「先生、この人、すごく息苦しそうです!」—そんな一言から始まる診療。呼吸困難は、救急でも外来でも頻繁に出会う緊急症状です。しかし、SpO₂が正常でも安心できるとは限らず、むしろ“見た目”に惑わされることもあります。
本記事では、急性と慢性の切り分けから、原因別の鑑別、NPPVなどの治療方針まで、症候ベースで“息苦しさ”の真相に迫ります。さらに、OSCEで問われやすい身体所見の取り方や、限られた時間でのアプローチ方法についても具体的に紹介。研修医・医学生が現場で自信を持って対応できるようになるための実践的ガイドです。
この記事で学べること
この記事では、次の3つの視点から呼吸困難の診療を深掘りしていきます。
- 「まず何を聴く?何を見る?」― 呼吸困難患者への問診と身体診察のフレームワーク
OPQRST+PAM HITS FOSSを活用し、“急性vs慢性”の切り分けや、起座呼吸・チアノーゼなどの重要サインを見逃さない視点を学びます。 - 喘息、肺炎、COPD、過換気症候群 ― よく出会う疾患をどう見分ける?
症状の出方・聴診・SpO₂・画像・ABGなど、実際の診療やOSCEで役立つ具体的な鑑別ポイントを整理します。 - “苦しそう”だけで判断しない!呼吸困難の重症度評価とNPPVの適応判断
SpO₂や呼吸回数だけでなく、CO₂ナルコーシスやsilent chestなどの危険兆候にも注目し、初療で求められる意思決定力を磨きます。
導入症例:患者の訴えから始まる診療
それでは、実際にどのように診療を始めるか、1つのケースから一緒に考えてみましょう。
🪪 Doorway Information(診察室に入る前の第一印象)
- 年齢・性別:65歳女性
- 主訴:「息が苦しい」
- バイタルサイン:BT 37.8℃, HR 112/min, RR 26/min, BP 118/64 mmHg, SpO₂ 93%(室内気)
- 所見:前かがみで座位保持、会話時も言葉数が少ない、軽度の喘鳴あり
🗣 患者の言葉
「昨日の夜から急に息が苦しくなって…座ってないと眠れなかったんです。横になると咳もひどくて。」
この患者の訴えから、どのように考えていけばよいでしょうか?次のセクションでは、この第一印象から展開されるアプローチの流れを解説していきます。
どう考える?呼吸困難を見たときの基本アプローチ
“息が苦しい”と訴える患者を前にしたとき、私たちがまず考えるべきことは「肺が原因かどうか」です。
呼吸困難=肺の病気とは限りません。実際には、以下のように多様な臓器・病態が関係します:
- 肺:喘息、COPD、肺炎、気胸
- 心臓:心不全、肺血栓塞栓症、AMI
- 代謝・血液:アシドーシス、貧血、CO中毒
- 神経筋:ALS、MG、OHS
- 精神・機能性:過換気症候群、パニック障害
- 胸壁:肋骨骨折、肋軟骨炎、slipping rib症候群
つまり、「本当に肺が悪いのか?」という視点を持つことが、最初の大切な一歩です。
Step 1:まずは重症度を見極める
最初の判断は、鑑別ではなく「今すぐ対応が必要かどうか」。以下に注目しましょう:
- SpO₂<92%、RR>25、会話困難、silent chest
- 起座呼吸、三脚位、傾眠(CO₂ナルコーシス)
この時点で酸素投与やABG、NPPVの適応を判断する必要があるかもしれません。
Step 2:呼吸困難を構造化して考える
重症度を確認したら、次に「原因の層」を見ていきます。
- 呼吸器疾患か?それとも他の臓器か?
- 急性か?慢性か?(minutes vs months)
- 吸気時の胸痛や圧痛があるか?(胸壁由来の可能性)
このように、“肺にとらわれすぎない思考”と“命に関わるサインを逃さない観察”を同時に持つことが重要です。
次のセクションでは、この症例に対して実際にどのように鑑別を絞っていくか、Fact / Problem / Hypothesisの流れで展開していきます。
step1呼吸困難の問診で確認すべきこと:OPQRSTとPAM HITS FOSSの活用
呼吸困難を訴える患者に対して、最初に必要なのは「どう息苦しいのか?」を具体的に聞き出すことです。
OPQRSTとPAM HITS FOSSを活用すれば、鑑別を絞る上での重要なヒントが得られます。
🔎 OPQRST:症状そのものの評価
- Onset(いつから):突然?徐々に?運動後?安静中?
- Provocation/Palliation(増悪・軽快因子):体位(仰臥位で悪化=心不全)、運動、会話、吸気など
- Quality(どんな苦しさ):息が吸えない/吐けない/圧迫感/窒息感/胸痛を伴う?
- Region/Radiation(関連部位):胸部?背部?片側?広範囲?
- Severity(重症度):日常生活にどの程度影響?言葉が出せる?
- Timing(時間経過):断続的?持続的?時間帯は?夜間・明け方?
特に“急性発症”は、PE・気胸・AMIなどの重篤疾患を示唆します。
🩺 PAM HITS FOSS:背景にある疾患のリスクを探る
- P:既往歴:喘息、COPD、心不全、うつ病(過換気)など
- A:アレルギー:アトピー素因、アナフィラキシーのリスク確認
- M:内服薬:β遮断薬(喘息悪化)、抗がん剤(間質性肺炎)
- H:入院歴:肺炎・PE・手術歴
- I:外傷歴:胸部打撲→肋骨骨折→疼痛性呼吸困難
- T:外傷・手術:胸腔ドレーン歴・術後肺塞栓
- S:手術歴:麻酔後の呼吸筋麻痺や合併症
- F:家族歴:喘息、血栓症、遺伝性肺疾患
- O:産婦人科歴:妊娠中→肺塞栓のリスク増加
- S:性的接触歴:HIV関連肺炎(PJPなど)のリスク
- S:社会歴:喫煙歴(COPD)、薬物使用(過換気、肺炎)、職業(粉塵暴露)、ストレスや睡眠状況も重要
💡 Column:咳・呼吸困難・発熱を聞くときの“地雷ワード”
患者が「胸が苦しい」と言ったとき、医師が「胸が痛いですか?」と返してしまうのは典型的なすれ違い。
“息がしづらい”=呼吸困難
“胸がつかえる感じ”=咽頭狭窄感 or 心因性
“むせる”=誤嚥・嚥下障害
聞き返すときは、「呼吸が速くなっている感じですか?」「吸うのが苦しい?吐くのが苦しい?」と機能に沿った表現で深掘りしましょう。
🛠 Tips:問診で見逃さないための5つの視点
- 1)“突然”という言葉には敏感に → PE, 気胸, 急性喘息
- 2)“横になると苦しい” → 起座呼吸 → 心不全を示唆
- 3)“深呼吸ができない” → 胸壁痛(骨折・帯状疱疹・slipping rib)
- 4)“意識が飛びそうになる” → 高度低酸素またはCO₂ナルコーシス
- 5)“ストレスで息がしづらい” → 過換気症候群、心因性呼吸困難
問診は、原因を「聞き出す」だけでなく、「見落とさない」ためのフェーズでもあります。
問診の段階でこれらのポイントを意識すれば、不要な検査を減らし、必要な診察・検査へつなげることができます。
Step 2:呼吸困難の身体診察で診断精度を高めるポイント
問診で立てた仮説を、身体診察で実際に「見て・聴いて・触れて」検証するフェーズです。
肺そのものだけでなく、全身の“異常のサイン”を拾うことが重要です。
🧍♀️ 全身の観察:見た瞬間に重症度を判断する
- 体位:三脚位・起座呼吸 → 努力性呼吸のサイン
- 会話:一言ごとに息継ぎが必要 → 中等度〜重度
- 表情・意識:傾眠、興奮、混乱 → CO₂ナルコーシスの可能性
- 皮膚所見:チアノーゼ、冷汗、皮疹(帯状疱疹など)
この時点で「今すぐ酸素投与が必要か」「NPPVや挿管を検討すべきか」が見えてきます。
🫁 胸部聴診のポイント:音の種類と左右差を意識する
呼吸音の評価は、“あるかどうか”ではなく、“どんな音か・左右差があるか”が重要です。
- wheeze:喘息、COPD、アナフィラキシー
- crackles:肺炎、心不全、間質性肺炎
- stridor:上気道閉塞、喉頭浮腫、異物
- 減弱または無呼吸音:気胸、無気肺、silent chest(重症喘息)
左右差に注意することで、気胸・無気肺・異物閉塞などの“片側病変”に気づくことができます。
🫀 呼吸以外にも全身を診る:原因は肺だけじゃない
- 頸部:静脈怒張(心不全、緊張性気胸)
- 下腿:浮腫・DVTの所見 → PEのリスク評価
- 胸郭:打撲痕・圧痛 → 肋骨骨折や帯状疱疹の可能性
- 脈拍・心音:頻脈、奇脈、不整脈 → 心不全や不整脈性呼吸困難
「全身を診る」視点を持てば、呼吸困難の原因を“肺”に限定せず、早期に本質に迫ることができます。
🛠 Tips:呼吸音と重症度のヒント
- silent chest:「音がない=良い」ではなく、「重症すぎて音が出ない」
- stridor+Choke sign:首を押さえる仕草は、上気道閉塞の緊急サイン
- crackles+起座呼吸:心不全を強く示唆する組合せ
- 片側の呼吸音減弱:気胸、無気肺、異物閉塞を疑う
ここまでで仮説の絞り込みが進みました。
次は、どの検査が必要か、どこまで画像や血液検査を進めるかを判断していきましょう。
Step 3:呼吸困難の検査・画像と呼吸不全の評価
問診と身体診察から立てた仮説をもとに、必要な検査を選んで原因を絞っていくフェーズです。
検査は「全部やる」のではなく、目的をもって狙い撃ちすることが重要です。
🔬 1. 採血検査:炎症、心不全、血栓、代謝の評価
- CRP・WBC:感染症(肺炎など)の評価
- BNP:心不全の鑑別(※年齢や腎機能で上昇あり)
- D-dimer:PE除外のスクリーニング(適応患者でのみ)
- Lactate:DO₂(酸素運搬量)低下の指標。敗血症やショックで上昇
- 電解質・腎機能:代謝性アシドーシス、脱水、尿毒症などを評価
💡MiniCQより:SpO₂が正常でも、Hbが低ければCaO₂(酸素含有量)は低下。
→ DO₂ = CaO₂ × CO × 10 という視点が重要です。
🩸 2. ABG(動脈血ガス):酸素化と換気の評価に不可欠
- PaO₂:低酸素血症(PaO₂<60 Torr)が呼吸不全の基準
- PaCO₂:高炭酸ガス血症(>45 Torr)は換気障害の指標
- pH:呼吸性・代謝性のアシドーシス/アルカローシスを判別
SpO₂だけでは把握しきれない酸素化・換気状態を、ABGは数値で客観的に示してくれます。
📘 補足:呼吸不全の正しい定義と分類
呼吸不全とは、PaO₂<60 Torr(室内気・安静時)を満たす状態です。
この前提の上で、PaCO₂の値によって以下のように分類されます:
- I型(低酸素型):PaO₂<60 Torr かつ PaCO₂<45 Torr
→ 酸素化障害が主体。例:肺炎、肺水腫、間質性肺疾患、PEなど - II型(高炭酸ガス型):PaO₂<60 Torr かつ PaCO₂>45 Torr
→ 換気障害が主体。例:COPD、OHS、神経筋疾患
II型ではCO₂ナルコーシス(傾眠・意識障害)に注意が必要で、酸素投与だけでは悪化するリスクもあるため、NPPVや挿管の適応判断が求められます。
この分類は、治療方針・集中治療室対応・専門医紹介に直結する、極めて重要な判断軸です。
🖼 3. 胸部X線(CXR):もっとも汎用的な初期画像検査
- 浸潤影:肺炎、心不全(バタフライシャドウ)
- 過透亮:気胸、肺塞栓
- 白濁・濁音:胸水、無気肺
- 心陰影拡大:心不全、心膜液貯留
左右差・沈黙部位(silent area)にも注目:気胸や胸水を示唆する所見となります。
🔍 4. 胸部CT・造影CT:診断をさらに深める検査
- 造影CT:肺血栓塞栓症(PE)の確定診断に必須
- HRCT:間質性肺疾患、PJP、薬剤性肺炎の詳細評価に有用
注意:造影剤使用時は腎機能とアレルギー歴の確認を忘れずに。
🫠 5. POCUS(Point-of-Care Ultrasound):即応性の高い診断ツール
- B-lines:肺水腫、間質性陰影、心不全の所見
- 胸水:軽度でも描出可能、X線と併用で評価
- IVC径・変動:右心負荷やうっ血状態を評価
- 心エコー:EF低下、壁運動異常→心原性呼吸困難を示唆
“聴診では判断がつかないとき”、POCUSが有効な武器になります。
🧠 検査を選ぶときの実践的な思考のコツ
- この検査で何を知りたいのか?明確にしてからオーダーする
- 正常所見で否定できる疾患(例:BNP低値→心不全否定)も活用
- 検査結果は、症状+所見+背景とセットで解釈する
ここまでで、診断に必要な情報はかなり整理できました。
次は、冒頭の症例に立ち返り、Step 1〜3のアプローチをどう展開できるかを具体的に振り返ってみましょう。
症例で振り返る:65歳女性の呼吸困難をどう診るか
さて、ここまでStep 1〜3の基本的なアプローチを整理してきました。
では実際に、最初に紹介した症例をもとに、一つずつ適用して振り返ってみましょう。
🩺 Step 1:問診でどう聞き出す?
医師:「今日はどうされましたか?」
患者:「昨日の夜から急に息が苦しくなって…座ってないと眠れなかったんです。咳も出て、横になると悪化します。」
医師(つぶやき):急性発症+起座呼吸か…。心不全や喘息増悪、肺炎もあり得るな。体位依存があるということは、循環器疾患の可能性も高そうだ。
OPQRSTで追加確認:
- Onset:昨夜急に出現
- Provocation:仰臥位で悪化、座位でやや改善
- Quality:「息が入らない感じ」
- Severity:日常生活に支障あり、会話も途中で息継ぎ
PAM HITS FOSSでは:高血圧と糖尿病の既往あり。喫煙歴20pack-year、喘息の既往なし。薬剤歴にβ遮断薬あり。
Fact:急性の呼吸困難+体位依存性+発熱+咳
Problem:起座呼吸を伴う中等度以上の呼吸困難(心不全 vs 感染 vs COPD増悪)
Hypothesis:心不全、肺炎、PE、喘息、COPD増悪、過換気症候群
🔍 Step 2:身体診察で何が見えるか?
観察:三脚位で前かがみ、会話は短文。SpO₂ 93%、RR 26。口呼吸で努力性呼吸、補助筋使用あり。
聴診所見:両側にwheezeとcoarse crackles。打診で濁音なし。心雑音なし。頸静脈軽度怒張。
医師(つぶやき):喘鳴と捻髪音が混在している…COPDや喘息の増悪に加えて、感染が重なってる?それともうっ血性の音?silent chestではないのは少し安心。
全身所見:下腿に浮腫あり。皮疹や打撲痕なし。胸郭圧痛なし。
→ 総合評価:心不全またはCOPDの増悪+感染の可能性高い
🧪 Step 3:検査と画像で絞り込む
医師(つぶやき):このSpO₂と呼吸数だと、血ガスでCO₂が上がってるかもしれないな…
- ABG:PaO₂ 58 Torr, PaCO₂ 48 Torr → II型呼吸不全
- BNP:250 pg/mL → 心不全の可能性
- CRP:6.2 mg/dL → 感染合併あり?
- CXR:両側に肺門周囲の浸潤影と過膨張所見 → 肺炎+COPD所見
- POCUS:下大静脈の呼吸性変動↓、心エコーでEFは保たれている
医師(つぶやき):CO₂が上昇してるし、NPPVの適応も考える必要があるかもしれないな…II型呼吸不全の診断がついた。
結論:現時点では、感染を契機としたCOPD増悪+II型呼吸不全。軽度のうっ血所見もあり、心不全の要素も否定できない。
このように、Step 1〜3のアプローチを丁寧に適用していけば、呼吸困難という幅広い症候も“診断可能な道筋”へと変換していくことができます。
このように、Step 1〜3のプロセスを丁寧に辿ることで、呼吸困難という曖昧な訴えも、徐々に“具体的な診断と治療の対象”として形を持ちはじめます。
では、ここまでの評価を踏まえて、この症例はどのタイミングで専門医に相談すべきなのでしょうか?
次のセクションでは、「呼吸不全」「COPD増悪」「NPPV導入」などの場面で、何を調べてから紹介するべきか・どこまでの初期対応が求められるのかを整理していきます。
呼吸困難の診療で専門医に紹介するタイミングと自分でできる初期対応
呼吸困難の患者に出会ったとき、全例をすぐに専門医へ紹介する必要はありません。
しかし、以下のような状況では速やかな紹介が望まれます。
🚨 専門医に紹介すべきタイミング
- 酸素投与でもSpO₂が改善しない(90%未満)
- 呼吸数>30回/分、努力呼吸の出現
- CO₂ナルコーシスを疑う意識障害(II型呼吸不全)
- 喘鳴が消失した“silent chest”など重症例
- 心不全・肺塞栓など急性重篤疾患の疑い
- 原因不明の呼吸困難で画像・血ガス異常が顕著
紹介時に準備すべき情報:
- SpO₂、呼吸数、酸素濃度・流量
- 胸部X線/CT画像
- ABG(PaO₂, PaCO₂, pH, HCO₃⁻)
- 既往歴・使用薬(吸入薬やステロイド)
- 嚥下評価(VFSS、反復唾液嚥下)、ADLや介護状況
🧰 専門医紹介前にできる初期対応と家庭医の役割
💨 呼吸不全が疑われるときの対応
酸素療法の目標:
- SpO₂ ≧ 95%(基本)
- 高CO₂貯留リスクがある場合(例:COPD):90〜92%を目標に慎重な酸素管理
重度の場合はNPPV(非侵襲的換気)や挿管も検討します。
🍽 誤嚥性肺炎に対するABCDEアプローチ:家庭医による多職種連携の視点
- A:Airway(気道)
→ 誤嚥後の呼吸状態や吸引の必要性を評価 - B:Bacteria(起炎菌と抗菌薬)
→ NSTと連携し、ABPC/SBT, PIPC/TAZ, CTRXなどを適切に選択 - C:Consciousness & Care(意識・口腔ケア)
→ 意識障害時は誤嚥リスク↑、OHATスコアを使い口腔環境を評価し、歯科と連携 - D:Dysphagia(嚥下評価)
→ 反復唾液嚥下テストやVFSS。STと協力し食事再開を判断 - E:Eating / Environment(栄養と環境支援)
→ NST介入、形態調整、介護者教育なども含む
🔎 その他の“見逃されがちな”呼吸困難の原因にも注意
- 肋骨骨折・帯状疱疹後神経痛・slipping rib syndrome
- paradoxical breathing: 神経筋疾患や疲弊所見
- 吸気stridor: 喉頭浮腫や異物 → 上気道閉塞のサイン
器質的な肺疾患以外の要因も評価できる視点が、家庭医の強みです。
🌬 喘息・COPD・ACOの違いと治療戦略 ― 吸入薬と発作管理の実践
呼吸困難の鑑別で重要な3疾患:喘息(Asthma)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、ACO(Asthma-COPD Overlap)。
これらは症状が似ていても、治療戦略は大きく異なるため、正確な鑑別と段階的な治療が重要です。
疾患の違いをおさらい
- 喘息: 若年発症、アレルギー素因あり、可逆性の気道狭窄、夜間〜早朝の発作が特徴。
- COPD: 喫煙歴(25 pack-years以上でリスク増大:contentReference[oaicite:0]{index=0})、進行性・不可逆的な労作時呼吸困難。
- ACO: 両者の特徴を併せ持ち、ICSを含む治療が必要。
吸入薬の使い分け(ICS・LABA・LAMA)
- 喘息: ICSが基本。重症例はLABA併用(ICS/LABA)。発作時はSABA。
- COPD: LABA or LAMAが中心。好酸球↑や増悪頻回例ではICSを考慮。
- ACO: ICS + LABA ± LAMAが推奨。
💡Column:吸入薬の禁忌と注意点
- LAMA: 抗コリン作用により、閉塞隅角緑内障や前立腺肥大症では禁忌または慎重投与。
- ICS: 嗄声や口腔カンジダ → 使用後は口をゆすぐ。
- LABA: 不整脈・動悸に注意。
💡Tips:SMART療法の活用
Symbicort(ICS + formoterol)を定期・発作時両方に使用することで、重症発作の予防が可能。
使用回数が症状コントロール指標になる利点もあり、自己管理に優れるとされています。
発作(Exacerbation)の定義と対応
発作は、「普段の状態から急激に悪化し、SABAなどの追加投与が必要になる状態」と定義されます。
喘息発作の重症度と治療
- 軽症(SpO₂>95%): SABA単独
- 中等症(SpO₂ 90–95%): SABA + ICS/LABA
- 重症(SpO₂<90%、silent chest): 吸入不可ならIVメチルプレドニゾロン、NIVも考慮:contentReference[oaicite:1]{index=1}
COPD急性増悪のABC治療(ABC Remedy)
- A: Anticholinergics(SAMA or LAMA)
- B: Beta-agonists(SABA or LABA)
- C: Corticosteroids(短期間の内服ステロイド)
補足:診断基準としてのPack-year
25 pack-yearsを超えるとCOPDリスクが有意に上昇するとされ、喫煙歴の評価は極めて重要です。
この基準は、NEJMのLangeらによる研究:contentReference[oaicite:2]{index=2}などでも支持されています。
このように、疾患の特性に応じた吸入薬の選択と発作への即時対応を整理しておくことで、呼吸困難の診療レベルは確実に向上します。
📚 Column:非侵襲的換気(NPPV)の適応と実践ポイント
🫁 NPPV(非侵襲的陽圧換気)とは?
NPPV(Non-invasive Positive Pressure Ventilation)は、気管挿管を行わずにマスクなどを介して陽圧をかける呼吸補助療法です。
酸素投与だけでは不十分な呼吸不全に対し、肺胞レベルでの換気をサポートします。
✅ 適応となる代表的疾患
- COPD急性増悪(特にⅡ型呼吸不全): CO₂の貯留によりpHが低下する場合に有効
- 心原性肺水腫: 呼吸困難と低酸素血症を改善
- 免疫抑制患者の低酸素性呼吸不全: 挿管を回避したい状況で選択肢に
⚠️ 使用できない・慎重なケース(禁忌)
- 意識障害・不穏: マスク着用不可 or 誤嚥リスクあり
- 嘔吐・多量の喀痰・誤嚥リスク: 排痰困難によりむしろ悪化
- 顔面外傷や手術後: マスクフィッティングが困難
🧪 酸素療法との違い
通常の酸素投与は「酸素濃度を上げるだけ」ですが、NPPVは換気そのものをサポートするため、CO₂の除去や呼吸仕事量の軽減にも効果があります。
📚 tips:NPPV・CPAP・Nasal High Flow の違いと適応を整理!
① BiPAP(Bi-level Positive Airway Pressure)
- IPAP(吸気時圧)とEPAP(呼気時圧)を別々に設定でき、CO₂排出効果が高い
- 主にⅡ型呼吸不全(COPD急性増悪など)に適応
- 意識清明で、マスク装着可能なことが条件
② CPAP(Continuous Positive Airway Pressure)
- 吸気・呼気ともに一定の陽圧をかけ続ける
- 心原性肺水腫や睡眠時無呼吸症候群(OSA)に有効
- 自発呼吸がある患者に限る
③ Nasal High Flow(高流量鼻カニュラ)
- 最大60L/min程度の加湿・加温された酸素を鼻カニュラで投与
- 低酸素性呼吸不全に有効で、軽度の換気補助効果も
- 挿管を回避したい免疫抑制患者などでも使用される
📈 各モードの比較早見表
モード | 特徴 | 主な適応 |
---|---|---|
BiPAP | 吸気と呼気で圧を分ける | COPD増悪、Ⅱ型呼吸不全 |
CPAP | 常に一定の圧をかける | 心原性肺水腫、OSA |
Nasal High Flow | 高流量の酸素でPEEP効果も | 低酸素血症、免疫抑制患者 |
💬 Tips:家庭医が知っておくべき運用の工夫
- 意識障害や嘔吐がある場合、誤嚥リスクからNPPVは禁忌
- “高CO₂=BiPAP、心不全=CPAP、マイルドな低酸素=High Flow” が基本イメージ
- 使用初期は30〜60分でABG(動脈血ガス)を確認し、継続適応を見極める
呼吸不全のタイプや病態に応じて「どのモードを選ぶか」は、家庭医や初期対応医にとって重要な判断点です。選択肢を知っているだけでも、専門医との連携がスムーズになります。
💡Tips:COPDのNPPV導入タイミング
- pH 7.35未満でCO₂↑(Ⅱ型呼吸不全)かつ自発呼吸あり
- 呼吸筋疲労の兆候あり(使用呼吸筋↑・paradoxical breathingなど)
- 鎮静薬不要で、マスクの装着が可能
📝 実践的ポイント
- 初期設定は BiPAP:IPAP 10–15cmH₂O / EPAP 4–6cmH₂O 程度で開始
- SpO₂ 88–92%程度を目標に、高濃度酸素は避ける(CO₂ナルコーシス回避)
- 数時間後に再評価: pHやCO₂が改善しない場合は挿管を検討
このように、NPPVは「適応・禁忌・使い方」をしっかり理解しておくことで、呼吸不全患者のアウトカムを大きく左右します。
次は、こうした診療を行ううえでの「問診・身体診察のコツ(Tips)」をまとめていきましょう。
呼吸困難の診察で役立つTipsとClinical Pearls
🩺 実践で使える!問診・身体診察・検査のコツ
- 問診では「話せるか」が重症度の第一判断材料: 一文ずつしか話せない=中等度以上の呼吸困難
- OPQRST+NTKを整理: onset・trigger・姿勢・労作との関連は必ず確認
- 聴診は左右差・呼気延長・stridorに注目: silent chestや片側の無気肺を見逃さない
- Red Flagの身体所見: チアノーゼ、使用呼吸筋、起座呼吸、paradoxical breathing
- SpO₂が正常でも安心しない: CO₂貯留やsilent hypoxiaの可能性も
- 画像検査は“胸部X線で満足しない”: 肺塞栓や間質性肺炎を疑うならCTへ
- POCUSは肺音が乏しいときほど有用: 無気肺・胸水・心タンポナーデも見つかる
💬 Clinical Pearls
“Dyspnea is to the lungs what chest pain is to the heart. It deserves the same urgency and systematic evaluation.”
― Dr. Louise Cullen, Emergency Physician, Australia
呼吸困難は、肺にとっての胸痛のようなもの。
訴えの背景に、致命的な疾患が潜んでいる可能性を常に意識しておくことが大切です。
さて、ここまでで呼吸困難の診察における実践的な工夫と心に残る臨床の知恵を整理しました。
ここからは、英語で診察や説明を行う際に役立つ表現や言い回しを確認していきましょう。
患者とのコミュニケーションをよりスムーズに、そして安心感を持ってもらうために。
「医療英語フレーズ」「やさしい説明の言葉」「専門用語の解説」に加え、日本人がよく間違えやすい発音や表現にも触れていきます。
呼吸困難の診察で使える医療英語表現・やさしい言い換え・用語解説
💬 Useful Medical Expressions(医療者向けの英語表現)
- “Do you feel short of breath?”(息苦しさはありますか?)
- “Is it hard to take a deep breath?”(深呼吸しにくいですか?)
- “Do you get breathless when walking or climbing stairs?”(歩いたり階段で息切れしますか?)
- “Are you using any inhalers at home?”(自宅で吸入薬は使っていますか?)
- “Do you hear any wheezing or whistling sounds when you breathe?”(息をするときにヒューヒュー音がしますか?)
- “Let me check your oxygen level with this device.”(この機械で酸素の値を測りますね)
🫱 Layman’s Terms & Idioms(患者向けのやさしい言葉・言い換え)
- shortness of breath → “hard to breathe” “feeling out of breath”
- wheezing → “a whistling sound when you breathe”
- dyspnea on exertion → “gets tired easily” or “breathless when walking”
- cyanosis → “lips or fingers turning bluish”
- oxygen saturation → “how much oxygen is in your blood”
📘 Medical English Glossary(専門用語と注意点)
用語 | 定義・解説 | 注意点(発音・誤用) |
---|---|---|
Dyspnea | 呼吸困難(症状名) | 「ディスプニア」と誤読しがち。正しくは /ˈdɪsp.ni.ə/ |
Wheezing | 喘鳴。呼気時に聞こえる高調音 | 「ヒューヒュー音」と言い換えると伝わりやすい |
Stridor | 吸気時に聞こえる高調音(上気道狭窄) | /ˈstraɪ.dər/「ストライダー」と読む |
Respiratory rate | 呼吸数(通常12〜20/min) | rate(心拍数)との混同に注意 |
Oxygen saturation (SpO₂) | 血中酸素飽和度(目安は95%以上) | 「サチュレーション」の略称使用は避けたほうが丁寧 |
Bronchodilator | 気管支拡張薬(例:サルブタモール) | “bronco”や“dialator”と誤表記しがち |
Inhaler | 吸入薬(puffer) | 日常会話では“puffer”も使われる |
ここまで、呼吸困難の診療に役立つ英語表現や、専門用語の正しい使い方・伝え方を整理してきました。
言葉の選び方ひとつで、患者の安心感や信頼感は大きく変わります。
それでは最後に、この記事全体を通じて学んだことを振り返りつつ、他の関連テーマへのリンクや参考文献をご紹介します。
呼吸困難の診かた:記事を通じて伝えたかったこと
呼吸困難という症状は、「肺が悪い」だけでは片付けられない奥深さがあります。
実際には、心不全、貧血、神経疾患、そして不安など、実に多様な原因が隠れています。
この記事を通してお伝えしたかったのは、単なる知識ではなく、「どこから、どう疑って、どう見極めるか」という診断の道筋です。
- 問診では「なぜ今、息苦しくなったのか?」という時間軸と誘因を掘り下げる。
- 身体診察では、左右差や呼吸音の質、小さなRed Flagを見逃さない。
- 検査は「何を確認したいのか」を明確にして選ぶ。無駄撃ちは禁物。
そして何より大切なのは、「本当に肺が悪いのか?」という視点を常に持つこと。
胸壁や肋骨、横隔膜、腹部疾患まで含めて全体を見渡すことが、診断の鍵になります。
臨床現場では「なんとなくSpO₂が下がっていた」「肺雑音があった気がする」といった曖昧な表現で終わってしまうこともありますが、
この記事が、その一歩先の「確信を持って診断に迫る」きっかけになれば嬉しいです。
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🗣 英語でも学びたい方へ:
本記事の英語版 “How to Approach Dyspnea” もぜひご覧ください。
英語で読むことで、より医療英語の勉強になります。
参考文献(Reference)
- 日本呼吸器学会. 喘息予防・管理ガイドライン2021. 南江堂.
- GOLD 2024 Report: Global Strategy for the Diagnosis, Management, and Prevention of COPD. Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease. https://goldcopd.org/
- 厚生労働省. 誤嚥性肺炎に関する対応指針(第2版). 2020年3月.
- 伊藤健太郎 他. 呼吸困難の診かた. 日本内科学会雑誌. 2022;111(3):561-566.
- 田中義人. 呼吸器診療に役立つNPPV・HFNC活用術. 呼吸器内科. 2020;37(5):471-479.
- Pratter MR. Overview of common causes of dyspnea. Respir Care. 2003;48(12):1204-1213.
- Cullen L, Greenslade J. Dyspnea: A red flag not to ignore. Emerg Med Australasia. 2019;31(2):234-238.