はじめに|黄疸というサインから見えてくるもの
「目が黄色い」と言われて気づく黄疸。その背景には、肝炎や胆道閉塞、あるいは悪性腫瘍といった重大な疾患が潜んでいることもあります。
本記事では、初期研修医・医学生が黄疸症例を前にしたときに“何から評価を始め、どう鑑別を絞るのか”を段階的に解説していきます。
また、OSCEや臨床実習でも問われやすい「ビリルビンの代謝経路」「三大分類」「身体診察のポイント」を明確に整理し、面接・問診・検査オーダーに活かせる視点も取り入れました。
エコーやビリルビン分画などの活用ポイントも含め、明日から使える知識と臨床思考を身につけましょう。
この記事で学べること|3つの到達目標
- 黄疸の三大分類(前肝性・肝性・後肝性)とその臨床的見分け方
→ 問診・身体所見・尿や便の色などから、どのタイプかを推定する力を養います。 - 腹部エコー(POCUS)やビリルビン分画を用いた診断ステップ
→ 限られた情報の中で、どこをどう“見に行くか”を戦略的に考えます。 - OSCEや臨床現場で使える黄疸の問診・診察・説明のコツ
→ 黄疸を訴える患者への声かけ、見逃しやすいポイント、評価手順の優先順位が学べます。
導入症例|「目が黄色い」と訴える60歳男性
🪪 Doorway Information
- 年齢・性別:60歳・男性
- 主訴:目の黄染、尿の色が濃い
- バイタルサイン:T 36.8℃, HR 84/min, BP 136/78 mmHg, RR 14/min, SpO₂ 98% (room air)
「先生、最近なんだか尿の色が濃いんです。あと…鏡を見たら、目がちょっと黄色いような気がして…」
― 数日前から食欲もやや低下。便の色は白っぽく、体が少しかゆい感じもするという。
このような症例を前に、どのように考え、どんな視点で評価していくか?
次のセクションで、黄疸に対する基本的なアプローチを整理していきます。
黄疸を見たときに考えること|3分類と見逃しポイント
黄疸(jaundice)――それは「目が黄色い」「尿が濃い」といった日常的な訴えから始まることが多い一方で、
その背後には肝炎、胆管閉塞、溶血、腫瘍といった多彩な疾患が隠れています。
まず大切なのは、「本当に黄疸かどうか?」の見極めです。
皮膚が黄色くても、カロテン血症(carotenemia)なら強膜は白いまま。
逆にscleral icterus(強膜黄染)があれば、それはビリルビンの蓄積による“真の黄疸”と判断できます。
🔍 黄疸の3分類|病態ごとの見分け方
- 前肝性(Pre-hepatic):赤血球の破壊(溶血など)によって非抱合型ビリルビンが増える
→ 貧血・脾腫・尿の変化なしが特徴 - 肝性(Hepatic):肝細胞障害(ウイルス性肝炎、アルコール性肝障害、薬剤性など)
→ AST/ALTの上昇、全ビリルビン上昇、肝酵素パターンで評価 - 後肝性(Post-hepatic):胆道の閉塞(結石、腫瘍、狭窄)により、抱合型ビリルビンの排泄が障害される
→ 暗色尿・灰白色便・皮膚掻痒がヒント
この分類をもとに、問診と視診だけで方向性をかなり絞ることが可能です。
特に「尿の色」「便の色」「掻痒感の有無」などは、病態分類の決定打になりえます。
⚠ 見逃しやすい黄疸のサイン
- 間欠的な黄疸:乳頭部腫瘍などで一過性に閉塞を繰り返す(診断が遅れやすい)
- 皮膚の色が濃い人:皮膚ではなく強膜の観察が重要
- 「黄疸=肝炎」と思い込む:実際は胆道疾患や溶血が原因のこともある
つまり黄疸は、ただの色の変化ではなく、
「ビリルビンのどの経路で問題が起きているか」を逆算するサインなのです。
次は、「黄疸をどう情報整理し、どう鑑別を広げていくか?」をFact / Problem / Hypothesisの流れで考えていきましょう。
Step 0:黄疸を見たときの初期整理|Fact・Problem・Hypothesisで診断の地図を描く
黄疸を前にしてすぐに肝炎や胆石を疑いたくなりますが、臨床推論ではまず「何が起きているのか?」を構造的に捉えることが大切です。
ここでは、Fact(事実)・Problem(医学的再定義)・Hypothesis(鑑別展開)に沿って思考を整理していきます。
🧩 Fact(事実)|患者から得られた生の情報
- 目が黄色くなった気がする(家族に指摘された)
- 尿の色が濃くなった
- 白っぽい便が出た
- 皮膚がかゆい
- 熱はない、体調は「少しだるい程度」
🔍 Problem(医学的に意味づけされた問題)
- Scleral icterus(強膜黄染)があり、血中ビリルビン上昇を示唆
- Dark urine(暗色尿) → 抱合型ビリルビン上昇
- Pale stool(灰白色便) → 胆汁の腸管排泄障害
- Pruritus(皮膚掻痒) → 胆汁うっ滞の所見
→ 以上より、この黄疸は胆道の閉塞による後肝性(Post-hepatic)の可能性が最も高いと判断できます。
🧠 Hypothesis(鑑別診断)|VITAMIN CDE分類に基づいて重み付け
- ★ Neoplastic(腫瘍性):膵頭部癌、胆管癌、乳頭部癌(特に60歳以上+体重減少あり)
- ★ Infectious / Obstructive:胆道結石、胆管炎(Charcot triadありなら緊急対応)
- ★ Iatrogenic:胆道手術歴、ERCP後の狭窄、薬剤性胆汁うっ滞(抗菌薬、抗精神病薬など)
- ☆ Autoimmune:PBC(初期は掻痒のみで気づかれやすい)、PSC(IBD合併)
- ☆ Infectious:ウイルス性肝炎(A〜E、特に若年者や海外渡航歴あり)
- △ Metabolic:Gilbert症候群(非抱合型、間欠的黄疸)
- △ Congenital:胆道閉鎖症(小児)、Rotor/Dubin-Johnson症候群など
🔎 NTK(Need To Know):
- 尿・便の色、掻痒感 → 胆汁の流れが遮断されているか
- 発症様式(急性 or 徐々に) → 結石 or 腫瘍 or 慢性疾患か
- 体重減少・倦怠感・熱 → 悪性疾患 or 感染症 or 炎症性疾患の示唆
このように、黄疸は「ビリルビンがどこで滞っているのか?」を見極めることで、病態の方向性を問診前から仮説化できるサインです。
次のステップでは、これらの仮説を確かめるために、問診で何を聞きにいくか?をOPQRST+PAM HITS FOSSで明確にしていきます。
Step 1:問診で見極める黄疸のタイプと原因|OPQRST+PAM HITS FOSSの活用
黄疸に対する問診では、“いつから・どう始まり・何が伴っているか”を確認するだけで、かなりの病態分類が可能になります。
また、肝炎ウイルスの感染リスクや薬剤歴、手術歴などを丁寧にたどることで、検査に進む前からかなり絞り込めることも少なくありません。
ここでは、OPQRSTとPAM HITS FOSSの2つの軸で、問診の組み立てを整理してみましょう。
🕒 OPQRST:症状の経過と質から病態分類を進める
- O(Onset): 黄疸はいつから? 急激? 徐々に? 間欠的?
- P(Provoking / Palliating): 食事・薬・飲酒・感染など誘因は?
- Q(Quality): 強膜黄染、暗色尿、灰白色便、掻痒感などの変化
- R(Radiation): 背部への放散痛(胆道系疾患で参考になる)
- S(Severity): 掻痒の強さ、ADLへの影響
- T(Timing): 日内・週単位の変動があるか、間欠的か持続的か
🔍 発症様式の違いが示唆する鑑別:
- 急性発症: A型肝炎、胆道結石、薬剤性肝障害など
- 亜急性〜慢性: B型・C型肝炎、自己免疫性肝疾患、悪性腫瘍
- 間欠的黄疸: Gilbert症候群、乳頭部腫瘍、可動性胆石(動揺性黄疸)
📚 PAM HITS FOSS:背景因子からリスクを洗い出す
病歴をPAM HITS FOSSに沿って確認すると、黄疸の原因に迫る重要な手がかりが得られます。特に肝炎ウイルスや自己免疫、悪性腫瘍のリスクを見逃さないことが大切です。
- P(Past medical history): 以前にも同様のエピソードがあったか、 肝炎、胆石、溶血性貧血、PBC・PSC・AIHなど
- A(Allergy): 肝障害を起こしやすい薬剤へのアレルギー
- M(Medications): スタチン、抗生剤、抗てんかん薬、免疫抑制薬など
- H(Hospitalization): 過去の入院歴(肝胆道系、輸血含む)
- I(Injury): 腹部打撲や外傷歴(肝損傷)
- T(Trauma): 手術や処置による胆管損傷(術後狭窄)
- S(Surgery): 胆嚢摘出、ERCP、肝生検・切除など
- F(Family history): 肝疾患、溶血性貧血、PBC・AIHなどの家族歴
- O(OBGYN): 妊娠歴、妊娠性胆汁うっ滞、PBCリスク
- S(Social history): 飲酒、喫煙、職業(薬品・化学物質)、注射薬物使用(IVDU)
- S(Sexual history): HBV・HCVのリスクとなる性行為歴、MSM(男性間性交)
🦠 肝炎に特異的な問診事項(感染リスク評価)
- 輸血歴: 特に1990年代以前 → HCVの感染歴を疑う
- 健康診断歴: 肝機能異常や肝腫瘍の偶発的指摘がなかったか?
- 海外渡航歴: 発展途上国(南アジア・東南アジア・アフリカなど) → HAV・HEV
- 飲食歴: 生牡蠣・生肉・井戸水など → A型/E型肝炎のリスク
- 刺青・ピアス・針治療・注射器の共用: B型・C型肝炎リスク
これらの情報は、検査や画像の前に臨床的な病態分類を確定に近づける極めて強い武器となります。
次のステップでは、こうして立てた仮説に対して、身体所見から「ルールイン/ルールアウト」していく方法を整理します。
Step 2:身体診察で見極める黄疸のサイン|視診・触診・POCUSの使いどころ
問診で病態の方向性がある程度絞れたら、次は身体診察で仮説を「ルールイン/ルールアウト」していきます。
黄疸の診察では、「視診」が極めて重要で、かつ「POCUS(Point-of-Care Ultrasound)」の活用が診断スピードを一気に高めてくれます。
👀 第一印象(At-a-glance impression)で拾うべき所見
- 皮膚全体の色調: 黄染の有無、左右差や部位による違い(手のひら・足底・顔)
- 強膜黄染(Scleral icterus): 最も早期に出現する黄疸の所見
- 体型・栄養状態: 悪液質、筋肉減少 → 慢性肝疾患や腫瘍のサイン
- 意識レベル・会話の滑らかさ: 肝性脳症や薬剤性中毒の可能性に注意
※皮膚が黒い・色素沈着がある方では、強膜の観察が特に有用です。
🧠 頭頸部の診察
- 眼球: 強膜黄染(scleral icterus)
- 口腔粘膜: 貧血、ビタミン欠乏、酒臭、アンモニア臭(肝性脳症)
- 頸部リンパ節: 肝腫瘍や悪性リンパ腫、感染性疾患の評価
🫁 胸部・心肺の診察
- 呼吸音: 肝性胸水、低アルブミンによる胸水貯留の鑑別
- 心雑音: 感染性心内膜炎、心不全性肝障害などを想起
🩺 腹部の診察
- 肝腫大: 辺縁の硬さ・表面の凹凸 → 肝癌・慢性肝疾患
- Murphy徴候: 胆嚢炎・胆管炎の評価(右季肋部圧痛)
- Courvoisier徴候: 無痛性胆嚢腫大 → 膵頭部癌・胆管癌の可能性
- 脾腫: 溶血性黄疸・門脈圧亢進(肝硬変)
- 腹水: 波動・膨隆・下腹部の膨満感
🦶 四肢・皮膚・末梢の所見
- 手掌紅斑: 慢性肝疾患に特異的
- クモ状血管腫: 肝硬変の皮膚所見
- 爪の変化:
- Terry’s nails: 近位2/3が白くなる(肝硬変や慢性疾患)
- 爪のクラブ変形(clubbing): PBC、肺疾患、悪性腫瘍など
- 下腿浮腫: 低アルブミン血症、肝性浮腫
- 掻破痕: 掻痒感の有無と程度を評価(胆汁うっ滞)
🖥 POCUSで確認すべき胆道系・肝臓の所見
ベッドサイドエコー(POCUS)は、肝胆道疾患の初期評価において最も有効なツールの一つです。特に「暗色尿+白色便+強膜黄染」などを訴える患者には、即座に使用すべきです。
- 胆嚢: 胆嚢腫大、胆石、壁肥厚、Murphy徴候の再現
- 胆管: 総胆管径の拡張(>6mm)、内部エコー(結石・腫瘍)
- 肝実質: 脂肪肝(肝腎コントラスト↑)、腫瘍(腫瘤影)、表面不整
- 門脈・脾臓: 門脈拡張、脾腫 → 門脈圧亢進
- 腹水: 自由水の貯留、フィブリン索の有無
特に胆道系の閉塞を疑う症例では、胆嚢腫大+胆管拡張を押さえることで迅速な後肝性黄疸の診断が可能となります。
このように、黄疸の身体診察は単なる「見る診察」ではなく、「仮説を検証するための思考ツール」として機能します。
次は、どの検査・画像が最も効果的かを考える段階に進みましょう。
Step 3:検査と画像で確定診断へ|ビリルビン分画・肝機能・エコー・CTの活用戦略
身体診察で仮説が立てば、次に行うべきは「検査でそれを裏づける」作業です。
黄疸では、血液検査+画像検査の組み合わせで病態分類と原因検索を効率よく進めることが可能です。
🩸 血液検査の第一歩:ビリルビンと肝酵素パターンを読み解く
- T-Bil(総ビリルビン): 2.0〜2.5 mg/dL以上で肉眼的黄疸が出現
- Direct / Indirect Bil: 抱合型上昇(後肝性)、非抱合型上昇(前肝性)
- AST/ALT: 肝細胞障害の指標(ALT優位で肝炎を示唆)
- ALP・γGTP: 胆汁うっ滞を示唆(後肝性で上昇)
- LDH: 溶血性黄疸を示唆(前肝性)
- PT-INR: 肝合成能の評価(慢性肝障害・急性肝不全の指標)
🔎 ポイント: AST/ALT↑が目立てば肝性黄疸、ALP・γGTP↑が目立てば胆道閉塞を考える。
🦠 ウイルスマーカーと自己免疫マーカー
- HAV IgM: 急性A型肝炎の確認
- HBsAg / HBeAg / HBV DNA: B型肝炎の活動性評価
- HCV抗体 / HCV RNA: C型肝炎のスクリーニングと確定診断
- HEV IgM: E型肝炎(最近は稀だが渡航歴ある場合に)
- ANA / AMA / SMA: 自己免疫性肝疾患(AIH・PBCなど)の評価
🔎 ポイント: 若年者や渡航歴、飲食歴からHAV・HEV、
慢性的な肝機能障害や女性中年以降ではPBC・AIHも疑う。
🧬 HBV(B型肝炎)マーカーの読み方と診断アルゴリズム
HBVマーカーは複雑に見えますが、以下の主要3項目を組み合わせて解釈することで、感染の状態・時期・感染力を把握できます。
🔹 主なHBVマーカー
- HBsAg(表面抗原): 現在感染中であることを示す
- Anti-HBs(表面抗体): 免疫あり(ワクチン接種または過去感染)
- Anti-HBc(核心抗体・IgG): 現在または過去の自然感染(ワクチンでは上昇しない)
- Anti-HBc IgM: 急性期の感染または再活性化
- HBeAg(e抗原): ウイルス複製活性が高く、感染力が強い
- HBV-DNA: ウイルス量(活動性の評価・治療モニタリング)
🧭 組み合わせで見る診断パターン
HBsAg | Anti-HBs | Anti-HBc(IgG) | 解釈 |
---|---|---|---|
+ | − | + | 現在感染中(急性 or 慢性) |
− | + | + | 過去に感染し、回復・免疫あり |
− | + | − | ワクチン接種による免疫 |
− | − | + | 感染既往だが免疫獲得不十分?(“isolated anti-HBc”) |
+ | − | + | 慢性キャリア or 活動期 |
補足:
- Anti-HBc IgM(+): 急性B型肝炎の診断に有用
- HBeAg(+)+HBV-DNA高値: 感染力強く、治療検討対象
- HBeAg(−)でもHBV-DNAが高い: e抗原陰性変異型(HBeAg陰性活動性B型肝炎)
🔎 ポイント: 「HBsAg(+)でAnti-HBc IgM(+)」なら急性期を示唆、
「HBsAg(+)でAnti-HBc IgG(+)かつHBeAg(+)・HBV-DNA高値」なら活動性慢性B型肝炎と考えましょう。
🚽 尿検査(尿定性)で病態を早期に見分ける
黄疸を訴える患者において、尿の色と尿定性の組み合わせは初期分類に極めて有用です。
🔹 注目すべき項目
- 尿ビリルビン: 抱合型(直接型)ビリルビンのみ陽性 → 肝性・後肝性
- 尿ウロビリノーゲン:
- ↑:前肝性(溶血によるビリルビン増加)
- ↓または(−):後肝性(腸管への排出が遮断される)
- ±:肝性(パターンにより多様)
- 尿蛋白・潜血・糖: 慢性肝疾患や腎合併症のスクリーニング
🔍 尿所見の読み分け例
尿ビリルビン | 尿UBG | 示唆される病態 |
---|---|---|
− | ↑ | 前肝性(溶血性) |
+ | − | 後肝性(胆道閉塞) |
+ | ± | 肝性(肝炎・肝障害) |
🔎 ポイント:「尿が濃い=抱合型↑」は大切なRed flag。
特に画像がとれない状況では、尿定性が病態の3分類を大きくサポートします。
🖥 画像検査のステップ:腹部エコー→CT→MRCP
① 🖥 POCUS・腹部エコーで行う肝胆道系の系統的評価
POCUS(Point-of-Care Ultrasound)は、黄疸の原因をその場で絞り込むための強力なツールです。
特に肝実質、胆嚢、総胆管、門脈系、脾臓、腹水までを系統的に観察することで、病態の全体像が見えてきます。
🔍 1. 肝実質の評価
- エコー輝度: 脂肪肝では高エコー+posterior attenuation
- 肝腎コントラスト: 肝臓の輝度が腎皮質よりも強い → 脂肪肝の指標
- 肝表面: 凸凹・不整 → 肝硬変の進行所見
- 肝腫瘤: 腫瘍、嚢胞、膿瘍、転移などの評価
🔍 2. 胆嚢と胆管の評価
- 胆嚢腫大: 胆道閉塞のサイン(Courvoisier徴候に対応)
- 壁肥厚: 胆嚢炎(急性で3mm以上)
- 胆石・Sludge: 音響陰影の有無で判別
- 胆嚢内ガス: 胆嚢気腫・感染
- 総胆管拡張: 6mm以上は閉塞の可能性(高齢者では7mmまで許容)
🔍 3. 門脈・脾腫・腹水
- 門脈径の拡張: 門脈圧亢進の所見(通常13mm以下)
- 脾腫: 門脈圧亢進、溶血性疾患の指標
- 腹水: 肝硬変・悪性疾患・低アルブミン血症などを示唆
📏 4. 定量的エコー評価(施設による)
- ATI(Attenuation Imaging): 脂肪肝の定量評価
- CAP(Controlled Attenuation Parameter): 超音波振動法による脂肪肝の評価
- FibroScan: 肝線維化の程度を非侵襲的に評価
🔎 ポイント: 胆道閉塞を疑う場合は、「胆嚢腫大+総胆管拡張」をまず確認。
一方、肝硬変を疑う場合は、「肝表面不整+脾腫+腹水+門脈径」に注目しましょう。
② CT(腹部造影CT)
- 膵頭部腫瘍: 無痛性胆嚢腫大+胆管拡張を伴う場合に
- 胆管癌: MRCPと併用し狭窄部位の精査
- 肝腫瘍: HCCや転移性腫瘍の評価
③ MRCP(磁気共鳴胆管膵管撮影)
- 胆管狭窄・乳頭部病変: ERCPの前段階として有効な非侵襲的評価法
📊 肝硬変・脂肪肝の定量評価に使える血液学的・非侵襲的指標
黄疸の原因が慢性肝疾患や脂肪肝によるものであれば、肝線維化や肝硬変の進行度を定量的に評価することが重要になります。
以下のようなスコアやマーカーは、侵襲的検査なしに病態を把握する上で非常に役立ちます。
🔸 肝硬変・線維化のスコアリング
- Child-Pugh分類: 肝性脳症、腹水、T-Bil、Alb、PT-INR で分類
- MELDスコア: ビリルビン・クレアチニン・INRで重症度評価
- FIB-4 index: 年齢・AST・ALT・血小板数から計算されるスクリーニング指標
- M2BPGi: 肝線維化の進行を反映する血中マーカー(上昇で進行性を示唆)
🔸 非侵襲的脂肪肝評価
- ATI(Attenuation Imaging): 超音波減衰値による脂肪量の評価
- CAP(Controlled Attenuation Parameter): FibroScanに付随した脂肪肝指標
- FibroScan: 肝硬度(kPa)を評価 → 線維化ステージ推定に有用
🔎 ポイント: 慢性肝疾患の患者では、これらの指標を組み合わせることで予後評価や専門医紹介のタイミング判断にも活用できます。
これらの検査を組み合わせることで、黄疸の「どこで詰まっているか?」「何が詰まらせているか?」が明確になります。
次は、ここまでの情報をもとに、冒頭で紹介した症例に立ち返り、アプローチを一つずつ当てはめて振り返ってみましょう。
🔁 症例で振り返る|Step 1〜3のアプローチを実践で再現する
さて、ここまでStep 1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。
🗣 Step 1:問診の振り返り(Fact → Problem → Hypothesis)
医師:「今日はどうされましたか?」
患者:「2〜3日前から、尿の色がやけに濃い気がして…。あと、目が黄色いと言われて…。」
医師:「便の色や体のかゆみなど、他に変わったことはありますか?」
患者:「便がちょっと白っぽくて、なんだか肌がかゆい感じもあります。」
さらに、以下を確認:
- OPQRST: 発症は2〜3日前、急性発症・持続中
- PAM HITS FOSS: 特記すべきは胆石の既往と飲酒歴。海外渡航や薬剤歴はなし
💡 この時点の整理:
- Fact: 強膜黄染、暗色尿、白色便、掻痒感
- Problem: 抱合型ビリルビン優位の持続性黄疸 → 胆汁うっ滞性黄疸
- Hypothesis:
- ★ 膵頭部癌・胆管癌(高齢者・持続性・白色便)
- ★ 胆管結石・胆道炎(急性発症・右季肋部痛)
- ☆ PBC(掻痒感が先行、女性に多いが念のため)
🩺 Step 2:身体診察の振り返り
ぱっと見た印象: 目立つ強膜黄染、皮膚の掻破痕あり、体型はやや痩せ型。意識は清明。
視診・触診・打診・聴診を系統的に:
- 眼球:強い scleral icterus
- 腹部:右季肋部軽度圧痛あり、胆嚢は触れず、腹水なし
- 皮膚:掻破痕、クモ状血管腫なし、Terry’s nails や clubbing は認めず
- POCUS 所見:
- 胆管拡張あり(総胆管径 8mm)
- 肝腫瘍なし、肝表面も比較的滑らか
- 脾腫・腹水なし
- 胆嚢は腫大しているが、典型的な echogenic focus with posterior acoustic shadow(胆石を示す所見)は明らかではなかった
💬 この時点でのつぶやき:
「肝実質はそこまで荒れてない。胆管拡張+白色便=やっぱり閉塞性。石影が見えない…となると、腫瘍の可能性が高いかもしれない。」
所見の総合評価:
明らかな胆汁うっ滞を示す皮膚所見とエコー所見。特に胆嚢腫大と胆管拡張がそろっており、結石の像はなし。
→ 胆道系の閉塞(非結石性、すなわち腫瘍性病変)の可能性がより高まった。
🧪 Step 3:検査と画像の振り返り
- 血液検査: T-Bil 6.2、Direct 4.8、AST/ALT 軽度上昇、ALP/γGTP 著明上昇、PT-INR 正常
- 尿検査: 尿ビリルビン(+)、UBG(−)→ 抱合型ビリルビン↑・胆道閉塞を支持
- ウイルスマーカー: 全て陰性(HAV IgM, HBsAg, HCV Ab, HEV IgM)
- 自己免疫マーカー: AMA, ANA 陰性
- CT: 膵頭部領域に充実性腫瘤あり、胆管拡張・胆嚢腫大も確認
- MRCP: 胆管狭窄部位の確認 → 乳頭部〜遠位胆管にかけて不整像
🧠 検査からの判断:
→ 胆道閉塞性黄疸、膵頭部癌が最も疑わしい。肝酵素より胆道系酵素が著明に上昇、腫瘍像あり。
結論:
現時点では膵頭部癌による閉塞性黄疸が最も強く疑われ、専門科への紹介と組織確定診断が必要。
このように、Step 1〜3を通じて閉塞性黄疸が疑われ、画像でも膵頭部腫瘍を確認したことで、診断の方向性がはっきりしてきました。
ではこの段階で、どのような基準で専門医に紹介し、どの検査や情報を整えておくべきでしょうか?
次は、専門医に相談・紹介する際のポイントと実務的な準備について整理していきます。
11. 専門医に紹介するとき|紹介基準と事前にやっておくべき評価
黄疸の症例では、鑑別が広い一方で、放置すれば重篤化する疾患(悪性腫瘍・胆管炎・肝不全など)も多く含まれます。
そのため、診断がついていなくても「この段階で専門医に相談すべきか」を常に意識しておく必要があります。
📌 専門医紹介が推奨されるタイミング
- 膵頭部癌・胆管癌が疑われる場合: 画像で腫瘤を認める or 閉塞所見あり
- 胆管結石・胆道炎: 発熱・右季肋部痛・黄疸(Charcot triad)→ 緊急処置の対象
- 肝硬変・肝不全が進行: 高アンモニア血症・腹水・PT延長など
- 自己免疫性肝炎・PBC・PSC: マーカー陽性 or 胆汁うっ滞+画像異常
- 原因不明の持続的黄疸: 一般医でのフォローで限界を感じた場合
🧾 紹介前にやっておくとスムーズな検査・情報整理
紹介先: 消化器内科、肝胆膵外科、肝臓内科など
🔹 最低限まとめておくべき検査
- 血液検査: T-Bil(分画)、AST/ALT、ALP/γGTP、LDH、PT-INR、Plt
- ウイルス関連: HAV IgM, HBsAg, Anti-HBc IgG/IgM, HCV Ab
- 自己免疫マーカー: ANA, AMA, SMA
- 腫瘍マーカー(状況に応じて): CEA, CA19-9, AFP
- 画像所見: 腹部エコー(POCUS)、CT、MRCPの所見レポート or 画像コピー
- 尿検査: 尿ビリルビン、ウロビリノーゲン、蛋白・潜血
🗂 その他まとめておきたい情報
- 既往歴・飲酒歴・薬剤歴(特に肝毒性)
- 旅行歴・輸血歴・ワクチン歴・性交渉リスクなど
- 症状経過(OPQRST)+ 自覚・他覚症状の変化
このように、紹介時には「単なる依頼」ではなく、疑っている疾患と仮説、確認済みの検査項目を明示することが重要です。
次のセクションでは、そうした診療を支えるちょっとした問診・診察の工夫、すぐに使えるTipsを紹介します。
12. Tips|問診と身体診察のコツ
黄疸という症候は“目に見えるサイン”だからこそ、ちょっとした工夫が診断精度に大きく影響します。
ここでは、特に初期対応・問診・診察の現場で役立つコツをピックアップしてご紹介します。
🗣️ 問診のコツ
- 患者の第一声(尿・目・皮膚など)を丁寧に拾う:「尿が濃い」「目が黄色い」といった言葉の順序にも注目
- 便の色は必ず尋ねる: 白色便=胆汁の流れが塞がれているサイン
- “かゆみ”は黄疸に先行することがある: 特にPBCでは初発症状に
- 旅行歴・薬剤歴・サプリメントの使用歴も丁寧に
- MSM・Tattoo・注射歴など、肝炎リスクの聴取は丁寧に(性歴も重要)
👀 身体診察のコツ
- 自然光で scleral icterus を確認:蛍光灯では見逃すことも
- “体幹・手掌・口腔粘膜”など全身をしっかり見る(掻破痕・皮膚色・粘膜)
- 腹部視診+打診・聴診で腫大・腹水・腸雑音を評価
- POCUSは非常に有用:
- 肝臓・胆嚢・胆管の構造を視覚化
- “胆嚢の腫大+胆管拡張”は閉塞性黄疸のシグナル
- 肝硬変の所見: クモ状血管腫、腹水、脾腫、手掌紅斑、Terry’s nails など
💡 Clinical Pearl
“The eyes may see yellow before the labs do.”
― Clinical adage in hepatology
目で見る観察の力を忘れずに。強膜黄染は、時に検査よりも早く黄疸の始まりを教えてくれます。
それでは次に、英語で診察する際に役立つ表現や言い回しを整理していきましょう。
14. Useful Medical Expressions|診察で使える英語表現
- “Your eyes look slightly yellow.”(目が少し黄色く見えます)
- “Have you noticed any change in your urine or stool color?”
- “Do you have any itching?”(かゆみはありますか?)
- “We’ll do some blood tests to check your liver and bile ducts.”
- “You may need an ultrasound to look at your liver and gallbladder.”
- “This might be caused by a blockage or inflammation.”
15. Layman’s Terms & Idioms|患者向けのやさしい言葉
- scleral icterus → “yellowing of the eyes”
- cholestasis → “bile is not flowing properly”
- bilirubin → “a yellow substance made in the liver”
- liver function test → “a blood test to check how your liver is working”
- obstructive jaundice → “yellowing due to a blockage in the bile flow”
- itching from bile buildup → “bile can make your skin itchy”
🔁 Idioms(覚えておくと便利な表現):
- “Your liver is under stress.”(肝臓に負担がかかっています)
- “We’re trying to find the root cause of your jaundice.”(黄疸の原因を調べています)
16. Medical English Glossary|肝胆道疾患によく出る用語と発音注意
英語 | 意味 | 発音・注意点 |
---|---|---|
Jaundice | 黄疸 | ジョーンディス(×ジョンディスに注意) |
Scleral icterus | 強膜黄染 | “scleral”はスクレラル(×スクリラル) |
Cholestasis | 胆汁うっ滞 | コーレステイシス(×チョレスタシス) |
Pruritus | 掻痒(かゆみ) | プルーライタス(医療者にも難読) |
Hepatitis | 肝炎 | ヘパタイティス |
Bilirubin | ビリルビン | ビリルービン(語尾がブリンではない) |
Gallbladder | 胆嚢 | “gall”と“bladder”を区切って発音 |
Pancreatic head mass | 膵頭部腫瘤 | “pancreatic”はパンクリエティック |
Obstructive jaundice | 閉塞性黄疸 | obstructive=ブロックによる |
Ultrasound | 超音波検査 | ×エコー(和製英語) |
以上の表現や単語は、英語診療やOET受験、海外研修でも頻繁に登場します。
英語で診るときは、「難しい用語より、患者が“どう伝わるか”」を意識してみましょう。
17. 記事のまとめ|黄疸から広がる診療の視野
黄疸は、“目に見える異常”だからこそ、臨床現場で最も早く気づけるサインのひとつです。
それと同時に、その背後には感染症、悪性疾患、代謝性疾患、薬剤性、免疫疾患など、多岐にわたる原因が潜んでいます。
この記事では、黄疸を見たときにどんな順番で考えるか、どのような問診・身体診察・検査が必要かを、初期研修医・医学生の視点に立って整理しました。
問診では便色・尿色・かゆみ・薬剤歴・旅行歴・性歴・MSMなど、見逃されがちな情報が診断の分岐点になることもあります。身体所見ではscleral icterusの確認・腹部膨隆・POCUSによる胆管拡張の評価などがカギとなります。
大事なのは「黄疸」という症候だけで終わらせず、その“背後にある病態”に目を向けること。
その視点があれば、自然と必要な検査・画像選択・専門医へのコンサルトも見えてくるはずです。
この記事が、あなたの明日の診察室で「目の色を変えて黄疸を診る」きっかけとなれば嬉しいです。
18. 他記事へのリンク|関連症候・英語版記事もぜひ
- 発熱の診かた|感染症との見極め方と身体所見の活かし方
- 腹痛の診かた|問診から緊急疾患を見抜くロジック
- 体重減少の診かた|悪性疾患・内分泌・吸収障害の鑑別
- 【English】How to Approach Jaundice – Step-by-Step Clinical Reasoning
19. Reference|参考文献
- 住本賢一(編). 肝胆膵疾患のすべてがわかる本. 医学書院, 2021.
- 日本消化器病学会. 肝疾患診療ガイドライン2023. 南江堂.
- UpToDate: Clinical approach to the patient with jaundice or asymptomatic hyperbilirubinemia.
- Goldman-Cecil Medicine 26th Edition. Chapter 147: Approach to the Patient with Liver Disease.
- Oh’s Intensive Care Manual, 8th Edition. Hepatic failure and bilirubin metabolism.