「最近もの忘れがひどくて…」そんな訴えをどう評価する? 治療可能な認知症、見逃していませんか?
✅この記事で学べること(3つ)
- 記憶障害にアプローチするための系統的な問診・診察の方法
- 「治療可能な認知症(treatable dementia)」を見抜くためのチェックポイント
- 日常診療で見落とされやすい記憶障害の鑑別と注意点
🧓 導入症例
「最近よく名前を忘れるし、財布をどこに置いたかも思い出せなくて…年のせいかなと思ってたけど、ちょっと不安になってきました。」
🧭 どう考える?(第一印象・アプローチ)
さて、
初診外来を任されたり、救急当直をしていると、「物忘れがひどくて…」という患者さんによく出会うようになります。
特に、既往に認知症がある方が「また物忘れで…」と受診されると、「まずは研修医でお願い!」とか「とりあえず話だけ聞いてあげて!」なんて任され方をするかもしれません(私もよく、お話聞き要員に駆り出されています…)。
もし、もともと認知症がある84歳のおじいちゃんが、症例のようなことを言ってきていたらどう考えますか?
きっと(認知症の症状なんだし、特に何もないでしょ、、、)
と考えてしまいがちではないでしょうか
でも実は、そういうケースの中に、「絶対に見逃しちゃいけない人」が紛れていることもあるんです。
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「物忘れ」と聞くと、つい「年のせいかな?」「認知症じゃないか?」と反射的に思ってしまいがち。でも、“物忘れ”にもいろんな顔があります。
たとえば、「冷蔵庫を開けて…あれ、何取りに来たんだっけ?」というような、誰にでもある“うっかり”もあれば、「昨日会った人の名前が思い出せない」「道に迷って帰れなくなった」といった、ちょっと気になる変化もあります。
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実は、“記憶力の低下”の背景には、さまざまな原因が隠れているんです。
うつ病の一症状として出てくることもあれば、睡眠不足、極度のストレス、甲状腺の病気、ビタミンB12の不足、あるいは薬の副作用などでも、似たような訴えになります。
こうした変化って、患者さん自身よりも、むしろ家族のほうが先に気づくことが多いんですよね。
私の経験でも、「最近ちょっと変だな…」と感じて受診する人より、家族に連れられてくるケースのほうが印象に残っています。
「本人はあまり自覚がないけれど、最近お金の管理がうまくできなくて…」という背景に、実は“治療できる認知症(treatable dementia)”が隠れていたということもあります。
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だからこそ大事なのは、
「これは加齢によるもの?それとも進行性の認知症?」と決めつける前に、
「治療できる原因があるかもしれない」という視点を持つこと。
たとえば、正常圧水頭症、甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏、慢性硬膜下血腫、薬剤性など――
“治せる認知症”を最初に拾えるかどうかが、初期診療での重要なカギになるんです。
つまり、患者さんの言葉の奥にある“いつもと違う”を丁寧に拾いながら、
「これは本当に年齢だけの問題か?」と自分に問い続ける姿勢が、記憶障害に向き合う第一歩になります。
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あなたの目の前にいるその人は、 ただおしゃべり好きな穏やかなおばあちゃんなのか、 それとも、いま正しくアプローチしないと後悔するかもしれない大事なサインを出している人なのか――
「とりあえず研修医で」と任されたその患者さん、
実は最初にあなたが診なければいけない、大切な“治療のチャンス”かもしれません。
「記憶障害」に正しく向き合う方法を、ここから一緒に学んでいきましょう。
まずはFPH法で、「物忘れ」を分解していきましょう
🔍 Fact / Problem / Hypothesis
■ Fact(事実)
「最近もの忘れが増えた」「自分の年齢や場所は言えるが、昨日の出来事が思い出せない」
■ Problem(再定義)
「年齢相応を超えた記憶力の低下」「エピソード記憶中心の障害」「進行性かつ日常生活に影響」
■ Hypothesis(仮説)
- Vascular:脳血管性認知症
- Infectious:梅毒、HIV、脳炎
- Toxic / Trauma:アルコール性、頭部外傷後、慢性硬膜下血腫
- Autoimmune:自己免疫性脳炎
- Metabolic / Endocrine:甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏
- Neoplastic:頭蓋内腫瘍、正常圧水頭症
- Degenerative:アルツハイマー型、レビー小体型、前頭側頭型など
- Delirium / Depression:せん妄、うつ病性仮性認知症
🔎 Step 1:問診(OPQRST + PAM HITS FOSS)
🕒 OPQRST:記憶障害としての時間軸を把握する
- Onset:いつから?
- Progression:進行性か?
- Quality:物忘れの内容は?(出来事・約束・人の名前など)
- Severity:ADLや生活にどれほど影響しているか?
- Associated symptoms:抑うつ、不眠、頭痛、ふらつき、嗅覚障害など
👤 背景情報(PAM HITS FOSS)
- 薬剤歴(抗コリン薬、睡眠薬、抗精神病薬など)
- アルコール歴(Wernicke脳症や慢性アルコール中毒)
- 頭部外傷歴(慢性硬膜下血腫の可能性)
- 甲状腺疾患歴(甲状腺機能低下による仮性認知症)
- 感染症歴(HIV、梅毒、脳炎)
- 心理社会的背景(うつ病性仮性認知症)
👩⚕️ Step 2:身体診察(所見・感度特異度)
- 意識レベル(せん妄がないか)
- 表情、反応の速さ、感情表現(うつ傾向の評価)
- 歩行(歩幅が狭い、すり足歩行=正常圧水頭症を示唆)
- 神経学的異常(左右差、病的反射、視野欠損)
- Mini-Mental State Examination(MMSE)による定量評価
🧪 Step 3:検査・画像
「うつかと思ってたら水頭症だった…というケースもある。まずはtreatable dementiaを除外しよう。」
🧫 検体検査
- 甲状腺機能(TSH, Free T4)
- ビタミンB12、葉酸
- 梅毒血清反応(TPHA, RPR)
- HIV抗体
- 電解質異常、肝腎機能、血糖
🧠 画像検査
- 頭部CT/MRI:NPHや慢性硬膜下血腫、脳腫瘍の除外
- SPECTやFDG-PET:早期アルツハイマーの診断補助
ここまで「物忘れ」へのアプローチの仕方を学んできました
次は実際に、症例に当てはめて考えて行きましょう
🔁 症例で振り返る
Step 1:問診の振り返り
患者:「最近、名前や場所をよく忘れるんです。昨日のご飯も思い出せなくて…」
医師の考え:「ADL低下もあって進行性。treatable dementiaも含めて鑑別したい。」
- Fact:近時記憶障害、ADL低下、進行性
- Problem:進行性・非可逆的な認知機能障害
- Hypothesis:NPH、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下、アルツハイマー型
Step 2:身体診察の振り返り
- 歩行観察で「すり足」
- MMSEで時間の誤認・記名障害
「歩行障害と記憶障害のセット、これはNPHの可能性もあるかもしれない…」
Step 3:検査・画像の振り返り
- CT:側脳室拡大(NPHを示唆)
- 採血:ビタミンB12正常、TSH低下
- 梅毒・HIV陰性
「今のところ、正常圧水頭症の可能性が一番高そう。タップテストを依頼してみよう。」
💡 Tips(問診・身体診察のコツ)
- 認知症=アルツハイマーではない!まずtreatable dementiaを探す
- ADLの変化は家族からの情報が重要
- 歩行障害+記憶障害→NPHを忘れずに
- せん妄との鑑別には意識変動の有無を
📘 Clinical Pearls
“Not all memory loss is dementia, and not all dementia is untreatable.”
(すべての記憶障害が認知症とは限らない。そしてすべての認知症が治らないわけでもない。)
🗣️ Useful Medical Expressions(医療英語フレーズ)
- “How long have you been experiencing memory problems?”
- “Can you remember what you had for dinner yesterday?”
- “Have you noticed any changes in your ability to take care of yourself?”
- “Let’s do a quick test to check your memory and concentration.”
💬 Layman’s Terms & Idioms(患者向けの優しい言葉)
- 「ちょっと記憶のチェックをさせてくださいね。」
- 「年のせいかもしれませんが、他の原因も一緒に調べましょう。」
- 「治療できるものかどうか、念のため確認しますね。」
📖 Medical English Glossary(用語解説)
- treatable dementia:治療可能な認知症(正常圧水頭症、薬剤性、ビタミン欠乏など)
- MMSE:Mini-Mental State Examination(簡易認知機能検査)
- ADL:Activities of Daily Living(日常生活動作)
🧩 記事のまとめ
記憶障害を前にしたとき、「年のせい」と片付けてしまうのは簡単です。
でも、その奥に“治せる認知症”が潜んでいるかもしれない――そう思って診ることが、すでに第一歩かもしれません。
話を丁寧に聞いて、“いつもと違う”を拾うこと。少しでもおかしいと思ったら、背景を掘り下げてみること。
たったそれだけの姿勢が、患者さんの「これから」を守る一歩になることもあります。
ちなみに、「treatable dementia(治療可能な認知症)」という言葉は英語圏の初期診療でもよく使われます。
“Dementia”というとどうしても不可逆で進行性なものと思いがちですが、実際にはreversibleな原因が隠れているケースも。
医学生の頃、”Not all dementia is irreversible.”という一文を読んでハッとしたことがあります。
あのときの感覚は、今も診察室の片隅に残っています。
今日もお疲れ様でした。
これで、外来で出会う「もの忘れ」の相談に、少しだけ自信を持って向き合えるかもしれません。
🔗 他の記事へのリンク
📚 References
- UpToDate: Evaluation of cognitive impairment and dementia
- 日本神経学会:認知症疾患治療ガイドライン2023
- American Psychiatric Association: DSM-5, Neurocognitive Disorders