loose or watery stool occurring more than 3 times per day
IBS Irritable Bowel Syndrome; functional disorder with abdominal pain and altered bowel habits
OIC Opioid-Induced Constipation; caused by μ-receptor activation in the gut
Tenesmus Sensation of incomplete defecation or urgency with little stool
Melena Black tarry stool indicating upper GI bleeding
Hematochezia Fresh blood in stool, suggesting lower GI bleeding
Steatorrhea Fatty, pale, foul-smelling stool seen in fat malabsorption

📋 Tips:略語 KOT / Hrn(カルテ表現)

日本の一部医療現場では、ドイツ語由来の略語が便通・排尿記録に使われています。

  • KOT(=「Kot」=大便)
    KOT +:排便あり(当日)
    KOT -:排便なし(当日)
    KOT -3:3日間排便なし
  • Hrn(=「Harn」=尿)
    Hrn +:排尿あり
    Hrn -:排尿なし(無尿)
    Hrn trübe:混濁尿

「排泄に注目する視点」を簡潔に記録する文化的表現です。


🚫 Common Pitfalls:間違えやすい英語表現(便秘・下痢)

  • × I have a constipation.
    〇 I have constipation.
    “Constipation” は不可算名詞。a を付けない。
  • × I had a hard time to poop.
    〇 I had trouble having a bowel movement.
  • × I had water stools.
    〇 I had watery stool.
    “Water”ではなく “Watery”が正しい形容詞。
  • × I cannot poo because my stomach is stuck.
    〇 I feel constipated / I have difficulty passing stool.
  • × I had a gas in my stomach.
    〇 I feel bloated / I have gas or bloating.

英語診療では、これらの言い回しの違いが診断精度にも影響します。英語学習者やOSCE対策でも意識しておきましょう。


📝17. 記事のまとめ

便秘と下痢――誰もが一度は経験する、ありふれた症状。
でも、ただ「整腸剤出しておきますね」で済ませるには、少しもったいないかもしれません。

排便習慣の変化、血便、腹痛、体重減少…。
背景にはIBSや薬剤性の変化、時に炎症性腸疾患や腫瘍といった“見逃してはいけない”病態が隠れていることも。

この記事では、問診・身体診察・検査、そして薬物治療まで、実臨床に直結する観点でまとめてきました。
特に外来でよく使う下剤や整腸剤の使い分けや、患者にどう説明するかという表現面までカバーしています。

また、「腸は第二の脳」と呼ばれるほど、自律神経・免疫・感情と深い関係があります。

  • パーキンソン病:発症前から腸にα-シヌクレイン沈着が見られ、便秘が初発症状となることも。
  • うつ・不安症:腸内環境がセロトニン系に影響を与えるとされ、「Psychobiotic仮説」が提唱されています。
  • 自己免疫疾患との関係:腸内細菌叢が関節リウマチ・SLE・MSなどの疾患と関連。
  • 代謝疾患・がんとの関係:糖尿病・脂肪肝・骨粗鬆症・大腸がんでも、腸内細菌の影響が報告されています。

つまり、排便異常は単なる「腸のトラブル」ではなく、「全身のトラブルの入り口」かもしれないのです。

そして最後に――
便秘や下痢という症状を前にしたとき、「どこまで掘るか?」が診断の分かれ道になることもあります。
“その症状は、誰にとって、いつから、どうして気になるのか?”
そんな視点を持ちながら、今後の診療に活かしていただければ幸いです。


🔗関連記事へのリンク

📚Reference

  1. 日本消化器病学会. 慢性便秘症診療ガイドライン2017. 南江堂, 2017.
  2. 日本消化器内視鏡学会. 大腸内視鏡検査前処置マニュアル2020. 医学書院, 2020.
  3. 大塚敬子, 他. 「腸と脳・全身疾患の関連」. 日本臨床腸内フローラ研究会誌, 2022.
  4. Rome Foundation. Rome IV Diagnostic Criteria for Functional Gastrointestinal Disorders, 2016.
  5. Barbara G, Stanghellini V, et al. Gut-brain axis in IBS and psychobiotics. Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2019.
  6. Ford AC, et al. Systematic review: efficacy of pharmacological therapies for IBS. Am J Gastroenterol. 2014.
  7. Schiller LR. Review article: the therapy of constipation. Aliment Pharmacol Ther. 2001.

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