「嘔吐=胃腸のトラブル」と決めつけていませんか?
実は、頭蓋内疾患、心筋梗塞、代謝性アシドーシスなど、嘔気・嘔吐は全身疾患のサインであることも少なくありません。
OSCEや実臨床で問われるのは、「どの順に、どう聞くか」「どのタイミングでRed flagを疑うか」です。
この記事では、よくある消化器疾患だけでなく、“見逃してはいけない嘔吐” に出会ったときにどう対応するか、
問診・身体診察・POCUS・検査のステップで具体的に考えていきます。
📘 この記事で学べること
- 嘔気・嘔吐の問診で見逃してはならない“危険なサイン”を見極める方法
― 単なる胃腸症状と片付けず、中枢神経・心疾患・代謝異常をどう見抜くか? - 身体診察・POCUSを活用した鑑別の絞り込み方
― 腹部膨満、イレウス、脱水、妊娠悪阻… ベッドサイドで何が分かるか? - 検査・治療に進む前に、“嘔吐の本当の原因”にたどり着く臨床推論力
― EuDKA、逆流、薬剤性など、意外な盲点をどう見つけるか?
🩺 導入症例(患者の生の言葉)
🚪 Doorway Information
- 年齢・性別:23歳 女性
- 主訴:吐き気と嘔吐
- バイタルサイン:BP 96/64 mmHg, HR 110/min, Temp 36.8℃, SpO₂ 99% (RA)
「すみません、ここ数日ずっと吐き気があって…
食べてもすぐ吐いちゃうし、水もあまり飲めなくて…」
「妊娠…ですかね? でも、そこまで心当たりはなくて…」
「病院に来るのはちょっと怖かったんですけど、
昨日から立ち上がるだけでクラクラして…」
このような症例、皆さんならどう対応しますか?
ここからは「第一印象」→「アプローチ方法」へと進めていきましょう。
🔎 嘔気・嘔吐の診かた|まずどう考える?第一印象と全体像の整理
ではここから、症候ベースでの臨床思考を始めていきましょう。
まずこの症例、若年女性の「嘔気と嘔吐」。そして、バイタルはやや不安定(頻脈+低血圧)。 妊娠?胃腸炎?…と見たくなる一方で、脱水+低血圧=Red Flagの可能性を忘れてはいけません。
ここで一旦、全体像を整理します。
🧠 嘔気・嘔吐に対する全体的アプローチの立て方
嘔吐は「消化器症状」に見えますが、実は中枢神経、代謝異常、薬剤性、精神科領域まで広く関わる症状です。 まずは以下の4分類で考えていくのが実践的です。
- ① 消化器性嘔吐(胃腸炎、閉塞、胆嚢炎、腫瘍 など)
- ② 中枢性嘔吐(頭蓋内圧亢進、髄膜炎、くも膜下出血 など)
- ③ 代謝性嘔吐(DKA、尿毒症、妊娠悪阻、薬剤性 など)
- ④ 心因性・その他(摂食障害、心筋梗塞、迷走神経反射 など)
ここまでで、嘔気・嘔吐という症状が“どれほど多くの臓器・疾患にまたがるか”を整理できました。
では次に、この患者さんの訴えをもとに、Fact(事実)→ Problem(定義)→ Hypothesis(仮説)の順に臨床推論を深めていきましょう。
🧩 嘔気・嘔吐の臨床推論|Fact・Problem・Hypothesisで整理する
まずは患者の「訴え(=事実)」を出発点として、臨床的な問題として再定義し、
そこから合理的な仮説(鑑別診断)へと進めていくステップを踏みましょう。
📌 Fact(事実の把握)
- 23歳の若年女性
- 主訴は嘔気と嘔吐(食事も水分も受けつけない)
- ここ数日で症状が持続しており、立ちくらみもある
- 月経については特に言及なし(妊娠に対する否定的な反応)
- Vital:低血圧+頻脈(BP 96/64 mmHg, HR 110/min)
📌 Problem(問題の定義)
得られたFactをもとに、以下のように医学的に定義し直します。
- 持続性かつ進行性の嘔気・嘔吐(Acute on subacute)
- 経口摂取困難+脱水徴候(頻脈・低血圧)
- 若年女性かつ妊娠の可能性が完全には除外されていない
このように定義し直すことで、“軽い胃腸炎”として流してはいけない背景が見えてきます。
📌 Hypothesis(鑑別診断の仮説)
続いて、VITAMIN CDEに沿って鑑別を展開していきましょう。ここでは現実的かつ優先度の高い疾患に絞ります。
- Infectious:ウイルス性・細菌性腸炎
- Metabolic:妊娠悪阻、尿毒症、甲状腺機能異常
- Idiopathic/Psychiatric:摂食障害、心因性嘔吐
- Toxic:薬剤性嘔吐(NSAIDs等)、食中毒
- Autoimmune:アジソン病(副腎不全)
- Neoplastic:婦人科腫瘍、消化管腫瘍
この段階での優先仮説: 妊娠悪阻、感染性腸炎、摂食障害
🧠 仮説に基づくNTK(Need To Know)
仮説が立ったら、次はそれを検証するために必要な情報(=NTK)を明確にします。
仮説 | 確認すべき情報(NTK) |
---|---|
妊娠悪阻 | ・最終月経(LMP) ・妊娠反応(hCG) ・妊娠歴(妊娠可能性、避妊の有無、性交歴) ・体重減少、尿中ケトン体 |
感染性腸炎 | ・発熱・腹痛・下痢の有無 ・周囲に似た症状の人がいないか(集団発生) ・生もの摂取歴、水分摂取状況 ・便性状(血便、水様など) |
摂食障害(過食嘔吐型) | ・体重変動、食事パターン、排出行動の有無 ・月経異常、自己評価の歪み(やせ願望) ・精神的ストレスや社会的背景 |
次のセクションでは、このNTKに沿ってどんな質問を、どの順番で聞いていくべきかを明確にしていきます。
Step 1:問診では、定番のOPQRST+PAM HITS FOSSを使って、系統的に情報を掘り下げていきましょう。
🗣 Step 1:問診|嘔気・嘔吐の原因を“聞き出す”コツ
嘔気・嘔吐の問診では、単なる「いつからですか?」だけでは不十分です。 嘔吐のパターン・内容・時間帯・関連症状・背景疾患や薬剤歴までを広く、そして深く掘り下げる必要があります。
ここではまず、問診の基本フレームであるOPQRSTから見ていきましょう。
① OPQRST で嘔吐の“意味”を読み解く
- O(Onset):急性?慢性?反復? └「初めての嘔吐ですか?どのくらい前から続いていますか?」
- P(Provocation/Palliation):誘因や軽減因子 └「何か食べたあとですか?寝る前や朝方に多いですか?」
- Q(Quality):嘔吐物の性状 └「どんなものを吐きましたか?匂いや色は?血や胆汁は混ざっていませんか?」
- R(Region/Radiation):関連部位 └「吐き気以外に、腹痛や胸の不快感はありますか?」
- S(Severity):頻度や重症度 └「1日に何回くらい?全く食べられないくらいですか?」
- T(Timing):時間帯、食事との関係 └「朝が多いですか?食後すぐ?それとも数時間後ですか?」
📝 Tips:嘔吐の内容でわかること
- 胆汁混じり(黄緑色) → 十二指腸通過後:下部消化管の可能性
- 血液混じり → 上部消化管出血(マロリーワイス、潰瘍、静脈瘤)
- 食物残渣 → 幽門狭窄、胃排出障害
- 噴水状 → 頭蓋内圧亢進、幽門狭窄(乳児)
② 随伴症状・関連する臓器のヒントを拾う
嘔吐という症状は多くの臓器の異常とつながっています。 以下のような関連症状(associated symptoms)にも必ず目を向けましょう:
- 発熱・下痢 → 感染性腸炎、敗血症
- 頭痛・視覚異常 → 脳腫瘍、髄膜炎
- 腹痛(上腹部) → 胆嚢炎、膵炎、胃潰瘍
- 体重減少 → 摂食障害、悪性腫瘍、内分泌疾患
- 意識変容・倦怠感 → 代謝性アシドーシス、尿毒症
📘 Column:嘔気・嘔吐と迷走神経反射
嘔気は単に胃の刺激ではなく、迷走神経反射 頻脈ではなく徐脈+発汗+冷感+吐き気のセットに注意しましょう。
③ PAM HITS FOSS で背景を整理する
嘔気・嘔吐は既往歴や薬剤・生活背景からも原因が見えることがあります。 定番の「PAM HITS FOSS」に沿って確認しましょう:
- Past Medical History:糖尿病、甲状腺疾患、腎不全、悪性疾患
- Allergy:食物・薬物アレルギー
- Medications:NSAIDs、抗生物質、SGLT2阻害薬、抗うつ薬など
- Hospitalization / Injury / Trauma / Surgery:術後の麻痺性イレウス、頭部外傷歴
- Family History:摂食障害、甲状腺疾患の家族歴
- OBGYN:妊娠可能性、月経不順
- Sexual History:避妊の有無、性交歴(妊娠の可能性評価)
- Social History:飲酒・喫煙・薬物使用・食生活・ストレス・睡眠状況
これらの情報を集めることで、「よくある嘔吐」なのか「Red flagを含む嘔吐」なのかを見極める土台ができます。 次は、Step 2:身体診察での見落としのない観察のしかたへと進みましょう。
🩺 Step 2:身体診察|嘔気・嘔吐に潜むRed Flagを見逃さない
嘔吐が主訴のとき、胃だけを診ていませんか?
実際には神経系・循環器・代謝系・感染症まで幅広く原因が存在します。
ここでは身体診察を以下の3ステップで整理します:
- 全身状態の観察とバイタルサイン
- Head-to-Toeの系統的診察
- POCUSの応用と“嘔吐の可視化”
① バイタルサインと全身観察
- 頻脈+低血圧 → 脱水、出血、感染症、アジソン病
- 発熱 → 腸炎、胆嚢炎、髄膜炎など
- 意識レベル・表情・姿勢 → 神経疾患、ケトアシドーシスの兆候
まずは、「見た瞬間に危険そうかどうか」を見抜く目を持ちましょう。
② Head-to-Toeでの身体診察
- 神経所見:項部硬直、眼球運動障害、乳頭浮腫 → 髄膜炎、脳腫瘍、脳圧亢進
- 心音・肺音:不整脈、肺うっ血 → AMI、心不全による嘔気
- 腹部所見:圧痛、筋性防御、鼓音、蠕動音 → 胃腸炎、イレウス、腫瘍
- 四肢・皮膚:脱水所見(皮膚乾燥・ツルゴール低下)、点状出血(DICの兆候)
📘 Column:嘔吐と腸閉塞を見分ける“音と匂い”
便臭を伴う嘔吐(feculent vomiting)は、結腸~下部小腸の閉塞を疑う所見です。 また、聴診で聞こえる“high-pitched tinkling”(高調性金属音)は機械的イレウスを強く示唆します。 現代でも、五感で診断する場面は意外と多いのです。
③ POCUSの活用:嘔気・嘔吐の“可視化”
嘔気・嘔吐の患者に対して、POCUS(Point-of-Care Ultrasound)は極めて有効です。
評価部位 | 使用目的 | 想定される疾患 |
---|---|---|
胃(上腹部) | 内容物の残留確認、胃排出遅延の評価 | 幽門狭窄、胃アトニー、過食嘔吐後の残留 |
腸管(全体) | 拡張、蠕動の有無 | イレウス(機械的 or 麻痺性) |
骨盤腔 | 妊娠・婦人科疾患の評価 | 子宮外妊娠、卵巣腫瘍、妊娠悪阻 |
胆嚢・膵臓 | 炎症、結石、腫大など | 胆嚢炎、膵炎による嘔気 |
📝 Tips:嘔吐=消化器とは限らない
「胃は異常なし、でも嘔吐が続く」そんなときこそ頭部や心臓の評価を。
嘔気・嘔吐=腹部エコーだけでは不十分。心窩部エコー+肺+頸静脈まで含めて初めて“全身を診た”ことになります。
📘 Column:嘔気を伴わない嘔吐=頭蓋内圧亢進を疑え
「気持ち悪くはないけど、急に吐いた」――この訴えには要注意。 嘔気を伴わない嘔吐は、頭蓋内圧亢進や脳腫瘍、くも膜下出血など、 脳圧変化による反射性嘔吐の可能性を示します。
- 🧠 噴水状嘔吐(projectile vomiting)
- 🧠 嘔吐+頭痛・意識変容・視野異常
- 🧠 項部硬直・乳頭浮腫・眼球運動異常
「胃には何も異常がない」=「中枢性を疑うサイン」として、頭部画像(CT/MRI)を忘れずに。
次は Step 3:検査・画像評価 に進み、Red flagを見逃さずに進めるための検査戦略を整理していきましょう。
🔬 Step 3:検査・画像|“なんとなく”検査しないために
嘔気・嘔吐を訴える患者に対して、闇雲に「血液検査+腹部CT」をオーダーしていませんか?
検査の前に大切なのは、「何を疑って、何を確かめたいのか」をはっきりさせることです。
① 鑑別仮説に基づいた検査の選び方
疑う疾患 | 選ぶ検査 | 目的 |
---|---|---|
妊娠悪阻 | 尿中hCG、尿ケトン、電解質、血液ガス | 妊娠の確認とケトーシス評価 |
感染性腸炎 | WBC, CRP, 便培養(+便性状確認) | 炎症反応と感染性の評価 |
胆嚢炎、膵炎 | 腹部エコー、血清アミラーゼ、リパーゼ、腹部CT | 器質的疾患の評価 |
摂食障害 | K, Cl, ECG(QT延長), 血ガス(代謝性アルカローシス) | 嘔吐後の電解質異常評価 |
📘 Column:正常血糖でも油断禁物?EuDKAの罠
「血糖が正常だからDKAは除外」と思っていませんか? SGLT2阻害薬を服用している糖尿病患者では、血糖が正常でもケトーシス+アシドーシスが進行することがあります。 これがEuglycemic DKA(EuDKA)です。
- ✔ 疑うべき状況:嘔吐+SGLT2内服+倦怠感・アシドーシス兆候
- ✔ 検査項目:尿中ケトン、血中ケトン、AG、pH、HCO₃⁻
- ✔ 初期血糖が正常でもDKAを見逃さない
「SGLT2飲んでる患者は、血糖じゃなくてpHを見よ」、これは嘔吐の場面でも重要な合言葉です。
② 画像検査は目的を明確にしてから
- 腹部エコー:胆嚢炎、膵炎、腫瘍、胃拡張、腹水など
- 腹部CT:腸閉塞、腫瘍、膿瘍、重症感染症(穿孔の有無)
- 頭部CT:頭蓋内疾患(脳腫瘍、出血、髄膜炎疑い)
特に「嘔気を伴わない嘔吐」「明らかな誘因のない繰り返す嘔吐」の場合は、 頭蓋内病変の除外も忘れずに。
📝 Tips:不要な検査を減らすコツ
- 🔹 「検査をしてから考える」ではなく「仮説を持って検査する」
- 🔹 明らかな嘔吐性疾患があるなら、初期の腹部CTは省略できることも
- 🔹 「画像で安心」よりも「身体所見とPOCUSで診断力をつける」視点を
ここまでで、嘔気・嘔吐の一般的なアプローチ(Step 1〜3)を一通り整理できました。
では次に、最初に紹介した導入症例に戻って、今学んだアプローチを一つずつ適用して振り返ってみましょう。
🔁 嘔気・嘔吐の診断プロセスを症例で実践|問診・診察・検査を一つずつ当てはめる
さて、ここまでStep 1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。
🗣 Step 1:問診の振り返り
医師:「今日はどうされましたか?」
患者:「ここ数日ずっと吐き気があって、食べても吐いてしまって…水もあまり飲めなくて…」
医師:「最初に吐いたのはいつ頃ですか? 今回が初めてですか?」
患者:「3日くらい前からで、こんなに続くのは初めてです」
医師:「食べた後すぐに吐きますか? 朝や夜の決まった時間に出ることはありますか?」
患者:「朝の方が気持ち悪いことが多い気がします」
医師:「最近、生ものや外食は食べましたか? 周りで同じ症状の人はいませんか?」
患者:「特に思い当たることはないです…」
医師:「月経はいつから来ていませんか?」
患者:「実は1ヶ月くらい遅れてるかも…」
医師:「普段から食事はどうですか? 体重の変化などありますか?」
患者:「最近あまり食べれてなくて…たぶん体重減ってると思います」
こうして問診を進めることで、次のような情報が得られました:
- Fact: 数日前からの嘔気・嘔吐、朝に悪化、食事摂取困難、月経遅延
- Problem: 脱水傾向のある妊娠可能女性における持続性嘔吐
- Hypothesis: 妊娠悪阻、摂食障害、感染性腸炎(やや低め)
🩺 Step 2:身体診察の振り返り
診察室で見た瞬間、患者はやや青白く、脱水傾向あり。目が落ちくぼみ、皮膚のツヤもやや乏しい。
- バイタル: BP 96/64 mmHg, HR 110/min → 軽度ショック域の循環動態
- 意識レベル: clearだが少しぼーっとしている様子
- 腹部: 軽度膨満、圧痛なし、腸音やや亢進
- 神経学的所見: 異常なし(頭痛・項部硬直なし)
この時点で、妊娠悪阻による脱水+ケトーシスの可能性が高まる一方で、 電解質異常や代謝性疾患(アジソン病やEuDKAなど)も意識する必要が出てきました。
🔬 Step 3:検査・画像の振り返り
実施した検査:
- 尿中hCG:陽性(妊娠確認)
- 尿中ケトン:陽性(中等度)
- 血中Na:130 mEq/L(軽度低Na)、K:3.4(軽度低K)
- 血ガス:軽度代謝性アシドーシス、AG軽度上昇
- 腹部エコー:子宮内妊娠を確認、腹水なし
これらの結果から、妊娠悪阻による脱水+ケトーシスと診断。
同時にEuDKAやアジソン病も疑われたが、血糖は正常、pHも中等度の範囲であったため経過観察とした。
結論: 妊娠悪阻(Hyperemesis gravidarum)と診断し、点滴・制吐薬・妊婦指導を実施。
このように、問診→身体診察→検査の3ステップで順を追って評価することで、 「見逃してはいけない嘔吐」の本質に近づくことができます。
🏥 嘔気・嘔吐で専門医に紹介すべきケースとは?|紹介のタイミングと必要な検査
嘔気・嘔吐の症例の多くは、外来レベルや初期対応で改善します。
しかし中には、重症化リスクや専門的治療が必要なケースも存在します。
ここでは、どのようなタイミングで専門医に紹介すべきか、また紹介時にやっておくべき評価について整理しておきます。
📍 こんなときは専門医へ相談を
- 妊娠悪阻で入院管理が必要な場合(体重減少 >5%、尿ケトン陽性、電解質異常)
- 摂食障害が疑われ、精神科的介入が必要な場合
- 反復性嘔吐+体重減少+画像で異常を認めた場合(腫瘍性病変・狭窄など)
- 頭蓋内疾患が疑われる場合(嘔吐単独+頭痛・神経所見・意識変容)
- 血液検査で原因不明のAG上昇アシドーシスを認めた場合(→代謝専門 or ICU)
🧪 紹介前にやっておくと喜ばれる評価
- ✔ 妊娠判定(hCG)と尿ケトン
- ✔ 血液検査:CBC, CRP, 電解質, 血糖, BUN/Cr, AST/ALT, 血ガス(可能なら)
- ✔ 腹部エコー(最低限)、腹部CT(必要に応じて)
- ✔ POCUSでの脱水評価や腸管の動態確認
- ✔ 既往歴・服薬歴・月経歴・精神的背景などの整理
📘 Column:精神科紹介で見られる「否認」パターン
摂食障害や心因性嘔吐を疑って精神科へ紹介する際、多くの患者は「否認」を示します。
「体重は落ちていない」「食べている」と言い張る患者には、体重記録・生活状況・月経歴の事実で説得力をもたせましょう。
次は、診察のコツやピットフォールを簡単にまとめた「Tips」セクションへ進みます。
💡 嘔気・嘔吐の診察で使えるTips
- 🔹 嘔気を“単なる胃腸の問題”と決めつけない。脳・心・代謝を忘れずに。
- 🔹 嘔吐物の色・匂い・内容は貴重な情報源。問診で必ず確認を。
- 🔹 「嘔気を伴わない嘔吐」は中枢性(ICP↑)のRed Flag。すぐに頭部CTを。
- 🔹 脱水+低血圧の若年女性 → 妊娠悪阻は最優先で考慮。hCGと尿ケトンは初手。
- 🔹 SGLT2阻害薬を内服中なら、EuDKAを必ず想起。血糖正常でも油断禁物。
- 🔹 制吐薬は原因に応じて使い分ける。漫然としたプリンペラン一択に注意。
- 🔹 POCUSで胃内容・腸管動態・婦人科疾患まで“見える”問診を。
- 🔹 「見た目で危ないか」をまず見る。バイタルと表情が第一のヒント。
💬 Clinical Pearls(英語での臨床のことば)
- 🧠 “All that vomits is not gastritis.”
嘔吐するからといって、すべてが胃炎とは限らない。
— 不明(臨床上のことわざ) - 🧠 “The absence of nausea does not mean the absence of danger.”
吐き気がない=安心、ではない。
— 不明(臨床上の教訓) - 🧠 “Trust the vomit’s story — it’s often more honest than the patient.”
嘔吐物の色や匂いは、時に患者の言葉より正直。
— 不明(消化器内科医の間で使われる口語) - 🧠 “When in doubt, scan the head.”
判断に迷ったら、頭部画像を撮れ。
— 不明(救急医の間で用いられるフレーズ) - 🧠 “Treat the patient, not just the puke.”
嘔吐だけでなく、患者全体を診る姿勢を。
— 不明(家庭医・ER医の教育的スローガン)
嘔気や嘔吐は、日常的にもよく使われる表現である一方で、診察の場面では正確な医療英語が求められます。
また、患者さんの言葉をどう“聞き取り”、どう“説明するか”も英語では重要なポイントです。
ここからは、英語で診察する際に役立つ表現や、患者さん向けの優しい言い換え、基本用語の意味について整理していきましょう。
🗣 Useful Medical Expressions(診察・記録で使える表現)
- “Are you feeling nauseated?”(吐き気はありますか?)
🔸※「nausea」と「nauseated」は混同されやすい!
✅ 正:I feel nauseated. / ❌ 誤:I feel nausea. - “Did you vomit anything?” / “What did the vomit look like?”
→ 吐いたかどうか、嘔吐物の特徴を聞くとき - “Was there any blood or bile in it?”
→ 嘔吐物の中身(血や胆汁)を確認する質問 - “How many times have you vomited today?”
- “Do you feel dizzy when you stand up?”
→ 立ちくらみを評価する重要な質問 - “Have you missed your period?”
→ 月経遅延を聞くとき。
✅ 正:missed your period / ❌ 誤:lost your period(失ってない)
🗣 Layman’s Terms & Idioms(優しい言い方・口語表現)
- “Throw up” / “Puke” / “Barf” → どれも「吐く」のカジュアルな言い方
- “I feel sick to my stomach.” → 「胃がムカムカする」「気持ち悪い」
- “I lost my lunch.” → 「吐いた(Lunch=さっき食べたもの)」
- “Morning sickness” → 妊娠初期のつわり。時間帯問わず使う
- “Dry heaving” → 「空嘔吐」:何も出ないが吐き気だけある状態
- “Talked to the porcelain god” → 便器に向かって吐いた、の婉曲表現(幽默)
📘 Medical English Glossary(用語解説)
用語 | 定義・意味 |
---|---|
Nausea | 吐き気(名詞) |
Nauseated | 吐き気を感じている状態(形容詞) ✅ 正:I feel nauseated. |
Vomiting | 嘔吐(動作としての吐く行為) |
Regurgitation | 「逆流」:筋収縮を伴わず、自然に食道へ戻ってくる |
Projectile vomiting | 噴水状嘔吐(頭蓋内圧亢進などで見られる) |
Emesis | 医学用語での「嘔吐」(やや形式的) |
Anti-emetic | 制吐薬(吐き気を抑える薬) |
Heaving | えづく・嘔吐前の筋肉の収縮 |
ここまで、嘔気・嘔吐に関連する医療英語や日常的な表現について確認してきました。
臨床現場だけでなく、英語で患者さんと接する際にも、“伝え方”を意識することがとても大切です。
それでは最後に、この記事全体の学びを振り返って、要点をまとめておきましょう。
📝 記事のまとめ|“嘔気・嘔吐”は症状ではなく“メッセージ”
ここまで、嘔気・嘔吐という一見ありふれた症状について、臨床推論の3ステップに沿って掘り下げてきました。
- ✅ 問診(Step 1)では、「いつから・何を・どう吐いたか」だけでなく、妊娠歴・薬剤歴・摂食行動など、背景を丁寧に拾うことが重要でした。
- ✅ 身体診察(Step 2)では、「胃腸を診る」のではなく、「全身を見る」姿勢がRed flagを見逃さない鍵でした。
- ✅ 検査(Step 3)では、血糖に惑わされずEuDKAを疑う、不要な腹部CTは省く、POCUSで絞り込む、など“狙って診る”姿勢が求められました。
そして最後に強調したいのは、「嘔吐=胃の問題」ではないという視点です。 嘔吐は、脳から、心から、体の代謝異常から、時に命にかかわる「メッセージ」として現れます。
OSCEでの問診や英語での診察でも、今回のような「構造的な聞き方」「Red flagの整理」「背景から考える思考」は非常に応用が効きます。
ぜひ今後の実習・診療で、“吐いたから終わり”ではなく、“なぜ吐いたか”を見抜ける医師として、一歩ずつ前進していきましょう。
🔗 関連記事|他の症候・英語版もチェック!
- 腹部膨隆・腫瘤の診かた|膨満感から腫瘤触知まで、“5F”と触診・画像で迫る診断戦略!
- 🌡️ 発熱の診かた — その熱、本当に“風邪”ですか?
- 😵💫 疲れがとれない?全身倦怠感に潜む16の疾患とその見分け方
- 🏷 胸痛の診かた完全ガイド:問診・身体診察・POCUSで実践力をつける
- 🩺 腹痛の診かた — それ、“なんとなく胃腸炎”で片づけてませんか?
🌍 英語で同じ内容を学びたい方へ
この内容は英語版でも展開しています。OSCE対策や英語診察の練習にもご活用ください。
📚 Reference
- 1. Tintinalli’s Emergency Medicine: A Comprehensive Study Guide, 9th Edition
- 2. Harrison’s Principles of Internal Medicine, 21st Edition
- 3. Oxford Handbook of Clinical Medicine, 11th Edition
- 4. 日本救急医学会『救急診療指針2024』
- 5. UpToDate. “Approach to the adult with nausea and vomiting”