突然目の前で人が倒れた――。
あなたは「失神」なのか、「てんかん」や「脳卒中」なのか、すぐに見分けられますか?
「失神と一過性意識障害(TLOC)」は一見似ていても、背景にある病態はまったく異なります。
良性の反射性失神もあれば、致死的な心疾患や脳血管障害が隠れていることも。
本記事では、医学生・初期研修医が現場で見逃さず、正確に対応できるよう、失神・意識障害の見極め方とアプローチを徹底的に整理します。
この記事で学べること
- 「失神」と「一過性意識障害(TLOC)」の違いを正しく理解できる
- 緊急対応が必要なRed flag所見とその見抜き方がわかる
- 救急・外来での初期対応と鑑別の優先順位が明確になる
導入症例:通勤中に倒れた55歳男性
🚪 Doorway Information
年齢・性別:55歳 男性
主訴:通勤中に倒れた
バイタルサイン:BP 112/68 mmHg, HR 58/min, RR 14/min, SpO₂ 98% (room air), Temp 36.7℃
「駅のホームを歩いていたら、急に目の前が真っ暗になって……気づいたら救急隊の人に囲まれてました。
たぶん1分も経ってなかったと思います。特に胸の痛みも息苦しさもなかったんですけど……。
昔からよく立ちくらみはあるほうですが、こんなふうに倒れたのは初めてです。」
このような患者に、もしあなたが街中で遭遇したら?あるいは、救急外来で突然運ばれてきたら?
まず考えるべきは、「これは緊急性があるのか、それとも一過性で様子を見てよいのか?」ということ。
頭ではじっくり考えたい。でも現場では、瞬時の判断が求められます。
だからこそ、最初に押さえておきたい基本的な見極めポイントを一緒に確認していきましょう。
失神と一過性意識消失(TLOC)の違いを明確にしよう
まず押さえておきたいのは、「TLOC」と「失神」はイコールではないということです。両者は重なりながらも、原因も対応も異なります。
🔍 一過性意識消失(TLOC)とは?
TLOC(Transient Loss of Consciousness)は、突然の発症・短時間の持続・自然回復という3要素を満たす意識消失の総称です。
分類 | 原因 | 代表例 |
---|---|---|
① 失神(Syncope) | 一過性の脳血流低下 | 反射性失神、起立性低血圧、心原性失神 |
② 非失神性TLOC | 神経・代謝・中毒など | てんかん、低血糖、過換気、心因性、脳出血 |
③ 外傷性TLOC | 頭部外傷に続発 | 転倒、スポーツ外傷 |
💡 なぜ失神(Syncope)を強調するのか?
TLOCのなかでも失神(Syncope)は最も頻度が高く、かつ命に関わるものが含まれるため、緊急性判断において中心的な役割を果たします。
失神の3分類と臨床的特徴を整理しよう
次に、失神の中で分類される3つのタイプをしっかり押さえておきましょう。
分類 | 特徴 | ヒントとなる所見 |
---|---|---|
① 反射性失神 | 迷走神経反射などによる一過性低血圧・徐脈 | 前兆あり(冷感、吐き気、発汗)、長時間立位、排尿など |
② 起立性低血圧 | 姿勢変化による血圧低下 | 起立直後、脱水、高齢者、降圧薬使用 |
③ 心原性失神 | 不整脈・弁膜症などによる突然の心拍出量低下 | 運動中、突然発症、前兆なし、心疾患の既往 |
特に「心原性」は緊急性が高く、最初の10分で除外するべき鑑別です。
てんかんや中毒を見逃すな:非失神性TLOCの全体像
TLOCには失神だけでなく、脳神経、代謝、呼吸、精神など他の病態も含まれます。これらは「非失神性TLOC」として分類されます。
原因 | 代表疾患 | 見抜き方のヒント |
---|---|---|
神経 | てんかん・脳出血 | 長時間・舌咬傷・意識混濁の残存 |
代謝 | 低血糖・低Na | 糖尿病患者・薬物治療歴・空腹時 |
中毒 | 薬剤・CO中毒 | 閉鎖空間・薬歴・SpO₂低下 |
精神 | 解離性障害など | 反応性が一貫しない・持続的意識あり |
AIUEOTIPSで広く意識障害をとらえる
TLOCだけでなく、広く意識障害を鑑別するために使える便利なツールがAIUEOTIPSです。
- A:Alcohol, Acid-base disturbance
- I:Insulin(低血糖、DKAなど)
- U:Uremia(腎不全、肝性脳症)
- E:Electrolytes, Encephalopathy(Na/Ca異常、脳炎)
- O:Oxygen, Overdose(低酸素、中毒)
- T:Trauma, Temperature(外傷、熱中症、低体温)
- I:Infection(髄膜炎、敗血症)
- P:Psychiatric(せん妄、うつ病、解離)
- S:Seizure(けいれん、てんかん)
ここまでの知識を土台にして、冒頭の症例を「Fact → Problem → Hypothesis」の思考展開で考えていきましょう。
失神の鑑別を始める第一歩:Fact・Problem・Hypothesisの整理
現場では焦りがちな場面ですが、落ち着いて患者の情報を分解することが、正確な診断につながります。
ここでは、まず患者が語った事実(Fact)をもとに、問題の再定義(Problem)を行い、鑑別診断の軸(Hypothesis)を立ててみましょう。
🔎 Fact:患者から得られた情報
- 55歳男性、通勤中の駅ホームで突然倒れた
- 気づいたときには救急隊に囲まれていた(完全に意識を失っていた)
- 前兆は特になく、「目の前が真っ暗になった」程度
- 胸痛・息切れ・頭痛・脱力などはなかった
- 数十秒〜1分以内に自然に意識回復している
- 既往に特記なし。これまでに同様のエピソードはないが、立ちくらみは時々あった
🧠 Problem:問題の再定義(Semantic Qualifier)
- 初発の一過性意識消失
- 短時間で自然回復、持続的な神経症状なし
- 前兆に乏しく、発症は歩行中(軽度活動時)
- 背景に明らかな脱水・感染・糖尿病はなさそう
これらの情報からは、「てんかん」や「低血糖」といった非失神性TLOCよりも、失神(syncope)としてアプローチするのが妥当と考えられます。
特に気になるのは、「歩行中の突然の発症」「前兆が乏しい」という点。
つまり、まず“心原性”をルールアウトすべき場面といえるでしょう。
🩺 Hypothesis:失神の3分類に基づく鑑別
この症例では「一過性意識消失(TLOC)」=「失神」として扱うのが妥当です。
失神の3大分類に沿って、次のように鑑別を整理します。
- ① 反射性失神(Reflex Syncope):
排尿・疼痛・長時間の立位といった誘因はなく、明確な前兆(吐き気・冷感・発汗)も乏しいため、典型的とはいえない。ただし「立ちくらみあり」の既往から、自律神経反応の感受性はあり得る。 - ② 起立性低血圧(Orthostatic Hypotension):
発症が“歩行中”であることから、起立後すぐではなくやや時間が経過しており、脱水や薬剤による血圧低下の可能性は低そう。ただし服薬歴が不明なため、降圧薬使用の確認は必要。 - ③ 心原性失神(Cardiac Syncope):
前兆が乏しく、歩行という軽度の活動負荷中に突然の意識消失。回復が速やかである点も含め、最も除外すべき対象。不整脈(徐脈性、頻脈性)、心疾患(AS、HCM、Brugadaなど)を念頭に置くべき。
結論:
この症例では心原性失神の可能性が最も高く、最優先で除外すべき。
身体診察と心電図によってルールアウトを試たい。
このような流れで考えていくことになります
では、もう少し一般的な問診や診察について学んでいきましょう
失神・意識消失の診療は「問診」から始まる
失神の多くは検査前に“ほぼ診断がつく”と言われるほど、問診が最も重要です。
特に一過性意識消失(TLOC)は、発症時点で意識を失っているため、患者の主観的な記憶と第三者の客観的情報のすり合わせが不可欠です。
▶ OPQRSTで「エピソード全体の流れ」をつかむ
失神においては「いつ・どこで・どう始まり・どう終わったか」という時間軸の構造がカギになります。
- O(Onset): 突然か、徐々にか。発症の場面(起立時、排尿後、運動中)も重要
- P(Provocation): 誘因(痛み、長時間立位、咳、驚き、排尿、飲酒など)
- Q(Quality): 意識の“抜け方”はどんな感じか? 真っ暗?ぼーっと?
- R(Radiation): 痛みがあれば放散は?(失神では稀だが胸痛→AMIには注意)
- S(Severity): 意識消失の深さ:倒れたか、座り込んだか
- T(Time course): 意識消失の持続時間と回復時間。後遺症や疲労感の有無
目撃者の情報(顔色、痙攣、いびき、失禁など)は特に重要で、患者の自覚に頼れない部分を補います。
▶ PAM HITS FOSSで背景・リスク要因を探る
一見“単純な失神”に見えても、背景に危険な疾患が隠れていることがあります。
以下のような項目を系統立てて聴取し、リスク評価につなげましょう。
- P:過去の既往歴(心疾患、不整脈、脳卒中、てんかん)
- A:アレルギー(特に薬剤によるQT延長)
- M:内服薬(降圧薬、利尿薬、抗不整脈薬など)
- H:入院歴(過去に失神で入院したか?)
- I:外傷歴(転倒・頭部外傷・骨折)
- T:手術歴(心臓手術や電解質異常を伴う手術)
- S:外傷/精神疾患の既往
- F:家族歴(突然死、心筋症、QT延長、てんかん)
- O:産婦人科歴(起立性失神は貧血・妊娠初期にも)
- S:性行為歴(感染リスクやHIVなど)
- S:生活習慣(飲酒、喫煙、薬物、睡眠、ストレス)
💡 Tips:Red Flagを見逃さないための問いかけ
- 「運動中に突然倒れましたか?」→ 心原性失神の重要サイン
- 「その時、胸の痛みや息苦しさはありましたか?」→ 急性冠症候群やPE
- 「気を失う前に何か感じましたか?」→ 前兆の有無で反射性かどうか判断
- 「今までにも同じようなことがありましたか?」→ 既往で心因性・反射性の可能性
- 「最近、薬を変えたり、飲み忘れたりしていませんか?」→ 起立性のリスク評価
- 「朝食をとっていましたか? 暑い場所に長時間いませんでしたか?」→ 環境要因
🧩 Column:患者が語る「気づいたら倒れていた」— どう解釈する?
失神患者の多くは「急に暗くなった」「気づいたら地面にいた」と語ります。
これは「前兆を自覚していない」=「前兆がなかった」わけではない点に注意が必要です。
問診では、「その直前に吐き気・冷や汗・気分不快はありませんでしたか?」と丁寧に確認することで、反射性失神との区別に役立ちます。
🧩 Column:失神ではない中枢性意識障害にも注意
脳梗塞やくも膜下出血(SAH)といった中枢神経疾患は、時に「失神のように見える」意識消失で始まることがあります。
とはいえ、一般的な脳梗塞では意識障害を伴うことはむしろ少数派です。
意識障害を伴うとすれば、次のような状況が考えられます:
- 脳幹梗塞(特に橋・延髄):意識レベル低下、呼吸異常、四肢麻痺などを伴う
- 広範囲の大脳半球梗塞:脳浮腫による意識低下
- 両側性視床梗塞や穿通枝領域:突然の昏睡や失外套症候群
一方、くも膜下出血(SAH)では、発症と同時に激烈な頭痛と共に意識消失を起こすことがあり、失神との鑑別が必要です。
以下の点に注目しましょう:
- 突然の激しい頭痛(”thunderclap headache”)の訴え
- 発症直後のけいれん、嘔吐、項部硬直の有無
- 回復後の意識混濁や錯乱が長引くかどうか
つまり、「失神だと思っていたが、実はSAHだった」という例も少なくありません。
激しい頭痛や神経学的異常所見を伴う一過性意識消失では、中枢疾患の可能性を強く意識する必要があります。
💡 Tips:より深く問診するための追加の視点
- 「意識障害 vs 失神」の見極めポイント:
TLOCかどうかは、発症の急速さ・持続時間・回復の早さがカギ。
「どのくらい意識がなかったか」は本人ではなく、第三者の証言を聴取すべき。
「意識がない間、どんな様子だったか?」を周囲の人に聞くことが重要。 - 薬剤歴からヒントを探る(起立性失神):
降圧薬、利尿薬、α遮断薬、抗精神病薬は起立性低血圧のリスク。
「最近、薬が変わったり、飲み忘れはありませんか?」
「利尿薬や精神科の薬を飲んでいませんか?」など丁寧に確認。 - 生活習慣の影響を見逃さない:
睡眠不足・脱水・アルコール・過労・月経などは反射性・起立性失神の誘因。
「朝食は食べましたか?」、「暑いところに長時間いませんでしたか?」と聞いてみる。 - 心原性失神のRed Flagを拾う:
「階段や坂道で息切れしませんか?」→ 心不全、弁膜症の兆候。
「過去にも突然倒れたことはありますか?」→ 再発例は危険性高。
遺伝性QT延長症候群、HCM、Brugadaなどの家族歴も要確認。
問診だけでもここまで多くの情報が得られましたが、やはり全身状態の評価は不可欠です。
特に「Red Flagがあるか」「本当に失神かどうか」を見極めるには、次に行う身体診察がカギとなります。
失神と意識障害、その分岐点を見抜くために
Step 1の問診で「失神らしさ」を感じたとしても、まだ安心はできません。
意識障害全体の一形態が「失神」であり、中枢神経疾患、代謝性疾患、外傷などのサインも見逃さない全身観察が重要です。
▶ 意識レベルの評価:まずはここから
- JCS / GCS:日本国内ではJCS、国際的にはGCSを使用
- 清明(Alert):外界への反応が正常
- 傾眠(Lethargy):刺激で覚醒するがすぐに眠る
- 昏迷(Stupor):強い刺激にわずかに反応
- 昏睡(Coma):いかなる刺激にも反応なし
💡 Column:意識障害と失神の最大の違いとは?
発症から回復までの「速さと持続」がカギ。
失神では、発症が急・持続が短・回復が完全というパターンが基本です。
例:「直後に普通に話せたか?」は非常に重要なヒントになります。
▶ 全身観察 – 意識障害の原因を探る
- バイタル:BP、HR、RR、SpO₂、体温を必ず確認
- 皮膚:チアノーゼ、冷汗、外傷痕、点状出血、脱水の兆候
- 呼吸:Kussmaul respiration(代謝性アシドーシス)、Cheyne-Stokes、無呼吸
- 瞳孔:左右差、対光反射、縮瞳(オピオイド)、散瞳(抗コリン)
- 神経学的所見:麻痺、構音障害、項部硬直、Babinski徴候など
▶ 失神の3大分類に対応した身体所見の拾い方
- 反射性失神:顔面蒼白、冷汗、徐脈、失禁
- 起立性低血圧:臥位→起立でSBP 20mmHg低下 or HR上昇、脱水徴候あり
- 心原性失神:突然の意識消失、不整脈、胸部圧痛、心雑音(AS, HCM)
💡 Tips:失神か?てんかんか?その違い
舌咬傷・失禁・四肢の強直は痙攣を示唆。ただし、失神でもこれらを伴う場合もあるため過信しすぎない。
🧪 POCUSを使って即座に評価しよう
- IVCの虚脱:循環血漿量減少
- 心タンポナーデ所見:RA collapse, paradoxical septal motion
- B-line:肺水腫(心不全 or volume overload)
- 脾周囲・Douglas窩のfree fluid:外傷・腹腔内出血の可能性
🧩 Column:痛み刺激の確認方法は?
意識確認では、眉間をこする、爪床を押す、鎖骨上をつねるなどで安全に行いましょう。
ここまでの身体診察で、失神かどうか、意識障害の広がり、命に関わる所見の有無がある程度見えてきました。
では、次に進むべきは検査によって「ルールイン/ルールアウト」する段階です。
特に心電図(ECG)や血液検査、頭部画像の選び方は、ここまでの情報に基づいて狙いを定める必要があります。
仮説に基づいて「必要な検査だけ」を狙って選ぶ
失神・意識障害の原因を探るために、闇雲に検査するのではなく、問診と身体診察から立てた仮説に応じて「必要なもの」を選ぶのが鉄則です。
▶ ECG(心電図) – 心原性をまず否定する
- 心原性失神が最も危険 → まずここから
- 不整脈:徐脈(洞不全症候群、AVブロック)、頻脈(VT、WPWなど)
- Brugada型、QT延長:若年者+突然死の家族歴では必須
「運動中に突然倒れた」「前兆なしで失神」→ ECGで命を救うことも。
▶ 採血 – 代謝性・中毒性の評価
- 血糖:低血糖は最優先。昏睡・痙攣の鑑別にも
- Na, K, Ca:電解質異常は意識障害・心電図異常の原因に
- 腎機能・肝機能:尿毒症性意識障害、肝性脳症など
- CRP, WBC:感染性(敗血症、髄膜炎)との鑑別
- Ammonia, Lactate:代謝性疾患、肝機能障害を示唆
▶ 頭部CT・MRI – 「即撮る」より「理由があるときに」
- SAHの疑い:突然の激しい頭痛、嘔吐、項部硬直、意識低下
- 脳梗塞・脳出血:神経脱落症状(麻痺、失語など)を伴う場合
- 外傷:転倒や頭部打撲歴あり、抗凝固薬使用者など
「意識障害=頭部CT」とは限りません。
適応を明確にして、不要な検査を減らす視点が重要です。
💡 Tips:検査オーダー時の思考フロー
- Red Flag(緊急性) → まずECG+最低限の採血
- 起立性 or 反射性を示唆する所見あり → 追加検査最小限
- 脳症・中枢性感染・外傷の疑い → 頭部画像を適切に選択
🧩 Column:「とりあえず頭部CT」はもう古い?
昔ながらの「意識障害=CT」という流れは、診断の精度を下げる可能性があります。
例えば、低血糖・薬物中毒・感染症が原因のことも多く、画像所見は正常。
「CTで何を見たいのか?」を明確にしてからオーダーする習慣をつけましょう。
ここまでで、意識障害や失神の初期対応として、問診 → 身体診察 → 必要な検査という基本の流れを整理しました。
では実際に、街中や救急外来でこのような患者さんに出会ったら、私たちはどう動けばいいのでしょうか?
次は、導入症例に立ち返りながら、実際の診察をシミュレーションして振り返ってみましょう。
さて、ここまでStep1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。
▶ Step 1:問診の振り返り
医師:「今日はどうされましたか?」
患者:「今朝、駅のホームを歩いていたら、急に目の前が真っ暗になって…気がついたら救急隊の人に囲まれていました」
医師:「その前に何か気分の変化や前兆はありましたか?」
患者:「少し気持ち悪くて、汗が出てきて、なんとなく立ってるのがつらい感じはありました」
医師:「同じようなこと、過去にありましたか?」
患者:「立ちくらみは昔から時々あります。でも倒れたのは今回が初めてです」
医師:「心臓病やご家族の突然死などは?」
患者:「特にありません」
(つぶやき):前兆あり、立位、徐脈傾向。反射性失神が第一候補だが、年齢的には心原性も否定したいな…。
- Fact:通勤中、立位での突然の意識消失。短時間。前兆あり(悪心、冷汗)。自然回復。
- Problem:高齢男性、持続は短く、けいれんや意識混濁はなし → 典型的なTLOC
- Hypothesis:
- 反射性失神(迷走神経反射)
- 起立性低血圧(降圧薬使用・脱水?)
- 心原性失神(前兆なしとの矛盾要注意)
▶ Step 2:身体診察の振り返り
(つぶやき):意識は清明。JCS 0。顔色やや蒼白、皮膚は湿潤。神経学的所見に異常なし。
- バイタル: BP 112/68 mmHg, HR 58/min, RR 14/min, SpO₂ 98%
- 心音: 規則正、心雑音なし。頸静脈怒張なし。
- 肺音: 清。異常なし。
- 神経所見: 瞳孔正常、麻痺なし、言語明瞭。
医師:「立った状態でめまいなど感じますか?」
患者:「ちょっとフラッとする気がします」
(つぶやき):なるほど、軽度の起立性要素もありそう。大きなRed flagは今のところ見当たらない。
▶ Step 3:検査の振り返り
- ECG: 洞調律、QTc正常、ST-T変化なし、不整脈なし
- 血糖: 92 mg/dL(正常)
- 電解質: Na 134, K 4.1(軽度低Na)
- その他: 肝腎機能正常、CRP陰性
(つぶやき):致命的な異常所見なし。ECGも問題ない。重篤な心原性・代謝性疾患の可能性は低そう。
結論: 現時点では反射性失神 + 軽度の起立性要素が最も妥当。
明確なRed flagは認めず、生活習慣や薬剤調整のアドバイスをして経過観察としました。
専門医に紹介すべき失神・意識障害とは?危険な兆候を見逃さない
ここまで、失神や意識障害の基本的な分類と初期対応を確認してきました。
では実際に、どのようなケースで専門医への紹介が必要なのでしょうか?
このセクションでは、現場で「これは紹介が必要かどうか」を判断するためのRed flagと、紹介前にやっておきたい検査を整理していきます。
緊急対応と専門医紹介が必要な「Red flag」所見とは?
すべてのTLOC(意識消失)が精密検査を必要とするわけではありません。
しかし、重大な疾患が背景にある可能性があるケースでは、迅速に専門医(循環器・神経内科など)へ紹介する判断が求められます。
- 運動中の発症(心原性失神を最優先で除外)
- 前兆なしで突然倒れる(致死的不整脈・QT延長・HCMなど)
- 心疾患の既往・家族歴(突然死、ブルガダ、QT延長症候群)
- 再発性の失神エピソード(特に経過が短期間で複数回ある)
- 意識回復後も神経症状が残る(脳血管障害、てんかんの可能性)
- 転倒による頭部外傷を伴う(外傷性TLOC + 頭蓋内出血リスク)
紹介前に行っておきたい検査と観察ポイント
紹介の前に、最低限やっておくと診断の精度が高まり、紹介先でもスムーズに対応してもらえます。
- 12誘導心電図(ECG):最優先。不整脈・QT延長・ST-T変化などを確認
- 血糖・電解質・CRP:低血糖・代謝異常・感染性疾患の除外
- 起立試験(可能なら):起立性低血圧の確認
- 頭部CT(神経症状や外傷あれば):出血や腫瘍の除外
紹介状には「発症状況・持続時間・意識回復の様子」に加えて、Red flagの有無・検査結果を明記しましょう。
スポーツ外傷・接触競技でのTLOC:脳震盪(concussion)を見逃さない
ラグビーやサッカーなど接触競技で、意識を一時的に失う場面では、脳震盪(concussion)の可能性が高くなります。
意識がすぐに戻っても、倦怠感や記憶障害、頭痛などが残る場合は注意が必要です。
- 外傷直後のTLOC(明らかな外力あり)
- 画像で異常がなくても、競技復帰には段階的な評価が必要
- 当日は運動・運転を避け、6~24時間の観察が必要
症状が持続する、あるいは悪化する場合は、神経内科または脳神経外科への紹介を検討しましょう。
高齢者の急性意識変容:実はせん妄(delirium)かもしれない
高齢者が突然「ぼーっとしている」「夜中に意味不明なことを言っていた」などの場合、せん妄(delirium)が原因の可能性があります。
これは脳そのものの病気ではなく、環境・代謝・薬剤の影響によって引き起こされることが多いです。
📌 せん妄の原因を3分類で整理
- 準備因子(Predisposing):高齢、認知症、視覚/聴覚障害
- 誘発因子(Precipitating):感染、薬剤、便秘、睡眠障害など
- 直接因子:抗コリン薬、ベンゾジアゼピン、環境変化
幻視や錯覚、注意障害が強い場合は、神経内科または精神科へ紹介し、基礎疾患や薬剤の見直しが必要です。
ここまでで、失神や意識障害を見たときに「どのような場合に専門医へ紹介するべきか」を整理してきました。
しかしながら、現場での診断の正確性は、結局のところ問診と身体診察でどれだけ情報を拾えるかにかかっています。
次のセクションでは、診察の場面で役立つ実践的なコツや観察のポイントを、「Tips」「clinical pearls」という形でまとめていきます。
診察で差がつく!失神・意識障害の問診・身体診察のTips集
失神や意識障害の初期評価において、問診と身体診察は最大の武器です。
ここでは、日常診療で役立つ「コツ」を臨床現場の視点でまとめました。
💬 問診で使えるフレーズと観察のポイント
- 「その時の様子を誰かが見ていましたか?」… 第三者の証言が鑑別に有用
- 「意識が戻ったあとは、いつも通り話せましたか?」… てんかん vs 失神の分かれ道
- 「最近、薬が増えたり変わったりしましたか?」… 降圧薬・利尿薬・向精神薬などをチェック
🧠 身体診察で見逃したくないポイント
- 脈拍が遅く不整な場合は徐脈性不整脈(洞不全・房室ブロック)を疑う
- バイタル測定時に起立性変化を確認(臥位→立位でHR/BP変化)
- 舌咬傷や尿失禁があるか:てんかんの可能性
- 爪床や眉間への痛み刺激での反応:脳幹機能評価、安全な意識レベル確認
💡 診察を助ける補足情報(周囲からの情報聴取)
- 「倒れる前に何かしゃべっていましたか?表情や仕草に変化は?」
- 「どれくらい意識がなかったように見えましたか?」
- 「ぶつけた場所、けがの有無などの観察」
✨ Clinical Pearl
“Listen to the patient, he is telling you the diagnosis.”
— Sir William Osler
患者の語る言葉には、診断の鍵がすでに含まれています。
特に失神や意識障害では、患者本人だけでなく周囲の証言も含めた「声なきサイン」を拾うことが重要です。
失神や意識障害の診療では、英語での問診や患者説明が求められる場面も少なくありません。
次のセクションでは、救急外来や国際診療で役立つ実践的な医療英語表現をご紹介します。
英語で診る失神・意識障害:実践フレーズと伝わる説明
救急外来や国際診療の現場では、英語での対応も求められます。
ここでは、失神・意識障害に関する問診・説明で使える医療英語フレーズ、患者向けの優しい表現、専門用語の基本をまとめて確認しましょう。
🩺 Useful Medical Expressions(診察で使える表現)
- “Did you lose consciousness?”(意識を失いましたか?)
- “Did anyone see what happened when you collapsed?”(倒れたときの様子を誰かが見ていましたか?)
- “Did you feel dizzy or lightheaded before the episode?”(倒れる前にふらつきはありましたか?)
- “Have you had any palpitations, chest pain, or shortness of breath?”(動悸・胸痛・息切れはありましたか?)
- “Do you take any blood pressure or psychiatric medications?”(降圧薬や精神科の薬を服用していますか?)
🗣️ Layman’s Terms & Idioms(患者向けのやさしい言い換え)
- “Passed out” = 気を失った
- “Blacked out” = 急に目の前が真っ暗になった
- “Felt faint / woozy / lightheaded” = 立ちくらみがした、フラッとした
- “Spacing out” = ボーっとしていた
- “He looked really pale and just dropped” = (目撃者の証言で)青白くなって倒れた
📘 Medical English Glossary(用語と定義)
英語表現 | 意味 |
---|---|
Syncope | 失神(一過性の脳血流低下による意識消失) |
Transient Loss of Consciousness (TLOC) | 一過性意識消失(失神を含む広い概念) |
Reflex syncope | 迷走神経反射などによる一過性低血圧 |
Orthostatic hypotension | 起立性低血圧 |
Cardiac syncope | 心原性失神 |
Delirium | せん妄(急性の注意・意識変容) |
Seizure | てんかん発作などの痙攣性発作 |
Concussion | 脳震盪(軽度の頭部外傷に伴う意識変容) |
🚫 よくある誤用・発音ミスに注意!
- Syncope: 正しい発音は「シンコピィ /ˈsɪŋkəpi/」。日本語では「シンコープ」と誤って読まれやすい。
- Delirium: 「ディリリウム」と読まれることが多いが、「ディリリアム /dɪˈlɪriəm/」が正しい。
- Seizure: 「シージャー /ˈsiːʒər/」と発音。「セイジャー」は誤り。
- Blacked out ≠ 失神とは限らず、「記憶が飛んだ」場合も含む。
- Passed out は「卒倒」や「気を失った」のカジュアル表現として一般的。
ここまで、失神と意識障害をテーマに、臨床現場での思考プロセスから、英語での問診・説明まで幅広く整理してきました。
最後にもう一度、この記事の要点を振り返りながら、明日からの診療にどう活かすかを考えてみましょう。
この記事のまとめ:意識障害と失神の「その場での見極め力」を磨こう
目の前で人が倒れた――。そんなとき、冷静に「これは失神?それとも他の重大疾患?」と判断する力は、医学生・初期研修医にとって非常に重要なスキルです。
今回の記事では、意識障害の全体像(AIUEO TIPS)から、一過性意識消失(TLOC)としての失神の3分類、そして現場での見極め方・初期対応までを一貫して解説してきました。
特に強調したいのは、心原性失神の除外を最優先することと、患者本人の言葉に加えて、目撃者の証言をいかに集めるかという診察力です。
症例で振り返ったように、「たまたま大丈夫だった」ケースの裏には、見逃せないRed flagが隠れていたかもしれません。
また、せん妄や脳震盪など、非失神性の意識障害にも目を向けることで、より幅広く・深い視点での鑑別が可能になります。
明日からの臨床では、ただ病名を当てるだけでなく、“なぜ今ここでこの症状が起きたのか”を考える診療を大切にしていきましょう。
関連記事・英語記事のご案内
意識障害・失神は、他のさまざまな症候と関連しています。以下の記事も合わせてご覧ください。
🗣️ 英語で同じ内容を学びたい方はこちら:
【EN】Syncope and Transient Loss of Consciousness: Clinical Approach
参考文献(References)
- 日本救急医学会. 一過性意識消失に対する初期対応のガイドライン. 2020年版.
- 日本神経学会. てんかん診療ガイドライン2018.
- Brignole M, et al. ESC Guidelines for the diagnosis and management of syncope. Eur Heart J. 2018;39(21):1883–1948.
- UpToDate: Approach to the adult with syncope in the emergency department.
- Sir William Osler. “Listen to the patient, he is telling you the diagnosis.” — quoted in numerous clinical texts.